ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/13 句読点や細かい部分を修正


第170話 明日奈の思惑

 と、いう訳で、場面は現在へと戻る。八幡は両足を踏ん張り、左右のGに耐えていた。

陽乃は後部座席の状況に気を配る事も出来ず、運転に集中していた。

つまりそれほどまでに、静が強敵だという事だろう。

八幡はこの状況で、自分達に何が出来るのか、必死に考えていた。

静達に無くて、自分達にあるもの。一つはキットの存在、そしてもう一つ……

助手席で、ただひたすら踏ん張っているであろう、クラインとは違い、

自分達には、三人だからこそやれる事がある。そう考えた八幡は、明日奈と雪乃に言った。

 

「明日奈、雪乃、絶対に俺を離すんじゃないぞ。

これから俺は、状況を見て左右に体重移動をする。

二人が怪我をしないように、俺が必ず守るから、なるべく俺の動きに合わせてくれ」

「分かった、任せる!ほら雪乃、もっとしっかり抱き付いて!」

 

 明日奈にそう言われ、余裕の無さそうな雪乃の口から、

雪乃自身も意図しない言葉が、思わず口をついて出た。

 

「ね……ねぇ明日奈、やっぱりそれは、ひゃぁっ、せ、正妻の余裕なのではないかしら」

 

 明日奈はその悲鳴まじりの雪乃の言葉に、一瞬きょとんとした後、微笑みながら言った。

 

「ふふっ、確かにそう言われると、そうかもしれないね。

それにしても雪乃、初めて私の事、呼び捨てにしてくれたね。ふふっ、何か嬉しい」

 

 そう言われて、初めて自分が発した言葉の意味を理解した雪乃は、

恥じらいの表情を見せながら、明日奈に言った。

 

「くっ……私とした事が……」

「それだけ余裕が無いんだよな」

 

 八幡が割って入り、雪乃の頭をなでながらそう言った。

 

「あっ、ずるい!八幡君、私にも!」

 

 それを見ながら明日奈が羨ましそうに言った為、八幡は、明日奈の頭もなでた。

 

「こ、これくらい別に余裕よ」

「本当か?」

「う……た、確かに少しきついのは否定出来ないわね」

「少し、ね」

 

 八幡は、そう言いながらも青ざめた表情で必死に足を踏ん張っている雪乃の姿を見て、

苦笑しながらそう呟いた。更に八幡は、表情を改めながら、こう口にした。

 

「正直こっちに戻って来て、雪乃と再会してから、少し物足りないって思ってたんだよな」

「物足りない、ですって?」

「ああ。昔のお前と違って、今のお前はどこか俺に遠慮したような態度をとる事があるだろ?

毒舌もすっかり封印してしまっているみたいじゃないか」

「確かに最近の雪乃ちゃんは、すごく大人しいね!」

 

 激しくステアリングを操作しながらも、会話を聞いていたのだろう陽乃が、

横からそう雪乃に言った。

 

「姉さんはしっかり運転に集中しなさい」

「は~い」

 

 雪乃にそう言われた陽乃は、舌をペロッと出しながら、再び運転に意識を集中させた。

次に明日奈が雪乃に話し掛けた。

 

「私もね、正直、雪乃の性格が、八幡君から聞いてたのと違うなって思ってたんだよね。

だからもしかして、まだ私に心を許してくれていないのか、もしくは遠慮してるのかなって、

そう思ってたんだよね」

「雪乃、そうなのか?」

 

 八幡はその辺りには無頓着だったので、そういった事には気が付いていなかったのか、

きょとんとしながら雪乃に尋ねた。

 

「べ、別にそういう訳じゃ……明日奈さんの事は……その……好ましいと思っているわ」

「だってよ」

 

 八幡が明日奈にそう言うと、明日奈は目を輝かせながら言った。

 

「本当?それじゃあそろそろその他人行儀な呼び方はやめて、私の事は、

これからはちゃんと明日奈って呼び捨てにして欲しいな」

「わ、分かったわ、私もやっと覚悟を決めたわ、これからはそうする、その……明日……奈」

「うん!ありがとう、雪乃!」

「え、ええ」

 

