ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第1202話 夜のドライブ

 八幡、クルス、詩乃の三人は、そのままクルスの自宅へと向かった。

ソレイユから三十分ほどかかったが、思ったよりも近い。

 

「ここです、八幡様」

「お~、思ったよりも近いんだな」

「あ、自宅なんだ、勝手にマンションか何かで一人暮らしだと思ってた」

「ソレイユの寮に入るから、もうすぐそうなるけどね」

 

 そしてクルスはキットから下り、同時に八幡も下りた。

 

「八幡様?」

「よし、それじゃあ挨拶に行くか」

「あ、挨拶!?」

 

(まさかそれは、娘さんを僕に下さい的な!?)

 

「え?あ、いや、直属上司としては、挨拶くらいしておくべきだろうと思ってな」

「あっ、そういう………」

 

 クルスは目に見えて落胆したが、そんなクルスの肩を、

いつの間にか一緒に下りていた詩乃が、ポン、と叩いた。

詩乃はもちろんクルスの心の声を正確に把握している。

 

「八幡にそういうのを期待しても無駄無駄」

「だよね………」

「お前らが何を言ってるのかよく分からないんだが………」

 

 八幡は困惑しつつ、ネクタイを直して身なりを整えた。

 

「あっ、というか八幡様すみません、今うちの親、二人とも出張でいないんですよ」

「あ、そうなのか?お仕事は何を?」

「二人とも商社勤めですね」

「そうなのか、それは残念だな」

「あ、せっかくですし、ちょっとお茶でも飲んでいきませんか?

香蓮には一時間くらい後って言ってあるからまだちょっと時間はありますし、

私も着替えたいですしね」

「ん、そうか?それじゃあそうさせてもらおうか」

「詩乃も私の部屋に来ない?引越しで処分する小物とか服とかあるし、欲しかったらあげるけど」

「えっ、いいの?行く行く!」

 

 八幡はそんな二人を微笑ましく眺めながら、クルスの案内で家の中に入った。

 

「お、お邪魔します」

「お邪魔しま~す!」

「それじゃあ二人とも、ちょっと待ってて」

 

 クルスはそう言って台所へいき、二人はリビングのソファーに腰を下ろした。

クルスは手際よくお湯を沸かし、ティーセットを用意してお茶の準備をした。

その手際には、家事に慣れている詩乃も感心したようで、

「女子力高っ」などと思わず呟いたりもしていた。

 

「八幡様、詩乃、どうぞ」

「おう、頂きます」

「ありがとう、クルスさん」

 

(どうも詩乃は、クルスを尊敬してるフシがあるよな………)

 

 八幡はそう思いつつ、出された紅茶を口にした。

 

「うん、美味い」

「それなら良かったです!」

 

 クルスは顔を綻ばせ、それから少しだけ歓談した後、

クルスと詩乃は、クルスの部屋へと消えていった。

それから十分ほどして、詩乃がほくほくした顔で沢山の服を抱えて戻ってきた。

 

「見て八幡、どれも凄くセンスがいいの!いっぱいもらっちゃった!」

「そうか、良かったな」

 

 八幡はそういったセンスが皆無な為、曖昧にそう頷いた。

そして後ろからクルスがコート姿で戻ってきた。

八幡の前にいるにしては珍しく、完全武装しているような格好であったが、

八幡は特に疑問に思わず、ただ寒いんだろうと思っただけであった。

その為、八幡は二人が後ろ手に、怪しい大きめの紙袋を持っていた事に気付かない。

そしてクルスがニコニコと笑顔で言った。

 

「それじゃあ八幡様、もらった車の所に行きましょう」

「ああ」

「行こ行こ!」

 

 八幡は、そういえば車種は何だったかと思いながら、二人の後をついていった。

忘年会の時は拘束されていた為、よく見ていなかったのである。

 

「これです!」

「あ」

 

