方針が決まってすぐに、四人は敵への対抗策を相談し始めた。
「とりあえずまだ地の利はこっちにあるんだし、
この建物もそれなりに大きいみたいだから、先ずは戦場の設定から?」
「そうねぇ、出来れば敵のリーダーだけ各個撃破出来ればいいんだけど」
「好戦的なリーダーだったらいいんだけど、情報が足りないよな」
「敵の探索範囲を広げる為に、とりあえずもうちょっと奥に引っ込む?」
「とりあえずはそれしか無さそうね、すぐに動きましょう」
四人は頷き合うと、そのまま建物の奥へ奥へと引っ込んでいった。
そして続き部屋になっている、それなりに広い二つの部屋を見付けた四人は、
そこで戦いの準備を始めた。
「ボス、敵がいた部屋の入り口を発見し、突入しましたが、中には誰もいませんでした」
「引き続き探索を続けろ。敵もシャイニング・ライトソードを持ってるって事を忘れるな」
「はっ!」
闇風と薄塩たらこを倒した後、
ヌルポは探索を部下達に任せ、安全地帯に引っ込んで指揮をとっていた。
これはSAO時代からそうであったが、ヌルポは基本、
ここぞという時以外で自らが動く事はない。それから探索が始まったが、
しばらくの間は全く接敵する事もなく、ただ時間だけが過ぎていった。
だが建物内は確実に調査されていき、
ついに三人組の一隊が、ピトフーイ達の待ち構えている部屋に到達した。
三人はハンドサインで意思を交わしあった後、そっと取っ手に手をかけてドアを開くと、
一気に室内へと突入した。だが少なくとも見える範囲に適の姿はなく、
ただ正面に、奥へと続いているらしきドアがあるだけであった。
「クリア」
「クリア」
「クリ………いや、上だ!」
三人組のうち、最初の二人は室内に問題なしと判断したが、
最後の一人はかなり慎重な性格だったようで、
それなりに高い部屋の天井に、人影がある事に気が付いた。
「あら、やるじゃない」
「だねぇ」
「でももう遅かったり………シノン!」
天井の人影の正体は、ピトフーイ、フカ次郎、そしてレンであった。
ピトフーイはナイフを壁に刺し、その馬鹿力を駆使して天井からぶら下がっていた。
フカ次郎とレンは、そんなピトフーイの足に捕まっていた。
そして三人はそのまま敵の左右に飛び降り、敵は《その場で》左右を向き、
三人に発砲しようと構えをとった。
その瞬間に爆音と共に、正面のドアを突き破って、敵に向けて何かが高速で飛来した。
その何かは先頭にいた敵の胸の当たりに命中し、そのまま最後尾の敵まで一気に貫いていく。
「WHAT!?」
「OOPS!」
「SHIT………」
それはシノンの放ったヘカートIIの銃弾であった。
三人の役目はヘカートIIの射線から敵を動かさない事であり、
左右に飛び降りる事でそれは確実に成功していた。
これによって大ダメージをくらった敵は咄嗟に動く事が出来ず、
両脇からまともに攻撃をくらう事となった。
「はぁい、ご苦労様」
ピトフーイは敵の銃を持つ手ごと、敵を胴薙ぎにした。
「くらえぇ!」
レンはPちゃんをフルオートで敵へと叩きこみ、
敵は手に持つ銃を取り落とし、そのままどっと倒れこんだ。
「フン、軽いぜ!」
そしてフカ次郎は、最速の突きを敵の心臓に叩きこんだ。
「どうだ!」
フカ次郎はドヤ顔をしながらそう叫んだが、そんなフカ次郎にシノンが慌てて声をかける。
「馬鹿、フカ、それじゃ駄目よ!」
「へっ?」
直後に銃声が響き渡り、フカ次郎の額に穴が開いた。
「あ………」
フカ次郎はALOのノリで敵を倒したと判断してしまったが、
ここはGGOであり、全ての敵は、引き金を軽く引くだけで遠隔攻撃が可能である。
今回の敵はしっかりとした技量を兼ね備えていた為、
倒れこむその一瞬で、フカ次郎に対してキッチリ反撃してきたのであった。
「フカ!」
「しまった、事前に念押ししておくべきだったわね………」
ピトフーイは自嘲気味にそう呟きながら、フカ次郎が心臓を突き刺した敵に蹴りを入れた。
それで敵は完全に消滅したが、フカ次郎が負った傷は致命傷であり、その体も消えつつあった。
「す、すまねえ、ハードラックとダンスっちまった………」
「仕方ないよ、フカはGGOで、近接戦をほとんどやった事がないんだもん」
「後は任せて」
「ドンマイ」
三人に慰められながら、フカ次郎はそのまま死亡した。
GGOにおいては例え心臓を貫かれようとも、別に痛みがある訳ではない為、
死亡確定までのタイムラグを生かしてこのような事が起きる場合が多い。
特に近接戦闘だと、狙いが曖昧でも命中率が跳ね上がる為、
敵に有効打を与えられる可能性が非常に高い。
この四人の中で、フカ次郎以外の三人は、そもそもがGGO出身の為、
その事を無意識に理解して動いているのだが、
戦闘力は高くとも、そういった部分に関してはフカ次郎はまだまだ素人である。
今回の場合、当たり所も実にハードラックではあったが、
とにもかくにもまた味方が一人減り、三人は更なる崖っぷちに立たされる事となった。
「これはさすがに参ったわね」
「敵の残りは何人かな?」
「まだ十人以上は残ってるはずよ」
「ピトさん、前みたいに無双して全員倒せない?」
「あれは相手が弱かったから………」
ヴァルハラやゾディアック・ウルヴズに無双は付き物ではあるが、
それはあくまでチームとしての強さであり、
少なくとも銃の扱いや戦場での立ち回りがしっかり訓練された敵相手だと、
人数が揃わないこの状況では、例えピトフーイでもそんな事は不可能である。
もっともこれがキリトやシャナ、シズカ辺りだと、
何とかなってしまう気がしないでもないのだが、その三人は今ここにはいない。
「とりあえず敵の挙動を把握しておきたいわね」
「あっ、それじゃあ私が偵察に行こうか?最悪逃げればいいんだし」
レンのその提案に、ピトフーイが首を振った。
「ううん、今回は私が行くわ、レンちゃん」
「えっ?何で?」
「だってレンちゃんじゃ、誰が敵のリーダーなのか分からないでしょ?」
レンはそう言われ、言葉に詰まった。
「あ~、まあそれは………うん」
「その点私はさっき見たからね、余裕余裕」
「それってさっき言ってた凄く性格が悪そうって奴だよね?
