ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

1213 / 1227
休みの間はちょっと早めの時間に………


第1201話 信賞必罰

 シャナ達が合流したその頃、ゴエティアの生き残りは街に戻り、

先に死んでいった仲間達と合流を果たしていた。

 

「ボス、申し訳ありません、敵の援軍が来た為、やむなく撤退いたしました」

「謝る必要はない、勝てない戦いに挑むのはただの馬鹿だからな。

で、援軍はどのくらいの規模だったんだ?」

「対物ライフル持ちが乗った、ミニガンを標準装備したハンヴィーが一台です」

「ほう?って事はレンタル車じゃないって事か」

「はい、一応映像は記録しておきました、ご覧下さい」

「おう、分かった」

 

 こういった部分が、普通のプレイヤーとは一線を画す部分である。

例え撤退するにしても、次にぶつかった時に備えて情報収集は欠かさない。

 

「………シャナか」

「はい、その時は分かりませんでしたが、映像を見て確信しました」

「なるほど、なら逃げて正解だったな。あいつの相手は俺くらいにしか出来ないだろう。

いや、近接戦闘なら俺でもきついかもしれん」

「それほどですか」

「ああ、腕が互角だとしても、おそらくステータスの差で負ける。

ゲーム内戦闘ってのはまあ、そういうもんだ」

「なるほど………」

 

 ヌルポはあくまでも冷静であった。実はSAO時代からそうである。

表面上は道化を演じているようでも、その頭の芯は常に冷えていた。

だからラフィンコフィン壊滅の日にも、冷静に敵と味方の戦力を計算し、

自分に被害が及ばないようにさっさと逃げ出したのである。

ヌルポは軍上がりなだけあって、常に冷静な現実主義者なのであった。

もっともここはゲーム内であり、その気になれば、いつでも楽しむ為の戦闘が出来る男、

それがこの、ヌルポ、そして元PoHことヴァサゴ・カザルスという男であった。

 

「ボス、ここでどのくらい鍛えれば、俺がそいつとまともに戦えるようになれますか?」

「ふむ、マステマか。そうだな………仕事と訓練と飯とクソ以外の時間を全てここで過ごす、

それくらいの覚悟があれば、あるいは半年くらいである程度モノになるかもしれないな」

「分かりました、ありがとうございます!」

 

 今回の戦いを経て、ヌルポはこのマステマという新人への評価をかなり高めていた。

 

(こいつはかなり使えそうだ、名前も悪くない)

 

 実はヌルポの本名であるヴァサゴというのは、悪魔の名前であった。

そして同様にマステマというのも悪魔の名前なのである。

 

(フン、今日からしばらく俺が直接鍛えてやるか)

 

 ヌルポはそう考えつつ、部下達に言った。

 

「よし、今日の訓練はここまで。明日もまた、日本サーバーでプレイヤー狩りを行なうが、

とりあえずシャナの野郎とかち合いそうになったら即撤退だ。

あいつらとやるのは最後の楽しみにとっておく事にする、皆それを忘れるな」

「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」

 

 そして仲間達が落ちた後、一人その場に残ったヌルポは、ピトフーイの事を考えていた。

 

「………シャナの野郎をぶっ倒しただけじゃ、

あのいい感じにイカレた女は俺の物にはならんよなぁ、本当に日本に移住する訳にもいかんし、

ここじゃ無理やりってのも不可能だし、さて、どうしたもんかな………。

まあいい、とりあえず今日は興奮しちまってどうしようもねえから、適当に誰か見繕うか」

 

リアルで体だけの関係の女が複数いるヌルポは、

今日はどの女の所に行こうか、などと呟きながら、そのままログアウトした。

 

 

 

 街に戻ったシャナ達を迎えてくれたのは、驚いた事に、ビービーとデヴィッドであった。

ビービーは最初に倒された後、デヴィッドと合流し、TーSなどから話を聞きつつ、

ゴエティアの情報を色々と集めていてくれたらしい。

 

「ビービー、うちの連中を助けに来てくれたんだってな、ありがとな」

「べ、別にあんたの為じゃないわよ、私はただ、フカ次郎への借りを返しただけ。

それ以上でもそれ以下でもないわ」

「それでも結果的に助けになってくれたんだろ?ありがとな」

「ふん、まあそこまで言うならお礼の言葉を受け取っておくわ。

でも忘れないで、もう借りは返し終わったんだから、あんた達はまた私達の敵だから」

「おう、お手柔らかに頼むわ」

「ふん」

 

 ビービーはシノンばりのツンデレっぷりを発揮しつつ、シャナからの感謝を一応は受け入れた。

そしてその横では、相変わらずの仲の悪さを見せつけるように、

ピトフーイがデヴィッドにからんでいる。

 

