ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1181話 光栄すぎて

 二人の説明を聞き終わった後、八幡は神妙な顔で頷いた。

 

「なるほどなぁ………」

「すみません、兄貴」

「もう俺達、SDSの情報を取ってこれなくなっちまいました」

「そうか………」

 

 八幡はそう言ったきり、何も言わなかった。

二人はそれを怒りの発露だと思い、身を固くしたが、

当然そんな事はなく、八幡はいきなり二人の手を握った。

 

「今まで二人に汚れ仕事をさせちまって申し訳ないと思ってたんだ。

今回の事は気にする事はない、というかむしろいい機会だ。

これからは二人もヴァルハラの一員として大手を振って街を歩けばいい」

 

 その予想外の言葉に二人は目をパチクリさせた。

そして徐々に、その言葉の意味が脳に染み渡ってくる。

 

「えっ………?」

「ヴァルハラ?俺達がですか?」

「ああそうだ、それとも嫌なのか?」

 

 二人はその言葉に、ぶんぶんと首を横に振った。

 

「い、いえ、願ってもないです!」

「むしろ光栄すぎて信じられないというか………」

 

 そんな二人に

「これで二人は正式に私の後輩って事ね、これからこき使ってやるから覚悟しておきなさい」

「優介さん、公人さん、ヴァルハラ入り、おめでとう!これからも宜しくね。

ってか詩乃ちゃん、もっと素直にお祝いしてあげようよ」

「ふん、この私にこき使われるのよ、優介も公人も絶対に喜んでるに決まってるじゃない」

「お前のその強気がどの臓器から生み出されてるのか一度解剖してみたいわ」

 

 八幡は呆れた顔でそう言ったが、当然詩乃には通用しない。

 

「そんなに私の全てが知りたいなら、さっさとプロポーズしなさい」

「それそれ、そういうとこな、ってこれ言うの、何度目だよ」

「「「あはははははは」」」

「お前らも笑うんじゃねえ!」

 

 場は一転してとても明るい雰囲気に包まれていた。

二人は望外の申し出に感涙し、八幡達三人は、それを笑顔で眺めている。

 

「まあ正式なメンバーになったからには今のままじゃいられないわよ。

私がビシビシ鍛えてあげるから覚悟しておきなさい」

「いや、二人は弓使いじゃないだろ?」

 

 八幡が即座にそう突っ込み、詩乃は、ぐぬぬと顔を赤くした。

 

「こ、心構えの事を言ってるのよ、それくらい分かりなさいよね」

「へいへい、ちなみに二人は何の武器を使うんだったか?」

「俺は曲刀シミターですね」

「俺は片手斧です、SAOの時は、左手の武器は全然機能しないのに、

なんちゃって二刀流をやってたんですけど、ALOならいけそうなので、

修行して片手斧の二刀流をものにしたいと思ってます!」

「そうか、それじゃあ最初にナタクに武器を作ってもらわないとな。

ヴァルハラ・アクトンは新式の方が在庫があるからそれでいいとして、

後は個人マークを考えておくんだぞ」

「「わ、分かりました!」」

 

 個人マークと言われた瞬間に、二人は自分達がヴァルハラ入りした事を強く実感した。

他のギルドで同じシステムを採用している所はないからだ。

(実際はヴァルハラに遠慮しているだけだが)

二人はこの日、帰った後に、徹夜で自分のマークを考える事になったが、

頑張って考えたその二人のマークは、絵師だけの事はあり、芸術性に溢れたものとなった。

ヤサは月桂冠の葉をシミターで表現した、『シミター・クラウン』、

バンダナは交差する二本の斧を鳥に見立てた『アクス・バード』、

そのマークを背負い、二人はヴァルハラのメンバーとして、

SDSのメンバーである元の仲間達に狙われながら、激戦を潜り抜けていく事となる。

 

「ところで兄貴、俺達、この機会に名前を変えようと思うんです」

「ああ、一度だけ出来る、有料の名前変更サービスを使うのか?」

「はい、いつまでもギャグみたいな名前じゃいられませんから」

「そ、そうか、それで何て名前にするんだ?」

「俺はアーサーで」

「俺はバンディットです」

「なるほど、前の名前の名残りをちゃんと残してあるんだな、いいんじゃないか?」

 

