ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


第169話 最後の教え?

「さて、顔合わせも済んだようだし、後は二人にお任せします」

 

 そろそろ頃合いだと思ったのだろう、八幡は二人にそう言った。

 

「今日はわざわざすまないな、比企谷。本当にありがとう」

「ありがとな、二人とも!」

「いえ、どうって事ないですよ」

「クラインさん、頑張って!」

「明日奈さん、あざっす!」

「それじゃ俺達はそろそろ行きますね。先生、ラーメンの件、また連絡します」

「ああ、比企谷、楽しみにしているよ。結城君もまたな」

「はい、またです!」

 

 こうして八幡と明日奈は、二人を見送り、帰途についた……ように見えたのだが、

八幡は、自らの愛車の所に着くと、唐突に明日奈に言った。

 

「よし、このまま隠れて二人の後を追うぞ」

「あ、やっぱり?」

 

 明日奈は、その展開を、半ば予想していた為、そう言った。

 

「何だ、予想してたのか?」

「うん、だって八幡君、平塚先生の事が大好きそうだったし、

多分心配で、こっそり着いていくんじゃないかなって」

 

 八幡はその言葉を聞き、少し焦ったように言った。

 

「だ、大好きとかじゃなく、あくまで尊敬だ、尊敬。一番好きなのは、当然明日奈だ」

 

 明日奈はその八幡の言葉に、顔を赤くしつつも表情を綻ばせて言った。

 

「もう、分かってるって。私も大好きよ、八幡君」

「お、おう……」

 

 明日奈に笑顔でそう返された八幡は、かなり照れながら、そのまま明日奈を助手席に乗せ、

遼太郎と静のいる方へと車をスタートさせた。

そして、目立たない場所に車を止め、遠くから二人の様子を伺った。

 

 

 

「あの、静さんは、車の運転が好きなんですよね?」

「そうですね、車を運転するのはまあ、好きですね」

「それじゃ最初はとりあえず、適当にドライブしてみませんか?

事前に色々考えてはいたんですけど、正直俺、まだ静さんの事何も知らないし、

最初は静さんの好きな事を一緒に楽しみたいって思うんですよ。

それにドライブしながら色々話すのも楽しそうですしね」

 

 静はその提案に対し、こう返事をした。

 

「遼太郎さんがそれでいいなら」

「もちろんですよ!正直、静さんと一緒にいるだけで俺は嬉しいです!」

「あ、その……ありがとうございます」

 

 静はその遼太郎の言葉に、目に見えて赤くなった。

そして二人は静の車に乗り込み、特に目的を設定する事もなく、車を走らせる事になった。

 

「とりあえず、市街地を出ましょうか」

「はい、そうしましょう!」

 

 遼太郎は、楽しそうに鼻歌を歌っていた。

静はその鼻歌が気になり、何の歌なのか、遼太郎に尋ねた。

 

「あ、これは、SAOのテーマソングですね。crossing fields」

「SAO……ですか」

 

 静はちらりちらりと遼太郎の方を見ながら、何事か思案しているようだったが、

やがて意を決したのか、遼太郎に尋ねた。

 

「あの……」

「はい!何ですか?」

「遼太郎さん、その……SAOって、どんな所だったんですか?

大変だったとは聞いていますけど、正直実感がわかなくて……」

「あ~、まあ、実感はわかないでしょうね」

 

 遼太郎は、苦笑しながらそう答えた。

 

「まあ、現実世界に人を殺す事を目的とした動物がうろうろしていて、一歩街を出ると、

そいつらが全て襲ってくるようなもんですかね。自衛の手段が無いと、すぐ死にますね」

「……」

「まあ、無理をしなければ大体大丈夫っす。頼りになる仲間もいましたし」

 

 仲間、と聞いて、静の脳裏に、先ほど別れた二人の顔が浮かんだ。

 

「比企谷とか、結城君……ですか?」

「まあそうですね。八幡と明日奈さんは、SAOの四天王って呼ばれてましたからね。

一緒の時は、本当に頼りになる奴らでしたよ」

「そうですか、比企谷だけじゃなく、結城君も……」

「あの二人は、ゲーム開始当初から、偶然一緒にいたらしいですよ。

それから基本的にずっと一緒に行動してましたね。まあ要するに、八幡は明日奈さんを、

最初から最後まで守り通したって事になるんでしょうね」

「あの比企谷が……」

 

 静は感無量といった感じで天を仰いだ。そして静は、偶然巻き込まれた危険な世界で、

立派に一人の女の子を守り通した自分の教え子を、とても誇りに思った。

 

「どうやら今度のラーメンは、おごってやらないといけませんね」

「ははっ、昔は問題児だったみたいですけど、今は褒めてやって下さい」

「ええ、そうですね」

「でも……」

 

 静はそう言うと、少し間を置いた後に、言った。

 

「教え子に、教える事が無くなるというのも、少し寂しいものですね」

 

