二階から下りてきた八幡を見て、明日奈が駆け寄ってきた。
「あっ、八幡君、どう?少しは落ち着いた?」
「ああ、取り乱しちまって悪かった」
「それは仕方ないよ、誰だっていきなりあんな風になってたら驚くと思うし………」
明日奈は八幡を気遣うようにそう言ったが、
他の三人はむしろ、先ほどの明日奈の言葉に闘志を燃やしていた。
『去年の十二月にね、その、お父様とお母様が、改装するって言い出してね、
それで今はこんな感じなんだよね』
完璧に妻としてのセリフである。
明日奈はわざわざマウントを取りにくるような事はしない為、
これは自然と口から出た言葉なのだろうが、
他の三人にとっては、自身と明日奈の差を痛感させられる言葉でもあった。
だがここにいる三人は、そんな事で落ち込んだりはしない。
むしろ闘志を燃やし、明日奈に認めてもらえる範囲で八幡にアピールする気満々であった。
「まあそんな訳だから、今夜俺は、とりあえず下で寝る事にするわ。
みんなは上で、楽しく女子会でもしていてくれ」
「はぁ?そんなの駄目に決まってるじゃない。風邪でもひいたらどうするのよ、ね?明日奈?」
ここで詩乃は、明日奈を引っ張り込む為に、同意を求めてそう言ってきた。
「うん、部屋は広いんだし、気にせず八幡君も一緒に上で寝ようよ」
「いや、しかしだな………」
「八幡様、大事な時期なのですからここで体調を崩すのはまずいと思います」
「そうだよ、意地を張ってないで、ね?」
クルスと香蓮もそれに乗り、八幡はこれは断れないと見て、消極的に頷いた。
「わ、分かった、それじゃあそうさせてもらうわ」
「やったぁ!」
「それじゃあみんなで上に行きましょうよ、もういい時間だしね」
「うん!」
明日奈を先頭に、四人は階段をのぼっていく。八幡はとぼとぼといった感じでその後に続き、
部屋に入った後、他の者達から少し離れた所に陣取り、
さてどうしようかと、久しぶりに入った自分の部屋をきょろきょろと眺めた。
「………そういえば積み本がいっぱいあったんだったっけか」
八幡はそう思い、本棚に歩み寄って、とりあえず『私の幸せな結婚』と『西野』を手にとった。
「………ああ、これもこれも、絶対に続きが出てるはずだよな、
そのうちまとめて買わないとか………いや、むしろこの時間にポチるか」
八幡はそう呟きながら、所持しているラノベの続きがどのくらい出ているか確認しようと、
スマホを手にとって色々と調べ始めた。
そして女性陣は、そんな八幡の姿を眺めながらも、楽しそうに会話を始めた。
「それで今日は、どういう流れで集まる事になったの?」
「えっとね、実はGGOで、最近売り出し中のPKスコードロンとぶつかっちゃって………」
その会話は八幡の耳にも届き、それで八幡はハッとした。
「あ~、そうだったそうだった、なぁ明日奈、ちょっといいか?」
「あ、うん、どうしたの?」
明日奈は八幡にそう呼ばれ、女豹のポーズのままこちらに歩み寄ってきた。
実に目の毒だが、八幡はそんな明日奈の胸元から目を離す事はなかった。
明日奈が相手だからであったが、ある意味男らしい。
明日奈もその事に気付いていたが、逆に嬉しい為、全く気にはしていない。
そして明日奈が目の前に来ると、八幡はやや真面目な表情を作って明日奈に言った。
「今詩乃が言ってたPKスコードロンのリーダーな、どうやらあのPoHみたいなんだ」
「………えっ?それって八幡君がアメリカで会ったっていう?」
「覚えてたか、ヌルポってプレイヤーだな、見た目も一緒だったし、PoHで間違いない」
「そうなんだ………」
明日奈は何か考え込んでいたが、やがて顔を上げ、八幡にこう問いかけた。
「で、八幡君はどうするの?」
「あいつに関わるのは時間の無駄だと思うが、もしいい機会があったら、狩ってやろうと思う」
「狩る、かぁ………ねぇ八幡君、PoHって強かったんだよね?」
「ああ、あの時は腕一本を斬ってやったけどな、多分本気じゃなかったと思う」
「そっかぁ………それじゃあ私も今度暇を見て、GGOに行って特訓しておこうかな」
「特訓?何のだ?」
「私がやり合うとしても、銃で戦うのはやっぱり向こうに一日の長があると思うし、
せっかく輝光剣があるんだし、私も銃の弾くらい、斬れるようになっておこうかなって」
