次の日は予定通り、アスナとリズベットは街の探索へ、
ハチマンは……一日ごろごろして過ごす……つもりだったのだが、
「この世界には娯楽がない……せめて本でもあれば……」
一日寝て過ごしても良かったのだが、さすがに何もない状態だときつかったのか、
ハチマンは予定を変えて外出する事にした。
折しもアスナから明日どうしようかと連絡があったので、
そのままハチマンも、アスナとリズベットと合流する事にした。
「何か面白いものでもあったか?」
「全体としてはそこまで真新しいものはなかったかな?」
「そうだねリズ。あ、あれなんだろう」
アスナは何かに興味を引かれたのか、露天の方に、走っていった。
ハチマンとリズベットもそちらに向かったが、
ちょうどいい機会だと思い、ハチマンはリズベットに、
昨日はどうだったかと尋ねてみる事にした。
「やっぱ犠牲が出た事にショック受けてたみたいだから、
詳しい話は聞かずに明るい会話中心に話しといたよ」
「そか、ありがとな」
「攻略の話で聞いたのは、三人パーティで頑張った、程度かな」
「まあ、そんな感じだな」
「アスナが言ってたんだけど、戦闘が終わった後の話し合いで、
ハチマン君が極力人の名前を言わないように気をつけてたから、
攻略関係で今後どんな事があるかわからないし、
アスナも普段は極力前線の人の名前とか出さないように気をつける事にしたっぽいよ」
(まあ前線だとこれからも色々あるだろうしな……
しかしなんだかんだ色々観察してるんだよな、アスナの奴。
キリトの名前くらい出してもいいと思うが、ま、今度紹介する機会があった時でいいか)
「ハチマン君、リズ、こっち~」
「あいよ」
アスナが早く早く、という感じで手を振ってきたので、
二人は小走りでアスナの方へと向かった。
「新しい層に着いたわけだが、二人は今後の事とかなんか考えてるのか?」
「私はあんまりかわらないかなーまだ鍛治関係でも出来る事少ないし。
ちょこちょこ素材目当てで探索しながら鍛治スキルとレベル上げてく感じ」
「私は武器をもうちょっと強化して、普通にレベル上げかな」
「それじゃ、しばらくはレベル上げ優先だな」
「攻略ペースも上がりそうだしね」
「それじゃ明日様子見がてらレベル上げと素材集めにでも行ってみるか」
「そうだねー二人が良ければ」
「私はもちろん問題ないよ、リズ」
次の日三人は、ひたすら戦闘にあけくれた。
レベルも上がり、強化素材もかなり集まり、
リズベットの鍛治スキルを上げるための材料も、順調に揃っていった。
アスナは、自分の武器の次の段階の強化をリズベットに頼むつもりでいたため、
積極的に素材集めに協力していた。
その頃街では、プレイヤー初の鍛治職人誕生!と言われるくらい、
腕がいい職人の噂が流れていた。
その職人は、露天で積極的に仕事を請け、かなりの早さで熟練度を上げたようだ。
リズベットは、一人で街中で仕事をする気はまだまったくないらしく、
今のところハチマンとアスナの専属のようになっていた。
(いずれは他のプレイヤーの仕事も受ける事になるかもしれないが、
知らないプレイヤー相手に仮に失敗したら気まずいだろうしな。
失敗しても問題ない内輪でしばらく鍛えた方がいいかもしれない)
その日の狩りを終えた帰り道で、ハチマンは、数日留守にする事を二人に告げた。
「あー二人とも。俺はちょっと明日から数日留守にするぞ。やる事があるんでな」
「それ、私が一緒に行くのは駄目な用事?」
アスナが内容も聞かずに尋ねてきた。ハチマンは内心嬉しい気持ちもあったが、
今回ばかりはハチマンにも譲れない、とある理由があった。
「あーすまんアスナ。駄目とかな用事じゃないんだが、今回は一人で行く事にする。
二人はしばらく狩りなり情報収集なり好きにしていてくれ」
ハチマンとのこれだけ長い別行動は初めてだったので、アスナは少し寂しさを感じたが、
同時に目的を言わないハチマンの態度を、これは怪しい、と感じた。
いつものハチマンなら明確に目標を定め、しっかり内容を伝えてくるからだ。
「うんわかった。それじゃ色々やってるよ」
「すまないな。何か緊急事態が発生したら、連絡してくれ」
「気をつけてね~ハチマン」
「おう、リズも頑張れよ」
その日の夜ハチマンはアルゴを呼び出し、体術スキルクエストの発生位置情報を買った。
前に話した時、体術スキルの存在を知っているようであったので、
ハチマンは既に場所まで知っているものだと思っていたアルゴは、
ハチマンの知識は少し偏ってるんだなと心に留めた。
次の日ハチマンは、東にある岩山の上にいた。
マップを見ながら岩壁を登り、洞窟を抜け、地下水路を滑り、
途中何度か敵にも遭遇したが、自前の気配遮断スキルに加え日ごろの要領の良さを発揮し、
数十分ほどで目的の場所に着く事が出来ていた。
そこにぽつんと立っている小屋の中でクエストを受けた後、ハチマンは気合を入れた。
体術スキルを取得するために、巨大な岩を素手で割る必要があるからだ。
(昔一度やらされたけど、これはコツがあるんですよっと)
それからハチマンは、延々と岩を殴り続けた。一度やっているだけあって、
中々早いペースで割る事が出来ているようだ。
そして次の日、半ばまで岩にヒビを入れていたハチマンは、突然視線を感じ、飛びすさった。
(何だ……ここは安全地帯だからモンスターではないはずだが、誰か来たのか?
