ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/10 句読点や細かい部分を修正


第141話 罪を背負って

「お、おいキリト、俺の髪型変じゃないか?」

「大丈夫、普通だ。っていうか、お前は乙女か!」

 

 二人は陽乃に頼み込み、面接会場の外で待機していた。

これは、採用に関しての公私混同を避ける為、

二人が会いたい人物が誰なのかが、陽乃に分からないようにと、二人が言い出した事だった。

もっとも陽乃は、今日呼んだ人間は、面接でよっぽどおかしな態度をとらない限り、

全員採用するつもりだったので、この提案は実は意味の無いものであったが、

二人の意思を尊重し、陽乃は二人に好きにするように言ったのだった。

 

「なあハチマン、どうやって声を掛ける?」

「うーんそうだな、まあ普通でいいんじゃないか?」

「サプライズとかの準備をする時間は無いか……」

「普通にしてるだけで、十分サプライズだと思うぞ」

「そうか……そうだよな」

 

 そしてついにビルの入り口から、二人の目当ての人物が現れた。

二人はすぐに、その人物へと走り寄っていった。

 

「ニシダさん!」

「ニシダさ~ん!」

「ん?おお、ハチマン君!キリト君!」

 

 和人が見付けた名前は、ニシダのものであった。

どうやらニシダは、陽乃の下で人生の再出発を決めたらしく、

二人はどうしても会いたいと思い、陽乃に頼み込んで同行させてもらったのだった。

 

「二人とも、無事だったんだね。本当に良かった」

「はい、アスナだけはまだ入院してますが、全員無事です」

「そうか……そうか……」

「あ、ここじゃあアレなんで、ちょっと移動しましょうか」

「ソウビさん、私はこの子達と話があるので、お先に失礼しますね」

「……は、はい、ニシダ課長」

 

 二人からは見えていなかったが、ニシダには連れがいたようだ。

二人はその女性に会釈し、ニシダと共に移動しようとしたのだが、

八幡が急に、何かを思い出したかのように目を細め、立ち止まった。

八幡が振り向くと、ニシダの連れの女性は、足早に立ち去ろうとしている所だった。

……まるで何かから逃げるかのように。

 

「ソウビ……ソウビ……まさかな……」

「どうした?ハチマン」

「すみません、ちょっと先に行っててください、すぐに合流します」

「おい、ハチマン!」

「すまん、後で連絡する!」

 

 八幡はそう言うと、ソウビという名の女性の後を追った。

八幡は、通行人を避けながら、ついにその女性に追いつき、声をかけた。

 

「あのーすみません、ソウビさん、でしたっけ?以前お会いしましたよね?」

 

 ソウビは、ビクッとして足を止めたが、決して振り向こうとはしなかった。

八幡はソウビの肩に手をかけ、ゆっくりとこちらに振り向かせた。

 

「ああ、やっぱり。久しぶりだな、ロザリア」

「ヒイッ……」

「おい、そんなに怯えた顔をすんなよ。心配しなくても何もしないって」

「ほ、本当に?」

 

 ロザリアは、昔の姿からは想像もつかないほど、気の弱そうな表情を見せた。

 

「ああ、約束する。少し話がしたかっただけだ」

「わ、分かったわ」

「とりあえずあそこの公園にでも移動するか。人に聞かせるような話にはならないだろうし」

「そうね」

 

 二人は近くにあった、人気の無い公園へと移動した。

 

「ソウビって、薔薇って書くんだろ?なるほど、だからロザリアなんだな」

「そ、そうよ、悪い?」

「いや、綺麗な名前じゃないか。いいと思うぞ」

「そ、そう……」

「あの後、あそこにはヤバイ奴らが沢山送り込まれただろ?無事だったんだな」

 

 あそこ、というのはもちろん監獄エリアの事だったが、

ロザリアにはそれで十分通じたようだ。

 

「そうね……あの後あそこに、ラフコフのメンバーが何人も送られて来たわ。

やっぱりあなたのせいだったのね」

「まあ、俺一人の力じゃ無かったけどな」

「あいつらに会ったのがあそこで、本当に良かったわ。正直それには救われたわね」

「仲間じゃなかったのか?」

「仲間ですって?あいつらが私を見て、最初に言った言葉はこうよ。

『お前もいずれ殺すつもりだったが、命拾いしたな』ですって」

「……そうか」

「私は確かに許されざる事をした、それは否定しない。

でも、あの人達と一緒にされたくはない」

「まあ、お前が言うならそうなんだろうな」

 

 八幡の淡々とした答えを聞き、ロザリアは、少し驚いたように八幡を見つめた。

 

「ん?俺の顔に何かついてるか?」

「いえ、てっきりあなたは、私なんかの話は全否定すると思ってたから。

そもそも私を責めるために追いかけて来たのではないの?」

 

 八幡はロザリアの顔をじっと見つめ、少しためらいがちに言った。

 

「多分お前、もう改心したか、もしくは監視下に置かれてがんじがらめな状態だろ?

