ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1182話 間宮クルス最強伝説

 この日、間宮クルスは卒業を控え、学校で教授と話した後、学内のカフェで一息ついていた。

 

「おい見ろよ、間宮先輩だぜ」

「去年のミスコン覇者の?」

「そうそう、雪ノ下先輩と女王を分け合ったあの間宮先輩だよ」

「ああ、もうすぐ卒業かぁ………」

「確かソレイユに就職が決まったんだよな?才色兼備だよな」

「雪ノ下先輩も確かそうだよな?」

「女王は二人ともソレイユか」

「マジかよ、俺、ソレイユに行くわ」

「それにしても、二人が卒業しちまったら、ミスコンのレベルが相当下がるなぁ………」

「今のうちに見ておこう、眼福眼福」

 

 周りからそんな会話が聞こえてくるが、全く興味がないクルスは完全スルーである。

クルスはアンニュイな表情で紅茶を口にし、ほぅ、と色っぽい息を吐いた。

それを見て何人かの男子生徒がノックアウトされ、顔を赤くする。

 

「あ、間宮さん、学校に来てたんだ?」

 

 そんな彼女に話しかけてきたのは、ゼミの飲み会で何度か一緒になった事のある同級生である。

その顔はにやけており、大勢のギャラリーの前でクルスに声をかけ、

優越感に浸ろうという魂胆が透けて見える。

 

「ちっ、あの野郎」

「ちょっと間宮さんと知り合いだからって」

「明らかにマウントを取りに来てやがるな」

「うぜえ」

 

 当然そんな彼の陰口があちこちから聞こえてくるが、

彼はメンタルが強いのか、動じた様子は全く見せない。

クルスもクルスで当然の事ながら、この男には全く興味が無かったが、

もちろんそれは表には出さず、表面上は友好的に接していた。

 

「こんにちは」

「ねぇ間宮さん、今日なんだけど、もし良かったらちょっと飲みに行かない?」

「今日?」

 

 クルスはもちろん断るつもりだったが、

予定を確認するポーズを見せる為に敢えてスマホを取り出した。

これは客商売でよくある、応えるのが不可能な客の要望を断る際に、

一旦検討するポーズを見せた後に、ごめんなさいをするという、

相手の感情に配慮した行動パターンである。

 

「ああ、ごめんなさい、今日はこの後ソレイユに行かないと」

 

 クルスは穏やかな口調でそう言ったが、内容的には塩対応でそう答えた。

もちろんただの方便で、ソレイユに行く予定はない。

 

「その後でもいいんだけど、どうかな?」

 

 だが相手はそれでも食い下がってきた。

クルスは仕方なく、どうやって断ろうかと角が立たない言い訳を考え始めたが、

その瞬間にクルスのスマホが振動した。

 

「あっ」

 

 その画面には、彼女の想い人である八幡の名前が表示されており、

クルスは一瞬で目の前の男の事は忘れ、満面の笑みを浮かべながらその電話に出た。

 

「もしもし、私です、八幡様」

 

 その様付けな言葉に、目の前の男のみならず、ギャラリー達もギョッとした。

 

『マックス、ちょっとお前に頼みがあるんだけど、今日の予定ってどうなってる?』

「わ、私に頼みですか!?今日は何も予定がありませんから、呼ばれればどこにでも行きます!

もちろん朝まででもオーケーですよ!」

 

 その言葉に目の前の男はあからさまにショックを受けたような顔をした。

 

「で、出た~!デレ宮さんだ!」

「えっ、何それ?」

「知らないのかよ、間宮さんは特定の男にだけ、ああいう態度をとるんだよ」

 

 ギャラリーの一人が訳知り顔でそう説明した。

 

「ってか朝までだと………」

「八幡って誰だよ!」

「あ、あいつじゃね?前に間宮さんと雪ノ下さん、二人と同時に付き合ってるって言った奴!」

「あいつか!」

「くっそ、なんて羨ましい………」

「でもあいつはざまぁだな、それは良かった」

 

 クルスの目の前に立ち竦む男に、ギャラリー達は同情の視線を送った。

 

「ってか目の前でアレをやられるのはきつそう」

「そう言われると確かにな、さすがに同情するわ」

 

 他のギャラリーからもそんな感じの会話が聞こえてきたが、今のクルスの耳には全く届かない。

 

『朝までってか、確かにちょっと遅くまでかかるかもしれないから、

もしオーケーなら今日はマンションに泊まる準備をしてきてくれると助かる』

「お泊りですか!?もちろんオーケーですよ!」

 

 クルスは興奮ぎみにそう言うと、ガタッと立ち上がった。

同時にギャラリーが、羨望と嫉妬の篭った声を上げる。

 

「マジかよ………」

「お泊りだと!お泊りだと!」

「ぐふっ………」

 

『そうか、悪いな。で、用事ってのは他でもない、ちょっと勉強を教えて欲しいんだよ』

「勉強………ですか?」

『ああ、最近はほら、ちょっと忙しかっただろ?