 それを見ていた八幡が、面白そうな顔をして、更に言った。

 

「俺の事も、八幡って呼び捨てにしても別に構わないぞ」

「それは無理ね」

 

 雪乃は八幡に、にっこりと笑いながら即答した。

 

「即答かよ」

「ええ、そこまで馴れ馴れしくするのは、今の私には無理ね」

 

 その会話を聞いた明日奈は、ハッと何かに気付いたような表情を浮かべると、

唐突に、こんな事を言い出した。

 

「無理なんだ、ふ~ん」

「い、いきなりどうしたの?明日奈」

 

 その明日奈のいきなりの、挑発めいた言い方に、雪乃は困ったような表情を見せた。

 

「正妻の私としては、それくらい別に構わないんだけどな。

うん、正妻としてはね。ほら、敵は手ごわい方が倒し甲斐があるって言うじゃない」

「お、おい明日奈、一体何を……」

 

 いきなり何を言い始めるのかと、焦った調子で八幡が明日奈に尋ねたのだが、

明日奈はそんな八幡を、じろりと睨みながら言った。

 

「八幡君は少し黙ってて」

「あっ、はい……」

 

 八幡は、明日奈の迫力に負け、しばらく様子を見る事にした。。

 

「あ、明日奈、いきなりどうしたの?」

「ほら、女は競い合ってこそ華だって言うじゃない。

私も今のまま、ただ安穏と八幡君の隣にいるってのもどうかなって、

最近少し思うんだよね。だから、雪乃もあまり遠慮せず、

もっと強気な態度でいて欲しいなって、そう思うんだよね」

「あら……明日奈も中々言うじゃない」

 

 雪乃は負けず嫌いの血が疼いたのか、その明日奈の挑発に乗った。

 

「でもそれだと私は、今よりももっと、八幡君と親しくなってしまうかもしれないけれど、

明日奈はそれでいいのかしら?そうなると、ゆいゆいや優美子やいろはさんも、

多分黙っていないと思うわよ」

「大丈夫、八幡君は私にベタ惚れだから、絶対に浮気とかはしないから」

「あら、随分と自信たっぷりね」

「それはまあ、外堀ももう、ほとんど埋まってるわけだしね」

「お、おいお前ら、何でいきなりこんな事になってるんだよ」

 

 さすがに見かねた八幡が、二人の間に入ろうとしたのだが、

そんな八幡に、雪乃は冷たく言い放った。

 

「少し黙っていなさい、比企谷菌」

「お、おう……久々に聞いたなそのフレーズ」

 

 八幡はその雪乃の言葉を聞いて、再び沈黙した。

 

「何それ?あははははは、比企谷菌って」

 

 その言い回しがツボにはまったのだろう、明日奈がいきなり笑い出した。

そして明日奈は、八幡ごしに、ぎゅっと雪乃の手を握り、満面の笑顔で雪乃に言った。

 

「うん、今の雪乃は、まさに聞いてた通りの雪乃だね。

恋愛面で譲る気はまったく無いけど、そういう所は、もっと普通にして欲しいなって思うの。

だって私、雪乃やゆいゆいや、他の皆の事が、大好きなんだもん。

私、素の状態の皆ともっともっと仲良くなりたいの!」

「明日奈……あなたずるいわ」

 

 雪乃は、そう言いながらも、その表情は、とまどいつつもとても嬉しそうに見えた。

 

「そんな顔でそんな事を言われたら、断る訳にはいかないじゃない。

それに、言われなくても私もゆいゆいも、あなたの事が大好きなのよ。

こちらからもお願いするわ、明日奈。今後とも、宜しく」

「うん、宜しくね、雪乃!」

 

 二人がうって変わって笑顔になった所で、やっと八幡が口を挟んだ。

 

「一時はどうなる事かと思ったが、うまく話がまとまったみたいだな」

 

 それを聞いた雪乃は、少し考え込みながら言った。

 

「これは……どうやら明日奈の演技に、まんまと乗せられてしまったようね。

でも明日奈、どうしていきなりこんな事を?」

 

 明日奈はその問いに対し、真面目な顔で説明を始めた。

 

「最近漠然と感じていたんだけど、何て言うのかな、やっぱりほら、

八幡君の古くからの知り合い組と、SAO組って、まだ完全には打ち解けていないじゃない?

