「さて、マックスを待ってる間、どうするかな。
一人で勉強してもいいんだが、効率を考えるとなぁ………」
クルスに助けを求めた八幡は、腕組みをしながらそう呟いた。
「………よし、詩乃と風太のバイトの様子でも見てみるか。これも職務だ、うん」
八幡は単なる冷やかしをそう理論武装し、アルゴに連絡をとった。
「ああ、アルゴ、ちょっといいか?」
『ん?ハー坊、オレっちに何か用事カ?』
「今詩乃と風太がバイトしてるだろ?」
『おウ』
「その進捗状況でもチェックしようかと思ったんだが、映像をこっちに回せるか?
あ、いや、もちろん冷やかしとかじゃなく、純粋に会社の事を考えての行動なんだが」
『ふ~ン』
アルゴの冷ややかな反応に、八幡は言い訳を重ねる。
「いやいや、純粋にだな………」
『ふ~ン』
だがアルゴは全く信用していないという風にそう繰り返すだけであり、
八幡は渋々と、アルゴに本当の理由を伝えた。
「………すまん、ちょこっと時間が空いちまって、ただの暇潰しだ」
『最初からそう言やいいんだヨ、オーケー、詩乃っちに連絡してから今映像を回すワ』
「あ、ありがとうございます」
八幡は何となくかしこまりながら、アルゴにお礼を言った。
一方その頃、風太は詩乃に強引に誘われ、高度四百メートルの上空にいた。
「えっと………何で空挺降下?」
「気分?」
「一人でやればいいんじゃね?」
「うるさいわね、それくらい付き合いなさいよ」
「俺、これをやるのは初めてなんだけど?」
「もちろん知ってるわよ」
「うわ、たちが悪い………」
「失礼ね、初めてで怖いだろうから付き添ってあげようっていう私の優しさが分からないの?」
「すみません、全然分かりません」
「なら今分かったわね、おめでとう」
「くっ、口じゃ勝てねぇ………」
そう、二人は今、空挺降下を行おうと、高度四百メートルを飛行中なのである。
「ぶっちゃけ怖いんだが」
「何よ、タマ無しね」
「お、女の子がそういう事言うんじゃねえよ!」
「女の子に幻想を持つのはやめなさい、そしてそれが風太がモテない理由の一つだと知りなさい」
「ひ、一つって、他にもあるのかよ!?」
「むしろ何で一つしかないと思ったのか不思議で仕方ないわ」
「うぐ………」
口では勝てないと言いつつも、つい男の意地で何度も挑んでしまい、
その度に負けてしまう、残念な風太であった。
「他にはそうね、例えばバレないと思って、
女の子の胸や足をチラチラ見てるところとかも理由の一つね。
言っておくけどみんな、風太の視線に気付いてるからね」
「何………だと………、じゃなくて、え~とえ~と、そ、そんなの八幡もだろ!」
「八幡はいいのよ、みんなわざと見せてるんだから」
「り、理不尽だ!」
「その余裕の無さと、器の小ささもモテない理由の一つね」
「くっ………」
「それに………」
詩乃が風太に、更に言葉を投げかけようとした瞬間に、
空中にモニター画面が開き、そこにアルゴが映し出された。
『おう詩乃っち、ちょっといいカ?』
「あれ、どうしたの?」
『いやな、ハー坊が今ちょこっと暇になったらしくて、二人のバイト風景を見学したいんだとサ』
「えっ?わ、分かった、すぐ準備するから三十秒後に繋いで」
『了解』
詩乃は風太には何も確認せず、独断でそう返事をすると、
凄まじい早さでコンソールを開き、一瞬でノースリーブのTシャツと短パンに着替えた。
「うっわ………」
(こんな時でもわざわざ着替えるのかよ)
「何よ」
呆れた声を上げた風太を、詩乃はじろっと睨んだ。風太はそれに怯み、何も言えなくなった。
「いや、何でもねぇ………」
「だったら最初から黙ってなさい。それといい?私の事をじろじろ見たら、引っこ抜くわよ」
「な、何をですかね!?」
「想像にお任せするわ」
「くっ、下手な事は言えねぇ………」
その時再び空中にモニターが表示され、そこに八幡が映し出された。
『おう、二人とも頑張って………るか?』
八幡は詩乃の姿を見て一瞬ギョッとしたが、頑張って最後まで言い切った。
だがそれを見逃す詩乃ではない。
「あら、今私の姿に見蕩れちゃった?」
「いや、今日も随分軽装だなと思っただけだ。
っていうか前から思ってたんだが、何でわざわざそんな格好を?」
「こ、この方が動きやすいからよ」
『ああ、そういう事か、それなら納得だわ』
後ろでは風太が、『八幡、それは違うぞ』と言いたげな顔をしていたが、
詩乃はそれを敏感に察知し、一瞬振り返って風太を威嚇した。
「おい風太、君」
詩乃はいつも通りに風太を呼び捨てにした直後に、とって付けたように君付けした。
「言い方怖えよ………」
それが逆に恐ろしくて、風太は何も言えなくなった。
そして再び八幡の方を向いた時、詩乃は輝かんばかりの笑顔を見せていた。
もちろん風太はその事にノーコメントを貫くしかない。
『というか、そこはどこだ?ビルの上か何かか?』
八幡からすると、今二人がいる場所は、どこかの室内に見え、
窓には青空が広がるのみである為、そう推測するのはある意味当然であろう。
「ううん、飛行機の上」
『えっ?そういえばその背中に背負ってるのは………おい、まさか空挺降下か?』
「うん、ちょっと風太君を鍛えてあげようかなって」
その詩乃の返事に八幡は首を傾げた。
『………おい詩乃、お前、いつも風太の事は呼び捨てなのに、何で今は君付けで呼んでるんだ?』
