ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1190話 ゴエティアのリーダー

 フカ次郎は、通信機から聞こえてきたビービーの言葉から、ビービーが倒された事を確信した。

 

「くそ、マジかよ………あっさりやられてるんじゃねえよ、ビービー………」

 

 フカ次郎はそう言ってその場に蹲ったが、直後にその頭上を弾丸が通過した。

 

「おわっ!マジか、ここも危ないな」

 

 九死に一生を得たフカ次郎はそう呟くと、仲間達にこの事を伝えた。

 

『ビービーが?』

「ああ、敵のもう一チームは狙撃部隊だ、窓際に行くと多分撃たれる」

『くっ、そういう事が無いように、出来るだけ狙撃を受けない場所を選んだつもりだったけど、

どうやら敵の腕をなめてたみたいね………』

 

 ピトフーイは素直に自分の非を認めたが、さりとてこのビルよりも条件のいい場所は、

この街にはほぼ存在しないというのが現状である。

 

『まずいわね、このままだとジリ貧になるかも』

『ピト、私が狙撃し返してみる』

 

 やや弱気な事を呟いたピトフーイに、シャーリーがそう進言してきた。

 

『いけるの?』

『分からない、でもやるしかない、そうでしょ?』

 

 シャーリーのその言葉に、ピトフーイはすぐに決断した。

 

『たらお、その場は放棄、三階まで上がって。

私もそっちに向かうから、そこで敵を迎撃しましょう。

フカちゃんは敵に姿を見せないように、グレネードで敵のボスを狙ってみて』

『分かった、直ぐに動くぜ』

「ボス狙い、上等!倒せないまでも、弾切れまで精一杯撃ちまくってやるぜ!」

『レンちゃんには別の任務を与えるわ、きついけど何とかやってみて』

『う、うん!』

 

 どんな不利な状況であろうとも、この五人が諦める事はない。

 

 

 

 一方ヌルポは、狙撃班であるチャーリーからの連絡を受け、舌打ちしていた。

 

『ボス、敵に攻撃を避けられた、アンラッキーだ』

「お前が外したなら確かにアンラッキーなんだろうな、

まあ気にするな、以後全フロアをマークして、味方がいないフロアで何か動いたら即狙撃しろ」

『了解、本当にすまねえボス』

 

 続けて正面と裏口からも通信が入る。

 

『ボス、敵からの攻撃が止んだ、多分上の階に退いたんだと思われる』

『こっちもだボス、このまま追撃を開始していいか?』

「オーケー………っと、何だぁ?」

 

 仲間からの連絡にそう返事する途中で、ヌルポは先ほど狙撃に失敗した、

敵の一人がいるであろうフロアから、何かが飛び出してくるのを見た。

 

「うおっ、グレネードかよ。チャーリー、敵の姿は見えたか?」

『駄目だボス、クレイジーだ、敵は姿を隠しながらボス目掛けて攻撃してやがる!』

「マジかよ、確かフカ次郎だったか、とんでもねぇな………」

 

 ヌルポはそう言いながら、回避行動を開始した。

もちろんその攻撃は余裕でかわしたが、

直後に自身目掛けて再びグレネードが発射され、ヌルポは驚愕する事となった。

 

「おいチャーリー、敵のグレネーダーは姿を見せたか?」

『いや、全く出てこねえ、クレイジーだ、あのガキ、隠れたまま撃ちやがった!』

「こっちを見てないだと?一体どうなってやがる!」

『分からねえ、どうにかしてボスの姿を観測してるとしか………』

「仕方ねえ、俺はグレネードじゃ狙えない位置まで一旦下がる、

チャーリーはそのまま監視を続けろ!」

『オーケー、ボス』

 

 実はこの混乱に乗じて、レンが排気口からこっそりとビルを抜け出していたのだが、

ゴエティアの誰も、その事に気付けなかった。

 

 

 

「ピトさん、敵のリーダーを下がらせたぜ!」

 

 フカ次郎は得意げにピトフーイにそう報告を入れた。

 

『あらフカちゃん、凄いじゃない』

『マジかよ、どうやってやったんだ?』

「ビービーのおかげかな、実はビービーの奴、

倒される寸前に、人感センサー付きのレーダーをその場に置いたらしくって、

ついさっきその事が書いてあるメッセージが来たんだぜ!」

『ほう?』

『さすがというべきなのかしらね』

 

 フカ次郎はビービーから教えられた周波数に合わせて敵の位置を把握し、

それでヌルポ目掛けて攻撃を仕掛けていたのであった。

受信に関しては、通信機に供え付きの小型モニターを使った為、

とても見にくく場所の特定は困難を極めたが、

フカ次郎はビービーの機転を生かすべく、本気で集中し、

見事にそれをやり遂げてみせたのである。

 