「ヘイ、ダビド!キャンユースピークイングリッシュ?」

「本っ当にてめえはうぜえな!」

 

 デヴィッドは敵の英語が理解出来なかった事をからかわれていると即座に悟り、

苦々しい顔でピトフーイに罵声を浴びせた。

 

「あはははは、ごめんごめん、心配してくれてありがとねん」

「はっ、全く心配なんかしてなかったけどな。むしろお前が死んだって聞いた時にゃ、

思わず仲間と乾杯しちまったくらいだぜ」

「もう、素直じゃないなぁ?でもごめん、私の身も心もシャナのものだから諦めてね!」

「デヴィッド、もし良かったらこいつを引き取ってくれてもいいぞ?」

 

 そこにシャナがかなり本気な顔でそう言ってきた。

 

「それは本気で勘弁してくれ。俺の好みはもっとこう………」

 

 そう言ってデヴィッドは何となく辺りをきょろきょろし、銃士Xの姿を見て目を止めた。

だがタイミングの悪い事に、その視線を塞ぐようにフカ次郎が立ち止まり、

本当にたまたまなのだが、そのままデヴィッドの方に目を向けた。

 

「ん?私かぁ?」

「いや、違………」

「え、マジで?」

「よりによってフカか?」

「っていうかデヴィッドってもしかして、ロ………」

「違うわ!ふざけんな!」

 

 デヴィッドは慌てて否定したが、周りの者達は、デヴィッドからじりじりと距離をとっていく。

そして当のフカ次郎がデヴィッドの前にやってきて、その顔をじろじろと下から覗き込んだ。

 

「ふ~む、まあ話くらいは聞いてやってもいいぜ!

という訳で、酒場へレッツゴーだぜ!あ、支払いはそっち持ちな!」

 

 そう言ってフカ次郎は、有無を言わさずデヴィッドを酒場へと引っ張っていった。

少なくとも力に関しては、フカ次郎の方がデヴィッドよりも断然上なのだ。

ちなみにピトフーイは、ついさっきシャナが、

『デヴィッド、もし良かったらこいつを引き取ってくれてもいいぞ?』

と言った直後に興奮のあまり失神寸前まで追い込まれ、強制切断されかけていた。

シャナは、相変わらずまとまりの無い奴らだと苦笑しつつ、

仲間達に注意喚起を行なう事を決め、勉強の途中という事もあり、

今日はこのままログアウトする事にした。

 

「俺は勉強中なんでそろそろ落ちるが、シノンと闇風はまだバイトを続けるのか?」

「う~ん、さすがに疲れたから今日は帰るわ」

「俺もそうするわ」

「そうか、まあ何かあったら俺の部屋に顔を出してくれ、それじゃあな」

「ええ、またね」

「またな、シャナ!」

 

 シノンと闇風はバイトの疲れもあったのだろう、そう言って先にログアウトしていった。

 

「シャナ、またね!ピトさんの事は私に任せて!」

「ああ頼むわ。レンものんびり休むんだぞ」

「シャナさん、それじゃあまたです」

「またな!」

「ああ、また」

「みんな、またね!」

 

 そして仲間に挨拶した後、シャナと銃士Xは共に落ち、他の者達も順にログアウトしていった。

 

 

 

「ん、ううん………」

 

 八幡は自室のソファーで目を開けると、起き上がろうとして手を僅かに横へとずらした。

その瞬間に手が柔らかいクッションのような物に触れ、八幡は何だろうかと手をにぎにぎした。

 

「やんっ………」

「ん?」

 

 妙に色っぽい声が聞こえ、八幡は何だろうと思いそちらを見た。

見ると自分の手がクルスの胸を思いっきり掴んでおり、

クルスは顔を紅潮させ、うるうるした目で八幡の方を見ていた。

 

「おわっ!わ、悪い!」

「いえ、喜んでいただけて何よりです、八幡様!」

「………べ、別に喜んではいないけどな」

「か、固かったですか!?」

 

 そう言われ、八幡は本気で困った。

この状況では、柔らかかったという以外の選択肢が無いからだ。

 

「や………」

「や?」

「柔らかかった、大丈夫だ、何の問題もない」

「そうですか!喜んでいただけて何よりです!」

 

 八幡はもう、その言葉を否定する事は出来なかった。

 

「それじゃあついでに、この私の足を撫でてもいいわよ、ほら、遠慮しないの」

「おわっ!」

「ほえ?」

 

 いきなりそう後ろから声がかかり、八幡の真横ににょきっとしなやかそうな足が差し出され、

そのまま八幡の手が誰かに捕まれ、その足に押し付けられた。

 

「おいい?」

「えっ?も、もしかしてざらざらだった?」

 

 八幡が慌てて振り向くと、そこにあったのは詩乃の悲しそうな顔であった。

おそらく演技であろうと思われ、八幡は即座に突っ込んだ。

 