このままだと、まあ可能性は低いと思うけど、八幡君のチームの中に、

二つの派閥が出来る可能性も、無くはないと思うの。でね、ほら……」

 

 明日奈は、前方を走る車を指差した。

 

「あの二人は、まさにその二つの集まりを繋ぐ、絆を結ぼうとしている訳じゃない。

それならこの機会に、そんな可能性を完全に無くす為に、まず私が率先して、

もっともっと雪乃やゆいゆいや、他の人達と、仲良くしなきゃって思ったんだ。

で、さっきの二人のやりとりを聞いて、昔八幡君が、雪乃の負けず嫌いな部分について、

熱弁をふるってたのを思い出したから、この機会にちょっと煽ってみようかなって……

きゃっ、雪乃、頭をぽかぽか叩かないで!ごめんなさいごめんなさい」

 

 雪乃は、もちろん痛くないように気を付けながらも、明日奈の頭をぽかぽかと叩き、

その後、満面の笑みを浮かべながら、八幡を、昔の呼び方で呼んだ。

 

「比企谷君」

「は、はい」

 

 それを聞いた八幡は、背筋を凍らせながら、かしこまって返事をした。

その直後に雪乃は、笑顔を崩さないまま、八幡に言った。

 

「あなたのふるったという熱弁について、ちょっと話があるわ。後で覚悟しておきなさい」

「あっ……はい……」

 

 八幡は泣きそうな顔でそう返事をし、それを見た陽乃と明日奈は、

八幡を見ながら、楽しそうに笑った。つられて雪乃も笑い声を上げた。

それからしばらく車内には、三人の笑い声が響いていたが、

八幡が咳払いをした為、三人は笑うのをやめた。

 

「おほん。よし、それじゃあさっきの作戦を実行する。雪乃、いけるよな?」

「誰に向かって物を言っているのかしら?」

「誰に向かって物を言っているのかね、八幡君」

「す、すみません……って違う!」

 

 雪乃に加え、明日奈にもそう言われた八幡は、反射でつい謝ったが、すぐさま立ち直った。

 

「よし、次はキット、聞こえるか?」

『はい、とても楽しそうな会話を聞かせて頂きました、八幡』

「お、おう……それは何よりだ。まあそれはさておきキット、

今俺達は、前の車についていくのが精一杯な状態だ。そこでこれから、俺が中心になって、

少しでも曲がる時に車体が安定するように、三人がかりで重心を上手く移動させる。

キットは、陽乃さんが限界以上の力を引き出せるように、電子的なサポートを頼む」

 

 その八幡の言葉を聞いたキットは、一瞬沈黙すると、まるで人間のように、

とても嬉しそうな声で返事をした。

 

『分かりました。私もそろそろ、あの生意気な車を抜きたいと思っていた所です。

そのあなたの提案に乗ります』

「よし、それでこそ俺達のキットだ!勝負に勝ったらハイオク満タンな!」

『ありがとうございます、八幡』

 

 そして八幡は満足そうに頷きながら三人に言った。

 

「よし、それじゃあミッションを開始する。明日奈、雪乃、しっかり俺に捕まってくれよ。

重心の移動は俺がするから、二人は上手くそれに合わせてくれ」

「了解!」

「任されたわ」

「雪乃ちゃん、いいなぁ……」

 

 合法的に八幡に抱き付く雪乃をじとっと眺めながら、陽乃がそう言ったのだが、

雪乃はそれを完全にスルーし、陽乃に言った。

 

「姉さん、いつでもいいわよ。さっきから先生にやられっぱなしじゃない、

少しは私達にいい所を見せなさい」

「は~い。それじゃあキット、行くよ!」

『いつでもどうぞ、陽乃』

 

 こうして、一体となった四人による、怒涛の追撃が始まったのだった。


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