ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


第168話 遼太郎と静

 八幡達の絶叫から一週間ほど前のとある日、遼太郎は、とある駅前で、

そわそわしながら、きょろきょろと周囲を見回していた。

そう、この日は待ち望んだ、静との最初のデートの日なのであった。

 

「やべぇ……緊張で胃が痛くなってきた……俺、上手くやれるんかなぁ……」

 

 この日を迎えるにあたり、遼太郎は八幡から、いくつかのアドバイスを受けていた。

一つ、見栄を張って、普段絶対に行かないような場所には行かない。

一つ、静に明らかなお世辞は言わない、ありのままの彼女を見る。

一つ、年の話題と、静のおやじっぽい部分に触れるのは厳禁。

等々、八幡は、遼太郎が静に変な幻想を抱かないようにと、

口をすっぱくして注意点を遼太郎に伝えていた。

遼太郎は、その注意点を復唱しながら、今日はどう静をエスコートしようかと、

必死に頭の中で考えていたのだったが、そんな彼に近付く人影があった。

 

「ごめ~ん、待ったあ?」

 

 その、明らかな裏声での棒読みの声を聞いた遼太郎は、

かなり引いた顔で、うわぁ、と、口に出して言った。

 

「何だよその、いかにもドン引きしましたって反応は。

せっかく俺が、お前の為に平塚先生が来た時の練習をさせてやろうと思ったのに」

 

 二人の初めての顔合わせの仲介の為にやってきた八幡が、そう不満げに遼太郎に言った。

 

「いやいや、今のにそういう意図があったなんて、普通はわかんねーよ!

そもそも八幡相手じゃ、どう考えても練習にはなんねーだろ!」

 

 その遼太郎の言葉を聞き、八幡は、やれやれと呟きながら、

後方に控えていた明日奈に振り向き、言った。

 

「仕方ない、今日は特別だぞ。明日奈、ちょっと今の俺と同じ感じでやってみてくれ」

「は~い、明日奈、行きま~す!」

 

 明日奈は片手を上げ、元気にそう言うと、少し離れた場所へと歩いていき、振り向いた。

そして満面の笑みを浮かべると、手を振りながら遼太郎の下へと駆け寄り、

先ほどの八幡と同じセリフを言った。

 

「ごめ~ん、待ったぁ?」

「ぐふっ……」

 

 そんな明日奈の仕草を目の当たりにした遼太郎は、吐血したような声を上げ、

その場にへなへなと崩れ落ちた。そんな遼太郎を見て、明日奈が慌てて遼太郎に駆け寄った。

ちなみに八幡は、遼太郎の身に何が起ったのか把握したようで、

 

「しまった、クライン相手だと、刺激が強すぎたか……」

 

 と、ぶつぶつ呟いていた。

 

「クラインさん、大丈夫?」

「あ、明日奈さんすみません、え~っと、もう少し控えめな感じでお願いします」

「えっ、あ、ごめんなさい、ちょっとイメージと合わなかった?」

 

 明日奈は、今のはちょっと静のイメージに合わなかったかなと反省し、クラインに謝った。

それを見たクラインは、慌てて明日奈に言った。

 

「ち、違うんすよ。ちょっと俺みたいに女性に縁の薄い男には、今のは衝撃的すぎたんで、

そんな俺が耐えられるくらいの、もう少し抑え目な感じでって意味っす!

今の明日奈さんは最高だったんで、誤解しないでくれっす!」

「あ、そっか、今のはいつも八幡君相手にやってる感じでやっちゃったから……」

 

 その明日奈の言葉を聞いた遼太郎は、驚愕の表情を浮かべ、八幡の方にバッと振り向いた。

 

「は、八幡……お前ら、いつもあんな感じなのか?」

「お、おう……まあそうだな」

「すげぇ……すげぇよ八幡、いや、八幡さん!、もうさんづけで呼ぶしかねーよ!」

「いや、気持ち悪いからそれは絶対にやめろ」

 

 八幡は心底嫌そうにそう言った。

 

「それじゃ明日奈、もう一回だ」

「分かった!」

 

 明日奈はそう言って、再び少し離れた位置へと走っていき、振り向いた。

そして、先ほどよりは控えめな態度で遼太郎に駆け寄り、言った。

 

「ごめん、待った?」

「い、いや、今来たとこっす、全然待ってないっすよ!」

 

 遼太郎は、少してんぱりながらも、何とかそのセリフを言い切った。

それを見た八幡は、満足そうにうんうんと頷き、遼太郎に言った。

 

「よしよし、いい感じだな。少しは緊張もほぐれたか?」

 

 遼太郎は、そう言われ、肩をぐるんぐるん回した後、震えの具合を確かめるように、

自らの腕や脚を触り、ニカっと笑って言った。

 

「お?震えも止まってるな。ありがとな、ちょっとリラックス出来たみたいだ」

「それならまあ良かったわ。さて時間だ、そろそろ平塚先生が来る頃だな」

 

 八幡はそう言い、左右をきょろきょろと見渡した。

と、八幡の目に、遠くから見覚えのあるスポーツカーが走ってくるのが見えた。

 

「お、あれだな。紹介した後は任せるから、後は頑張れよ、クライン」

「おう、任せとけい!」

「八幡君、ちゃんと私の事も紹介してね」

「ああ、分かってるよ明日奈」

 

 そうこうしているうちに、静の運転するスポーツカーはどんどん近付いて来て、

三人から少し離れた場所に停車した。そして車から降りてきた静は、

落ち着こうとしているのだろうか、その場で深呼吸した後、

満面の笑みを浮かべながらこちらに小走りで向かいつつ、明らかに作った声で、言った。

 

「ごめぇん、待ったぁ?」

 

