ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/10 句読点や細かい部分を修正


第134話 明日奈の転院

 明日奈が現実世界に帰還してから二ヶ月が経過していた。

若干回復が遅れていた明日奈だったが、この頃には体力もかなり戻っており、

もうすぐリハビリも開始出来そうだ。

八幡は、明日奈が解放されてから、今日まで一日も欠かさず明日奈の病院に通っていたため、

その日も明日奈は、八幡が到着するのを今か今かと待ちわびていた。

そしてあと三十分で約束の時間という頃、病室の扉がノックされ、

明日奈は八幡が早く来たのだと思い、扉に向かって、どうぞと声を掛けた。

だが残念な事に、扉を開けて入ってきたのは年上の見知らぬ女性だった。

 

「こんにちは~!」

「あ、こんにちは。えーっとごめんなさい、失礼ですが、どちら様ですか?」

「初めまして、私の名前は雪ノ下陽乃。あなたのお姉さんになる女よ!」

「ほええ?」

 

 いきなりそう言われても、明日奈にはまったく意味が分からなかったが、

落ち着いて考えると兄の恋人なのかもしれないと思い当たり、

明日奈は陽乃に事実関係を確認する事にした。

ちなみに内心では、兄にこんな美人の彼女が出来るはずがないと確信してはいたのだが。

 

「あの、もしかして、兄の彼女さんとかですか?もしくは婚約者とか」

「ん?ああ~浩一郎さん?彼とは同僚だし、面識もあるけど残念ながら違うわよ」

「あ、レクトの方なんですね」

「今日は仕事で来たんじゃないけど、まあ確かにその通りよ。

それでは答えの発表です!正解は、八幡君のお姉さんでした!」

「ほええ?」

「その反応は今日二回目だね、明日奈ちゃん」

「八幡君のお姉さん?あれ?えーっと、八幡君にお姉さんなんかいましたっけ?」

 

 明日奈の記憶では八幡に姉はいないはずだ。それは間違いない。

陽乃は人差し指を立て、チッチッと横に振り、明日奈に説明を始めた。

 

「ノンノン、私は八幡君の義理の姉……うーんちょっと違うな、

魂の姉?心の姉?うーん……あ、そうだ、姉的存在?みたいな?」

「姉的存在……あっ、もしかして今回色々と助けて下さった方ですか?思い出しました!

八幡君が前教えてくれた陽乃さんだ!今回は本当にありがとうございます!」

「いいのよ、妹のためなんだから」

「んん~?」

「よく考えてごらんなさい。私は八幡君のお姉さん。つまり、あなたのお姉さんでしょ?」

「あっ」

 

 明日奈は陽乃の言葉の意味を理解した瞬間、満面の笑みを浮かべ、陽乃に言った。

 

「八幡君が、私にこんな素敵なお姉さんをくれた!」

「え?」

「陽乃姉さん……ちょっと語呂が悪い……ハル姉さん、うん、これだ!」

「えーっと……」

「ハル姉さん、ハル姉さん、私は結城明日奈です!末永く宜しくお願いします!」

 

 陽乃は、いつの間にか主導権を握られた事にぽかんとしたが、

直ぐに面白そうに笑い出した。

 

「あはははは、さすがは八幡君の選んだ人だね。でも知らない人を簡単に信用しちゃ駄目だよ?

もしかしたら私は、明日奈ちゃんを誘拐しようと忍び込んできた、悪人かもしれないよ?」

「あっ……ごめんなさいハル姉さん」

「ううん、いいのよ」

 

 陽乃は謝る明日奈をなだめつつ、こんな疑問を口にした。

 

「明日奈ちゃんは慎重そうに見えるのに、一瞬で私の事を信用しちゃったけど、何で?」

「ハル姉さんから、八幡君がたまに出す雰囲気に似た気配を感じたからです」

「ほほう?」

「相手を見極めようと観察しているような、それでいてどこか優しい、そんな雰囲気です」

「観察……なるほど……」

「だから疑う気には、まったくなれませんでした!

でも今度からはもう少し気を付けます、ごめんなさい、ハル姉さん」

 

 その天使のような明日奈の微笑みを見て、どうやら陽乃は我慢出来なくなったようだ。

 

「もう~、かわいいなぁ!」

「きゃっ」

 

 そう言って陽乃は、いきなり明日奈を押し倒した。

 

「よいではないかよいではないか!」

「え、ええ~……」

 

 陽乃は明日奈に馬乗りになり、徐々に明日奈の顔に、自分の顔を近付けていった。

次の瞬間、扉がノックされ、明日奈が返事をする前に陽乃が返事をした。

 

「はい、どうぞ~」

「明日奈、具合はどうだ……って、一体何をやってるんすか……」

 

 八幡はベッドの上の光景を見て、こめかみを押さえながら言った。

 

「えーっと、悪代官ごっこ?」

「何すかそれ……」

「よいではないかよいではないか!」

 

 陽乃はそんな八幡を無視し、再び唇を付き出して明日奈に顔を近付けていった。

それを見た八幡は、咄嗟に口走った。

 

「おい馬鹿やめろ、それは俺の役目だ」

 

 それを聞いた陽乃はピタッと動きを止め、八幡の顔を見てニタァっと笑った。

明日奈は、いやいやという風に陽乃の攻撃を防いでいたが、

その八幡の言葉を聞き、顔を真っ赤にしてフリーズした。

 

