明日奈に促され、義輝が真面目な顔で、黒板に役名を板書していく。
『公爵令嬢(過去)、雪ノ下雪乃』
いきなり書かれたその文字を見て、八幡は突っ込まざるを得なかった。
「おいこらちょっと待て、何でいきなりキャストが決まってるんだよ、しかも部外者じゃねえか」
「えっと、雪乃は来賓扱いにするって条件で協力してもらったの」
「来賓?」
「うん」
「………まさか本人が出たいとか言ったのか?」
「そんな感じ」
「なんとも出しゃばりな来賓もあったもんだ………」
まあしかし、雪乃が公爵令嬢役というのは何ともお似合いな気がする。
八幡はそう考え、同時にこれは女装をしないで済みそうだと考え、内心でほくそ笑んだ。
「そうかそうか、なら何の問題もないな」
「それじゃあ八幡、続けていいか?」
「おう」
義輝にそう問われた八幡は、これ以上この話が広がらないように続きを促した。
もし仮に女装をしなくても良かった場合、薮蛇になるのを恐れたのである。
『公爵令嬢(現在)、比企谷八美」
「材木座、お前それ、わざとだよな?」
「ほ、ほんの冗談、冗談だから!」
八幡に殺気のこもった視線を向けられた義輝は、慌ててその文字を消し、八幡、と書き直した。
『侍女』
『近衛騎士隊長』
『魔女』
『王子』
『公爵夫人』
『暴漢(人数は適当で)』
結局黒板に書かれたのは、たったそれだけだった。
「人数少なっ」
「そこは所詮余興だしね」
「まあそうだけどよ」
「で、話の内容は?」
「うむ、よくぞ尋ねてくれた。それでは今から説明する」
八幡にそう尋ねられ、義輝は自分が考えた話の内容を語り始めた。
「………ええ?」
「どうした八幡、何を驚いているのだ?」
「いや、案外まともだなって思ってな」
「まあこれでもプロの端くれなのでな!ふわっはっはっは!」
「………で、これ、何のパクリ?」
「パクってないっての!」
そんな昔あったようなやり取りが行なわれた後、
明日奈の仕切りでキャスティングが行なわれる事となったが、
そもそもクラスの女性比率と話の内容の関係で、
侍女が明日奈、近衛騎士隊長が里香、魔女が珪子、王子が和人に決定し、
暴漢はクラスメート達の中からガタイのいい三人が選ばれた。
同時に裏方達の役割分担も行なわれる。
「それじゃあ拙者は会社に戻るので………」
そしてどうやらまだ仕事中らしい義輝が、役目を果たしたという満足げな表情で立ち上がった。
「おうそうか、しっかり働くんだぞ、材木座」
「当日は楽しみにしているぞ、八幡!」
「あ、おい材木座、ちょっと待て」
「ん?」
「今度印税で何か奢れよ」
その八幡の言葉に義輝は、満面の笑みを浮かべた。
「お、おう、任せておくがよい!」
そう言って去っていく義輝の背中は、昔よりもよほど自信に溢れているように見え、
八幡は友人の成長を感じて嬉しくなった。
「さて、それじゃあ今日はここまで!明日みんなに脚本を配るから、
各自で無理の無いようにスケジュールを組んで、仕事を進めてね!」
明日奈が話し合いをそう締め、クラスメート達は各自帰宅していった。
そして教室に残った八幡は、里香から材木座のノートを渡された。
「それじゃあ八幡、はい、これ、八幡の分の脚本ね」
「おう、って、これをコピーとかするんじゃないのか?」
「ううん、それはオリジナルというか、将軍様直筆の元原稿。
私達の分は、もうデータでもらってるからそれを印刷するだけよ」
「そうなのか?ってか何でわざわざ俺だけこんなんなんだ?」
「直筆の奴を八幡に使ってもらいたかったんじゃない?