 静の脳裏に、腐った魚のような目をした、それでいてどこか寂しそうな、

高校時代の八幡の姿が浮かんだ。そして今の八幡の、いかにも頼り甲斐のありそうな、

立派に成長した姿がそこに重なり、気が付くと静は、知らないうちに涙を流していた。

その涙に気付いた遼太郎は、慌てて静に言った。

 

「す、すんません、どうか泣かないで下さい!八幡はもう大丈夫、大丈夫ですから!」

「いえ、そうじゃないんです。ただ、とても嬉しくて……」

「嬉しい……ですか?」

「はい、あの比企谷が、危険を顧みず、一人の女の子の為に、

全てを掛けて戦い抜いたと思ったら、つい涙が……すみませんご心配をおかけして」

 

 遼太郎は涙を流しながらも、とても嬉しそうな静の姿を見て、

この人は、心の底から本物の教師なんだなと、静に尊敬の念を抱くと共に、

静をずっと守りたいと思う気持ちが、自分の心の中で膨らんでいくのを感じていた。

 

「俺も学生時代、静さんのような先生に教わりたかったですよ」

「いや、私なんか……」

 

 静は謙遜したが、遼太郎は、首を左右に振りながら言った。

 

「八幡は、最初からすげー真っ直ぐで、意思が強くて、いい奴でしたよ。

それはきっと、全部じゃないかもしれないですけど、静さんの教えのおかげです。

静さんの教えは、きっと今もあいつの中に、立派に根づいてますよ!」

「……そうですか、はい……はい、だといいんですが」

 

 静は涙をぬぐいながら、笑顔で遼太郎に言った。

それが少し照れくさくて、外を向いた遼太郎の視界の隅に、見覚えのある車の姿が映った。

遼太郎は、ん?と思いながら、後ろに振り返り、後方を確認すると、

後ろを走っている車の運転席で、やべっという顔をした八幡と目が合った。

ちなみに明日奈は平気な顔で、笑顔で遼太郎に手を振っていた。

それを見た遼太郎は、堪えきれないようにくっくっと笑いながら、静に言った。

 

「静さん」

「あ、はい」

「どうやら八幡も、静さんの事が心配みたいで、車でこっちの後をつけてきてるみたいっす」

「ええっ!?」

「まあ、興味本位かもしれないですけどね」

 

 静は慌ててバックミラーを確認した。後方の車の運転席に、確かに見慣れた顔が見え、

静はその顔をじっと見つめた後、何かにハッと気付いたように、遼太郎に言った。

 

「遼太郎さん、まだ私にも、あいつに教えられる事があったみたいです」

 

 遼太郎は、その嬉しそうな静の声を聞き、これまた嬉しそうに、問いかけた。

 

「そうっすか、それは良かったっすね!で、何を教えるんですか?」

「比企谷に、世の中には決して越えられない壁があるって事を、教えてやろうと思うんです」

「超えられない壁、ですか……具体的には?」

「初心者マークごときが、私についてこようなどとは百年早いと教えてやります」

「えっ?」

 

 遼太郎は、今感じた嫌な予感に冷や汗を流しながら、静に聞き返した。

 

「えーっと、つまりそれは……」

「もうすぐこの車は市街地を出ます。そしたら、一瞬であいつの視界に、

この車が映らないようにしてやるつもりです。それが、比企谷に対する私の最後の授業です」

「まじっすか……」

「ええ。もう私には、これくらいしかやれる事は無さそうですしね」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、そう言い放った静を見て、遼太郎は、覚悟を決めた。

 

「わ……分かったっす。静さんの好きにして下さい。オーケー、いつでもいいっすよ!」

 

 そう言うと遼太郎は、しっかりと足を踏ん張り、シートベルトをぎゅっと握った。

そしてその直後に遼太郎の視界が開けた。どうやら市街地を出たようだ。

その瞬間、静は笑いながら、アクセルをベタ踏みした。

静の運転する車が加速し、一瞬にして、八幡達の視界から静達の姿が消えた。

 

「う、うおおおおおお」

「あはははははは、未熟者め!」

「静さん!静さん!」

「あははははは、はははははは」

 

 遼太郎は必死に静に呼びかけたが、大声で笑う静はそれに気付かない。

やがて怖さを通り越したのか、遼太郎も、いつの間にか、静に合わせて笑い始めていた。

 

「あははははははは」

「ははっ、はは、ははははは」

 

 ひとしきり笑った後、遼太郎は、とても楽しそうに笑う静に向かって言った。

 

「静さん、今日はもうこのままとことん突っ走りましょう!」

「はい、遼太郎さん!あはっ、ははははは」

「俺はそんなあなたと、ずっと一緒にいますから」

「え?遼太郎さん、何か言いました?」

「何でもないっす!」

 

 こうして遼太郎との最初のデートで、静は八幡に、

最後の強烈なパンチをお見舞いしたのだった。




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