その日明日奈は、たまたま八幡の家に遊びに来ていた。
明日奈は八幡のベッドの上でごろごろしながら、八幡お勧めのラノベを読んでいた。
そんな明日奈に、八幡は立ち上がりながら声を掛けた。
「明日奈すまん、ちょっとトイレに行ってくる」
「は~い」
八幡はそう言うと、部屋のドアを開け、階段を下りていったのだが、
明日奈はひき続きごろごろしながら、そのまま読書を続けていた。
そんな時、いきなり八幡の携帯の着信音が鳴った。
明日奈は、慣れた様子で八幡の携帯の画面に表示された名前を確認すると、
慣れた手付きで通話ボタンを押し、電話の向こうに呼びかけた。
「もしもし」
「あ、あれ……すみません、間違えましタ」
「え?間違ってないよ、アルゴさん」
「……もしかして、アーちゃんカ?」
「うん」
「……」
「アルゴさん?どうかしたの?」
アルゴが明日奈の名前を確認した途端に無言になった為、
明日奈は何事かと思い、アルゴにそう尋ねたのだが、
アルゴは戸惑った様子で、逆に明日奈に聞き返してきた。
「な、なあアーちゃん、この番号、ハー坊の携帯の番号で間違いないよナ?」
「うん、あってるよ」
「そうカ……」
「ああ!八幡君に掛けたつもりが、電話に出たのが私だったから、
もしかして番号を掛け間違えたのかと思ったのかな?」
明日奈は、これが八幡の携帯だと今さらながら思い出し、
いかにも盲点だったという感じでそう言った。
「まあ、ちょっとずれてるけど大体それであってるゾ」
アルゴの本来の疑問は、何故八幡の携帯への着信に対して、
普通に明日奈が出るのかという事だったのだが、それを直接明日奈に聞く事は躊躇われた為、
アルゴはとりあえず、八幡が今何をしているのか、明日奈に尋ねる事にした。
「で、ハー坊はそこにいるのカ?」
「ついさっきトイレに行ったんだよね。ちなみに今は八幡君の部屋だよ。
あ、今戻ってきたみたい、ちょっと待っててね。八幡君、アルゴさんから電話~」
電話の向こうから、足音と共に八幡の返事が聞こえ、すぐに八幡が電話に出た。
「おう、アルゴか?何かあったか?」
「その前に聞きたいんだけど、何でハー坊の携帯への着信を、
アーちゃんが普通にとってるんだ?まあ別に何かこっちに不都合がある訳じゃないけどサ」
「お?ああ、すまん、それは疑問に思うよな」
八幡は、アルゴの疑問は当然だと思い、そう言った。
そして八幡はアルゴに、経緯の説明を始めた。
「簡単に言うとな、今俺の携帯に入ってるアドレスは、全員明日奈の知り合いなんだよ」
「ふむふむ」
「そうなると、俺の携帯にかかってきた電話に明日奈が出ても、何も問題はないだろ?
