「いや、ねぇ、ちょっと待ってちょっと待って、これってまずくない?」
戦慄した顔でレンがそう呟いた。
「ちょっ………これはありえなくない?」
「シャナさんならいけそうだけど………」
「それってつまり、相手がシャナクラスだって事!?」
「そこまでは言わないけど、でも当たらずとも遠からず………?」
観戦開始から五分が過ぎ、三十人からいたTーSとその仲間達は、
今や一桁にまで減らされていた。とにかく射撃の正確さと動きの熟練度が違い過ぎる。
このままだとほとんど疲弊しないまま、戦闘が終わってしまうように思われた。
「ピトさん、どうする?」
「即時撤退!やるにしろやらないにしろ、この戦場はまずいわ。
数の差がそのままこっちの不利になっちゃうからね」
ここは砂漠地帯という事もあり、基本遮蔽物の無い戦場と言える。
あるのは今ピトフーイ達がいる、小さな宇宙戦艦らしきものの残骸と、
T-S達がいる小屋の残骸くらいなものだ。
後はゴエティアがいる付近に砂の丘による多少のアップダウンはあるが、そのくらいである。
「了解!」
「どこに向かう?」
「近くに廃墟になった街があったはずよ、そこに向かうわ」
「ゴエティア、追いかけてくるかな?」
「どうだろう、五分五分ね」
四人はそのままニャン号に飛び乗り、一目散に逃走を開始した。
目的の街は、ここから車で三十分ほどの距離にあるが、
少なくともこの場所よりは、多少プレイヤーが拠点としている唯一の街の近くにあり、
薄塩たらこが援軍に来てくれるまでの時間を若干短縮する事が可能である。
「シャーリー、相手から目を離さないで、何かあったら教えて」
「オッケー………って、まずい、もう戦闘が終わったみたい」
「追いかけてくる?」
「でも足はあるのかな?」
「あっ」
その時シャーリーが小さな叫び声を上げた。
三人はその叫びに、嫌なものを感じずにはいられない。
「一部のメンバーが先行して車を取りに行ってたみたい、
T-S達が残した戦利品には目もくれず、もう移動準備を始めてる。
これは絶対このままうちを追いかけてくるわね」
「敵の被害は?」
「さすがに無傷とはいかなかったみたいだけど、多分二~三人しか減ってない」
「ほとんど被害無しか………」
「キルレシオ、十倍かよ!」
「レンちゃん、たらおに移動先を連絡して!みんな、街まで思いっきり飛ばすわよ!」
そう言ってピトフーイは思いっきりアクセルを踏み込んだ。
それにより、ニャン号のエンジンが咆哮を上げ、車体が急加速する。
「来た!」
「大丈夫、暇だったから仕掛けはしておいたぜ!」
その時フカ次郎が不敵な顔でそう言い、直後にゴエティアの操る車の前で爆発が起こった。
「よっしゃ!」
ゴエティアはそれで一旦動きを止め、フカ次郎は快哉を叫んだ。
「フカ、何をしたの?」
「ああ、地雷を埋めといたんだよ、時限式のな。
急いでたから一発だけだけど、これで相手は警戒して、安易に前進は出来なくなっただろ」
「おお~、やるね、フカちゃん!」
「あたぼうよ、私はキレとコクの女だぜ!」
「ごめん、何言ってるのか分からない」
「とにかくちょっとした足止めにはなるだろうから、今のうちにとんずらだぜ!」
「オッケー、行くわよ!」
そのフカ次郎の機転により、PLSFは十分な逃走の時間を稼ぐ事が出来たが、
ゴエティアは多少時間をロスしたが、そのまま回り込んで全力でニャン号を追いかけ始めた。
「戦場を回りこんで追いかけてきたね、ゴエティア」
「うえっ、対応早えな!」
「でも多分三分くらいは稼げたと思う」
「上等上等!レンちゃん、たらおは?」
「廃墟の街に向けて移動中みたい!何かZEMALも一緒に来てくれたって!」
「へぇ?どんな風の吹き回しかしらね」
そのままかなり距離を開けた状態で追いかけっこを続き、
PLSFは無事に廃墟の街へと到着する事が出来た。
「ここには何度か来た事があるわ、とりあえずこっちへ」
そう言ってピトフーイが向かったのは、かつての警察署であった。
「ここなら防衛戦をやるにもゲリラ戦をやるにも向いてると思うのよね」
「ここって警察署?へぇ、出動用の専用口もあるのか」
「ここならあの数相手でも結構やれそうだね」
「結構高さもあるね、あそこから狙撃出来そう」
「よし、ここで敵を迎え撃つよ!」
「「「お~!」」」