で、試験が近くなってきたからこれはまずいと思ってな、

この辺りでちょっと集中して勉強しておきたいんだよ』

「なるほど、全然問題ありません、この私にお任せを!」

『助かるわ、やっぱり俺にはマックスが必要だな、うん』

 

 ここで八幡が、クルスに余計なリップサービスをした。

 

「ひ、必要………」

 

 必要、必要、必要と、クルスの脳内で八幡の声がリフレインされる。

 

「は………」

『は?』

「八幡様、私も愛してますっ!」

 

 クルスは興奮のあまり、思わずそう口に出した。

それを聞いたギャラリー達が、阿鼻叫喚の地獄にのまれる。

 

「ど、堂々と愛の告白とか………」

「八幡って奴、死ねばいいのに」

 

 一瞬で八幡に対する呪いの言葉が辺りに充満したが、その当人は電話の向こうで困惑していた。

 

『え、いきなり何?一体何があったの?』

「すみません、心の声が思わず表に出ちゃいました!」

『そ、そうか、まあ周りに人がいる所ではやめてね、俺も困っちゃうから』

「大丈夫、今周りには誰もいませんから!」

 

 これに関しては、クルスは別に嘘をついた訳ではなく、

周りの全てが視界に入らなくなっているだけである。

 

「お、おい、俺達っていない事になってる!?」

「間宮さんの視界には今何が見えてるんだろうな………」

「間宮さん、最強だな………」

「でもまあ俺達、あいつよりはましだよな」

「かわいそうに………」

「まあ自業自得だろ」

「そうそう、調子に乗りすぎなんだよあいつ」

 

 その言葉で注目を集めたのは、例のクルスに声を掛けた男である。

男は地面に両手をつき、その場で号泣していた。

 

『それならいいけどな………いや、まあ良くはないけどな。

まあいい、とりあえず時間は何時くらいがいい?』

「あっ、ええと、この後すぐでもいいんですけど、

でもちょっと勝負下着に着替える時間が欲しいです!」

 

 この言葉がギャラリー達を、更なる地獄へと突き落とす。

 

「勝負下着………」

「くそっ、間宮さんのコートのガードが固いせいで妄想が捗らねえ」

「そういや間宮さん、最近は全く露出の無い服しか着なくなったよな」

「ああ、それって雪ノ下さんもだ」

「って事は………」

 

 ギャラリー達は、ゴクリと唾を飲み込みながら、クルスの方を見た。

 

「八幡って奴が、あのスーパーボディを独占してるのか………」

 

 この瞬間、八幡に男達から凄まじい怨嗟の念が飛んだ。

だがもちろんそれが何かに影響を及ぼす事はない。

 

『うん、冗談はそのくらいでね、そのままの格好でいいから。

って、まあ今どんな格好をしてるのかは知らないが、

マックスはしっかりしてるから、何の問題もないだろ、うん』

「そ、そのままの私………」

『ん?ああ、そうそう、そのままでいいから』

「分かりました、ありのままの裸の私を愛して下さい!」

『だからちょっと落ち着いて?ね?』

 

 この言葉も凄まじい誤解を生み、ギャラリーはもう、涙を流す事しか出来なくなっていた。

クルスに声を掛けた男は既に死体と化している。

 

「それじゃあ今すぐ向かいますね!」

『おう、悪いな、とりあえず会社の俺の部屋で待ってるから』

「あ、そっちなんですね、分かりました!」

『それじゃあまた後でな』

「はい、また後で!」

 

 そしてクルスは電話を切り、大はしゃぎでこう言った。

 

「よっしゃぁ、私大勝利!」

「何が大勝利なの?」

「ほえ?」

 

 背後からそんな声がかかり、クルスが振り向くと、

そこにはミサキの娘である海野杏が立っていた。

 

「あっ、杏も学校に来てたんだ?」

「うん、今日はちょっと用事があったの。それよりもこれは、一体どういう状況なの?」

「ほえ?」

 

 杏にそう聞かれ、クルスは首を傾げながら辺りを見回した。

その視界に入ってきたのは、落ち込む男達の群れと、足元に転がる男の死体であった。

 

「………えっ、何これ?」

「聞いているのは私なんだけど」

「えっと………………さあ?」

「知らないなら別にいいけど。で、随分と浮かれた顔をしているようだけど、何かあったの?」

「えっとね、この後八幡様に勉強を教える事になったの。もちろん二人きりで!」

「あ~あ~あ~………」

 

 そのクルスの言葉で、杏は何となく事情を悟った。

 

「で、この人は?」

「えっ?あっ!」

 

 それでクルスは自分が先ほどまで、この地面に横たわる男と話していた事を思い出した。

 

「あ~、そうだったそうだった、えっと、会話は聞いてたよね?

そういう訳だから飲みに行くのは無理です、というか今後も無理だからごめんなさい」

「………………あっ、はい」

 

 男はその言葉に弱々しく頷く事しか出来なかった。

 

「そういう訳だから杏、私、ちょっとマッハで行ってくるね」

「はいはい、お幸せにね!」

「ありがとう、今度どこかに遊びに行こうね!」

「期待しないで待ってるわ」

 

 クルスはそのまま凄まじい速度で走り去っていき、

残された杏は、まだ地面に倒れている男の肩を、ポン、と叩いた。

 

「ドンマイ」

 

 この事件はまたたく間に学校中の男に広がり、

それから卒業まで、プライベートな用事でクルスに声を掛けてくる男はいなくなったのであった。

これが卒業間際にクルスが残した最強伝説である。




八幡がクルスに頼み事をするだけで終わりました、
よくよく考えると、昔はこういう話、たまにありましたよね………
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