 更に二人は名前を変えた。昔の自分達と決別する為の儀式的な意味合いもあったが、

ヤサはアーサーに、バンダナはバンディットとなったのである。

こうしてヴァルハラに、新しいメンバーが二人増える事となった。

 

「それじゃあ兄貴、俺達はここで失礼します!」

「シノンとリオンに襲われないように気をつけて下さいね!」

「ちょっ、何言ってるのよ、わ、私達はそんな事まだしないよ!」

「そうそう、まだしないわよ、ここではそういうのは禁止なの」

 

 詩乃と理央は二人の軽口にそう返したが、

否定しているようで実は否定していないのが困り物である。

 

「『まだ』ってのは外してもらえると俺が精神的に安定するんだが」

「それくらい我慢しなさい、私達の精神の安定の為に」

「わ、悪い女に捕まったと思って諦めないと」

「お前らなぁ………」

「「あはははは」」

 

 優介と公人はそんな三人の会話を聞いて、和やかな気分になった。

 

「んじゃ兄貴、また明日です!」

「今日は本当にありがとうございました!」

「おう、またな」

「その………おめでとう、二人とも」

 

 そこでまさかの詩乃から、まともなお祝いの言葉が飛び出した。

 

「あっ、詩乃ちゃんが素直になった」

「た、たまたまそういう気分だったのよ」

「姉さん、あざっす!」

「失礼します!」

 

 二人は自分達の選択は間違っていなかったと確信しつつ、

そのまま笑顔でマンションを後にした。

 

 

 

 そしてその次の日、シノンはバイトまでの余った時間を生かしてGGOにいた。

今は酒場で久しぶりに闇風や薄塩たらこと会話している最中である。

 

「………という事があってね、またヴァルハラの勢力が増したのよ」

「やべえなヴァルハラ、さっすが全VRMMO中最強のギルドだけの事はあるぜ」

「楽しそうでいいよなぁ………」

 

 闇風は普通であったが、薄塩たらこは何故か暗い顔をしていた。

 

「あらたらお、悩みでもあるの?お姉さんが相談に乗ってあげましょうか?」

 

 シノンは冗談めかしてそう言ったが、薄塩たらこはまともに返事をしてきた。

 

「相談っていうか、助っ人は頼みたいかな」

「助っ人?何の?」

「いや、実は最近、PKを専門にしてるスコードロンが現れてよ………」

「そうなの?」

「『ゴエティア』ってスコードロンなんだが、ちょっと普通じゃなくてよ………」

「普通じゃ………ない?」

「ああ、PKってのは普通、金か経験値の為にやるもんだろ?」

「まあそうね」

「でもあいつら、そんな物には興味が無いらしくてよ、

こっちを倒したらさっさと撤退して、そのままログアウトしちまうんだよ。

な、普通じゃないだろ?」

「へぇ?それってただの………ええと、腕自慢アピールなんじゃない?」

 

 それってただの快楽殺人者なんじゃない?と言い掛けて、シノンは途中で言い換えた。

デスガン事件の事を思い出し、それを口に出すのが憚られたからである。

 

「腕自慢ねぇ………まあでもそんな感じなのは確かなんだよな」

「で、助っ人ってのは要するに、そのスコードロンとやり合うつもりなのね?」

「ああ、友人が何人かやられてるからな、こっちにも意地がある」

「まあ時間とタイミングが合えば、私は別にいいわよ」

「おお、悪いな、それじゃあ頼むわ」

「何かあったらACSに連絡を入れてね」

「了解」

「それじゃあ私、今日はバイトだから」

「あ、俺もだわ、悪いたらこ、また今度な」

「おう、またな、二人とも」

 

 薄塩たらこのみがその場に残り、闇風とシノンは、バイトの為にログアウトした。

そして三十分後、二人はソレイユ本社の玄関ホールで鉢合わせた。

 

「あれ、詩乃も今日はこっちなのか?」

「ええ、家にこもりっきりってのも気が滅入っちゃうしね」

「でもほら、その、寒くね?」

 