「確かにな、俺も銃での接近戦には自信が無いし、ちょっと練習しておくか」
「うん、やろうやろう!」
二人の会話はいい感じに纏まったように聞こえるかもしれないが、
言っている内容は実に頭がおかしい。残りの三人もそんな二人を見て、
『えっ?嘘でしょ?』といった表情をしている。
「それじゃあ和人も誘って、指導でもしてもらうか」
「うん、今度学校で頼んでみよっか」
「だな」
八幡と明日奈は事も無げにそう言い、三人は戦慄しつつ、
この二人なら、すぐにマスターしそうだよねとひそひそと話していた。
「それじゃあ八幡君、読書の邪魔しちゃってごめんね?」
「いや、話かけたのは俺だろ、こっちこそ邪魔しちゃって悪いな」
「あっ、そうだったっけ」
明日奈は、てへっといった感じで自分の頭をコツンと叩いた。
これを普通の女の子がやると、あざといとしか思われないが、
ヒロイン力の高い明日奈がやると、まったく自然な動作に見えてしまうところが恐ろしい。
そして明日奈は三人の所に戻り、ごろんと布団に横になって、再び会話を始めた。
釣られて他の三人も、ごろごろし出す。
それをチラっと横目で見た八幡は、四人のお腹や背中の肌がチラチラと見えていた為、
慌てて視線を本に戻し、出来るだけそちらを見ないようにせねばと考えた。
これは見る事そのものを避けたのではなく、例えばその姿を詩乃あたりに見られ、
おかしな絡み方をされないようにしないとと考えたからである。
そんな考え方をするくらい、今の八幡は、女性の肌に慣れてきてはいるのだ。
これもある意味立派な成長と言えよう。
「でね、今日思ったんだけどさ………」
「あ~、そういうの、あるよね!」
「私は逆にね………」
「確かに………」
そんな四人の言葉が断片的に聞こえてきたが、
本に集中するにつれ、それも耳に入っているようで入ってこなくなり、
そのまま八幡は、本の世界に没頭する事となった。
「八幡様、ちょっといいですか?」
それからしばらくして、誰かが近付いてくる気配がし、続けて八幡に、そう声がかけられた。
「ん?ああ、マックス、どうかした………あれ?」
八幡が体を起こして振り向くと、そこにいたのはクルスではなく明日奈であった。
「あれ、明日奈?」
「そうですよ、誰だと思ったんですか?八幡様」
明日奈は八幡にそう答え、それできっと、何かの遊びなんだろうと思い、
それに合わせてやるかと考え、こう返した。
「いや、気のせいだったわ。で、何の用だ?マスナ」
八幡としては咄嗟に考えたネーミングだったが、それがツボにはまったのか、
明日奈はその場で腹を抱えて大笑いを始め、釣られて他の三人も笑い始めた。
「「「「あはははははははは」」」」
八幡は、上手く笑いが取れたと満足し、若干ドヤ顔のまま明日奈が落ち着くのを待っていたが、
明日奈は少ししてから起き上がり、笑い涙を拭きながら深呼吸をした。
「ふぅ、ふぅ………」
明日奈は何とか呼吸を整えた後に真顔に戻り、八幡に言った。
「八幡様、今里香から連絡があって、三月の頭に理事長と先生達の歓送迎会をやるらしく、
その時生徒がやる出し物の案を、八幡様にも何かないか考えて欲しいそうです」
ちょっと顔を赤くしながら演技を続ける明日奈を見て、八幡は内心でこう思っていた。
(何これかわいい、ちょっと相手をするのが面倒な気もするが、だがそこがいいまである)
「八幡様?」
明日奈に再びそう呼びかけられ、それで八幡は我に返った。
「あっとすまん、ええと………歓送迎会?」
「はい、今の理事長の発案だそうで」
「またあの人は………」
八幡は理事長のドヤ顔を思い浮かべながら、ため息をついた。
だが咄嗟に何かいい案が出てくるはずもない。
「………分かった、何か考えておくわ」
「お願いします!」
「で、明日奈、その芸風は一体………」
「イメージチェンジです!」
「あ………そ、そう………」
「はい!」
明日奈はそう、やり切った風に満足げな表情を浮かべながら、
エア眼鏡を指でくいっくいっと直す仕草をし、三人の所に戻っていった。
(何だかなぁ………)
八幡は苦笑しながら再び読書に戻ったが、
この夜のイメージチェンジイベントは、これで終わりではなかったのである。