……小屋の陰に誰かいるな。しかも複数か)
ハチマンは、そろりそろりと慎重に小屋に近づいていった。
そして、小屋の裏手からこっそりと覗き見た。
(リズだと………リズが一人でここに来れるはずが…………あ、まさか)
その瞬間、小屋の上から、ダンッという音がして、背後に誰かが着地した。
ハチマンは、その人物に後ろから両肩を捕まれた。
「リズ~、捕まえたよ~」
「おっけ~今いく~」
その声は、ここ最近ほぼ毎日聞いていた、とても聞き覚えのある声だった。
ハチマンは頭をかかえてその場にしゃがみこみ、震える声を抑えつつその人物に話しかけた。
「ア、アスナさん。何故こちらに?」
「ハチマン君があからさまに怪しかったから、
アルゴさんからハチマン君の居場所の情報を買おうとしたんだけど、
本人の承諾がないと教えられないと言われたの。だから別の情報を買ったの。
ハチマン君が買ったのと同じ地図もしくは情報を、売って下さいって」
(アルゴてめええええええええええ)
「で、地図をもらったんだけど、距離的にはすぐ近くだったから、
情報収集のついでに立ち寄ってみたって感じかな」
「こ、行動的っすね……」
「本当はただの興味本位だったし、迷惑がかかるかもしれないから、
まあ話してくれるまで待ってればいいやって思ってたんだけどね。
地図をくれた時アルゴさんが、すごいにやにやしながら、毎度あり~って」
(アルゴおおおおおおおおおおおお)
頭をかかえて座り込んだまま動かないハチマンの姿を見て不安になったのか、
アスナは恐る恐るハチマンに尋ねた。
「勢いで来ちゃったけど、ごめんね……もしかして、迷惑だったかな……」
「い、いえ、別にそんな事は無いですよアスナさん」
「あれ~?ハチマンどうしたの?」
「お、おう、リズベットさんお久しぶりデス」
「やっぱり何か怪しい……」
「いえ、別に特に怪しい顔なんかしてないですよ、アスナさん」
「顔?」
ハチマンは動揺しすぎてまたしても墓穴を掘ってしまったようだ。
二人は頷き合い、ハチマンを後ろにひっくり返そうとし始めた。
「おわ、ちょ、待てお前ら」
「リズ、せーのでいくよ」
「うん。せーの!」
掛け声と共に、ハチマンはひっくり返った。そしてその顔には………
見事なヒゲが書いてあった。あえて誤解を恐れず表現するなら、それはまさに、
「ハチえもん!?」
であった。その後、二人はさすがに笑いを堪えられず、長時間笑い転げていた。
「だから言いたくなかったんだよ……」
ハチマンが涙目で言った。
「ご、ごめんね。まさかこういう事だったなんて」
「ごめんねハチマン」
「でもよく見ると、アルゴさんにそっくり」
「あ、ほんとだ」
「多分あれだ。アルゴはこれがクリア出来なくて、
そのままあれがトレードマークみたいになっちまったんだろうな。知らんけど」
「体術かぁ。これってどんな内容?」
「まずクエストを受けると、顔がこうなる。で、クリアするまでは絶対に消えない。
そしてそのクリア内容は」
ハチマンは、半ばまでヒビが入った岩を、コンコンと叩き、
「これを素手で割る」
と言いながら、岩にパンチを入れた。
「うっわ、固そう……」
「痛みは無いんだろうけど、これは根気がいるね……」
「ま、そんなわけで、多分明日の夜くらいまでかかっちまう。
俺の事は心配しないで、二人は色々やっててくれ」
「これって私達もやった方がいいのかな?」
ふとアスナが尋ねた。
「あ~、アスナはいずれもうちょっとレベルが上がってから、
時間のある時にやった方がいいな。
リズは、最前線に立ち続けるような事でもない限り、別にやらなくてもいいと思うぞ」
「じゃあ、いずれまた、かな」
「だな」
「それじゃ私達は帰ろっか、アスナ」
「そうだね。ハチマン君頑張って」
「おう、終わったら連絡するわ」
(また黒歴史が増えてしまった……)
恥ずかしさのあまり、岩にやつ当たりぎみに攻撃を打ち込み続けたハチマンは、
予定よりやや早く、次の日の夕方には、岩を割る事に成功した。
達成感と共に、ハチマンは一刻も早く帰ろうとしたが、どうやらまた誰か来たらしい。
(なんでこんなとこに何度も人が来るんだよ……って、キリトじゃねえか)
またアルゴの仕業かと思ったハチマンは、物陰に隠れて様子を伺っていた。
総合的な隠密力はハチマンの方が上のようで、気付かれてはいないようだ。
しばらく観察して、どうやらキリトは、
ここにハチマンがいると思って来たわけではないらしい事が判明した。
キリトは何かを探すそぶりも一切見せず、
普通にクエストを受け、ヒゲを描かれて呆然とし、内容に落ち込んでいるようだった。
(あれ、あいつ内容とか何も聞かないままクエスト受けに来たのか……
アルゴは教えてくれなかったんだろうな)
キリトが大岩を殴りだしたのを見てハチマンは、
彼を激励して帰る事に決め、キリトの後ろに飛び出した。
「よっ、キリえもん!先は長いがしっかり割れよ。キリえもん!」
突然声をかけられ、固まるキリトを前にハチマンは、親指を立て、微笑んだ。
キリトが声にならない叫びを上げるのを確認するとハチマンは、
一目散に走り去ったのであった。