「あ、明日奈、話せば分かる。そもそも俺の女装姿なんて見ても楽しくも何ともないだろう?」
八幡は動けない状態のまま明日奈に声を掛けたが、
明日奈は何も答えず、そのままクラス中に語りかけた。
「他に立候補者はいませんね?」
「そこは、いませんか?だろう?」
八幡はそう突っ込むも、全くキレがない。
何しろ正面に並んでいるクラスメート達は、全員が八幡と全く目を合わせようとしてこない。
おそらく既に、明日奈達から何らかの圧力がかかっているのだろう。
もっともこのクラスに明日奈の言う事を聞かない者はいない為、
圧力というのは言いすぎかもしれないが。
「それでは一応決をとります。悪役令嬢役は八幡君でいいと思う人?」
その瞬間に、クラスメート達全員が手を上げた。
「くっ………」
予想通りの結果に八幡は落胆しつ、八つ当たりぎみに和人に声をかけた。
「う、裏切ったな、和人!信じてたのに!」
「いやいや無理だから、俺が逆らえるはずがないだろう?」
和人は個人名を出さずにそう答えたが、その誰に、の部分が、
明日奈、里香、珪子の三人を指す事は明白であろう。
「まあ和人に期待するだけ無駄か」
「分かってるなら言うなよ!」
そう突っ込んでくる和人をスルーし、八幡は次にクラスメート達に悲しそうな目を向けた。
どうやら八幡もあの手この手を駆使しているようだ。
そんな八幡の視線を受けたクラスメート達は、だが申し訳なさそうに下を向くだけであった。
「まあそうだよな………こうなったら………」
八幡は駄目元で、ラスボスに直訴しようと明日奈の方に振り向いた。
「あ、明日奈!」
その目に飛び込んできたのは、
『悪役令嬢役は八幡君にやってもらいます、異論は認めません♪』
の文字であり、八幡は思わずを仰いだ。
(これはもうどうやっても覆らないな………)
それでもやはり納得し難い部分があった為、八幡は思わずこうこぼした。
「は、はめられた………」
「人聞きが悪いわね、ただの民主主義の結果じゃない」
里香が即座にそう突っ込んできた。
「こんな民主主義は間違ってる!」
「八幡君、駄目………かな?」
そんな八幡に、明日奈が切なそうな顔でそう言った。
おそらく演技だと思われるが、さすがにその事を指摘する事も出来ず、八幡は言葉に詰まった。
「い、いや、だがしかしだな………」
「駄目………?」
明日奈は目をうるうるさせて八幡を上目遣いに見つめてくる。
こうなるともう惚れた弱味で八幡にはどうする事も出来ない。
というか、明日奈の期待に応えざるを得ない。
寝不足でテンションが上がりやすい状態だった事もあり、八幡はそのまま立ち上がると、
もう自棄だというようにクラスメート達に向けて明るい笑顔で言った。
「………お前ら」
だがその口から出た言葉は、底冷えのする迫力に満ちた言葉であり、
一同は思わずビクッとしたが、次の瞬間八幡は、右手の甲を左頬に当てながら高笑いをした。
「お~っほっほっほ、こうなったらとことんやってやるわ、
みんな、悪役令嬢である私に全力でついていらっしゃい!」
「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」」」
一同は思わず立ち上がってそう声を上げ、
その瞬間に物理的に学校が揺れた、と後日隣のクラスの生徒達が証言している。
「で、こうまで押してくるって事は、もう脚本は出来てるんだろ?そっちはどうなってるんだ?」
一度やると決めたら最後までキッチリやる、そんな社畜根性全開の八幡がそう尋ねる。
「プロに頼んであるから大丈夫よ」
「プロ?プロの知り合いなんかいたのか?」
「えっと、財津君?あ、えっと、吉宗君だっけ?あれよあれ、将軍様?」
そのどこかで聞いたようなセリフに八幡は瞠目した。
「………え、まさか材木座か?」
「あ~あ~あ~!えっと………わ、わざとボケてみたのに一発で分かるなんてさすがね、八幡」
「いやいやピンクさん、それ、材木座の名前を覚えてなかった事を全く隠せてないからな」
八幡は里香にそう皮肉を言いつつ、昔の事を思い出し、腕組みした。
「………まあでも、今みたいなやり取りは高校の時もよくあったからな」
「あ、そうなんだ?」
「しかも相手は雪乃だぞ、
あの雪乃にすら名前を覚えてもらえてなかった材木座が不憫すぎてなぁ………」
八幡はそうこぼし、場は悲しみの雰囲気に包まれた。