そんな人間にあーだこーだ言えるほど、俺も上等な事をしてきたわけじゃないからな」

 

 ロザリアは、予想外の八幡の言葉にきょとんとし、聞き返した。

 

「あなたは何故そう思うの?」

「だってお前、ハル……乃さんに雇われる事になったんだろ?

あの人は、問題のある奴を簡単に雇うような、そんな生易しい人間じゃない」

 

 ロザリアは、陽乃の鋭い目付きを思い出して納得し、

八幡の言葉から、二人は親しいのだと考え、経緯をきちんと話す事にした。

 

「……私は、私の持つSAO時代のコネクションを生かして、

何かあった時にあの人に情報を知らせる為に囲われたのよ。

確かにまとまった金額の補償はしてもらったけど、何もしないで生きていける額じゃないし、

私のような罪人を、簡単に雇ってくれるような企業はほとんど存在しない」

「普通の企業は、お前が何をしたかなんて分からないだろ」

「してなかった証明は出来ないじゃない。そうすると、就職する為には政府の保証がいる。

でも私達の立場だと、なかなかそんな保証はもらえないのが現実よ」

「なるほど……」

「そこに出てきたのが、あの陽乃って人だった。私は彼女の提案に飛びついたわ」

 

 八幡は、陽乃の人間の大きさに、改めて感嘆した。

 

「本当に、あの人はさすがというか何というか……」

「でも私は救われたわ。その事には素直に感謝したいと思う。例え条件付きであってもね」

「そうか……」

「結果的に、あなた達が私を捕らえてくれた事で、私は生き延びた。

SAOをクリアしたのも、あなた達なんでしょう?

つまりあなた達は、二重の意味で私の命の恩人という事になる」

 

 恩人、と言われた八幡は、そんな意図は無かったんだがなと思いつつ、

ここは素直にロザリアの言葉に乗る事にした。

 

「まあ、結果的にはそういう事になるのかもな」

「私は、せっかく拾ったこの命を大事にしたい。

私が命を奪ってしまった人達には申し訳ないと思うけど、それはもうどうしようもない。

私は私の罪を、一生背負って生きていくわ。今日は声を掛けてくれてありがとう。

恩人にお礼が言えて、少しは気が楽になれたわ」

 

 そう言って、ロザリアは踵を返した。そのロザリアの背中に向け、八幡は言った。

 

「俺もお前と同じ罪を背負ってるから、立場はお前と一緒みたいなもんだ。

お互いその罪を、一生忘れないようにしようぜ。お前が陽乃さんの下についたなら、

今後何かあった時、また会う事もあるだろうから、またな、ロザリア。

つらい事もあるかもしれないが、それでもお互い頑張って生きていこうぜ」

 

 ロザリアは驚いたように振り向くと、八幡の顔をじっと見つめた後、

八幡に向けて深くおじぎをして、そのまま去っていった。

八幡はキリトに電話をし、二人の居場所を確認すると、

急いで二人がいるという、居酒屋へと向かった。

 

「すみません、遅れました」

「遅いぞハチマン!こっちはもうすっかり出来上がってるぞ!」

「ってお前、それどう見てもウーロン茶だろうが」

「ハチマン君、久しぶりだね」

「はい、ニシダさん、お久しぶりです」

 

 八幡はニシダに挨拶をし、そのまま席についた。

そして三人は、色々な話をして盛り上がった。

後日明日奈のいる病院に、ニシダを案内する事になり、

三人はその日はそのまま別れる事となった。別れ際にニシダは、二人にこう言った。

 

「私が今こうしてここにいる事が出来るのは、二人や攻略組のみんなのおかげだ。

本当にありがとう。二人が陽乃さんの知り合いだったのには驚いたが、

これも何かの縁だ、これからも宜しくね、二人とも」

「はい、ニシダさん!」

「今日は偶然お会い出来て、本当に嬉しかったです」

 

 ニシダは二人と握手し、本当に嬉しそうに付け加えた。

 

「いやぁ、今日は人生でもベストスリーに入る、良い一日だったよ」

「ちなみに残りの二つは?」

「妻と結婚した日と、孫が生まれた日かな」

「なるほど……」

「それじゃあ二人とも、またね!」

「はい、またです!」

「またです、ニシダさん!」

 

 ニシダと別れた後、和人は八幡に、用事が何だったのか尋ねた。

 

「ああ、ニシダさんと一緒にいたあの女性、あれ、ロザリアだったわ」

「まじか」

「どうやら陽乃さんの下について、ニシダさんの部下をやるみたいだな」

 

 ニシダの部下、と聞いた和人は、当然心配になり、八幡に尋ねた。

 

「……大丈夫なのか?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 八幡が断言したため、和人は納得し、八幡に言った。

 

「そうか、ハチマンがそう言うなら信じるよ」

「もしあそこにいたのが、クラディールだったら、今でも絶対に許さないんだけどな」

「違いない」

 

 二人はそう言って笑い合い、家路へとついたのだった。


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