ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1191話 救いの手

 最初の狙撃手を倒した後、レンは次の目標を定めようと、

ビルから顔を覗かせて、周囲の様子を確認していた。

 

「え~と、次は………う~ん、ここからじゃよく分からないかぁ」

 

 さすがにかなり離れている為、レンの位置からはどのビルが怪しいのか見当がつかない。

 

「現地に行くしかないかな、うん」

 

 そう考え、レンは窓を離れようとし、遠くに思いがけない物を見て、再び窓際に戻った。

 

「あ、あれ?砂埃?」

 

 そう、遠くに見えたのは、明らかに車が原因と思われる砂埃であった。

 

「う~ん、誰だろ?」

 

 そう言ってレンは単眼鏡をそちらに向けたが、

それが何かを確認した瞬間、その動きがはたと止まった。

 

「え、え、嘘!あれって敵の援軍?」

 

 それは新たなハンヴィーであり、その運転席から見えるプレイヤーは、

ゴエティアのメンバーと同じマスクを被っていたのである。

 

「わ、わ、早くピトさんに知らせなきゃ!」

 

 レンはそう考え、通信機を取り出したが、通信機からはノイズが聞こえてくるだけで、

仲間の誰にも通信は繋がらない。

 

「嘘、何で?何で?」

 

 それは死んだ仲間から情報提供を受けたヌルポが、

稼動時間が短いせいで、温存していたジャミング発生装置を作動させたからである。

今までは何で使っていなかったかというと、敵~PLSFが同じビルに留まっていたからであり、

レンが単独行動をしていると判明した今、それを使わない手は無かったのである。

 

「フカにも繋がらない………う~ん、仕方ないなぁ………」

 

 おかげでレンは、敵の援軍が到着した事をメッセージとして送る事しか出来なかったが、

ピトフーイも激しく応戦している最中な為、安易にコンソールをいじっている暇はない。

事実この段階で、ヌルポは敵への攻勢を強める指示を出しており、

レンは全員にメッセージを送ったが、フカ次郎とシャーリーからは返信があったものの、

二人経由のメッセージもまた、ピトフーイと薄塩たらこに見てもらえる事は無かったのである。

 

『こうなったら私が下に走るぜ、とりあえずレン、次の目標は、西に見える先の尖ったビルだ』

 

 フカ次郎からこんなメッセージが届き、レンはすぐに走り出した。

このまま連絡を待っていても仕方がないと思ったからだ。

この直後にシャーリーから、東の敵を倒したという報告が入り、

レンはその事に喜びながら、全力で西へと走った。

 

 

 

「ピトさん、一大事だぜ!」

 

 その頃フカ次郎は、階下へと走ってピトフーイと薄塩たらこと合流していた。

 

「フカちゃん?一体どうしたの?」

「悪い、攻撃したままでいいから話を聞いてくれ!」

 

 フカ次郎はそう言って、敵の援軍が来た事をピトフーイに伝えた。

 

「ああ、このメッセージはそういう事だったんだ。援軍かぁ、それはまずいわね………」

「だよね………どうする?」

「むぅ………」

 

 ピトフーイは少し悩んだ後、フカ次郎にこう答えた。

 

「とりあえず現状維持で、敵の狙撃手を全員倒したらここを捨てましょう。

壁をぶち抜いて飛び降りれば、まあ脱出は出来ると思うし、

狙撃手を片付ければ私達の脱出が知られるまで、少しは時間が稼げると思うわ。

その後は相手も私達を探す為に散ると思うから、そのままゲリラ戦ね」

「ゲリラ戦か、まあそれなら私でもいけるかな、血華があるし!」

 

 フカ次郎は通常の銃を撃っても全く当たらないほど射撃が下手だが、

輝光剣を使わせれば、一流の剣士として活躍する事が出来る。

 

「オーケー、それじゃあ私は持ち場に戻るぜ!シャーリーにもメッセージでこの事は伝えておく」

「うん、お願いね」

「頼むぜフカ!」

「任せて!」

 

 この時薄塩たらこには別のメッセージが届いていたが、

その事に彼が気付くのはかなり後の事である。

 

 

 

 そしてレンは、フカ次郎の指示通りに次のビルへと到着したが、

その時点で信じられない事に、西のビルの入り口には敵の援軍が四人、到着していた。

 

