風太が落ちてから十五分後、バイトのミッションがひと段落した詩乃は、
休憩がてら、何となく風太が今何をしているのか確認しようとした。
「またからかって………じゃない、教育してあげようかしら」
そんな事を考えながら、他のバイトのステータスを表示した詩乃は、
そこに風太の名前が無い事を確認し、首を傾げた。
「あれ、いない?」
風太がバイトを終えるのがちょっと早すぎると思った詩乃はアルゴに連絡を入れ、
風太の事を尋ねる事にした。
「ハイ、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
『ん、何か内容で分からない事でもあったカ?』
「あ、ううん、そういうんじゃなくて、風太が今何をしてるか知らないかなって思って」
『ああ、フーフーはついさっきバイトを終わらせて、
慌ててGGOにログインしてったぞ。今は仮眠室だナ』
「………何ですって!?」
大善から連絡があるとすれば、もう少し後だろうと考えていた詩乃は、
何かあったのだと考え、自分もバイトを早退し、GGOへとログインする事にした。
「………ごめんアルゴ、私もちょっとGGOに行ってくるわ、今日のバイトはここまでね」
「ん、緊急事態カ?」
「ええ、手遅れにならないうちに行かないと」
「オーケー、仮眠室を使っていいゾ」
「ありがと」
詩乃は素早くログアウト処理を行い、ベッドで目覚めると、
風太と大善から別々に届いていたメッセージを確認して事情を知ると、
そのまま仮眠室へと走った。
「それじゃあ行ってくる」
「おう、気をつけてな、詩乃っチ」
そのまま詩乃はGGOにログインし、シノンが鞍馬山へと姿を現した。
「とりあえずフレンドリストで居場所を確認して………」
表示を見ると、闇風は西の砂漠の真ん中、薄塩たらこはその先にある街にいる事が分かった。
同じ場所にピトフーイ、レン、フカ次郎、シャーリーがいる事も同時に確認している。
「とりあえず移動を優先ね、連絡はその後でいいかな」
シノンはそう判断し、
ゾディアック・ウルヴズが所有してあるハンヴィーを格納してある車庫へと向かった。
「ニャン号は無いのか、ピト達が乗っていったのね、それじゃあ私は………」
シノンはブラックとホワイトを見比べ、ホワイトに飛び乗った。
ピトフーイと同じく、ブラックはシャナ用という意識が働いたのだろう。
「よし、久々にぶっ飛ばすわよ!」
シノンはそのままアクセル全開で、闇風を追いかけ始めた。
一方その闇風は、ログインしてすぐに薄塩たらこにメッセージを送ったが、
全然返信が来ない為、これはピンチなのだろうと判断し、シノンがそうしたように、
フレンドリストから薄塩たらこの位置を確認し、そちらへ向かって全力疾走していた。
「うおおおおお!今行くぜ!」
それから目的地まで半分くらいの距離を進んだ頃、シノンからメッセージが届いた。
「おっ、シノンも来てくれたか、ホワイトでこっちに向かってるんだな」
闇風は、多分途中で追いつかれるはずだから、拾ってくれとシノンに返信し、
そのまま走り続けていたが、それから少しして、後ろから車が近付いてくる気配がした。
「来たか?」
闇風はそう思いながら、単眼鏡を取り出してチラリと後ろを見た。
そしてその車がホワイトだという事を確認した闇風は、
全力疾走したままホワイトと併走するように調節し、
シノンにハンドサインで『止まるな』と合図して、
そのままシノンにホワイトを走らせ続け、そのままホワイトに飛び乗った。
正直闇風やレンにしか出来ない芸当である。
「おう、悪いなシノン、助かるぜ」
「状況は?」
「それが分からねえんだよ、たらこからは全然メッセージが来ないしよ………」
「多分メッセージを見る余裕も無いのね」
「お前もそう思うか?」
「ええ、多分間違いないわ」
丁度その頃、目的地の街が遠くに見えてきた。同時に闇風に、三階へと移動を終えて、
多少落ち着いた薄塩たらこからメッセージの返信が届く。
「お、返信が来たぞ!」
「何だって?」
「今は警察署にいるらしい。レンが単独で外にいて、敵の狙撃手を掃討中だそうだ。
それが成功したら、全員警察署から脱出して北の高台にある小屋に向かうらしい」
「私達はどうすれば?」
「とりあえずレンと合流してくれだとさ、今は警察署の北にあるビルに向かってるらしい」
「北………あそこね、了解」
