ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/10 句読点や細かい部分を修正


第143話 クラインの意地

 その日、午前中のリハビリを順調に終えた後、

八幡は明日奈に、午後のリハビリは付き合えない事を謝罪していた。

 

「別にそれはいいんだけど、何か用事?」

「ああ、実はこれから、例の紹介の件でクラインと会う約束があるんだよ」

「ついにクラインさんにも春が……」

「というわけで、すまないがちょっと行ってくる」

「うん、気を付けてね。あ、ハチマン君、今度私も平塚先生に会ってみたい!」

「おう、それじゃあ今度連れてくるわ」

「うん、楽しみにしとく!」

 

 クライン~遼太郎と八幡はその日、ダイシーカフェで待ち合わせをしていた。

八幡が入店すると、エギルが笑顔で八幡を迎えた。

 

「おう、クラインがお待ちかねだぜ」

 

 店には既に遼太郎が先に来ており、カウンターで八幡に手を振っていた。

八幡は頷き、遼太郎の横に座った。

 

「よぉ、悪いなハチマン、呼び出しちまって。俺が車を出しても良かったんだけどな」

「クラインは免許を持ってたのか……確かにあれば便利だよな」

「都会じゃあれだけど、世界が違って見えるのは確かだぜ」

「確かにそうなんだよな……」

 

 ちなみにこの時の何気ない会話のせいで、八幡は免許を取る事を決断した。

 

「で、今日は例の件についてでいいんだよな?」

「それなんだけどよぉ……以前お前と約束した、平塚さんを紹介してもらうって話な」

「それならそろそろセッティングしようと思ってたところだ」

「その話なんだが、出来れば延期して欲しいんだよ」

 

 それを聞いた八幡は、あの女好きの遼太郎が延期?と意外に思い、

遼太郎をじっと見つめた後、こう言った。

 

「何でだ?他に好きな人でも出来たか?」

「んなわけねーだろ!実はちょっと仕事の方がな……」

 

 まだ働いた事が無い八幡はなるほどと思い、素直に聞き返した。

 

「あ、もしかして、仕事が忙しいのか?」

「いや……問題があるのは俺の方なんだ」

「どういう事だ?」

「ほら、二ヶ月リハビリをしただろう?それで体の方はまあ問題ないんだよ。

でもな、仕事ってのは、体が動けばいいってもんじゃないんだよ」

「ふむ」

「二年以上のブランクがあるせいで、前は簡単に出来てた事が、

どうしても上手くいかないんだよな……」

「そういう事か……」

 

 八幡は遼太郎の言いたい事を何となく理解した。

遼太郎の体の動かし方にも、まだ問題があるのかもしれないが、問題は手際なのだろう。

取引先との人間関係をもう一度構築し直す必要もあるのかもしれない。

 

(あー、こういう話を聞くと、まじで働きたくない、ないんだが……

明日奈のためにもそういうわけにはいかないな。俺も頑張らないとな)

 

 その時、黙って会話を聞いていたエギルが、遼太郎に尋ねた。

 

「で、それが紹介を遅らせる事と何の関係があるんだ?」

「言われてみると確かに……そこらへんはどうなんだ?クライン」

 

 その問いに遼太郎は、少し照れたような笑顔を浮かべ、しかしはっきりと二人に答えた。

 

「だってよぉ、いざ交際するとなったら、やっぱり相手には、

頼りがいがあるって所を見せたいだろ?

被害者面して会社に甘えているような、こんな状態のままじゃ、情けないじゃないかよ」

「クライン……」

「今の俺は、仕事も思うように出来ない、いわば半端もんだ。

こんな俺が今、しっかりした頼れる女性だっていう、平塚さんに会ってしまったら、

俺は甘えて前に進めなくなっちまうかもしれねえ。

だからその前に、俺は平塚さんの隣に並んで立てるような男にならないといけないんだよ!」

 

 八幡はそれを聞き、改めて遼太郎を見直した。

 

「そうか……話は良く分かった」

 

 八幡は嬉しさを隠し切れないように、とても晴れやかな顔で遼太郎の肩をぽんと叩いた。

 

「今から平塚先生の所に行って、お前の言葉を一言一句違わず伝えてくるわ。

お前の誠意をしっかりと先生に伝えてくるからな、任せてくれ」

「すまん、頼む」

「おう!」

 

 八幡はそう言うと、ダイシーカフェを出ていった。

まだ鼻息の荒い遼太郎に、エギルが感心したように声を掛けた。

 

「まだ顔も見た事がない女性に対して、そこまで真面目に考えられるなんて、

クラインも昔と比べて変わったよな」

「ん?あー……そういえば俺、平塚さんの事をまだ何も知らないな……」

「少しは知っておいた方がいいんじゃないか?好みとかは大事だろ?」

「確かに……」

 

 遼太郎は、自分のミスに気が付き、頭を抱えた。

 