「うわ、こっちに来ちゃったんだ?」

 

 これはヌルポのファインプレーであり、レンにとっては不幸………とは言いきれなかった。

 

「仕方ない、また換気口から中に入ろう」

 

 そう、レンにはその手があるのだ。

レンは通常のプレイヤーでは入れないはずの換気口からビルの中に入った。

 

「余裕余裕、さてと、敵はどこかな」

 

 もしかして警戒されているかもしれないと思ったが、

案に相違して、上にいた狙撃手は隙だらけであった。

仲間がビル周辺をガードしてくれていると連絡があったのが災いしたのである。

 

(いただきぃ!)

 

 レンは心の中でそう思うと、敵に向けて躊躇いなく引き金を引いた。

 

「Fuck………」

「女の子にそういう事は言わないの!」

 

 レンはそのまま窓から顔を出し、下に声をかけた。

 

「Fuck!」

 

 先ほど死んだプレイヤーには苦情を述べた癖に、レンはそれと全く同じ事を下に向けて言った。

それを受け、下にいた者達が慌ててこちらに向かって階段を上がってくる。

 

「引っかかったね!」

 

 レンはそのまま鉤付きロープを窓からたらし、

死ぬほどシャナに鍛えられた懸垂下降で、凄まじい速度で地面まで到達すると、

正直もったいないと思ったが、時間が無い為に、ロープを回収せずにそのまま北方面へと走った。

目的地はシャーリーから連絡があり、どのビルかは既に特定済みであった。

そして幸いな事に、敵の援軍はこちらには誰も配置されてはいなかった。

 

「ラッキー!」

 

 レンはそのままビルの中に入ったが、こちらに援軍がいないという事は、

既に手をうってあるという事に他ならない。

ビルの上には狙撃手の姿は無く、レンは困惑した。

 

「くぅ、いない………もしかして入れ違った?」

 

 実際は、敵はいくつか下のフロアに隠れており、

レンが通過した後に姿を現し、今まさにレンに迫ろうとしていた。

 

「まあいっか、ビルごと壊しちゃおう」

 

 レンが下した決断は、常識ではありえないものであった。

レンは、敵には気付いていなかったが、

敵がとても反応出来ないようなありえない速度で一気に一階へと駆け下り、

そのままビル内にプラズマグレネードを一つ投げ込んで、慌ててビルから離れた。

 

「三、二、一、ぼ~ん!」

 

 そのままプラズマグレネードは爆発し、ビルは瓦礫の山となった。

当然ゴエティア最後の狙撃手はビルの崩壊と共に死亡し、

レンは廃墟となった瓦礫の上に、敵の死亡マーカーがあるのを確認してニンマリとした。

 

「ミッション・コンプリート!」

 

 レンはガッツポーズをし、そのまま走り去った。

 

 

 

「何だ今の音は………」

 

 レンがビルを爆破した頃、ヌルポはその音を聞きつけ、慌てて隠れていたビルから顔を出した。

 

「うお、マジか、俺も大概だが、こいつらもイカれてやがるな」

 

 折しも狙撃手の最後の生き残りからメッセージが届き、

ヌルポはチャーリーが全滅した事を知って、そう呟いた。

 

「まあ仕方ねえ、あいつらと合流して俺も出るか」

 

 ここで奇跡が起こった。ヌルポがそう決断し、行動を開始しようとしたその時、

遠くで上がる土埃が見えたのである。

 

「あれは………車とかじゃねえな、あれは………そうか、あのピンクのチビか!」

 

 ヌルポはそれを一瞬でレンだと判断し、即席で罠を仕掛けつつ、迎撃体制をとった。

それは単純な足を引っ掛けるワイヤートラップであり、

物陰に隠れたヌルポは、レンが通りかかる寸前にそのワイヤーを引っ張り、

レンを見事に転倒させる事に成功した。

 

「ぎゃああああああ!」

 

 そのままレンはビルの陰に激突し、かなりのダメージをくらった。

自身の移動速度の速さが仇になった格好である。

 

「う、うぅ………」

「動くなよ、チビ」

「あ………」

 