 そう言って風太はチラリと詩乃の生足に目をやった。

その瞬間に詩乃は風太の足を思いっきり踏んだ。

 

「痛っ!」

「変なとこ見るんじゃないわよ、変態」

「いや、じゃあ隠せって………」

「お代はジュース一本よ」

「全部タダじゃねえかよ………」

「そっちじゃなくて、コンビニの高い奴」

「え、マジかよ」

「何よ、文句でもあるの?」

「無いです………」

 

 風太が詩乃に敵うはずもなく、二人はそのままコンビニに向かった。

かおりが背後でそれを、クスクス笑いながら見ている。

 

「えっと、それじゃあこれ」

「オーケーオーケー、有難く受け取りたまえ」

「そういうとこよ、彼女が出来ない理由」

「う、うるせえ!きっとそのうち出来る………よな?」

「今のままじゃ難しいわね」

「マジか………」

 

 詩乃は落ち込む風太を従えて、本社内に戻った。

と、受付によく見知った顔があるのを見つけ、詩乃はいきなり走り出した。

 

「うわっ、いきなり何だ?って、八幡か」

 

 受付でかおりと談笑する八幡の姿を見付けた風太は、

だが詩乃に邪魔するなと言われそうだった為、特に走る事もなくそちらへのんびり歩いていった。

 

「八幡!」

「ん?詩乃か、今日はこっちまで足を伸ばしたのか?」

「うん、たまには動かないと、八幡に見せる為の私の足が、型崩れしちゃうかもしれないもの」

 

 詩乃はそう言いながら、八幡に生足をアピールする。

八幡は表情を全く変えないでそれを眺めた後、心配するような顔で詩乃に言った。

 

「お前、真冬でそれは寒くないか?」

「あら、心配してくれるの?」

「それくらいするだろ、普通だ普通」

「まったく、ツンデレなんだから」

「お前にだけは言われたくないんですけど?」

 

 かおりはそのやり取りに、再びクスクス笑っている。

 

「まあ寒さは平気よ、慣れてるもの」

「せめてストッキングくらい履いたらどうだ」

「学校では履いてるわよ」

「そうなのか、それじゃあ何で今日は………」

「わ、忘れちゃったのよ」

「ふ~ん」

 

 八幡はそれで納得したが、正解は、『八幡がいるかもしれないと思ったから』である。

寒さにも負けない、詩乃の涙ぐましい努力の成果なのだ。

 

「まあ平気なら別にいいけどな」

 

 そう言って八幡は、再び詩乃の足に目をやり、すぐに逸らそうとして、

そのまま顔を詩乃に固定された。

 

「おわっ、何しやがる」

「そんなすぐに目を離すんじゃないわよ」

「さっきと態度が全然違う………」

「キャッ!」

 

 いきなり背後からそんな声がかかり、詩乃は思わず八幡から手を離した。

振り返るとそこには風太の顔があり、詩乃の顔が怒りに歪む。

 

「あんたね、いいところだったのによくも邪魔を………」

「はいはい、お前ら、バイトに間に合わなくなるぞ、さっさと行けって」

 

 ここで八幡が二人を止めに入り、二人は慌てて時計を見た。

 

「やばい!」

「先に行くわよ、八幡、後でね」

 

 詩乃はそう言って八幡に投げキッスをし、足早に立ち去っていく。

 

「あっ、おい、俺も行くって!それじゃあ八幡、またな!」

「おう、またな」

 

 そして残された八幡とかおりは、苦笑しながら顔を見合わせた。

 

「それじゃあかおり、俺も自分の部屋に行くわ」

「うん、分かった」

「またな」

「またね」

 

 八幡はそのまま社内の自室へと向かった。




人物紹介に、スプーキーズを追加しました。
ヤサとバンダナの項を、アーサーとバンディットに変更しました。
ちなみにその項のヒトミとネミッサは、
SAOアリシゼーション第一話「アンダーワールド」のサトライザー達とやりあった後、
レクリエーション施設内で、ビリヤードをやっている二人組です。

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