だが八幡はすぐにそれを振り払うように里香に尋ねた。
「いやまて、問題はそこじゃない、っていうかプロ?誰が?」
「剣豪将軍先生」
「………何でお前が材木座の昔の痛自称を知ってる?」
「そうなの?それは初耳かなぁ?」
「じゃあお前、どうして………」
「はいこれ」
八幡のその問いに、里香はバッグをごそごそと漁り、一冊の本を差し出してきた。
それを手に取った八幡は、あごが外れんばかりにポカンと口を開けた。
その本には、まごうことなき剣豪将軍の文字が躍っていたからである。
「え、何だこれ?まさかあいつ、自爆覚悟で自費出版でもしたのか?」
「いやいやいや、出版社をよく見てみなさいって」
「………レクト出版?マジで?」
「うん、というか、知らなかった事の方が驚きなんだけど?」
「あいつの事は、ずっとレクトに出向させたまま、完全に放置してたからな………」
事情が分からないクラスメート達も、この八幡のセリフを聞き、
まだ見ぬ剣豪将軍に憐憫の感情を向けた。
「ちなみにそれ、レクトのソシャゲのラノベよ」
「えっ?あっ、マジだ………」
「しかも結構売れてるみたい」
「マジかよ………」
寝不足なせいか、語彙が貧弱になり、マジを連発する八幡であった。
「で、その材木座にシナリオを頼んだと?」
「うん、いくつかアイデアを出してもらったんだけど、
そのうちの一つが私のツボにはまっちゃって、正式に頼む事にしたの。
で、実はもうすぐ持ってきてくれる事になってるんだよね」
「え、あいつ来るの?」
折しもその直後に、材木座が教室の後ろの扉からおずおずと顔を覗かせた。
「ご、ごめんくださ~い?」
「ざ、材木座!」
八幡はその瞬間に、興奮気味に義輝に駆け寄り、その手を握った。
当然義輝は、意味が分からずにキョトンとする。
「は、八幡?」
「おい材木座、お前、遂に夢を叶えたんだな。良かった、本当に良かった………」
八幡は心から嬉しそうにそう言い、それを聞いた教室全体がほんわかした雰囲気になった。
当の義輝も思わず目を潤ませたが、恥ずかしいのか虚勢を張りつつこう答えた。
「ふふん、恐れ入ったか!サインが欲しいならくれてやるから我に色紙を献上するのだ!」
途端に八幡がスンッ、と表情を消した。その顔にはあからさまに、うざっ、と書いてある。
「あ~、よく考えたらここは学校で、こいつは部外者の不審者だったわ。
よしみんな、こいつを排除しろ」
その言葉にクラスメイトのみならず、和人もノリノリで立ち上がる。
さすがに明日奈達三人は立ち上がってはいないが、八幡の煽りを止めるつもりもないらしい。
「え?えええええ?」
そして哀れ義輝はそのまま教室から排除されそうになり、涙目のまま必死で弁解を始めた。
「ち、違う、冗談、冗談だって!ただの照れ隠しな事くらい、
長い付き合いの八幡なら分かるであろう?」
「その喋り方が勘に触る、が、まあいいか、みんな、離してやってくれ」
八幡も当然本気で言っていた訳ではない為、あっさりと矛を収め、
そのまま義輝は解放された。
「ふぅ、正直怖かったぞ、八幡!」
義輝は本気で怯えた声でそう言ったが、それでも責任感を発揮し、
里香に一冊のノートを渡した。
「それでは篠崎殿、これを」
「将軍、ありがとう!」
「二人って仲が良かったっけか?」
里香が義輝を将軍と呼ぶのを見て、八幡が首を傾げながらそう尋ねてきた。
「ほとんど面識は無かったけど、本を出してるのは雪乃から聞いてたから、
そのまま仲介してもらったみたいな?」
「ああ、そういう事か」
「雪ノ下嬢の頼みを断る訳にはいかぬからな!」
(というかあいつ、材木座が本を出してた事をわざと黙ってやがったな、
サプライズのつもりかよ)
八幡はそう思うと同時に、こうも考えていた。
(というか、仲介したって事は、今回の事に関してはあいつもグルかよ………、
こりゃもう逃げ道は全部塞がれてると思った方がいいな)
その読み通り、雪乃は来賓扱いで歓送迎会に参加させてもらう事を条件に、
明日奈達に全面的に協力していた。
「それじゃあ議事を進めよっか!義輝君、申し訳ないんだけど、
黒板に全部の登場人物を書き出してもらってもいいかな?」
「あっ、はい、明日奈さん、分かりました!」
明日奈にそう頼まれた義輝は、最敬礼と共にチョークを握り、
それを見た八幡は、さすがの材木座も明日奈の前じゃ普通になるんだなと、少し驚いた。