詩乃が飛行機から華麗に飛び出したのを見て、八幡は感嘆の声を上げた。
『おお………』
この時八幡は、その詩乃の姿に素直に感動を覚えた。
前にあれだけ恥ずかしい姿を晒した詩乃が、立派な空挺隊員となったのが分かったからである。
ちなみに詩乃はこの時点で、体力面を別にすれば、
現実でも空挺降下を行う事が出来る、日本で唯一の女子高生である。
もし詩乃の事をマスコミが知ったら、あるいは空挺降下のオファーが来たかもしれない。
そしてそれに協力する為に自衛隊から派遣されてくるのが伊丹という所までがお約束だが、
残念ながらマスコミが詩乃の存在を知る事はなかった。
『お?』
そして八幡を映すモニターは詩乃にリンクされている為、
詩乃と同時にそのモニターも降下していく。
「八幡、どう?」
それに気付いた詩乃が、八幡の映るモニターにそう声を掛けてくる。
『いやぁ、正直感動した。本当にお前、凄く成長してるわ』
「ふふん、もっと褒めていいのよ」
『正直前の事があったから心配してたんだが、全くの杞憂だったな、正直すまなかった』
「その事については忘れて欲しいけどまあいいわ。
さすが、私の事を良く見ていると褒めてあげる。よしよし八幡、えらいえろい」
『今さりげなく、えろいとか言わなかったか!?』
さすがは八幡である、密かに詩乃が改変した言葉にもすぐに気付いて突っ込みを入れた。
だが詩乃は即座に対応し、二の矢を放ってくる。
「そんな事言ってないわよ。まったく八幡ったら、欲求不満なの?」
『んな訳あるか!』
「じゃあ何で、えろいって幻聴が聞こえたのかしらね?」
『くっそ、肯定も否定もさせないつもりか………』
「ふふん、私に口で勝とうなんて十年早いわよ」
『え、マジで?十年経ったら俺、お前に勝てるの?』
「うっ………」
ここで八幡が詩乃から一本取った。だがそれで大人しくなる詩乃ではない。
「………そうね、十年経ったらそういう事もあるかもしれないわ。
でもとりあえず現時点では、八幡は負けを認めるわよね?」
『そうだな、そういう事もあるかもしれないな』
八幡は詩乃の言葉をトレースしたが、それは悪手であった。
「それじゃあ約束通り、今度私の家で、一晩一緒に過ごしてもらうわよ」
『はぁ!?そんな約束、いつしたんだよ』
「これからするのよ」
『それは明らかに無理筋だろ………時系列がおかしいし』
「男が細かい事を気にするんじゃないわよ、敗者は勝者に従うものなの、
それが弱肉強食の掟というものよ」
(力技できやがった………こうなったら詩乃の奴、もう絶対に引かないな)
八幡はそう考え、話題をずらそうと試みた。
『本当に何でお前はそう強気一辺倒なんだろうな………』
「そう八幡に教育されたからよ」
『俺、お前の教育を間違ったか?』
「まあ私が八幡に教育してもらったのは、保健体育くらいだけどね」
『そんなもん教えた覚えは無えよ!?』
「あはははは、あはははははは」
どうやら詩乃は、この一連の会話が楽しくて仕方ないらしく、笑い始めた。
八幡もこういった詩乃との軽口の応酬は嫌いではなく、
その明るい姿に苦笑するしかなかった。
『全くお前は………』
「あはははははは、八幡、楽しいね!」
『まあそうだな』
ちなみにそんな二人の姿を後ろで見ていたアルゴと舞衣は、
いちゃついてんじゃねえと、ヒソヒソと言葉を交わしていた。
ダルは血の涙を流しながら八幡に呪詛を送っていたが、
もしそれを八幡に聞かれてしまうと、
『お前には阿万音由季さんがいるだろ』という突っ込みが絶対に来る為、口には出していない。
「さて、もうすぐ………」
着地ね、と詩乃が言おうとした瞬間に、
八幡を映すモニターの奥から勢いよくドアを開ける音がし、
続けてこんな声が聞こえてきた。
『八幡様、あなたのマックスがただいま到着致しました!』
そう、クルスが凄まじいテンションを維持したまま、マッハで到着したのである。
「あれ、今の声、クルス?」
『ん?おう、これからちょっとマックスに、勉強を教えてもらう事になっててな』
「え、そうなの?それならついでに私も………」
詩乃がそう言ってモニターを見た瞬間に、詩乃の背筋を凄まじい寒気が襲った。
「ひっ………」
『ん、どうした?』
「う、ううん、何でもない、今のは忘れて」
『よく分からないが、分かった』
