次の日の朝、明日奈は随分と早く目を覚ました。
別に目覚まし等をかけていた訳でもなく、自然に目が覚めたのだ。
見ると八幡の顔が明日奈の顔のすぐ目の前にあり、
明日奈は幸せな気分にひたりつつ体を起こした。
「うわ………」
昨日はノリと勢いのまま、五人は同じベッドで寝てしまったのだが、
部屋を十分暖かくして寝たせいか、他の三人のパジャマのはだけっぷりが半端ない。
八幡は目の下に若干隈を作っており、どうやらこの環境のせいで、寝付けたのが遅かったのか、
今は小さくいびきをかきながら完全に熟睡しているように見えた。
その事に安心しつつ、明日奈は起こさないように気を付けながら三人のパジャマを直し、
自らも若干汗をかいていた為、シャワーを浴びる事にした。
「ふぅ………………あれ?」
汗を流し、心地よい気分にひたっていた明日奈の耳に、脱衣所の方から物音が聞こえ、
明日奈は一瞬ドキリとしたが、その直後に、寝ていたはずの三人が浴室内に乱入していた。
「うわっ、みんな、どうしたの?」
「丁度同じくらいのタイミングで目を覚ましちゃって、
明日奈がいなかったから一階に下りてきたら、
シャワーの音が聞こえたから、一緒に入ろうかなって」
「それにほら、キットに送ってもらうにしても、八幡君が学校に行くのに使うはずだから、
私達はキットに早めに家まで送ってもらうべきかなって」
「ああ、まあ起きちゃったならその方がいいよね」
「うん、まあそんな感じ。それにしても………」
そのまま詩乃に胸をじっと眺められ、明日奈は思わず胸を隠した。
「な、何?」
「いやぁ、順調に育ってるなって思って」
「私は多分、そろそろ限界かな」
「今いくつだっけ?」
「八十八?」
「十分でしょ………」
詩乃は自分の胸を恨めしそうに見ながらそう呟いた。
「年は関係ない、八幡様に揉まれてるからこうなる」
その時クルスが背後からいきなり明日奈の胸を揉んだ。
「やっ、ちょっ………」
「よいではないか、よいではないか」
「だ、駄目だって!」
場は完全に、男子が立ち入っていい場所ではなくなっていた。
「も、揉まれてるって、それはそうかもだけど………」
この事態に、普段は強気な癖に、案外耐性の無い詩乃が顔を赤くする。
そして詩乃にそう言われた明日奈も顔を赤くした。
「ちょっ、そこで黙らないで!余計に恥ずかしくなるじゃない!」
「クシュン」
その時明日奈がくしゃみをした。それなりに暖かいとは言え、
さすがにシャワーヘッドは一つしかなく、あまり裸のまま浴室に長くいるのはいい事ではない。
「あ~………」
「長話はちょっとまずいね、急いで汗を流しちゃおっか」
「それがいいね」
四人はそのまま順番にシャワーを浴び、リビングに集合した。
「朝御飯はどうしよっか」
「私はいいわ、後で適当にコンビニで買うから」
「私もいいや」
「私も私も」
「う~ん、それじゃあ私もそうしようかな、
八幡君の分だけ作って、食べられる時間を確保出来るように目覚ましだけセットしとこっと」
「あれ、明日奈も八幡と一緒に食べないの?」
「うん、昨日の演劇の事で、里香達と色々相談したいから、早めに寮に戻っておこうかなって」
「そっか、それじゃあ行きましょっか」
「うん」
「そうだね」
「あ、私、八幡君に書き置きだけしておくね」
「オッケ~」
四人はそのまま早めに家を出て、それぞれの家までキットに送ってもらった。
車内で先ほどの胸を揉まれたうんぬんの話の続きがおそらく行なわれたのだろうが、
それを聞いていたはずのキットは当然その事を他に漏らしたりはしなかった。
それから一時間半ほど経ち、八幡は目覚ましの音で目を覚ました。
「ん………あれ、誰もいないのか」
八幡は眠い目をこすりながら体を起こす。
昨日は中々寝付けなかった為に寝不足感が半端ないが、
時計を見ると、余裕を持って学校にも行ける時間だった為、
八幡は自分の頬をパンパンと叩き、無理やり脳を覚醒させた。
「みんなは下にいるのか………?ん、これは………」
そして八幡は明日奈の書き置きを発見し、事情を把握すると、
リビングで明日奈が用意してくれた朝食を食べ、そのままキットに乗って学校へと向かった。