シノンは車の進路を北に向け、北の高台を確認しつつ、
警察署とその高台の直線上に車を停めた。
「闇風、私は手前のビルからフォローするわ」
「オーケー、俺はレンの所に向かう」
その瞬間に、レンがいるというビルが、いきなり爆発した。
「えっ、何?」
「あっ、見ろ、ビルからレンが飛び出してきたぞ、多分あいつがビルを爆破したんじゃねえか?」
「また大胆な事を………」
シノンは、あの大人しい香蓮が、GGOだと何故こうも過激になるんだろうかと苦笑しつつ、
闇風にレンの所に向かうように言った。
「まあいいわ、先に合流お願い。私はレンに連絡を入れておくわ」
「頼むわ、俺は行く!」
そして闇風はレンの所に走り、レンが敵に拘束されているのを発見した。
「くっ、マジかよ、どうするか………」
闇風はここからは通信機を使い、シノンに連絡を入れた。
「おいシノン、まずいぞ、レンが捕まった」
『何ですって?今見てみるわ』
それからゴソゴソと音がし、すぐにシノンから返事がきた。
『確認したわ、確かに捕まってるわね。
今から私がけん制の狙撃をするから、そのタイミングで闇風はレンを回収して』
「オーケー、任せろ」
そしてシノンが狙撃を行い、闇風がレンを助け、今こうして合流する事になったのである。
「シノンちゃん!怖かったよぉ!」
シノンの顔を見て安心したレンは、そのままシノンに抱き付いて泣き始めた。
これではどちらが年上なのか、全く分からない。
「よしよし、大丈夫?」
「敵のリーダーに捕まっちゃったんだけど、拷問するとか言われて………」
シノンはその言葉に眉を潜めた。かつて同じような事があった事を思い出したからだ。
「へぇ、ふ~ん、そうなんだ」
シノンは冷たい声でそう言いながら、同時に何かがおかしいと感じていた。
前の時の被害者はロザリアだったが、その時からシノンのみならず、
GGO全体で、そういう事はしないという空気が醸成されていたからである。
だが今回の敵は、そういう事を平気で行える者達らしい。
「ゴエティアってどんな奴らなの?」
「えっとね、外国のサーバーのプレイヤーみたい、多分アメリカかな」
「ああ、そういう事………」
シノンはそれで納得した。
「まあ話は後だ、ピトとも連絡はついてる、とりあえず移動だな」
闇風がそう言い出し、レンとシノンは頷いた。
「で、どこに向かえばいいの?」
「北の街外れだ、多分レンにもメッセージが行ってると思うが………」
「あっ、捕まってたから見てなかった!」
レンはそう言って、慌ててメッセージを開いた。
『レンちゃん、街の北にハンヴィーを持ってくから、そこで落ち合いましょう』
「あ、とりあえず脱出?」
「いや、補給だな、さすがのピトも、弾切れが近いらしい。
ハンヴィーに物資を乗せてあるから、補給したいんだと」
「ああ、そういう事かぁ!」
レンはそれで納得した。確かにあれだけ撃ちまくったら弾も無くなる。
「とりあえず詳しい話は後だ、シノンのけん制が無くなった事に気付いて、
敵が動き出す前に移動しちまおう」
「うん!」
「ええ、そうしましょう」
三人は頷き合うと、そのまま北へと向かった。
「あっ、ホワイトだ!」
「とりあえず車の中で待機ね」
「うん!」
三人はホワイトの中で仲間達の到着を待った。
「でもまさか、シノンちゃんが助けに来てくれるなんて思ってもいなかったよ」
「私としては、レン達がいた事の方が驚きなのよね、レンは何故ここに?」
「私達は、近くの砂漠で狩りをしてたんだよね、
そこを襲われて、今こうなってるみたいな感じ?」
「襲われてって、それじゃあゴエティアのターゲットがレン達だったって事?」
「うん、そうみたい」
「なるほど、名前が売れるってのも困り物よね」
「いや、それをお前が言うなって」
「あんたもね」
「俺は言ってねえ」
「ああ言えばこう言う………だからあんたはモテないのよ」
「うるせえよ、自覚はあるよ!」
「あはははは、あはははははは」
三人はそうのんびりと会話していたが、その時街の方に動きがあった。
何人かのプレイヤーが街から飛び出し、こちらに向けて狙撃体制をとったのだ。
「あっ、あれ!」
「チッ、敵が先に着いちまったか」
「仕方ないわね、先に高台に移動しておきましょう」
「ピトさん達、大丈夫かな?」
「ピトなら何とかするでしょ、とりあえず行くわよ」
こうして三人は、先行して高台へと向かう事にした。