 車庫に着くと、驚いた事に、クルスがもらった車は八幡が最初に買った車と同じものであった。

最近はキットが便利すぎてほとんど乗る機会が無くなっており、

今はほぼ小町専用になっているのが実情である。

というか、八幡は就職祝いに小町にその車をあげるつもりであった。

 

「これ、俺の車と同じやつだな」

「ふふん、です!」

「八幡ってキットの他に車、持ってたんだ?」

「そういえば詩乃に初めて会った時は、もうキットに乗ってたからな。

というかマックスは知ってたのか?」

「もちろんです!八幡様の事は何でも知ってますから!」

「そ、そうか、まあほどほどにな」

「はい!」

 

 八幡は若干引きながら、大人しく車の助手席に座った。

 

「さて、それじゃあ詩乃の家に寄ってから、香蓮を迎えに行きましょう!」

「おう」

「うん!」

 

 三人はそのまま詩乃の家に行き、詩乃はクルスに手伝ってもらって、

もらった服を持って部屋に消えていった。

そしてささっと着替えを済ませたのか、簡単な手荷物を持ってすぐに戻ってくる。

 

「オッケーよ」

「随分早かったな」

「当然、いつもこういう事態に備えてるもの」

 

(こういう事態?)

 

 八幡は意味が分からなかったが、まあ友達のお出かけとかそういう奴だろうと思い、

特に突っ込むような事はしなかった。

 

「それじゃあ香蓮さんの家にレッツゴー!」

 

 そして三人はそのまま香蓮の家に向かった。

その道中で八幡は、クルスが戸惑うそぶりを見せた時に的確なアドバイスを送り、

クルスを安心させていた。

 

「俺も最初はそうだったなぁ」

「八幡でもそうだったんだ?」

「当たり前だろ、もし事故でも起こしたら、俺だけの問題じゃなくなるんだからな」

「えらいえらい」

「えらそうにしてるが、俺としてはお前のスピード狂の方が心配なんだが………」

「大丈夫大丈夫、その辺りはちゃんと弁えてるから」

「本当かぁ?」

 

 八幡は詩乃の軽口にジト目を向け、クルスは楽しそうに笑った。

そうこうしてる間に見慣れた香蓮のマンションが見えてきた。

その前には相変わらずスーパーモデルのような、すらっとした長身の香蓮が立っている。

 

「香蓮!」

「クルス!」

 

 クルスが運転席からそう声をかけ、香蓮は嬉しそうにクルスに手を振った。

 

「八幡君、詩乃ちゃん!」

「すまん、待たせたか」

「ううん、全然」

「香蓮さん、準備はもういいの?」

「う、うん、言われた通り、バッチリだよ」

 

 香蓮は何故か照れた顔で、こちらの方をチラチラ見ながらそう言ったが、

八幡にはその理由が分からない。

 

「ん~?」

「さて、それじゃあ行き先なんですが」

 

 八幡が胡乱げな顔で何か言いかけたのを、クルスがそう遮った。

 

「せっかくだし、八幡様の家を目指すというのはどうでしょうか。

土地勘もあって、運転のサポートをしてもらうにもいいと思うんです」

 

 クルスと詩乃は、先ほどクルスの部屋に行った時に、

ACSを使って香蓮とも連絡を取り、こう提案する事を決めていた。

たださすがに自宅となると、明日奈の承認が不可欠な為、

事前に明日奈にも根回ししておくという念の入れようだ。

ちなみに一応第二候補は八幡のマンションであるが、三人は断られないだろうと予想していた。

 

「そうだな、距離もそれなりだし、周りの飲食店も分かるし、

簡単なドライブだと思えばいいかもしれないな」

 

 案の定、八幡は素直にその提案を受けてしまう。

 