だから俺がその場にいない時は、明日奈にとってくれって言ってあるんだよ」
アルゴはその八幡の説明に、微妙な気分になりながらも、口に出してはこう言った。
「それはまあ……男らしい、のカ?」
「おう、もっと褒めてくれ。俺はあまり他人に褒められた事が無いんでな」
その八幡の言葉に、アルゴはため息をつきながらこう答えた。
「はぁ……まあ、交友関係の狭さには触れないでおいてやるカ」
「おい、お前それ、バッチリ言っちゃってるからな」
「まあ、狭くて太い関係の女子が多いって事で」
「失礼だな、男もいるぞ。え~と……家族以外で八人くらいは」
「うお、予想よりよりはるかに多いナ」
アルゴはそう言うと、キリト、材木座、エギル、クライン、レコンの顔を思い浮かべた。
「五人までは分かるけど、あと三人がわからないな。八人って、見栄を張ってないカ?」
「失礼な、本当だぞ。残りの三人は、戸塚と、葉山、それに戸部だ」
アルゴは前に材木座から、戸塚の名前を聞いた事があるのを思い出した。
「ああ~戸塚王子の名前は、前に材木っちから聞いた事があるな。
残りの二人の名前は聞いた事が無いけどな。高校の同級生カ?」
「王子ってお前な……まあいいや、
病院で須郷に襲われた時に、助けてくれたのが、その二人だな」
アルゴはその話を聞き、その二人の事を、以前八幡に聞かされた事があるのを思い出した。
「ああ~!そういえば聞いた事があったあった。ちなみに、女子の人数は何人なんダ?」
「企業秘密だ」
「ふ~ん、家族の小町ちゃんを抜いて、十三人って所カ」
アルゴは、ALOのメンバーの数を素早く計算し、そう言った。
「残念、十六人だ。その中でアルゴが知ってそうなのは、アスナ、リズベット、シリカ、
リーファ、ユキノ、ユイユイ、イロハ、ソレイユ、メビウス、ユミー、
後、この前説明した、クラインの彼女の平塚先生に、アルゴを足すと……あれ、十二人だな」
「ハー坊、オレっち、薔薇ちゃんとは同じ職場の同僚だゾ」
八幡は、そういえばそうだったなと思いつつも、
知り合いだという事をアルゴに言った事は無いと思い、その事について尋ねた。
「正解なんだが、何で俺と薔薇が番号を交換してあるって知ってるんだ?」
「ああ、それは先日、珍しく薔薇ちゃんが、材木っちにキレててな、
その時携帯を取り出しながら『八幡に言いつけるわよ!』って言ってたのを見たんだゾ」
「何やってんだあいつら……」
八幡は、そのアルゴの説明に頭痛を覚えたが、とりあえずスルーする事にした。
「まあそれで十三人か、さすがに計算が速いな、アルゴ」
「で、オレっちの知らない残りの三人は、浮気相手か何かカ?」
「んな訳ねーだろ、川崎、海老名、折本っていう、SAO以前の知り合いだな。
ちなみに全員明日奈と面識がある」
明日奈と姫菜は、優美子の紹介で一度一緒に遊びにいった事があった。
ちなみにその時、姫菜が強引に誘って連れてきたのが沙希だった。
「ふむふむ、なるほど、ハー坊の企業秘密、しっかりとメモっておいたゾ」
「あれ……お、おい……」
「まさかちょっと煽ったくらいで、こんなに簡単に全員の名前を喋ってくれるとはナ」
「なん……だと……」
八幡はアルゴの巧妙な煽りに上手く乗せられ、
全員の名前を教えてしまった事に気が付き、愕然とした。
だがそこは八幡である。転んでもタダでは起きない。
「まあ知られちまったなら仕方がないな。よし、情報料をよこせ」
八幡はアルゴから見えないのをいい事に、ドヤ顔でそう言ったのだが、
そんな八幡にアルゴは、同じくドヤ顔で言った。
「なぁハー坊、情報料を払ってもいいんだが、その前に、
オレっちの情報屋としてのルール、覚えてるカ?」
「お前の情報屋としてのルール?……確かあれは……あ」
アルゴの言葉を受け、その内容を思い出した八幡は、
自分が劣勢に立たされている事を自覚せざるを得なかった。
「どうやら気が付いたようだな。オレっちは、無償で得た情報は公開しない。
だが、対価を支払って得た情報は、遠慮なく商売のタネにするんだゾ」
「くっ……」
「つまり、ここでハー坊がオレっちから情報料を受け取った瞬間、
さっきの情報は、オレっちの商売のタネになるんだゾ」
「お、俺の情報なんか、買う奴はいないだろ」
八幡は、最後の抵抗とばかりにそう言ったのだが、
少しの沈黙の後、電話の向こうから、アルゴが誰かと会話する声が聞こえた。
「お~い二人とも、ちょっといいか?
