「今日は緊急の議題があって、みんなに集まってもらった。いきなりで申し訳なく思う」
緊急招集は、そんなハチマンの挨拶から始まった。
そしてユキノから、次のバージョンアップ関連の情報が報告された。
メンバーの反応は、驚く者と、既に知っていたのであろう、黙って頷いた者が半々だった。
「公開されている以上の情報を、例え仲間だと言っても、
直接ソレイユさんやアルゴに聞くのはフェアじゃないと思うから、
とりあえず二人は今日はここには呼んではいない。連絡はしておいたけどな。
で、それとは別に、幸いここにはSAOについて詳しい者が多くいる。
なので、ちょっと話をしておこうと思って集まってもらったって感じだな」
ハチマンがそう説明し、一同は頷いた。
「先ず公開されている情報から、おさらいをしたいと思う」
そしてハチマンは、いくつかの項目を箇条書きであげた。
一つ、空は飛べないという事。
一つ、基本的にマップは変わっていないという事。
一つ、ソードスキルは存在しないという事。
一つ、魔法はそのまま使えるという事。
そして最後に、これは推測だがと前置きした上で八幡は言った。
「各層のボスについての推測を述べると、現状のALOのシステムだと、
スキル上限が枷となって、必ずしも上の階に上がる度にボスの強さが増すとは限らない。
スキルがカンストしていると、味方の強さが、装備以外で劇的に上がる事は無いからだ。
ALOのシステムとの相性によって、とんでもなく攻略が楽になる敵もいると思う。
特に魔法の有無が大きい。SAOでは回復手段はアイテムだけだったから、
基本スイッチといって、前衛後衛を入れ替えて、交代で回復アイテムを使っていたんだが、
回復魔法があればその手間は無くなる。これは大きい」
「あ!」
それを聞いたコマチが、突然大きな声を上げた。
「スイッチってそういう事だったんだね、お姉ちゃん!」
一同はその言葉の意味が分からなかったようなので、コマチは得意げに説明を始めた。
「この前お姉ちゃんが、朝お兄ちゃんを迎えに家まで来た時、
お姉ちゃんが、寝ぼけたお兄ちゃんを起こす時に叫んだ言葉が、スイッチだったのです!」
それを聞いた旧SAO組の面々は、じと目で二人を見つめた。
二人はその視線を避けるように顔を逸らし、視線を合わせないようにしていた。
「ぷっ……くっ……」
その時どこかから、忍び笑いが聞こえたが、その犯人はキリトだった。
「ハチマンは、まだその言葉に反応しちまうんだな。まあ気持ちは分かるけど」
そう言いながら、笑いを堪えるキリトだったが、
そのキリトに対し、リズベットが突然大きな声で叫んだ。
「キリト、スイッチ!」
その言葉を聞いた瞬間、キリトは反射的に後ろに下がり、無意識に背中に手を回した。
その動作はおそらく、背負っていた剣を咄嗟に抜こうとしたものだと思われた。
我に返り、やべっという顔をしたキリトに向かって、リズベットがドヤ顔で言った。
「あんたもハチマンと同類よ、キリト」
「くっ……い、いきなりは卑怯だぞ、リズ!」
キリトは必死にリズベットに抗議したが、反応してしまった事実はもう覆らない。
そんなキリトを指差して、クラインとエギルが大笑いしていたが、
何を隠そうこの二人も、今のリズベットの言葉に、咄嗟に反応しそうになっていた。
呼ばれたのが自分の名前だったなら、この二人も必ず反応していたであろう。
リズベットの叫びがスイッチだけでは無かった事に、二人は感謝すべきなのだが、
実際問題目立った反応をしたのがキリトだけだった為、
二人は何とかこの場を切り抜ける事が出来たのだった。
「それでアインクラッドに突入したとして、先ず何を目標にするのかしら」
ユキノが冷静に、その場を落ち着かせようと話を元に戻した。
「そうだな、先ずは情報収集と、拠点の確保だな」
「拠点に出来そうな場所に心当たりはあるのかしら?」
「それは任せてくれ。俺とアスナが先行して、きっちり抑えておくさ」
ハチマンはユキノのその質問に、とある宿を思い浮かべながらそう答えた。
アスナとキリトは当然どの宿の事か理解していた為、二人は懐かしさに目を細めた。
「とりあえず他の分担を決めよう。先ず情報収集だが、戦闘面の情報収集は、キリト、頼む」
「おう!」