それが本当に敵のリーダーだって根拠はあるの?」
「うん、私の勘」
ピトフーイはさらっとそう言い、レンとシノンは顔を見合わせた。
「ピトの勘………」
「ああ~、ピトさんの勘かぁ………」
「お褒めに預かり光栄ですわ、おほほほほ」
ピトフーイはそう高笑いしたが、そんなピトフーイにレンとシノンは同時に言った。
「「いや、褒めてはないから」」
「何でよ!普通に褒めていいところでしょ!」
ピトフーイは二人にそう抗議すると、返事を待たずに部屋を飛び出した。
「それじゃあ行ってくるわ、やばそうなら合図するから、
二人は出来れば脱出しやすい場所まで下がっておいて」
「えっ?それって………あっ、ちょっ………」
シノンが顔色を変えて何か言いかけたが、ピトフーイは気にせず扉を閉め、
そのまま外に飛び出していく。
「待ちなさいって………あ、あれ?扉が開かない?」
どうやらピトフーイが何かしたらしく、その扉は押しても引いてもビクともしなかった。
「もしかしてピトさんが何か挟んだのかな?」
「くっ………ピトの奴、多分死ぬ気よ」
「えええええ?」
「待ち合わせの場所も相談してないし、そもそもやばそうになってこっちに合図なんかしたら、
自分の居場所を敵に知られるだけじゃない」
「た、確かに………シノンちゃん、どうする?」
「………」
シノンは目を瞑って何か考えていたが、やがて目を開け、レンに言った。
「ピトの指示に従いましょう。ここで私達が無理をして、全滅する訳にはいかないわ」
「で、でも………」
レンはピトフーイを助けに行きたそうに見えた。だがそんなレンを諭すようにシノンは言った。
「そもそも勝利条件を設定したのはピト自身よ。そのピトが自ら動いたんだから、
私達が下手に感情を優先してピトの邪魔をする訳にはいかないわ」
「う、うん………」
「そんな顔しないの。とにかく私達は、抗戦を続けるか退却するか、
どちらに転んでもすぐ動けるように備えておきましょう」
「そ、そうだね、うん、分かった」
レンもそれで納得してくれ、
二人はニャン号とホワイトが置いてある場所に近い方へと移動を開始した。
シノンの予想は当たっており、ピトフーイはチャンスがあれば、
相打ち覚悟で敵のリーダーを殺そうと考えていた。
その為、そうなった場合の勝利条件を満たす為に、
ピトフーイは部屋を出てすぐに、レンとシノンが追いかけてこないようにと、
部屋の扉のノブに細工をして出られなくしておいたのだが、
その反面、そうならない事もしっかりと想定し、予想以上にしっかりと偵察任務をこなしており、
慎重に通路を進んで、今まさに遠くに敵の集団の姿を捉えていた。
「さっきの銃声はこっちからだったよな?」
「ああ、三人はやられたっぽい」
「ボスに報告は?」
「もうした、まもなく司令所からこっちに到着するはずだ」
「それじゃあしばらく待機か」
「ああ」
どうやら彼らは先ほどの戦闘音を聞いて終結してきたようで、
風に乗ってそんな英語での会話が届き、ピトフーイはニヤリとした。
「ラッキー、司令所とかに引っ込んでた敵のリーダーが、こっちに来てくれるのね」
ピトフーイはこれ幸いとこの付近で待ち伏せする事にし、
どこか隠れられる場所はないかと周囲を見回した。
そして目に付いたのは、何の変哲もない木の箱である。
それを見た瞬間、ピトフーイの脳裏を、以前レンが旅行カバンの中に隠れ、
Narrow相手に無双したシーンがよぎった。
「あれと同じ事をこれで………って、私が入れるはずもないですよっと、
というかあの戦闘、ゴエティアの奴らが見た可能性もあるか、まあとりあえず………」
そう呟くと、ピトフーイは小声でレンに通信を入れ、
何か指示を出した後、敵に見つからないように気を付けながら、鬼哭を抜いた。