「お前、それ、演技だよな?」

「女の子の足に触っておいて、そんな事を言うなんて………」

「いや、お前が無理やり触らせたんだよな?」

「ひ、ひどい、経緯はどもかく今もまだ、まさぐるように触ってる癖に………」

「あっ」

 

 八幡は慌てて詩乃の手を振りほどこうとしたが、

詩乃は思ったより力が強く、八幡が詩乃に気を遣って全力を出さなかったせいもあり、

八幡の手はまだ詩乃の太ももに密着していた。

 

「は、離せ!」

「い・や・よ」

「またそれかよ………」

「感想は?」

「………………」

「感想は?」

 

 八幡は、何故俺はこんなにこいつに弱いんだろうかと思いながら、仕方なくこう答えた。

 

「す、凄くすべすべです………」

「よろしい」

 

 詩乃はそれで八幡の手を解放し、詩乃とクルスは、イェ~イ、とばかりにハイタッチをした。

 

「お、お前らな………」

 

 八幡はぷるぷる震えながら二人に抗議しようとし、

それを察知した二人は素早くアイコンタクトを交わした。

 

「八幡、こんなにクルスさんにお世話になってるんだから、ちゃんとお礼はしないと駄目よ。

信賞必罰がうちのルールなんだから」

「え?あ、ああ、もちろんだ」

「いいんですか!?」

 

 クルスは念押しの意味も込めてそう言った。八幡が、ここで駄目と言えない事も計算済である。

 

「とりあえず車の練習に付き合う件はいつでもいいぞ。

でもそれだとお礼としては弱いから、う~ん………」

 

 真面目な八幡は、苦情を言う事も忘れ、考え込んでしまった。

 

「八幡様、それなら頑張って最後まで頑張って生き残った詩乃にも何か………」

「た、確かにそうだな、よく頑張ってくれたな、詩乃」

「い、いいの?」

 

 詩乃もクルスを見習い、即座にそう言った。もちろん八幡がここで首を横に振る事は出来ない。

 

「そうだな、そうなると香蓮もか………」

「あっ、そうですね!」

「人数も四人だとおさまりがいいわね」

「それじゃあどこに………」

 

 ここで八幡が言い出すとしたら、おそらく食事だろう。

二人はそう判断し、更なる利益を追求する為に、凄まじい速度で頭を回転させた。

 

「あっ!」

「ん、どうした?マックス」

「あ、あの、もし良かったら、これから詩乃と一緒に私の家に来ませんか?

で、そこから私の運転で、香蓮を迎えに行けばいいと思います!」

「ああ、それはいい考えだな、それじゃあそうするか」

「それならその途中で私の家に寄ってもらってもいいかしら、

この格好だとちょっとラフすぎる気もするし」

「そうだね、おしゃれしたいよね!」

「うん、まあそんな感じ」

「分かった、それじゃあそんな感じでいくか」

「うん!」

 

 話はそう纏まり、とりあえずクルスの家まで、三人はキットで向かう事になった。

キットはそのまま戻ってもらえばいいからだ。

この時点で、クルスの家に行って香蓮を回収した後の事は何も決まってなかったのだが、

八幡はまだその事に気付いていない。

というか、クルスがそう言い出したのは、そもそもそれをじっくり考える為の時間稼ぎでもある。

 

「悪い、それじゃあ俺はちょっと、帰るって小猫に伝えてくるわ」

「はい、分かりました!」

 

 そして八幡が秘書室に入った後、二人は再びハイタッチをした。

 

「クルスさん、ナイス!」

「とりあえず今のうちに香蓮にも連絡しないとだね」

「あっ、そうだね」

 

 そして詩乃が香蓮に連絡を入れた。

 

「あ、もしもし、香蓮さん?ちょっとこれから八幡と一緒に遊びに行かない?」

『行く!』

 

 さすが香蓮、即答である。

この三人は、誰かに許可を取る必要がないというのも大きなメリットである。

 

『どこに行くかは決まってるの?』

「それはまだなんだけど、一応お泊りの準備はしておいて損は無いかも」

 

 詩乃がいきなりそう言い、クルスは詩乃に、グッと親指を立てた。

 

「それだ!」

『お、お泊り?分かった、今から準備するね!』

「うん、クルスさんの運転で迎えに行くからまだ時間に余裕はあるけど、

多分………え~と、どのくらいかかるかな?」

「一時間くらい?」

「一時間くらい後に迎えに行くわね」

『オッケー、楽しみにしとくね!』

 

 電話を切った後、二人は再びハイタッチをした。実にテンションが高い。

そこに八幡が戻ってきた。

 

「悪い、待たせたな、それじゃあ行くか」

「はい!」

「レッツゴー!」

 

 こうして八幡の知らない所で、さくさくと話は進んでいくのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。