そう、詩乃が勉強会に参加を表明しようとしたのを察知して、
クルスがモニター越しに殺気を飛ばしたのである。
名前の通り、テンションがマックスまで振り切っている今のクルスは、
八幡と二人きりの勉強会を行う為に、割り込んでくる物は全て破壊する危険物と化していた。
『八幡様、何を見てるんですか?』
直後にクルスは甘えるような口調で八幡にそう話しかけてきた。
(怖い怖い怖い怖い怖い)
詩乃は本能的に恐怖を覚え、一旦八幡の事は忘れて着地に集中する事にした。
見ると風太は何とか成功したらしく、五体満足で着地を終えていたが、
さすがにきつかったらしく、大の字になって地面に横たわっていた。
『ああ、詩乃と風太が今、空挺降下をやってるから、見学させてもらってたんだよ』
『へぇ、そうなんですかぁ!』
そしてクルスの姿がモニターに映ったが、
もう着地の態勢に入っていた為、怖い云々は関係なく、詩乃にはそちらを見る余裕はなかった。
『着地も上手く決まったな、パーフェクトだ』
『凄い凄い!』
「ありがと」
詩乃はその褒め言葉に対してお礼を言うと、少し落ち着いたのか、クルスに向けて挨拶をした。
「ハイ、クルス」
『ハイ、詩乃』
そう言いながら、二人は目と目で会話していた。
(仕方ないわね、今日は邪魔はしないでおいてあげるわ)
(ありがと、次はちゃんと譲るから)
(うん、その時は宜しくね)
(了解)
そんな和解めいたやり取りが繰り広げられていた事に、八幡が気付くはずもない。
『ふう、手に汗を握っちまった、それじゃあ詩乃、バイト、頑張れよ』
『詩乃、頑張って!』
「うん、二人も勉強頑張ってね」
『風太は………まだ起きれないか、まあ宜しく言っといてくれ』
「ええ、伝えておくわ」
そしてモニター越しに二人が去っていくのが見え、
詩乃は素早く元の格好に着替えると、そのまま風太に歩み寄った。
「うわ、もう着替えたのか………」
「当たり前じゃない、八幡はもういないんだから」
「徹底してやがるな………」
風太はそう言って苦笑したが、まだ起き上がる事は出来ないでいた。
「本当に大丈夫?」
「お、おう………大丈夫じゃないから、ちょっと落ちて休んでくるわ」
「そうしなさい。そうそう、八幡が宜しくって言ってたわよ」
「聞こえてはいたけど、起きれなかったわ………」
「まったく、もうちょっと度胸をつけないと、女の子にはモテないわよ」
「努力する………」
「それじゃあまたね」
「お、おう、またな」
そのまま詩乃は去っていき、風太は横になったまま、ログアウトのボタンを押した。
「ふう………」
現実世界に帰還した後、風太は大きくため息をついた。
「あれが空挺降下か………きついなおい」
風太は口に出してはそう言ったが、内心では屈辱に燃えていた。
「くっそ、今度はもっと上手くやってやる………勇人だって難なくこなしてるらしいしな」
そう、勇人は風太より先に、詩乃に何度も空挺降下をやらされ、
今では日本で唯一、空挺降下が出来る中学生となっていた。
もしこの事をマスコミが………いや、それは置いておき、
先輩の風太としては、いつまでも勇人の後塵を拝している訳にはいかなかったのである。
「とりあえず飲み物を………ってか今何時だ?」
風太はそう言いながら、無料自販機で水を購入し、
とはいえ無料なので別に何か支払いをした訳ではないが、
キャップを捻ってゴクゴクと水を飲み干し、やっと一息つく事が出来た。
「なんだかんだ、まだ三十分しか経ってないのか………ん?」
スマホで時間を確認した風太は、
薄塩たらここと大善からメッセージが届いている事に気が付いた。
「何かあったか………?」
そのメッセージを開いた風太は、疲れているのも忘れて立ち上がった。
「マジかよ、詩乃は………当分出てこないな、
あっちにもメッセージが届いてるだろうが、一応俺からも送っておくか」
風太はそう呟くと、詩乃にメッセージを送った。
『偵察中に、たらこ達が例のスコードロンと鉢合わせして、戦闘に突入したらしい。
でも防戦一方らしくて何とかしのいでる状態らしいから、ちょっと先に行ってくるわ』
そのまま風太はバイトを一時中断し、GGOへとログインした。
何気にハイテンション・シリーズは三人目でした。
第1009話、ハイテンション・理央
第1159話、ハイテンション・愛
みんなポンコツになるのが困り物ですね(汗