時間が無いのにやる事は山ほどある。トラップの設置、迎え撃つ場所の選定、
狙撃場所の確保など、四人はめまぐるしく動いている。
そしてある程度の準備が終わった後、遂にゴエティアの面々が街へと到着した。
「来たね」
「私達がここにいる事は知らないはず、まだ時間はある!」
その言葉通り、ゴエティアは周囲に気を配りながら、
ゆっくりとこちらの姿を探しているように見えた。
「このままなら最初の一撃はくらわせられそうだけど………」
「それでこっちの居場所がバレると考えると、痛し痒しだなぁ」
「って事は最初は奇襲で面攻撃出来れば最高?」
「う~ん、でも相手をそれを見越して散ってるみたいだしねぇ………」
さすがはゴエティア、奇襲を受ける事を覚悟でメンバーを散らし、
定時連絡を行わせる事で、PLSFがどこにいるか、見極めるつもりのようだ。
「どうする?」
「そうねぇ………出来れば最初に向こうのリーダーを倒せれば最高なんだけど」
「ちょっと判断出来ないね」
「見た目も一緒だしねぇ………」
どこかに連絡を入れている風な者はいるが、それがリーダーだという確信は持てない。
そうこうしている間に包囲の輪は狭まり、敵はどんどん警察署へと近付いてくる。
「よし、それじゃあこうしましょう。初手はシャーリーの狙撃、
同時にフカちゃんは適当に敵目掛けてグレネードを降らせて。
それで多分、何人か敵を倒せるはずよ」
「オーケー、必ず仕留めてみせるわ」
「よっしゃ、ここまで弾を温存してきたから、右太と左子がうずうずしてやがるぜ!」
二人がそう言って配置に着こうとした時、遠くに何か、土埃が見えた。
「お?」
「あれって………色がノーマルだし、街で貸し出してるハンヴィー?」
「って事は、もしかしてたらおが来た?」
「待って、今見てみるぜ」
そう言って単眼鏡を覗きこんだフカ次郎は、おかしな声を上げた。
「うひゃぃっ」
「え、何?どうしたの?」
「ビ、ビービーだ、あれ………」
「えっ?ビービー?」
「一緒にZEMALの連中もいる、って事は、ビービーが私の援軍?一体どうなってるんだ?」
フカ次郎は混乱したが、他の者達はさほど疑問に思わなかった。
そもそもビービーとフカ次郎の遺恨は既に無くなっており、
フカ次郎はともかく、ビービーの方はフカ次郎をそれほど意識しているようには見えないからだ。
であれば、ビービーだったらおそらく、薄塩たらこに報酬を示されれば、
フカ次郎の事は関係なく、援軍として動く可能性は当然あるだろう。
「というか、たらおは?」
「う~ん、姿は見えないかな」
「まさか敵前逃亡!?」
「いや、それは無いんじゃないかな………」
「って事は、途中で車を降りたのかしら」
「何の為に?」
「それはもちろん陰からこっちのサポートを………」
「いや、まあもう着いてるけどな」
「うわっ!」
「た、たらお?」
そこにいきなりそんな声がかかり、薄塩たらこが警察署内に姿を現した。
「ど、どうやってここに?」
「居場所もトラップの場所も聞いてたしな、早めに車を降りて走って、普通に歩いてきたぞ」
「おお」
「たらお、やるじゃん!」
「まあ海外勢に好き勝手はさせられないからな、友達の仇でもあるし」
薄塩たらこはそう言ってニヒルに微笑んだ。
「それじゃあビービー達は一体何を?」
「陽動だな、敵を見掛け次第、マシンガンをぶっ放すつもりらしい」
「おぉ………それじゃあやっぱりビービーは援軍なんだ………」
「だな、おいフカ、ビービーから伝言だ。
いつかの約束はここで果たすから、これで貸し借り無しだ、ってよ」
「約束………?」
どうやらすっかり忘れていたらしく、
それでフカ次郎は、かつてビービーと交わした約束について思い出した。
『この借りの代償として、今後一度だけ、あんた個人に味方してあげる事にする』
それはかつて、アスカ・エンパイアの猫が原で交わされた約束であった。
「何だよあいつ、私はもう忘れてたってのに、義理堅いこったな」
そう言いながらフカ次郎は、誰にも顔を見られないように顔を背けていた。
「よし、それじゃあ一丁やってやろうぜ!」
直後にフカ次郎は、目元をぐいっとぬぐいながらそう言い、
仲間達は口々に、やってやろうぜ、などと声を上げた。
「それじゃあ戦闘を開始しましょうか」
「「「「おう!」」」」
こうして倍近い戦力差はあるが、PLSF達とゴエティアの戦いが開始された。