徹大は八幡達と別れた後、そのまま周囲の屋台を見て回った。
(こういった雰囲気はいつ以来だろうか………)
徹大が覚えている限り、こういうお祭りっぽい雰囲気の場所に来るのは、
悠那がSAOに囚われた年に、近所で行われていた夏祭りが最後である。
何を思ったのか、悠那は友達と行けばいいものを、
わざわざそちらの誘いを断って、徹大に一緒に行こうとせがんだのであった。
前の年は普通に友達と一緒に行っていた為、徹大はその事を不思議に思ったものだったが、
悠那が目覚めない今、その真意を問う事は出来ない。
『お父さん、学校ってこういうものなの?』
ユナにそう問われ、徹大は少し返事に困った。
「いや、こういうのは学園祭とかそういう時だけじゃないかな」
『やっぱりそうだよね?』
ユナもどうやら一般常識として、この状況が普通でないと、理解はしていたようだ。
徹大に問うたのは、ただの確認であろう。
「まあこの学校は学園祭とかは無いらしいから、その代わりみたいな感じじゃないかな」
『あっ、そうなんだ?それなら納得だね』
「ああ、何にせよ、本人達が楽しんでいるようだから、いいんじゃないかな」
『うん、そうだね!』
そう言いながらも徹大の眉間には皺が寄っていた。
どうしても悠那がここにいない事について、忸怩たる思いを抱いてしまうからだ。
そんな徹大の気持ちを知ってか知らずか、ユナが突然こんな事を言い出した。
『いつも忙しくしてるんだから、こういう時くらいお父さんも楽しんでね?』
その言葉に徹大は、一瞬頭に血がのぼるのを感じたが、ここで大きな声を出す訳にはいかない。
そんな徹大に、ユナは更に言葉を続けた。
『ここに、まだ眠ってる本当の私がいたら、多分そう言うと思うんだよね』
その瞬間に、徹大の頭は冷えた。
確かに悠那は日頃から、徹大が研究に没頭しすぎて、基本外出しようとしない事を心配していた。
(ああ、そうか、私は悠那に心配ばかりかけてしまっていたんだな………)
そう思いつつ、徹大はその事に気付かせてくれたユナに感謝の気持ちを覚えた。
「………ああ、そうだね」
そんなユナの気持ちに報いる為に、徹大はそう答えると、
今は余計な事は考えずに、純粋にこの祭りを楽しむ事にした。
それが、たった今怒りを覚えてしまったユナに、
あるいはかつての悠那に対する贖罪たりえる、徹大が今出来る唯一の方法だと思ったからである。
「それじゃあユナ、どこに行きたい?」
『それじゃあ私、わたあめを食べ………てるお父さんが見たい!』
「そ、そうか、分かった」
徹大は、この歳で人前でわたあめを頬張る事に若干の抵抗を感じた。
(せめてたこ焼きとかにして欲しかったなぁ………)
徹大はそう苦笑しつつ、大人しくわたあめを買い、
恥ずかしそうに、しかし美味しそうに頬張ったのだった。
『まもなく体育館にて、有志による演劇の舞台が開始されます。是非足をお運び下さい』
それからしばらくしてそんなアナウンスがあった。
『お父さん、行こう行こう!』
「あ、ああ」
徹大はユナに急かされ、体育館へと足を運んだ。
館内は既に人で溢れかえっており、ただの有志による出し物とはとても思えない。
「八幡様!」
「明日奈さ~ん!」
少数ながら、八幡を呼ぶ黄色い声、そして男達の、明日奈への声援を聞き、
徹大はこの学校での八幡達の人気っぷりに、改めて驚かされる事となった。
そんな状態な為、徹大は座る場所を上手く確保出来ず、
もっと早くに移動すべきだったとユナに申し訳なく思ったが、
そんな徹大に声を掛けてくる者がいた。
「教授、こっち、こっちです!」
「え?あ、君は………凛子君?」
「はい、お久しぶりです、教授」
「君は今ソレイユだよね?もう公の場に出ても平気なのかい?」
「問題ありません、というか、不詳の弟子で申し訳ないです」
それは徹大の教え子である神代凛子であった。
「教授、こっちにいい席が空いてますよ、よろしかったらどうぞ」
「いいのかい?それは有難い」
八幡が悪役令嬢役をやるという事で、
八幡の周辺の女性達の多くが観に来る事を希望したのだが、
さすがに今回は学校行事という事もあり、来賓たりえる者が
厳正な抽選の上で選ばれ、ここにいた。ただ何かあった時の為に若干余裕を持たせてあった為、
徹大を見かけた凛子が、他の者達に許可をとった上でここに案内したと、まあそんな訳である。
「紅莉栖君も来ていたのか」
「お久しぶりです、私も今日は簡単な挨拶をする事になってるんですよ教授。長野以来ですね」
他にそこにいたのはさすがの貫禄とでも言おうか、
生徒達に余裕で訓示をたれる事が出来る牧瀬紅莉栖であった。
そしてその横に、プロ用のごついカメラを構えたクルスがいる。
「初めまして、八幡様の秘書の、間宮クルスと申します。以後お見知りおきを」
「これはこれはご丁寧に、重村徹大です。というか、随分と本格的なカメラだね」
「はい、撮影の失敗は出来ませんので、今回はこれを三台用意しました」
「それはそれは………」
見ると確かに舞台の左右にもう二台カメラがある。
「失敗が出来ないというのは?」
「あ、はい、今日ここに来れなかった他の女の子達に、
この劇をどうしても見せないといけないので、
ここで失敗でもしようものなら私の命が危ないんですよ」
「あ、あは………」
「で、こういった経験のある、選ばれた者達が撮影にあたってると、まあそんな感じですね」
「が、頑張ってね」
「はい!」
クルス、さすがの才女っぷりである。ちなみに他の二名は何でも器用にこなす桐生萌郁と、
フランシュシュの活動記録の撮影も兼ねているという事で、
マネージャーの巽幸太郎が行っている。
「あ、そろそろ始まりますね」
「それじゃあ失礼して………」
「はい、ご遠慮なく!」
こうして遂に、八幡達の劇が開始される事となった。