四人が室内に入ると、辺りには料理のいい匂いが充満していた。
「あれ、料理中だったんだな、明日奈」
「うん、まあ二人分しか作ってないけどね」
「………小町や、父さんと母さんは?」
「お父様とお母様は今日は帰れないって連絡があったよ。
小町ちゃんはもうすぐ帰ってくると思うんだけど………」
そう言いながら明日奈は、自然な動作でスマホを取り出した。
「あっ、小町ちゃんも、今日は帰れないみたい」
「そうなのか?」
「うん、ついさっき連絡が来てたみたい。困ったな、そうすると、ご飯が余っちゃうね」
「だなぁ………」
もちろんこの流れは出来レースである。小町は今日は、寮の直葉の家に泊まる事になっており、
最初から帰ってくる予定は無い。そして明日奈はニコニコと笑顔で八幡に言った。
「今から三人分増やせばいいんだけど、材料がちょっと足りないかな?」
「ああ、それなら私達が買った食材があるから、それを使えばいいんじゃない?」
「いいの?」
「うん、別にこれが無いとどうしても困るって訳じゃないしね」
「でもそれだと、俺からみんなへのお礼が………」
八幡がこう言い出す事ももちろん想定内である。
「それじゃあ食材費だけ出してくれればいいわよ。
お店でいいものを食べるよりも、心のこもった手料理の方が嬉しいしね」
「………そうか、そうだな」
それで八幡はあっさりと引き下がった。
これは明日奈にそうするようにアドバイスされた結果である。
八幡の性格的に、食材費を自分が出したという事実さえあれば、
それで細かい事は気にせず、絶対に満足してくれるから、というのが明日奈の意見であった。
「それじゃあみんなで料理しよっか!」
「いいね!やろうやろう!」
「それなら俺が………」
「あんたは料理がそんなに得意じゃないでしょ、ここは私達に任せなさい」
「いやいや、明日奈に手伝ってもらえば俺だって………」
「八幡様、みんなで楽しく料理をする機会をもらえたのは、私達にとっては何よりの楽しみです」
「………分かった、みんながそう言うなら」
そんな八幡に、四人は仲良く頷いたのだった。
それからキャッキャウフフ状態で、四人は仲良く料理をしたのだが、
それが完成した時点で、明日奈が米を追加で炊いていない事に八幡は気付かなかった。
八幡もまだまだ修行が足りないようである。
「それじゃあいただきます」
「「「「いただきます!」」」」
そして楽しい食事の時間が始まった。
八幡は、全員の『これは私が作ったの攻撃』に見舞われ、若干顔を青くさせていた。
幸い腹痛にまでは至らなかったが、かなり苦しい状態だった為、
八幡は四人に断って、ちょっと家の周りを散歩する事にした。
「八幡君大丈夫?私もついてこうか?」
「いや、本当に家の周りをちょっと一周してくるだけだから大丈夫だ」
「そう?それじゃあ片付けをした後、先にお風呂に入っちゃうね」
「ああ、悪いな、頼むわ」
「うん!」
明日奈はわざと主語を省いてそう言った。
もちろんお風呂に入るのは、明日奈だけじゃなく他の全員もなのだが、
八幡は胃の内部の圧力のせいで、まったく頭が回っていない。
「それじゃあ行ってくる………」
「本当に気を付けてね?」
「お、おう………」
八幡はよろよろと外に出ていった。明日奈はそんな八幡を心配に思いながらも、
これで計画は順調に進むなと、小悪魔めいた表情をした。
「それじゃあぱぱっとお風呂に入っちゃおっか!え~と、組み合わせは………」
「私は香蓮さんとでいいわ、そうじゃないと、もぎたくなりそうだから」
その詩乃の言葉に、明日奈とクルスは思わず胸を抱え、後ずさったのだった。
そして八幡はしばらく歩いているうちに、食べたものが消化され、
どんどん胃が楽になってきていた。
「ふぅ、まったくあいつらは限度ってものをだな………」
そうぼやきながらも、八幡の顔は若干にやけぎみであった為、
どうやら楽しかったのは間違いなさそうだ。
「何か甘いものでも買って帰るかな」
八幡はそう考え、コンビニで色々と買った後、そのまま家へと帰った。
「ただいま」
「あっ、お帰りなさい、お腹はもう大丈夫?」
「おう、バッチリ快調だ………ってあれ、みんなパジャマに着替えたのか?」
八幡は、そちらをあまり見ないように気を付けながらそう言った。
何故ならそのパジャマ姿が微妙に際どかったりしたからだ。
明日奈の格好も、特に胸元がそんな感じだったのだが、
明日奈に関しては、これくらいのレベルなら、
慣れている事もあって、八幡は特に意識しないで済んでいた。
「うん、せっかくだし、このままパジャマパーティーとしゃれこもうかなって」
「ああ、まあみんなの都合が良ければいいんじゃないか?
でもよくパジャマなんか持ってたな」
「私がクルスさんからもらった中にあったのよ」
「ああ、そうなのか」
八幡は何の疑問も持たずにそう答えたが、正直突っ込みどころが満載である。
そもそも香蓮の体にピッタリなパジャマをクルスが持っているはずがないではないか。
「それじゃあ今日はみんな泊まりか。あ、明日奈、これ、買ってきたからみんなで食べてくれ」
「これって?あ~!ありがとう八幡君!」
「そういう事になったなら、俺も自分の部屋で楽な格好に着替えてくるわ」
「うん、分かった!」
明日奈はそのまま戦利品を持っていき、すぐにジャンケンの掛け声が聞こえてきた。
八幡はそれを微笑ましく思いながら、階段をのぼって自分の部屋へと足を踏み入れた。
だが見慣れたはずのその部屋は、驚くべき変化を遂げており、
八幡は部屋の中を見るなり度肝を抜かれ、そのまましばらく固まった後、絶叫した。
「………………へ?………ええ?何だこりゃあああああ!」
その声を聞き、四人が慌てて部屋に駆け込んでくる。
「八幡君、どうしたの?」
「あ、明日奈、これは一体………」
「これ?あ、ああ~!」
そこにあったのは、いつもとほとんど変わらぬ八幡の部屋、
そして壁をぶち抜かれてそこと繋がった、明日奈の部屋であった。
「えっと、八幡君、もしかして最近全然こっちに帰ってなかった?」
「………正月に挨拶には来たけど、そういえば自分の部屋には入らなかったな」
「去年の十二月にね、その、お父様とお母様が、改装するって言い出してね、
それで今はこんな感じなんだよね」
「マジか………」
「で、ベッドは処分しちゃってね、代わりにあれを………」
いつもとほとんど変わらぬ、というのはつまり、変わった部分があったという事であり、
シングルだった八幡のベッドが、いつの間にかダブルベッドに変わっていたのである。
当然明日奈が使っていたベッドも処分されてもう無い。
なので二人がここに泊まる際には、同じベッドに寝る他はないという事だ。
まあ今日はそういう訳にもいかないので、明日奈の部屋寄りの空いたスペースに、
大量の布団やクッションが、明日奈の手によって既に持ち込まれており、
それを見て初めて八幡は、これが予定されていた行動の結果だという事に気が付いた。
「そんな訳だから八幡君、気にせず早く着替えちゃってね、私達、下で待ってるから」
「お、おう………」
そして明日奈達が下に戻っていった後、八幡は頭をガシガシかきながら呟いた。
「………まあみんなが楽しいんだったら別にいいか。俺は下で寝ればいいしな」
八幡はそう呟くと、スウェットに着替え、リビングへと戻った。