「うん、たまには遠出もいいね!」

「そうだね、楽しいかも」

「あ、でもお前達、帰りが結構遅くなっちまうかもしれないが、大丈夫なのか?」

「平気平気、だってほら、私達、一人暮らしだし」

「私も平気。多分実家だったとしても、うちの親は八幡君の事を知ってるから平気」

「ああ、確かにそうだな。そうすると残るはマック………」

「問題ありません」

「そ、そうか」

 

 八幡は、この中でただ一人実家住まいなクルスに声をかけようとしたが、

クルスが凄まじい反応速度でそう答え、八幡は頷く事しか出来なかった。

 

「それじゃあ行くか」

「はい!」

 

 それから比企谷家までのドライブが始まり、

八幡の教習所では教えてくれない色々なアドバイスのおかげもあって、

クルスの運転の腕前は、目に見えて向上した。

 

「八幡様、どうですか?」

「ああ、もう隣に乗ってて何の不安もないな。マックスは車両感覚はいいみたいだから、

左に寄せるのももうバッチリだ」

「ありがとうございます!」

 

 そして、あと十分も走れば八幡の家に到着するという所で、

詩乃がさりげなくこんな提案をしてきた。

 

「あ、ねぇ、あそこにスーパーがあるじゃない?

せっかくだし、あそこで車庫入れの練習もしたら?初心者には難しいんでしょ?」

 

 これはもちろん打ち合わせ通りの行動である。

クルスは八幡以上にこの辺りの地理を熟知しており、

周囲にどんな施設があるのか、とても詳しいのだ。

 

「お、そうだな、俺も飲み物とか買っておきたいし、そうするか」

「分かりました、それじゃあやってみますね!」

 

 クルスはやる気満々でスーパーの駐車場へと入り、

八幡にハンドルの切り方を指示してもらいながら、

人目が無いのをいい事に、三度場所を変えつつバックでの駐車をこなしてみせた。

 

「八幡様、かなりいい感じに慣れてきました!」

「おお、バッチリ出来てたな、これでもうなんでもこいだな」

「はい!」

 

 四人はそのまま二十四時間営業のそのスーパーに入ったが、

入ってすぐに、クルスと香蓮はちょっと探したい物があるといって別行動をとった。

残った詩乃は、八幡の買い物に付き合った後、八幡をあちこち連れまわし、

もしかしたらクルスと香蓮が待っているのではないかと八幡を不安にさせたが、

直後にまるで見ていたかのように香蓮が現れ、

「八幡君、もうちょっとかかっちゃうけどいい?」などと言ってきた為、

八幡は詩乃に更に引っ張りまわされる事になった。

何故こんな事になったかというと、比企谷家に訪問した後に、

明日奈も交えて四人で夕飯を作る事が既に決まっており、

その献立が何かバレないように、クルスと香蓮が何を買っているのか、

八幡にみられないようにとの配慮からであった。

何かを大量に買った事自体はもちろん八幡にバレてしまうが、

その場合は「明日奈に頼まれた」で通す事まで事前に決められている。

 

「八幡様、お待たせしました!」

「お、おう、って、随分買い込んだな、マックス」

「あ、これ、明日奈に頼まれた分なんです」

「そういう事か、なら俺が持とう」

「いえいえ、車のトランクまでですし、どうって事ないですよ」

「ん、そうか?うちの買い物なのにすまないな」

「いえいえ」

 

 そして四人は無事に比企谷家に到着し、それを明日奈が出迎えた。

 

「八幡君、おかえり!みんなもいらっしゃい!」

 

 そして明日奈は当然と言った顔で八幡に言った。

 

「八幡君、あがってもらうよね?」

 

 それを受け、八幡は当然のように頷き、四人を家に招待した。

 

「まあちょっとゆっくりしようぜ、という訳で是非お茶でも飲んでいってくれ」

「ありがとうございます!」

「家まで来るのは初めてね」

「それじゃあお世話になるね」

「実は俺も久々なんだけどな」

 

 こうして詩乃、クルス、香蓮の三人は、初めて比企谷家を訪問する事となった。


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