「俺の都合で会うのを待ってもらう事と、相手の事を多少なりとも知る事は、

確かにまったく別問題だよな……さっきハチマンに、少しくらい聞いておくべきだった……」

「ははっ、このままいくと、お見合いみたいな感じになるのは確かだろうな」

 

 お見合い、と聞いた遼太郎の顔は、かなりの迷いを見せていた。

 

「お見合いか……それもいい、いいんだが、やはり恋愛をしたい……うーむ」

 

 エギルはやれやれと思いながら、遼太郎の肩をぽんと叩いた。

 

「まあ、また改めてハチマンに聞けばいいだろ。

それより今は、仕事の方を何とか出来るように頑張れって」

「そうだな、よし、一刻も早くやりとげてみせるぜ!」

「その意気だ。頑張れよ」

「おう、サンキューな、エギル」

 

 遼太郎は、迷いが無くなったようで、ぶつぶつと呟きながら、気合を入れていた。

エギルは、上手くいけばいいなと思いながら、そんな遼太郎を暖かく見つめていた。

その時店の入り口から、二人の女性が中に入ってきた。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 その二人は、エギルに会釈をすると、興味深そうに店内を眺めていた。

 

「うわー、格好いいお店だねぇ」

「そうね、とても落ち着くわ。とりあえずカウンターでいいかしら?」

「うん!」

 

 二人は、テーブル席が空いているにも関わらず、

真っ直ぐカウンターへと進み、そこに腰を下ろした。

 

「とりあえずジンジャーエールを二つお願いします」

「はい、かしこまりました」

 

 エギルは美人の二人組だなと思いながら、飲み物を手際よく用意し、二人に差し出した。

 

「お待たせしました、ジンジャーエールです」

「近くに来たから寄ってみたのだけど、聞いてた通り、とても素敵なお店ですね」

「うん、すごくいい感じ!」

「ありがとうございます。失礼ですが、この店の事はどなたに?」

「ハチマン君に聞きました……エギルさん」

 

 黒髪の女性がそう答え、もう一人のピンクの髪の女性は、横でうんうんと頷いていた。

 

「やっぱりそうだったか」

 

 エギルはニカッと笑い、そう言った。

 

「あら、まったく驚かないのね」

「いや、こう言っちゃなんだが、店を再開したばっかりで宣伝も何もしてないし、

今来るのは関係者ばっかりってのが現状なんだよな。だから予想はしてたんだ」

「なるほど」

「初めましてだな、ユキノさんにユイユイさん……だよな?」

「初めまして、エギルさん、私はユキノです。

もしかしてそちらで何か気合を入れてるのはクラインさん?」

「ああ。おいクライン、早くこっちの世界に戻って来い!」

「初めまして!ユイユイです!クラインさんもいたんだ~偶然だね!」

 

 遼太郎は、エギルに呼ばれ、やっと我に返ったようだ。

 

「エギル、何か言ったか?って、すみません、今お二人に気が付きました!」

 

 遼太郎は、いつの間にか女性が横に座っている事に気が付き、慌てて二人に頭を下げた。

そして顔を上げた遼太郎は、改めて二人の顔を見て、

顔を赤くしながら、二人とエギルを交互に見つめた。

エギルは遼太郎が何を考えているかを悟り、クラインに言った。

 

「ユキノさんとユイユイさんだ」

「えっ……ま、まじか!初めまして、クラインです!」

「初めまして、ユキノです」

「ユイユイです!」

 

 遼太郎は、女性慣れしていないせいで、何を言っていいのか分からなかったが、

何とか無難な質問をする事に成功した。

 

「えと、今日はどうしてここに?」

「ちょっとユイユイと一緒に、近くに買い物に来たものだから、ね?」

「うん、せっかくだから、これから何度も来る事になるだろうし、

ちょっと寄ってみようかなって!」

「なるほど、偶然っすね!あ、さっきまでハチマンもここにいたんですけど、

入れ違いになっちゃいましたね!」

「あら、そうだったのね……彼は何故ここに?」

「あ~、実はっすね……」

 

 遼太郎は、ここまでの経緯を、二人に説明した。

 

「なるほど、平塚先生と……先生にもついに春が来るかもしれないと、そういう事なのね」

「やったね!」

「そういう事なら、ハチマン君の許可が出たらだけど、

少し平塚先生について、私達から説明しましょうか?」

「え、いいんですか?」

「ちょっと待ってもらえるかしら……今聞いてみるわ」

 

 雪乃はそう言うと、八幡へ電話をかけ、何事か話していたが、

どうやら問題なく許可がとれたようで、遼太郎に言った。

 

「とりあえず、差し障りが無いと私が判断した部分は全部話していいそうよ」

「あざっす!」

「さて、まずはこれを見てもらえるかしら」

 

 そう言って雪乃が見せてきたのは、平塚の写真だった。


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