「この時間なら、まあギリギリ遅刻しないで済むか」
明日奈の絶妙な目覚ましのセッティングに感謝しつつ、八幡はそのまま学校に登校したのだが、
教室に入って挨拶をしようとした瞬間に、室内が妙な雰囲気に包まれている事に気が付いた。
「みんな、おはよう」
八幡はその事を訝しみつつ、明日奈、和人、里香、珪子の四人に挨拶をした。
「おはよう八幡君、ちゃんと間に合ったみたいだね」
「おう明日奈、サンキューな」
「八幡、おはよう」
「八幡さん、おはようございます!」
「八幡、目の下に隈が出来てるわよ」
「ああ、ちょっと寝不足でな………」
そう言いながら八幡は自分の席に腰を下ろし、
教室内をきょろきょろと見回しながら、四人に言った。
「なぁ、教室の雰囲気、何かおかしくないか?」
「え、そう?」
「気のせいじゃないか?」
「そうそう、別に何もおかしくないですよ?」
「まだ頭が寝てるんじゃないの?」
「かな………」
八幡は目をごしごしとこすりながらそう言った時に、担任が教室へと入ってきた。
そして出席を確認した後、ホームルームの後に普通に授業が始まったが、
この日は特におかしな事は何も起こらず、そのまま放課後になった。
この日の放課後は、歓送迎会の出し物について、
クラスで話し合いが行なわれる事になったらしく、今は全員が居残っている。
「あ~、それじゃあ話し合いを始めよう」
そしてこういう場合、特に決まっている訳ではないが、
基本八幡が司会を努めるのが不文律となっていた。
もちろんその事に苦情を言う者など誰もいない。
そして同時に明日奈が自主的に書記役を努めるのも、またいつもの光景である。
「それじゃあうちのクラスが何をすればいいか、意見のある人は挙手をお願いします」
八幡のその言葉に、しかし挙手をしてくる者はいない。
当然なのだが、他のクラスメート達は八幡グループの提案待ちというスタンスをとっているのだ。
「はいはい、は~い!」
そんな空気を読んだのか、里香が元気よく手を上げる。
「はい、ピンクさん、どうぞ」
「ピンクって言うな!」
里香はとりあえずそう突っ込んだ後、もう慣れっこなのだろう、
全く気にしていないように、平然とした顔で自分の意見を述べた。
「私、演劇がいいと思います!ってかやりたいです!」
その言葉に教室の雰囲気が、それで決まりだと大きく傾く。
明日奈が黒板に板書を始め、八幡は一応他の意見を募った。
「お前ら、ピンクに気を遣わずに、もっと自由闊達な意見をだな………」
「ピンク言うな!」
八幡は取り合わず、クラスメート達を見回したが、他に意見が出る様子はない。
というか、おかしな事に、全員が黒板を生暖かい目で見ている。
「………まあいいか、どうせ長くても三十分程度の余興だしな」
演劇の文字を見て、何故そんな目をするのか分からないまま、八幡は議事を進めようとした。
「それじゃあ演劇で決まりとして、何の劇をやるのか意見を出してくれ」
「はいは~い」
「はいは一度でいいぞ、ピンクさん」
「ピンク言うな!」
「ちゃんとさん付けしただろう?」
「そういう問題じゃないから」
と言いつつ里香は怒っている風でもなく、あっけらかんと立ち上がってこう言った。
「私、悪役令嬢ものがやりたいです~!」
「………ピンクさん、もしかして脳内まで完全にピンクに染まったのか?」
いつもの里香ならここでまた突っかかってくる所だが、
この時は何故かニコニコとした表情を崩さなかった。
そして隣にいた和人が八幡にアイコンタクトを送ってきているのが見えたが、
その瞬間に和人の足を、里香と珪子が思いっきり踏みつけた。
「痛っ」
そのまま和人は萎縮し、顔を上げようとしない。
八幡は嫌な予感がし、明日奈に意見を求めようと振り向きかけたが、
そんな八幡の肩を、明日奈がガシリと掴んだ。
「マジか」
八幡は思わずそう呟いた。この明日奈の態度から、
要するにラスボスは、ずっと八幡の後ろに立っていたという事に他ならないからだ。
そしてその推測通り、明日奈がここで始めて言葉を発した。
「それじゃあ配役を決めま~す、悪役令嬢役は、八幡君がいいと思う人~?」
「えっ?」
そのあまりにも予想外の言葉に八幡は完全に固まった。