「でもこれで弾切れだ、これで私は役立たずだから、

あとはシャーリーに借りた血華での白兵戦くらいしか出来ねえ」

『了解、とりあえずその場で待機して、敵の狙撃手の位置を探ってみて。

もし判明したら、そのままレンちゃんに指示出しをお願い』

「オーケーだぜ!」

 

 レンが警察署を抜け出したのは、まさにこの為であった。

ピトフーイは、今日は狩りという事もあり、

いつもは大量に所持している武器の類拠点である鞍馬山に預け、

その分大量の弾薬類を持ってきていた。

それでおそらく薄塩たらこと二人でフロアを守れると踏んだピトフーイは、

狙撃班を処理する為に、レンをここで野に放ったのである。

同時にピトフーイは今の報告で、あわよくば敵のリーダーさえも葬りされるかもと一瞬考えたが、

敵のリーダーが狙撃班から連絡が無くなった事で、こちらの別働隊の存在に気付いたら、

それも難しくなるだろうと思い直した。

 

『それじゃあレンちゃん、お願いね』

『うん!それっぽい所は限られてるし、片っ端から当たってみるね!』

 

 レンはそう言って、敵に見つからないように気を付けながら行動を開始した。

 

 

 

「アルファ、ブラボー、どうだ?突破出来そうか?」

 

 ヌルポはすこし離れた所にある建物の一つに移動し、そこから指示を再開していた。

ここはチャーリーからも見えないが、近くには敵はいないはずなので、

とりあえずはセーフティゾーンだと思われた。

 

『すまねえボス、あいつら狂ったように撃ちまくってきやがる』

『明らかに常識を超えた量の弾を持ってやがるみたいだ』

「そうか、この辺りはゲームだから仕方ないって事だな」

 

 ゴエティアの目的は、言ってしまえばかつてNarrowが行った、

GGOを実戦の戦闘訓練の場として活用する事である。

Narrowはここが現実離れしているとして、不適格と判定したが、

かつてSAOをプレイし、思考が柔軟になっているヌルポの考えは違っていた。

 

『GGOで常識外れの超人を相手に戦えれば、実戦で普通の人間相手に負けるはずがない』

『どんな奇抜な戦法を取られても、対応出来るだけの柔軟な思考が出来るようになる』

 

 ヌルポはそう考え、自身の持つ傭兵団にアカウントを作らせ、

本国での仕事に支障が無いようにと気を遣って、

アメリカサーバーではなくわざわざ手間をかけて日本サーバーに接続し、

ここでこうして訓練を行っているのだった。

 

「せっかくガブリエルの奴から傭兵団をもらえたんだ、

いくら俺でも適当なままじゃいられねえ、もっとショーを楽しむ為にも鍛えまくらないとだな」

 

 そしてヌルポは情報を集め、PLSFに目を付けた。

シャナがハチマンな事は、その動きを見て一発で看破していたし、

GGOで人は死なないとはいえ、シャナの周辺のプレイヤーを狩る事で、

少しでもシャナに嫌がらせをしたいと考えた為である。

 

『いいか、敵の中にピンク色のチビがいるはずだ、そいつは出来るだけ生け捕りにしろ』

 

 そしてもう一つ、訓練と称してヌルポが出した指示がそれであった。

ヌルポはレンが特にシャナと近しいという情報を得ており、

仲間達には内緒で、レンを捕虜にして一人でなぶり殺しにするつもりであったのである。

 

「さすが、一筋縄じゃいかねえな………」

 

 ヌルポは報告を受けてそう呟くと、とても楽しそうにニヤリと笑った。

 

「だがそうじゃなくちゃいけねえ、さすがはハチマンだ、ぎゃはははははは!」

 

 SAOから解放され、傭兵として戦いの中に身を置いてきたヌルポにとって、

この訓練は、趣味と実益を兼ねた、とても楽しいショーなのであった。

 

 

 

「いた!」

 

 そして仲間達が耐えている間、レンはフカ次郎がいる側から見て反対方向にあるビルに潜入し、

そこで見事に敵の狙撃手の一人を発見していた。

 

「速攻!」

 

 レンはそう呟くと、周囲に全く気を配っていなかったそのプレイヤーを一瞬で蜂の巣にした。

 

「What!?」

「うわ、話には聞いてたけど、やっぱり外国の人なんだねぇ」

 

 レンはそのプレイヤーの死亡マーカーに、のんびりとそう話しかけたが、

それはレンにとって、痛恨の失策となった。

話しかけた事自体は何の支障も無い、そもそも相手はレンの日本語を理解出来ない。

だがレンは、その姿を相手に見られてしまった。

誰がここにいたのかを、敵に知られてしまったのである。

こうして死んだゴエティアの狙撃手からメッセージとしてヌルポに連絡がいき、

レンはこの後、若干苦労させられる事となる。


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