「あっ、いや、今のは間違い……ではないな、えーっと……アレがアレだ」

 

 陽乃は明日奈をチラッと見ると、再び八幡の顔を見てニヤニヤした。

 

「あっ、ちっきしょ、わざとだな!陽乃さん、俺が来るのを分かってて、わざとやったな!」

「ノンノン、ハ・ル・ね・え・さ・ん」

「あ?」

「リピートアフターミー、ハ・ル・ね・え・さ・ん」

「ハ、ハル姉さん?」

「うん、よろしい」

 

 陽乃はそう言うと明日奈を開放し、ベッド脇の椅子に座って、

隣の椅子をぽんぽんと叩き、八幡に座るように促した。

 

「で、ハル姉さんって何ですか?」

「明日奈ちゃんが決めた、私の呼び方よ。

つまり、これから八幡君も私の事をそう呼ぶって決まったって事よ」

「そうなのか?明日奈……あれ、お~い、明日奈」

 

 八幡は明日奈の頬をぺちぺちと叩いた。

そのおかげで明日奈はやっと我に返り、八幡の顔を見ると、何故か唇を付き出してきた。

 

「ん~っ」

「おい明日奈、まだ頭が寝てるのか?」

「えっ?八幡君の役目は?」

「うっ……こ、今度ハル姉さんがいない時にな」

 

 陽乃はそれを聞き、八幡に抗議した。

 

「え~?私の事は気にしないでいいのに」

「いいえ、気にします。明日奈も早く目を覚ませ」

「もう、私の事も気にしないでいいのに」

 

 明日奈もそれを聞き、八幡に抗議した。

 

「明日奈は一度落ち着こうな。まったく、やっかいなのが二人に増えた気がする……」

「姉妹なんだから普通じゃない?」

「そうそう、姉妹なんだから普通だよ?八幡君」

「二人とも随分仲が良くなったんだな……で、今日はどうしたんですか?陽乃さん」

「あ、そうそう、実はね、明日奈ちゃんに病院を移ってもらおうと思ってね。

明日奈ちゃんのご両親は今ほら、とても忙しいじゃない?

なのでうちの系列の、具体的には八幡君とキリト君がリハビリをしていた病院で、

リハビリをしてもらうのがいいんじゃないかって思ってね」

 

 その至極真っ当な提案に、八幡は頷いた。

 

「なるほど」

「ハル姉さん、いいの?」

「設備的にはそんなに変わらないんだけど、あっちの方が八幡君の家に近いからね。

その方が明日奈ちゃんも心強いでしょ?」

「はい!」

 

 八幡は、さすがにお世話になりっぱなしなのが心苦しかったのか、

陽乃に頭を下げながら言った。

 

「何から何まですみません、陽乃さん」

「ちょっと前なら八幡君とキリト君もいたんだけど、先日退院しちゃったのよね。

なので、八幡君の使ってた部屋に、そのまま入ってもらう事になるわ。

ちなみに部屋の中は全てそのままにしてあるわ。

もちろんベッドのシーツもまだ洗ってないわよ、明日奈ちゃん」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ピキーンと明日奈の瞳が輝いた………気がした。

 

「今すぐ行きましょう早く行きましょう、さあ行くよ、八幡君!」

「おい明日奈…………」

 

 八幡がドン引きしているのに気付いた明日奈は、慌てて今の自分の言葉を否定した。

 

「も、もちろん冗談だよ、私は別に、

八幡君の匂いのするベッドでごろごろしたいなんて思ってないよ!」

「明日奈、目が泳いでるぞ」

「き、気のせいだよ」

 

 明日奈はやれやれという風に、八幡に向けて肩を竦めたが、

明日奈が陽乃にウィンクで何か合図を送ったのを、八幡はしっかりと目撃していた。

 

「まあ……別にいいけどな」

「さっすが八幡君、心が広いねぇ!」

「よっ、さすがは私の八幡君!」

「もうそういうのはいいから……で、陽乃さん、いつ移動するんですか?」

「もうご両親には話を通してあるし、準備が出来次第かな」

 

 その言葉に明日奈は即答した。

 

「ハル姉さん、準備出来ました」

「それじゃ行きましょうか」

「え……明日奈、本当に準備はいいのか?」

「だって、私の私物って、ここにはまったく無いもの。服は全部病院のだし、

移動してから着替えてこっちに送り返せばいいしね。あえて言うならナーヴギアくらいだね」

「あー……まあ確かにそうだよな。それじゃ行くか」

「それじゃ八幡君、明日奈ちゃんをお姫様抱っこして、そこの車椅子まで運んでね」

「了解です」

「八幡君、抱っこ!」

「はいはい」

 

 八幡は、特に恥ずかしがる事も躊躇する事もなく、そのまま明日奈を抱え上げた。

 

「明日奈は軽いな。今の俺の筋力でもいつまでも持ち上げていられそうだ」

「う、うん、さすがにダイエットしすぎだよね」

「まあ、一緒にリハビリを頑張ろうぜ、俺も毎日手伝うからさ」

「うん!ありがとう!」

 

 八幡は明日奈をそっと車椅子に乗せ、揺らさないように気をつけながら、

明日奈を外に駐車してあった雪ノ下家のリムジンのところまで連れていった。

こうして明日奈は、八幡が入院していた部屋へと移動する事になったのだった。


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