ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第120話 不思議村

「なあ、何か前方に、柱のようなものが見えないか?」

 

 飛びながらハチマンが、そんな事を言った。

一同が目をこらして前を見ると、確かにうっすらと何かが見えるような気がした。

 

「んー確かに何かがうっすらと見えるな」

「あなた、この距離からよく見えたわね……そうよ、あれがアルンの世界樹よ」

「おお」

「あれがアルンか……」

「あれ、世界樹っていう木なんだろ?本当にでかいな……」

「目的地まであと数時間といったところかしら」

「げ、まだそんなに距離があるのかよ」

「さすがにちょっと疲れたかも」

「確かにそうね……この辺りで一度休憩をとった方がいいかもしれないわね」

「そうだな、それじゃこの辺りで交代で休憩をとろう」

 

 ハチマンがそう決断し、一行はその場で休憩する事になった。

 

「ところでこの辺りにはモンスターは出ないのか?」

「そうだね、アルン近くにはモンスターはいないかな」

 

 キリトの問いに、リーファがそう答えた。

 

「なるほどな」

「でも先日アルンの地下に、邪神級のモンスターが沢山いる、

ヨツンヘイムっていうハイレベルなダンジョンが導入されたんだけどね」

「ほうほう、巨人タイプのモンスターが多いとかなのか?」

「まだ行った事ないから分からないけど、何でそう思うの?」

「ヨツンヘイムって、北欧神話に出てくる、

巨人達の住む世界から名前をとったんだと思うんだよな」

「そうなんだ、キリト君って博識なんだね」

「ん、ああ、まあ、普通かな」

 

 そんなキリトを見てリーファは、まるでお兄ちゃんみたいだなと感じていた。

お兄ちゃんもそういうおかしな知識を沢山持ってたなと思いつつリーファは、

気が付くと兄とキリトを比べている事に気が付き、頭をふってその考えを振り払った。

 

(お兄ちゃんはお兄ちゃん、キリト君はキリト君。でも……)

 

 リーファは、今の自分が和人よりもキリトの方をより気にしている事を自覚していた。

 

(お兄ちゃんはこの前、リズって人の名前を口に出していた。その時のあの表情……

多分リズって人が、お兄ちゃんの好きな人なんだろうな……それならいっそ……)

 

 リーファはそう考えつつも結局考えがまとまらず、今はその事を忘れる事にした。

今はハチマン君とキリト君の目的のために頑張ろう。

全てが終わったらその時また考えればいい、そう思ったリーファは、

グランドクエストの攻略の事だけを考える事にしたのだが、その時ある事に気が付いた。

 

(え、ちょっと待って。ハチマン君は、おそらくグランドクエストは未実装だと言った。

でもこれだけの戦力を集めて、本気でクリアしようとしているように見える。

どういう事なんだろ……うん、アルンに着いたら聞いてみよう)

 

 そして交代で休憩をとりおわった一行は、再びアルンを目指して飛び立った。

だが次の瞬間、ハチマンが鋭く静止の声を飛ばした。

 

「すまん、ちょっとストップだ」

「どうしたんだ?ハチマン」

「みんな、あれを見てくれ」

 

 ハチマンが指差したその先に、いつの間にか小さな村が出現していた。

 

「あんな村、絶対にさっきまで存在してなかった」

「……そうね、こんな所に村があるなんて聞いた事がないわ。リーファさんは覚えがある?」

「ううん、私もあんな村、聞いた事も見た事もないよ」

「とりあえずもう少し近付いて、ユイに遠くから調べてもらうか」

「はいパパ、もう少し近付けば多分何かわかると思います」

「よし、周囲を警戒しながら近付いてみよう」

 

 一同は慎重に村へと近付いていった。

 

「どうだユイ、何か感じるか?」

「どうやらNPCは一人もいないようです。プレイヤーもいません」

「そうか」

「あそこの宿屋っぽい建物から、モンスターの反応があります。かなり強い反応です」

「あれか……つまりこの村は、大きな罠って事になるのか」

「かもしれません、パパ」

「俺達十人で勝てそうな相手か?」

「多少時間はかかるかもしれませんが、問題ないですパパ」

「うーん、お前らはどう思う?別にほっといてもいいんだが、

位置的にサクヤさんやアリシャさん達が罠にかかる可能性も捨てきれない」

「そうね……戦力が揃うまでまだ時間はあるのだし、倒してしまえばいいのではないかしら」

 

 その言葉に他の者も頷いた。

 