そもそもうちの学校までわざわざ来る必要もなかった訳だし」
「そう言われると確かに………」
「多分義輝君は、八幡君に、自分の晴れ姿を見せたかったんだね」
明日奈にそう言われた八幡は、友人の広い背中を思い出しながら苦笑した。
「晴れ姿も何も、今のあいつの事を、俺は高く評価してるっての」
「それ、直接言ってあげた事は無いんでしょ?」
「当たり前だろ、あいつはすぐ調子に乗るからな」
「確かにそうかもね」
明日奈は苦笑し、素直じゃないんだからと、八幡の顔を生暖かい顔で見つめた。
八幡はその視線に気付きつつも、どうやら恥ずかしかったのだろう、
露骨に顔を逸らしながらこう言った。
「よし、それじゃあさっさとコンピュータ教室で印刷して、製本しちまおうぜ」
「そうだね、行きましょっか」
「うん!」
「それじゃあ私は、必要そうな物を買出しに行ってきますね!」
「お、悪いな珪子。おい和人」
「分かってるって、荷物持ちだろ?」
「和人、ついでに軽くつまめる物もお願い」
「飲み物もな」
「へいへい」
こうして五人は動き出し、歓送迎会の演劇の準備が開始された。
次の日の朝には脚本が配られ、それを元に大道具や音響をどうするか、
クラスメート達も慌しく動く始めた。
そして次の日からキャスト達の練習も開始されたが、その場には何故か、理事長の姿があった。
「あっ、理事長、見学ですか?」
「ええ、駄目だったかしら」
「いえ、それは別にいいんですけど、
事前に内容を知っちゃってたら面白さが半減しちゃうかもって思ったんで」
「その事で実は頼みがあってきたのよ」
「頼み………ですか?」
「ええ、あなた達の劇に、私も出させてもらえないかなって思ってね」
「理事長がですか!?」
「ええ………駄目かしら?」
「それはまだ何ともですけど、一体なんでです?」
「私もあなた達と一緒に演じたっていう思い出が欲しいのよ!」
理事長はまるで女学生のように、やんやんと恥ずかしがりながらそう答え、
八幡は一瞬、年を考えろと思ってしまい、慌てて首を振ると、
にこやかな笑顔でこう答えた。
「分かりました、脚本担当に相談してみます」
そして八幡は義輝に事情を説明したが、義輝はこれを快諾し、
脚本の数ページを差し替えるだけでこれに対応してみせた。
中々の有能っぷりだと八幡は思ったが、その事を口に出す事は決してない。
そして理事長と雪乃もたまに稽古に参加し、それから半月後の三月半ば、
遂に歓送迎会の当日を迎える事となった。
ここで話は一週間前に遡る。
この日、重村徹大は、カムラの者達と同行し、ソレイユ社内にいた。
「………はい、それではそういう事で」
「ありがとうございます、これで各メーカーのフルダイブ機能の規格が統一出来ますね」
この日はカムラとソレイユ、それにレクトの技術畑の人間達がこの場に集まっており、
フルダイブ機能の技術的な事に関する話し合いが行なわれていたのである。
話し合いは当然の事ながら、事前にある程度の摺り合わせが行なわれており、
ここでの話し合いは平穏無事に終わった。
そしてその後、懇親会が行なわれ、その席で徹大は、
陽乃と小猫、そして明日奈の父、結城章三と、
その付き添いで来た義輝と同じテーブルを囲む事となった。
その席上の雑談として、帰還者用学校の歓送迎会の話が出る事は、
関係者も揃っていた為、全く不思議な事ではなかった。
「そういえば昨日明日奈ちゃんに聞いたんだけど、
歓送迎会の劇の脚本は義輝君が担当したんだって?」
「あっ、はい、僭越ながら」
さすがの義輝も、こういった場での物腰はとても丁寧である。
「歓送迎会?それは?」
どうやら章三は、その事を明日奈に聞かされていなかったらしく、
興味津々な顔でそう尋ねてきた。もっともただの学校行事の事であり、
明日奈も今は学校の寮か八幡の家にいる事が多い為、
話す機会が無かったのも当然であろう。
「えっと、今うちの母親がやってる帰還者用学校の理事長が、四月から奥様に代わりますよね?」
「ああ、それで歓送迎会かい?」
さすが優秀な章三は、それだけですぐに理解したようだ。
「ええ、そうなんですよ。その出し物で、八幡君達が劇をやるらしくって、
そこで八幡君が女装を………ぷっ、くくっ………」
どうやら八幡は、結局女装をしなくてはいけなかったようだ。
「女装?本当かい?」
「ええ、そうなんですよ、正直それだけで、義輝君に金一封をあげたいくらいですわ」
「それは是非見てみたいな………」
「来賓として行ってみては?」
「いいのかい?」
「ええ、その辺りはどうとでもなるはずです」
「それじゃあ是非頼むよ!」
「はい、任せて下さいな。薔薇、手配出来る?」
「分かりました」
章三はその言葉にとても喜んだ。最近明日奈との触れ合いが少なくなっており、
寂しかった事もあるのだろうが、やはり一番は、大好きな八幡の晴れ舞台?を見たいのだろう。
「そ、それ、私も参加させてもらう事は出来ないだろうか!?」
その時徹大がいきなり大声を出し、その場にいた者達はとても驚いた。
それを見て徹大は咳払いをし、取り繕うようにこう弁解した。
「す、すみません、帰還者用学校にも、
いずれ私のゼミに参加出来るような優秀な生徒がいるかもしれないと常々思っていたもので」
「ああ、そういう」
「なるほど、確かに」
それで一同は一応納得してくれ、陽乃は徹大の願いを受け、
小猫に二人の来賓としての参加を手配させた。
「ありがとうございます、社長」
「いえいえ、来賓として、卒業後の進路の話を軽くしてもらうだけでいいそうですので、
お二人とも、五分程度ですが宜しくお願いしますね」
こうして歓送迎会に、章三と徹大の参加が確定した。