「メンバーは、リーファ、コマチ、イロハ、ユイユイ、ユミー、レコン、メビウスさんで」
「どういう意図のメンバーだ?」
そのキリトの問いに、ハチマンは頷きながら答えた。
「キリトがリーダーなのはいいとして、戦闘も回復もこなせる万能タイプのリーファに、
斥候のコマチ、レコンはコマチと一緒にアインクラッドの雰囲気を斥候視点で掴んでくれ。
そして魔法の検証でイロハ、タンクの検証でユイユイ、
ユミーは今の実力で、どこまでやれるかを無理の無いように確認してくれ。
最後に回復役として、専属でメビウスさんって感じだな」
「なるほどな、検証したい項目も大体分かったよ」
キリトは納得し、次にハチマンは、残りのメンバーを、街の探索チームに指名した。
ユキノ、エギル、クライン、リズベット、シリカの五人に、宿を確保した二人が合流する。
質問してきたのは、ユキノだった。
「他の人達についてはよく分かるのだけれど、何故私だけ街担当なのかしら」
「俺達経験者だけだと気付かない事もあると思うしな。
その場合、ユキペディアさんに活躍してもらうのが一番いいと思ったんでな」
「人をおかしな呼び方で呼ぶのはやめなさい、ハチマン君。
でもその呼び方、懐かしいわね……」
「まあそんな感じで考えてみたんだが、何か意見があったらどんどん言ってくれ」
チームの分け方には特に異論が無かった為、その話はそこで終わりとなった。
「次にギルドの事なんだが……今回のアインクラッドの導入っていうサプライズのせいで、
ちょっといくつか思いついた事があるので、聞いてほしい」
ハチマンはそう言い、メンバー全員に、自分の考えを説明し始めた。
「実は、アインクラッドの二十二層に、俺達がかつて拠点にしていた場所がある。
俺達は秘密基地と呼んでいたんだが、その理由は見てもらえば分かると思う。
俺はその拠点を、ギルドのホームにしたいと考えている。
なので、ギルドの設立は、そのタイミングでやろうと思うんだが、どうだろう」
今特に何か困っているわけでもなかった為、皆は特にその意見に異論も無く、
ハチマンの話はそのまま受け入れられた。
「次に活動内容だが、最終的にはアインクラッドの百層を、今度こそクリアしたい。
だが当面は二十二層に到達し、ギルドを設立した後は、
ヨツンヘイム方面の事もきっちり考えながら、バランスよく攻略しつつ、
その時参加出来るメンバーで無理なく楽しく遊んでいければいいと、そう思ってる」
「楽しくってのが一番大事だな」
キリトがそう言い、皆口々に、それに同意した。
「リアル生活に支障が出るような事が無いように、全ての活動は自由参加って事で、
後は何か不満や要望、もしくはギルドでやりたい事があったら、すぐに言ってほしい。
当面の活動については、そんな方針でいきたいと思ってるんだが、どうだろう」
「賛成!」
「問題なし!」
メンバーは再び口々に賛同し、この日の話し合いは終わる事になったのだが、
そこにとある人物が、いきなり乱入してきた。
「じゃじゃ~ん!ここでいきなり私参上!」
「ソレイユさん……」
「ソレイユ姉さんだ!」
どうやらソレイユは、かなり頑張って仕事を片付けてきたようで、
ギリギリ話し合いの解散の時間に間に合ったのだった。
「良かったぁ、ギリギリ間に合ったみたいだね」
「今まさに、解散する所でしたけどね」
「で、話し合いはどうなったの?」
そのソレイユの質問に対して、ハチマンはざっと今日の話し合いの内容を説明した。
それを聞いたソレイユは、自分も街の探索に加わると言い出した。
「私も今回のアインクラッドの中身については、ほとんど知らないんだよね。
ほとんどアルゴちゃんに任せちゃってるからね。
それに、ハチマン君や、みんなが暮らしていた世界を一度見てみたいしね」
そう語るソレイユの表情を見て、ハチマンは、
かつて病室でソレイユが語った台詞を思い出していた。
『私ね、実はSAOをやってみようかなってちょっと考えてたんだよね。
だから八幡君がSAOに囚われたって聞いた時、最初に思ったの。
どうして私はSAOをやらなかったんだろう。
そうすれば何のしがらみも無い世界で八幡君と二人で冒険して、
二人で助け合ってゲームを攻略して、そして現実世界に帰還したら……』
こうしてソレイユも、街の探索チームへと編入される事となった。