「よし、それじゃやるか……イロハ、一発きついのを最初にぶちかませ!」

「はいっ先輩!」

「微力ながら私とリーファさんも加わった方がいいかもしれないわね」

「うん、一緒にやろう」

 

 こうして三人は、攻撃魔法の詠唱を始めた。

やがて呪文は完成し、炎、風、雷の三種類の魔法が渦を巻きながら宿屋に向けて放たれた。

呪文が着弾するのと同時に、宿屋はプルンッと揺れたかと思うと、

像のようなクラゲのような巨大なモンスターに姿を変えた。

 

「うおっ、何だこれ」

「像……クラゲ?」

「でかいな」

「こんな敵見た事ないよ。もしかしたら邪神なのかも」

「邪神か……相手にとって不足はないな」

「よし、戦闘開始だ!」

 

 ハチマンがそう指示を出したが、ユイが何かに気付き、それを静止した。

 

「んっ、ちょっと待って下さい、パパ!」

「ん、ユイ、どうした?」

「どうやらこの子に敵意は無いようです」

「攻撃を加えたのに敵意が無い、だと?そんな事ありうるのか?」

「それは私にも……」

 

 その像クラゲは少し横にずれたかと思うと、

触手を動かしこちらに向けて手招きをするような仕草を見せた。

像クラゲのいた所には穴が開いており、どうやらそこに来るようにと言っているようだ。

 

「……ユイ、あいつに敵意は無いんだよな?」

「はいパパ、それは間違いないです」

「そうか……よし」

 

 ハチマンは意を決してその穴の方に歩いていった。他の者も同様にハチマンの後に続いた。

一同がその穴を覗きこむと、その奥には恐ろしく広大な世界が広がっていた。

 

「あれって……もしかしてヨツンヘイム?」

「まじか」

「あー、こんな感じの画像、公式で見た事あるかも」

 

 その像クラゲは、誰が一番強いのか分かるのか、キリトに一番興味を示し、

しきりに背中と穴を交互に指し示していた。

 

「背中に乗って一緒に行こう、みたいにアピールしているように見えるな」

「どうやらキリトさんがお気に入りみたいですね」

「こいつ何かかわいいな、でもごめんな、俺にはまだやる事があるから、

お前と一緒に行く事は出来ないんだ、トンキー」

「トンキー?」

「あっとすまん、何かこいつを見てると、戦争の時に殺された象の話を思い出して、

ついそう呼びたくなっちまった」

「上野動物園のあれね……」

「あ、それ知ってる。確かうちに絵本があったかも」

「リーファの家にもあったのか。うちにもあったんだよな」

「キリト君の家にもあったんだ、偶然だね」

「ああ」

「まあ、名前はそれでいいんじゃないか?ちょっと縁起が悪い気もするが。

それ以前にこいつが名前の事を理解しているかどうかも分からないんだけどな」

 

 ハチマンがそう言うと、キリトは嬉しそうにトンキーに話し掛けた。

 

「よし、お前の名前は今日からトンキーだ!今は一緒に行く事は出来ないけど、

いつか必ずヨツンヘイムに行くから、その時まで俺達の事を忘れないでいてくれよ」

 

 トンキーがそのキリトの言葉を理解したのかどうかは分からなかったがトンキーは、

嬉しそうでいて、どこか寂しそうに穴に入っていき、そのまま姿を消した。

やがて穴も塞がり、同時に村は消滅し、ただの空き地に戻った。

 

「……結局今のは何だったんだろうな」

「おそらく、プレイヤーをヨツンヘイムに強制的に移動させる罠だと思うのだけれど、

それにしては随分と人間くさいモンスターだったわね」

「まあ、縁があったらいつかまた会えるんじゃないか」

「そうだな。よし、気を取り直してアルンに向かうか」

 

 ハチマンがそう言い、一行は改めてアルンに向けて飛び立った。

先ほどまではかなり遠くに見えた世界樹が、どんどん近付いてくる。

それに連れて、他のプレイヤーの姿も段々と目立つようになっていた。

一行はその度に一応警戒していたが、一度も襲われる事は無かった。

それどころか、ユキノの姿を見て敬遠されているようにも見えた。

 

「無敵のユキノディフェンスか……」

 

 ハチマンは思わず、ぼそっと呟いた。

 

「ハチマン君、何か言ったかしら?」

「い、いえ……何も言ってないです……」

「そう、ならいいのだけれども」

 

 こうして一行は、ついに目的地であるアルンへと到着した。

その瞬間、ユイが何かに気付き、ハチマンに向けて叫んだ。

 

「このIDは……パパ!この真上にママがいます!」


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