 そんなレンに、ヌルポは素早く銃で狙いを付けてその動きを止めた。

あるいは自分の速度なら、この場を脱出出来るかもと考えたレンであったが、

ヌルポの鋭い視線を見たレンは、すぐにその考えを捨てた。

 

(この人、多分強い………)

 

 レンは、確実に射殺されてしまうだろうと考え直し、

とりあえず両手を上げ、大人しくしている事にした。

 

(みんな、ごめん………)

 

 レンは死を覚悟したが、ヌルポはいつまで経ってもレンを撃とうとはせず、

持っていた手錠をレンの手足にかけ始めた。

 

(あ、私を捕虜にするつもりなんだ………)

 

 レンは、それならそれでラッキー、と思ったが、

次のヌルポの言葉を聞いて、顔色を失った。

 

「お前がシャナのお気に入りか、

落ち着いたら拷問してやるから、まあ楽しみにしておきな、ふひっ」

 

(ぎゃああああ!こ、この人、やばい人だ………。

まあ痛みはほぼ無いはずだし、何とかなる、うん、多分………)

 

 レンは泣きそうになったがもうどうしようもない。

 

「さて、それじゃあ残りのお前の仲間も掃除しちまうか、イッツショータイム」

 

 レンは何とか逃げ出せないかと考えたが、更に悪い事に、そこに敵の援軍が到着した。

西のビルにいた、あの四人である。

 

「ボス、すまねえ、まんまとやられちまった」

 

(おお、英語………今ボスって聞こえたから、この変態がリーダーなんだね)

 

 レンはそう考えたが、その時レンに、誰かからのメッセージが届いた。

 

(むむ………)

 

 レンは手足が拘束されてはいたが、一応腕は上下には動かせ、手も開く事が出来た為、

逃げようと暴れる振りをしながら宙をクリックし、そのメッセージを何とか開いた。

 

「チッ、暴れるんじゃねえよ、クソガキが」

 

 英語では分からないと判断したのか、ヌルポがレンに日本語でそう声をかける。

レンはヌルポを睨みながら、諦めたような演技をし、

そのまま上目遣いでこっそりとそのメッセージを読んだ。

 

(あっ!)

 

 そこに書いてある文章を読んだレンは、それ以上動くのを止め、その時を待った。

そしてその時は、すぐにやってきた。

 

 バギン!

 

 という音と共に、ヌルポの横にいた援軍の一人が四散したのである。

 

「何っ!?」

「狙撃か!?」

「マジか、敵は全員あのビルの中にいるはずだろ!?」

 

 ヌルポ達は英語でそう叫ぶと、慌てて物陰に隠れた。

レンの事は放置状態だったが、それはレンが走れないだろうと考えていたからである。

そしてピトフーイ達の事もまた正解であった。脱出を決めてはいたものの、

現時点でピトフーイ達は、まだ警察署の中にいる。

 

「まさか敵の新手か?」

 

 尚も謎の弾丸は、ヌルポとレンの丁度中間辺りに飛んでくる。

 

(もしかしてシャーリーさん?)

 

 レンはそう考え、警察署の方を見たが、他のビルが邪魔をして、その姿は見えない。

要するにシャーリーではないという事だ。

 

(じゃあ一体誰が………)

 

 そう考えるレン目掛けて、いきなり何者かが凄まじい速度で迫ってきた。

その方向はヌルポ達から死角になる為、ゴエティアの誰もまだその事に気付いていない。

 

(あ、あれはもしかして………)

 

 レンは相手の正体が分かり、その意図も把握した為、大人しくその時を待った。

そしてその何者かは、ヌルポ達の隙を突いてレンをガシッと抱えると、

そのまま元来た方向へと走り出した。

 

「何っ!?」

「何者だ?」

 

 そいう言ってヌルポ達はその人物に銃を向けようとしたが、

その瞬間に再び着弾があり、ヌルポ達は再び隠れざるを得なくなった。

その間にその人物は走り去り、そのまま狙撃も止まった。

 

「し、師匠!」

「おうレン、助けに来たぞ!」

「師匠~!」

 

 レンは感動のあまりうるうるし、そして闇風は、そのままレンを近くのビルへと運び込んだ。

 

「ハイ、レン、大丈夫?」

「シ、シノンちゃん!」

 

 そしてそのビルの中から姿を現したのは、まさかのシノンだったのである。


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