 それを聞いた八幡は、静の前に手を広げて立ちふさがり、冷たい声で言った。

 

「チェンジで」

 

 そう言われた静は、自分でも自覚があったのか、しまったという顔で八幡に懇願した。

 

「ま、待ってくれ、せめてリテイクにしてくれ!」

「……あげるチャンスは一度きりですからね」

「わ、分かった……」

 

 そして静はすごすごと車へと戻り、今度は、いつも学校で見せていた、

貫禄たっぷりの姿でこちらへと歩いてきた。

 

「すまん、待たせたかね?」

 

 その、大人の魅力たっぷりの静の姿を見た遼太郎は、八幡を押しのけて前に出ると、

先ほど練習したセリフをしっかりと口にした。

 

「いえ、全然待ってないっす。今来たとこっす。はじめまして、壷井遼太郎です!

今日は俺なんかの誘いを受けて頂いて、ありがとうございます!」

「いやいや、こちらこそ、私なんかを誘ってくれて、その……あ、ありがとうございます。

私は平塚靜です。こちらこそ宜しくお願いします、壷井さん」

 

 静は少し照れながら、遼太郎に笑顔で答えた。遼太郎は、静に出会えた事に喜びを抱き、

更には静を紹介してくれた八幡と出会えた事を、心から神に感謝した。

 

「しかしまさか比企谷に、こうして男性を紹介してもらう日が来るとはな……」

「ええ、俺もまさか、今でも先生が独りだなんて……ぐふっ」

 

 八幡はそのセリフを最後まで言う事が出来なかった。

静の神速のボディブローが、八幡の腹を直撃したからだ。

八幡は久しぶりに味わう静の鉄拳を懐かしく思うと同時に、

その攻撃の速さにある意味驚愕していた。

 

(一応備えといたのにこれかよ……この攻撃は、キリトクラスだな……)

 

 一方、無防備に攻撃を食らった八幡の姿を見て、明日奈と遼太郎も驚愕していた。

 

「まさか、あの八幡君が反応すら出来ないなんて……」

「まじかよ、まばたきしてる間に攻撃が終わってたぞ……」

 

 明日奈は、ありえない光景に目を疑っていた。遼太郎はそれに加えて、

いずれ我が身も同じ目に遭うであろう事を、しっかりと覚悟した。

 

「何か言い訳はあるかね?」

 

 静が八幡にそう言うと、八幡は涙目で、それでもめげずに静に言った。

 

「待って下さい最後まで話を聞いて下さい。決して悪い意図で言おうと思った訳じゃなく、

俺は嬉しかったんですよ。俺がいない間に尊敬する先生が、どこの馬の骨とも分からない、

おかしな奴と付き合ったりしてなくて、ほっとしたんです。

おかげで、自信を持って先生にこいつを紹介出来るわけですからね。

先ほど自己紹介していましたが、改めて、こいつが俺の大切な友人の、壷井遼太郎です。

生死を共にした、俺の大切な仲間です」

 

 それを聞いた静は、遼太郎の手を取り、真面目な表情で言った。

 

「壷井さん、私の大切な教え子を助けてくれて、本当にありがとうございます」

「いえいえ、俺の方こそ、八幡にはすごく助けてもらって……

こうして生きて静さんに会えたのも、こいつのおかげなんで、

俺の方こそ、こいつにはいくら感謝しても感謝し足りないくらいですよ。

あ……すんません、俺、勝手に静さんなんて、名前で呼んじゃいましたね」

 

 静はそれを聞き、頬を赤らめながら言った。

 

「あ……で、出来ればそのままで……」

 

 遼太郎は静のその姿に、かなりクラッときた。

 

「ありがとうございます、静さん!出来れば俺の事も、遼太郎でお願いします!」

「あ、はい……り、遼太郎……さん」

 

 遼太郎は、自分の名前を静に呼ばれ、天にも昇る心地だった。

そして遼太郎は八幡の手を握り、何度も何度もお礼を言った。

 

「ありがとな、本当にありがとな、八幡」

「おう、後はお前次第だ、頑張れよ」

「頑張って、クラインさん!」

「明日奈さんもあざっす!」

 

 明日奈の名前が出たところで、静が八幡におずおずと尋ねた。

 

「あ~、比企谷、そちらが噂の君の彼女かね?出来れば紹介してくれると嬉しいのだが」

「あ、そうですね。明日奈、ちょっとこっちに」

 

 八幡が手招きすると、明日奈は少し緊張しながら静の前に歩み出て、自己紹介をした。

 

「平塚先生、始めまして。八幡君とお付き合いさせて頂いている、結城明日奈です。

今後とも宜しくお願いします」

 

 そう言って明日奈は、静ににこりと笑った。静は挨拶を返すと、嬉しそうに八幡に言った。

 

「何というかまあ、君に彼女を紹介してもらえる日が来ようとは、感無量とはこの事だな」

「そうですね、そういえば、昔ラーメンを一緒に食べる約束をしてましたっけ。

今度四人でどこかに食べに行きますか」

「いいな、是非そうしよう」

 

 そして静は、八幡の耳に口を寄せた。

 

「絶対に彼女を離すんじゃないぞ。とてもいい子じゃないか。

そしてとてもお似合いだ……必ず幸せになりたまえ」

 

 静は八幡にそう言った後、明日奈の方に向き直ると、あらたまった口調で言った。

 

「結城君、私が言うまでもないと思うが、こいつはとてもめんどくさい男だ。

だが、とても優しい男でもある。どうか今後とも、比企谷の事を宜しく頼む」

「はい、引き受けました!」

 

 明日奈はその言葉に、とてもいい笑顔でそう答えたのだった。


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