今、ハー坊のヒミツの情報を仕入れたんだけど、良かったら買ってみないカ?」
「アルゴ殿、今何と……八幡のヒミツの情報って言いましたか?
これは八幡に対して優位に立てるかもしれない絶好のチャンス!よし、言い値で買った!」
「えっ、えっ、本当に?買う買う、絶対買うわ、もちろん私も言い値で!
ふふふ、私だっていつまでもやられっぱなしじゃないわよ、
ついにあいつに一泡ふかせられるチャンス!」
「すまん俺が悪かった、そんな大した情報だとは思わないが、それでも勘弁してくれ」
八幡は、電話の向こうの義輝と薔薇の声を聞き、すぐに折れた。
この勝負、八幡の完全敗北である。そんな八幡にアルゴが言った。
「まあそういう事なら今回は、特別に勘弁してやるゾ」
「お、おう、頼むわ」
そこでこの話は終わりかと思われたが、その時アルゴが唐突に言った。
「……ハー坊、二人がハー坊に、何か言いたいみたいなんだガ」
「お?何かあったのか?別に構わないぞ」
「んじゃ今スピーカーで全員に聞こえるようにするゾ」
その瞬間に、電話から材木座と薔薇の大声が聞こえてきた。
「八幡!!!!!」
「ちょっとあんた!!!!」
「お、おう……どうした?」
電話の向こうの二人は、すごい剣幕でどうやら何かに怒っているように感じられ、
八幡は動揺し、単純に聞き返す事しか出来なかった。
「アルゴ殿との会話が少し聞こえてきたが、ふざけるなよ八幡!」
「そうよそうよ、ふざけるんじゃないわよ!」
「おい……お前ら一体どうしたんだよ……何か俺、怒らせるような事をしちまったか?」
「二十四人もアドレス帳に入ってるとか、リア充に成り下がったか、この裏切り者!」
「二十四人もアドレス帳に入ってるとか、一体私の何倍なのよ!ぶっとばすわよ!」
「す、すみませんでした……」
電話の向こうから引き続き、ぶつぶつ呟く二人の声が聞こえてきた為、
八幡は素直に謝った。それでも二人の呪詛の声は止まらなかった為、
八幡は、内心恐怖を感じながら、二人に言った。
「わ、わかった……今度何かあったらちゃんと二人も誘うから、本当に勘弁してくれ……」
「本当だな、八幡!」
「本当ね?約束よ!」
「お、おう……任せろ」
八幡は二人の剣幕に押され、とりあえずそんな約束をした。
それで満足したのか、二人はどうやら、大人しく仕事に戻ったようだ。
八幡は安堵したのだが、そんな八幡の肩を、明日奈がちょんちょんとつついた。
「ん?どうかしたか?」
「ふふっ、八幡君、そろそろアルゴさんにいじられ終わった?」
「ぐっ……まあそうだな」
明日奈はそれを聞くと、上目遣いで八幡にお願いをした。
「それじゃあちょっと、私の声がアルゴさんに聞こえるようにして?」
「分かった」
八幡は、明日奈の事をあざとかわいいと思いながら携帯を操作し、明日奈の言う通りにした。
「アルゴさん、聞こえる?」
「お?どうしたアーちゃん、何か用事カ?」
「そろそろ今日の本題について聞きたいんだけど、
多分進展、あったんだよね?ユイちゃんとキズメルの事」
「おお、さすがアーちゃんは勘が鋭いな、そうそう、今日はその事で連絡したんだゾ」
「本当かアルゴ、もうユイは大丈夫なのか?」
二人の話を聞いていた八幡は、食いぎみに横から会話に参加した。
かなり脱線してしまったが、今日アルゴが八幡に連絡をとったのは、
最近姿が見えないユイとキズメルに関して話があったからだった。
「二人とも、心配だったろうに、長く待たせちまってすまなかったな。
やっとユイちゃんとキズメル復活の目処が立ったんだゾ」