「お、おいキリト、俺の髪型変じゃないか?」
「大丈夫、普通だ。っていうか、お前は乙女か!」
二人は陽乃に頼み込み、面接会場の外で待機していた。
これは、採用に関しての公私混同を避ける為、
二人が会いたい人物が誰なのかが、陽乃に分からないようにと、二人が言い出した事だった。
もっとも陽乃は、今日呼んだ人間は、面接でよっぽどおかしな態度をとらない限り、
全員採用するつもりだったので、この提案は実は意味の無いものであったが、
二人の意思を尊重し、陽乃は二人に好きにするように言ったのだった。
「なあハチマン、どうやって声を掛ける?」
「うーんそうだな、まあ普通でいいんじゃないか?」
「サプライズとかの準備をする時間は無いか……」
「普通にしてるだけで、十分サプライズだと思うぞ」
「そうか……そうだよな」
そしてついにビルの入り口から、二人の目当ての人物が現れた。
二人はすぐに、その人物へと走り寄っていった。
「ニシダさん!」
「ニシダさ~ん!」
「ん?おお、ハチマン君!キリト君!」
和人が見付けた名前は、ニシダのものであった。
どうやらニシダは、陽乃の下で人生の再出発を決めたらしく、
二人はどうしても会いたいと思い、陽乃に頼み込んで同行させてもらったのだった。
「二人とも、無事だったんだね。本当に良かった」
「はい、アスナだけはまだ入院してますが、全員無事です」
「そうか……そうか……」
「あ、ここじゃあアレなんで、ちょっと移動しましょうか」
「ソウビさん、私はこの子達と話があるので、お先に失礼しますね」
「……は、はい、ニシダ課長」
二人からは見えていなかったが、ニシダには連れがいたようだ。
二人はその女性に会釈し、ニシダと共に移動しようとしたのだが、
八幡が急に、何かを思い出したかのように目を細め、立ち止まった。
八幡が振り向くと、ニシダの連れの女性は、足早に立ち去ろうとしている所だった。
……まるで何かから逃げるかのように。
「ソウビ……ソウビ……まさかな……」
「どうした?ハチマン」
「すみません、ちょっと先に行っててください、すぐに合流します」
「おい、ハチマン!」
「すまん、後で連絡する!」
八幡はそう言うと、ソウビという名の女性の後を追った。
八幡は、通行人を避けながら、ついにその女性に追いつき、声をかけた。
「あのーすみません、ソウビさん、でしたっけ?以前お会いしましたよね?」
ソウビは、ビクッとして足を止めたが、決して振り向こうとはしなかった。
八幡はソウビの肩に手をかけ、ゆっくりとこちらに振り向かせた。
「ああ、やっぱり。久しぶりだな、ロザリア」
「ヒイッ……」
「おい、そんなに怯えた顔をすんなよ。心配しなくても何もしないって」
「ほ、本当に?」
ロザリアは、昔の姿からは想像もつかないほど、気の弱そうな表情を見せた。
「ああ、約束する。少し話がしたかっただけだ」
「わ、分かったわ」
「とりあえずあそこの公園にでも移動するか。人に聞かせるような話にはならないだろうし」
「そうね」
二人は近くにあった、人気の無い公園へと移動した。
「ソウビって、薔薇って書くんだろ?なるほど、だからロザリアなんだな」
「そ、そうよ、悪い?」
「いや、綺麗な名前じゃないか。いいと思うぞ」
「そ、そう……」
「あの後、あそこにはヤバイ奴らが沢山送り込まれただろ?無事だったんだな」
あそこ、というのはもちろん監獄エリアの事だったが、
ロザリアにはそれで十分通じたようだ。
「そうね……あの後あそこに、ラフコフのメンバーが何人も送られて来たわ。
やっぱりあなたのせいだったのね」
「まあ、俺一人の力じゃ無かったけどな」
「あいつらに会ったのがあそこで、本当に良かったわ。正直それには救われたわね」
「仲間じゃなかったのか?」
「仲間ですって?あいつらが私を見て、最初に言った言葉はこうよ。
『お前もいずれ殺すつもりだったが、命拾いしたな』ですって」
「……そうか」
「私は確かに許されざる事をした、それは否定しない。
でも、あの人達と一緒にされたくはない」
「まあ、お前が言うならそうなんだろうな」
八幡の淡々とした答えを聞き、ロザリアは、少し驚いたように八幡を見つめた。
「ん?俺の顔に何かついてるか?」
「いえ、てっきりあなたは、私なんかの話は全否定すると思ってたから。
そもそも私を責めるために追いかけて来たのではないの?」
八幡はロザリアの顔をじっと見つめ、少しためらいがちに言った。
「多分お前、もう改心したか、もしくは監視下に置かれてがんじがらめな状態だろ?
