ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

1225 / 1227
すみませんやっと書けましたorz


第1213話 困った雪乃ちゃん

『中世ヨーロッパにも似た、でも地球が存在しない、全く別の世界に、

貴族達が権力争いに明け暮れる大国がありました』

 

 そんなアナウンスから劇は開始された。

そして舞台中央に立った、美しいドレスを身に纏った女性にスポットが当たる。

 

『彼女がこの物語の主人公であるハティー。類いまれなる美貌の持ち主である彼女は、

その国に四つある公爵家のうちの一つの生まれでしたが、彼女の家は、権力とは距離を置き、

ただ領民の事を思って領地を治めているような穏やかな家であり、

幸いな事に、他のどの公爵家からも敵視される事はありませんでした』

 

 そこで舞台に立つ少女………雪乃にスポットが当たった。

 

「うわぁ………」

「すごい美人だな………」

「可憐だ………」

 

 観ている生徒達からそんな声が上がる。

雪乃の毒舌っぷりを知っていれば、また違う印象を抱いたのかもしれないが、

ただ黙ってにこにこと微笑んでいる雪乃は、文句なしに『姫』であった。

そしてナレーションが続く。

 

『しかしそんな穏やかな生活は、彼女が十六歳になった時、終わりを告げました。

何故なら彼女が突然王子の婚約者に指名されたからです。

もちろん拒否権などがあるはずもありません。

そしてその事によって、彼女は娘を王子の婚約者として送り込みたい他の公爵家から敵視され、

常に身の危険を感じるようになってしまったのでした』

 

「いたぞ、こっちだ!」

 

 そんな声に合わせ、雪乃が走り出すそぶりを見せたが、

その前方から体格のいい三人組が姿を見せた為、雪乃は立ち止った。

 

「へっへっへ、あんたには何の恨みもないが、その顔、二目と見られないようにしてやるぜ」

 

 三人はそう言って雪乃にいきなり殴りかかり、その腕を振るった。

 

「きゃああああ!」

 

 そんな声を上げたのは、雪乃ではなく観客である。

たかが演劇の一シーンに何故そんな声を上げるのかと思われるだろうが、

それもそのはず、暴漢役の者が腕を振るった瞬間に、雪乃の顔が、

本当に殴られたかのように、激しく仰け反ったのである。

その後も暴漢達は、雪乃に暴力をふるい続け、

雪乃は今にも倒れそうに前傾姿勢をとりつつ、その長い髪を前にだらりとたらした。

 

 ごくり。

 

 と誰かが唾を飲み込む音がし、そして場は静寂に包まれた。

さすがにこれは演技だろ?演技だよな?という声が聞こえ、会場はずっとざわめき続けていた。

 

 

 

 雪乃がクルスと一緒に初めて劇の練習に合流した日、

八幡は何となく、雪乃から違和感を感じた。だがそれが何だかわからない。

 

(んん~?)

 

 だがいくら考えても答えは出ず、八幡は雪乃の事はいったん置いておいて、

早速雪乃が暴漢に襲われるシーンの練習をする事にした。

 

「それじゃあやってみようか」

 

 それからしばらく暴漢役の三人は雪乃を襲うフリをしたが、

どうしてもわざとらしさが消えず、皆困っていた。

 

「う~ん、どうしたもんかな」

「要は自然な演技に見えればいいのかしら」

「まあそうかな」

「ならば簡単よ、演じる事をやめればいいのではないかしら」

 

 その雪乃の言葉は他の者達には意味不明であった。

 

「はぁ?じゃあどうするんだ?」

「そうね、それじゃあなたと私でやってみましょうか」

「お?お、おう」

「雪乃、大丈夫なの?」

「ええ明日奈、心配しないで」

 

 そして心配する明日奈達が見守る中、八幡と雪乃は教室の中央で向かい合った。

 

「で、俺はどうすればいい?」

「普通に私に殴りかかってくれればいいわ」

「おいおい、本気か?」

「もちろんよ、さあ、やってちょうだい」

「わかった」

 

 そうは言ったものの、さすがに躊躇われたのだろう、

八幡は雪乃に向かってへろへろのパンチを放った。

それを見た雪乃はその手を取り、ぐいっと捻ってぐいぐい締め上げる。

 

「痛っ、痛たたたたたたたた!ギブ、ギブ!」

 

 それで雪乃は八幡の手を放した。

 

「もうちょっと普通にやりなさい」

「わ、悪かったよ」

 

 八幡は腕をさすりながらそう答え、今度は雪乃に対し、普通にパンチを放った。

その拳が雪乃に当たったかと見えた瞬間に、雪乃の顔が()()()

 

「きゃああああ!」

 