「うっ………」
詩乃はその指摘に絶句し、風太は詩乃の後ろで含み笑いをした。
「ぷっ、バレてやんの」
「おい風太」
「ひっ………な、何でもありません姉御」
「姉御言うな、本当に引っこ抜くわよ」
「な、何をですかね………」
さすがに風太が可愛そうだと思ったのか、ここで八幡が風太に助け舟を出した。
『おい詩乃、あまり風太をいじめてやるなって。あと、引っこ抜くとか女の子が言うんじゃねえ』
「そうね、確かにちょっと下品よね、恥ずかしい事を言っちゃった、てへっ」
「さっきと態度が全然違う………」
思わずそう口に出した風太を、詩乃が再び威嚇した。
「おい風太」
「ひっ………」
『だから詩乃、風太をあんまりいじめるなっての』
八幡は苦笑しながら再び詩乃を諌めたが、
自分に関する言葉以外で、詩乃が簡単に黙るはずもない。
「いじめてないわよ、これは愛………なんて無いから、ただの鞭よ」
『はぁ、あんまり死体に鞭打たないでやってくれよな』
「八幡のその言い方もひどくね!?」
「それじゃあ八幡、そろそろ飛ぶわ」
『………………』
「………八幡?」
『ん、あ、おう』
「スルーかよ!?」
風太は思わずそう言ったが、その一連の言葉は実は八幡には聞こえていなかった。
この時八幡は、以前詩乃が初めて空挺降下を行った時の事を思い出しており、
もしかしたらまた詩乃に恥をかかせてしまうかもしれないと、
バイトの見学をアルゴに頼んだ時に、
今何をやっているのか確認しなかった事を悔いていたのである。
「八幡、どうしたの?何か心配事?」
『………いや、何でもない』
だがその詩乃の平然とした口調で、八幡は考えを改めた。
詩乃がまったく動じていないようなので、多分大丈夫なのだろうと考え直したのである。
『それじゃあ見せてもらうわ』
「ええ、私の格好いいところを見てなさい。さあ風太、飛ぶわよ」
「………わ、分かった」
こうなると風太も覚悟を決める他はない。
詩乃がやる気満々な上に八幡が見ている為、格好悪いところを見せたくないからである。
「コースよし!コースよし!用意用意用意!降下降下降下!」
そして詩乃が降下の合図を出した。だが風太の足は、意思に反して前に出ようとはしない。
防衛本能が飛ぶ事を拒否しているのである。要するに、怖いものは怖いのだ。
「………風太?」
「お、おう」
「早く飛びなさい」
「い、今飛ぶところだ」
「………大丈夫?」
「も、もちろん!」
「………」
「………」
「………別に無理しなくてもいいわよ?」
ここで詩乃は打算から、八幡の目を気にして風太を気遣うそぶりを見せた。
「い、いや、大丈夫だ」
(こ、こいつ………)
詩乃のその豹変っぷりに、風太は突っ込みたくて仕方がなかったが、
後で詩乃に絶対に仕返しされる為、突っ込めなかった。
(こうなったらもう覚悟を決めて、さっさと終わらせてこいつから逃げ出そう)
そう思いながらも、やはり風太は飛ぶ事が出来ない。
それに業を煮やしたのか、詩乃が動いた。詩乃は八幡と風太の間に入り、八幡の方を向いて、
自分の二の腕をさすったり、腰を抱いて、その細さをアピールし始めたのである。
「ねぇ八幡、八幡は私の体は見慣れてるわよね?
どう?最近私の体、引き締まってきたと思わない?」
『いや、見慣れてねえけど………いきなり何だよ』
「またまた恥ずかしがっちゃって。で、どう?」
『………そ、そうだな、そうかもしれない』
「ふふっ、そうよね」
(そんなの分かる訳無いだろ!)
もちろん詩乃が主張するような事実は全く無く、
八幡が詩乃の体型に詳しいなどという事はない。
そもそも今は冬であり、詩乃と会う事があっても、基本その体型は服で隠されている。
それでも敢えて言うなら、八幡が薄着の詩乃を見た事があるのは、
半年くらい前に、詩乃の家を訪問した時くらいである。
だがその時も、八幡は詩乃に対し、スラッとしてるな、くらいの印象しか持たなかった為、
いきなり引き締まったと言われても、よく分からないのだ。
ちなみに相手が明日奈だったら、八幡はミリ単位で明日奈の体型の変化を言い当てる為、
詩乃にとってはドンマイと言う他はない。
まあしかし、今詩乃が八幡にアピールしているのは別の目的がある為であり、
詩乃的には八幡が詩乃の体型の変化について分からなくても全く問題ないのだ。
(よし、チャンス!)
詩乃は八幡の視線が自分の上半身に集中したのを確認した瞬間に、
風太に向けて後ろ蹴りを入れた。
「おわっ!」
『お?』
その声で八幡は詩乃の背後に目をやったが、その時には既に風太はいなくなっていた。
『風太の奴、飛んだか?』
「やっと飛んだみたいね、それじゃあ私も飛ぶわ」
『おう』
(詩乃の奴、今風太を蹴り落としやがったな………)
詩乃の行動は、実は八幡にバレバレであった。
だがここで余計な事を言って、詩乃を怒らせると後で八幡に対するセクハラが激しくなる為、
風太とは違った意味で、八幡もまた口を噤むしかなかった。
『詩乃、頑張れよ』
「うん!」
その代わりに八幡は詩乃を激励し、詩乃は嬉しそうに頷いた。
「反対扉、機内よし、お世話になりました!」
詩乃はかつて噛んでしまったセリフを今度は正確に叫ぶと、華麗に大空へと身を躍らせた。
今度は詩乃と風太が飛ぶだけで一話使ってしまいました………