そんな人間にあーだこーだ言えるほど、俺も上等な事をしてきたわけじゃないからな」
ロザリアは、予想外の八幡の言葉にきょとんとし、聞き返した。
「あなたは何故そう思うの?」
「だってお前、ハル……乃さんに雇われる事になったんだろ?
あの人は、問題のある奴を簡単に雇うような、そんな生易しい人間じゃない」
ロザリアは、陽乃の鋭い目付きを思い出して納得し、
八幡の言葉から、二人は親しいのだと考え、経緯をきちんと話す事にした。
「……私は、私の持つSAO時代のコネクションを生かして、
何かあった時にあの人に情報を知らせる為に囲われたのよ。
確かにまとまった金額の補償はしてもらったけど、何もしないで生きていける額じゃないし、
私のような罪人を、簡単に雇ってくれるような企業はほとんど存在しない」
「普通の企業は、お前が何をしたかなんて分からないだろ」
「してなかった証明は出来ないじゃない。そうすると、就職する為には政府の保証がいる。
でも私達の立場だと、なかなかそんな保証はもらえないのが現実よ」
「なるほど……」
「そこに出てきたのが、あの陽乃って人だった。私は彼女の提案に飛びついたわ」
八幡は、陽乃の人間の大きさに、改めて感嘆した。
「本当に、あの人はさすがというか何というか……」
「でも私は救われたわ。その事には素直に感謝したいと思う。例え条件付きであってもね」
「そうか……」
「結果的に、あなた達が私を捕らえてくれた事で、私は生き延びた。
SAOをクリアしたのも、あなた達なんでしょう?
つまりあなた達は、二重の意味で私の命の恩人という事になる」
恩人、と言われた八幡は、そんな意図は無かったんだがなと思いつつ、
ここは素直にロザリアの言葉に乗る事にした。
「まあ、結果的にはそういう事になるのかもな」
「私は、せっかく拾ったこの命を大事にしたい。
私が命を奪ってしまった人達には申し訳ないと思うけど、それはもうどうしようもない。
私は私の罪を、一生背負って生きていくわ。今日は声を掛けてくれてありがとう。
恩人にお礼が言えて、少しは気が楽になれたわ」
そう言って、ロザリアは踵を返した。そのロザリアの背中に向け、八幡は言った。
「俺もお前と同じ罪を背負ってるから、立場はお前と一緒みたいなもんだ。
お互いその罪を、一生忘れないようにしようぜ。お前が陽乃さんの下についたなら、
今後何かあった時、また会う事もあるだろうから、またな、ロザリア。
つらい事もあるかもしれないが、それでもお互い頑張って生きていこうぜ」
ロザリアは驚いたように振り向くと、八幡の顔をじっと見つめた後、
八幡に向けて深くおじぎをして、そのまま去っていった。
八幡はキリトに電話をし、二人の居場所を確認すると、
急いで二人がいるという、居酒屋へと向かった。
「すみません、遅れました」
「遅いぞハチマン!こっちはもうすっかり出来上がってるぞ!」
「ってお前、それどう見てもウーロン茶だろうが」
「ハチマン君、久しぶりだね」
「はい、ニシダさん、お久しぶりです」
八幡はニシダに挨拶をし、そのまま席についた。
そして三人は、色々な話をして盛り上がった。
後日明日奈のいる病院に、ニシダを案内する事になり、
三人はその日はそのまま別れる事となった。別れ際にニシダは、二人にこう言った。
「私が今こうしてここにいる事が出来るのは、二人や攻略組のみんなのおかげだ。
本当にありがとう。二人が陽乃さんの知り合いだったのには驚いたが、
これも何かの縁だ、これからも宜しくね、二人とも」
「はい、ニシダさん!」
「今日は偶然お会い出来て、本当に嬉しかったです」
ニシダは二人と握手し、本当に嬉しそうに付け加えた。
「いやぁ、今日は人生でもベストスリーに入る、良い一日だったよ」
「ちなみに残りの二つは?」
「妻と結婚した日と、孫が生まれた日かな」
「なるほど……」
「それじゃあ二人とも、またね!」
「はい、またです!」
「またです、ニシダさん!」
ニシダと別れた後、和人は八幡に、用事が何だったのか尋ねた。
「ああ、ニシダさんと一緒にいたあの女性、あれ、ロザリアだったわ」
「まじか」
「どうやら陽乃さんの下について、ニシダさんの部下をやるみたいだな」
ニシダの部下、と聞いた和人は、当然心配になり、八幡に尋ねた。
「……大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ」
八幡が断言したため、和人は納得し、八幡に言った。
「そうか、ハチマンがそう言うなら信じるよ」
「もしあそこにいたのが、クラディールだったら、今でも絶対に許さないんだけどな」
「違いない」
二人はそう言って笑い合い、家路へとついたのだった。