 珪子が思わず悲鳴を上げる。

 

「八幡!?」

「雪乃!?」

 

 明日奈と里香も動揺したような声を上げる。

クラスメート達もどよめいたが、和人だけは一人静かであった。

当の八幡は、きょとんとした顔で自分の拳を見つめ、

それを見ながら雪乃がよろよろと立ち上がった。

 

「傷物にされてしまったわ、これは責任をとって、

あなたにもらってもらうしかないのではないかしら。ね?明日奈もそう思うでしょ?」

「えええええ?」

 

 あまりの展開に驚く明日奈に、八幡が冷静な声をかけた。

 

「いやいや明日奈、騙されるなよ。今の、俺の拳は全然当たってないからな」

「そうなの!?」

「ああ、そう見えたな」

「和人には見えてたか」

 

 和人が静かだったのはそういう事だったようだ。

 

「ちょっと二人とも、ネタバラシが早すぎるわよ」

「放置してたらお前、既成事実化するつもりだったろ」

「何の事かしら、身に覚えがないわ」

「雪乃、本当になんともない?」

「ふふっ、大丈夫よ明日奈、心配してくれてありがとう」

 

 確かに雪乃の顔は、傷ひとつなく、赤くなっている場所などもない。

 

「それじゃあ今度はもっとそれっぽくやってみましょう。

八幡君、暴漢の演技を。ただし攻撃は普通で」

「むぅ、分かった」

 

 八幡はそう言って拳を握りしめ、

自然体で、それでも多少は大袈裟なモーションで雪乃に向かってパンチを繰り出したが、

その全てに雪乃は反応した。本当に殴られているかのように見える。

 

「うわぁ………」

「一寸の見切り!?」

「達人か」

「まあざっとこんな感じかしら」

 

 雪乃はボコボコにされている風なまま、それでも涼しい顔でそう言った。

 

「でもごめんなさい八幡君、そろそろスタミナが………」

「ああ、そういえば雪乃はスタミナに難があったんだったな」

 

 八幡は昔の事を思い出しながら苦笑し、攻撃の手を緩めた。

だがまさかのまさか、その攻撃は、

すべての攻撃を余裕をもって完璧に避けていたはずの雪乃の胸に当たってしまった。

 

「きゃっ」

「うおっ」

「「「「「「「「!」」」」」」」」

 

 そのまさかの事態に皆固まってしまう。

 

「わ、悪い、わざとじゃない、わざとじゃないからな」

「まさか最後にこんな事案が起きてしまうなんて、

これは本当に責任をとってもらわないといけないかもしれないわね………」

 

 雪乃は俯きながらそう呟き、さすがの八幡も焦った。

だがここまで静かに見学していたクルスがここで動いた。

 

「八幡様、騙されてはいけません」

「騙す?何が?」

「こういう事です」

 

 クルスはそのままつかつかと雪乃に歩み寄り、いきなりその胸元から手を入れた。

 

「うおっ」

「やめてクルス、いきなり何をするの!?」

「わかってる癖に」

「くっ………や、やめて!」

 

 その言葉が届いたのかどうなのか、クルスはすぐに雪乃から離れた。

 

「八幡様、これを」

「これ………?これって………」

 

 それはいわゆる胸パッドであった。困った事にまだほんのり暖かく、

八幡は慌ててそれをクルスに返し、雪乃にジト目を向けた。

 

「………えっと、つまり?」

「雪乃はわざわざ胸を盛って、八幡様の攻撃を胸でうけやすく細工していたという事です」

「………………え、マジで?そりゃまた手の込んだ事を」

 

 その瞬間に八幡の視界が真っ暗になり、直後に顔にガツンと衝撃が来た。

 

「ぎゃっ」

「忘れなさい」

 

 そんな声が聞こえた気がしたが、八幡の意識はそのまま深い暗闇に沈んでいった。

 

 

 

 そして目を覚ますと、目の前に心配そうな明日奈の顔があった。いわゆる膝枕である。

 

「あっ、八幡君、大丈夫?」

「お、おう………ってあれ、何でこんな事に?」

「えっと………覚えてない?」

 

 明日奈は困った顔でそう答え、横に目を向けた。

そこには何故かクルスに土下座させられている雪乃の姿があり、

それで八幡は何もかも思い出した。

 

「あ、ああ~!」

「ご、ごめんなさい………」

 

 雪乃はそんな八幡に平謝りし、八幡はそんな雪乃に鷹揚に頷いた。

 

「ま、まあ色々ドンマイ」

 

 こんな事件もあったが、とにもかくにも雪乃の力によって、

この奇跡の暴行シーンは観客達に、衝撃を与える事となったのであった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。