「ここでいい?」
「問題ない」
主にプレイヤー同士の集まりに使われるレンタルスペースを確保した二人は、
そのまま中へ入った。シャナはソファーに腰を下ろし、ピトフーイが話し始めるのを待った。
ピトフーイは、少しもじもじしながら、シャナの顔を熱っぽく見つめていた。
「……何だよ」
「今度こそ『当たり』かと思って、期待しているのよ」
「当たり、ねぇ……何をもって、当たりと外れを区別するんだ?」
「私が得た情報だと、最後の戦いに参加した人数は三十人前後だったはず。
つまり、生き残った六千人中、トップと呼ばれる人は、
全人口のたった0.5パーセントしかいないって事じゃない。
そんな数少ない『当たり』に遭遇出来る確率は、ほぼゼロに等しいと思わない?」
「要するにお前、そのトップ連中に接触したいわけか。まあ、確率的にはそうだろうな」
シャナは、その意見に同意した。
「そして、更にその上、トップに君臨した四人のプレイヤー。
二つ名しか伝わってこないけど、出来ればそのうちの誰かに話を聞けたら最高ね。
もっともそんな確率は、ほぼどころか、完全にゼロなのかもしれないけどね」
「そんな偶然は、ありえないな」
(実際はここにいるんだけどな)
「で、結局お前はどんな情報を求めているんだ?」
「あそこで一体何が起こっていたのかとか、まあ色々ね」
「何がって……要するにデスゲームだろ?」
「だから色々よ。例えば……プレイヤー同士の争いとかね」
(こいつ……俺の正体を探ろうと、鎌をかけてる訳じゃないよな。
そもそもラフコフに女のメンバーはいなかったはずだ。とすると、ただの興味本位か?)
「確かにそういう噂も流れていたな。真偽はどうか分からないが」
「で、どうなの?」
「知らない奴同士が集まると、必ず争いが起きるってのは、人類の歴史上の常識だろ?」
ピトフーイはそれには答えず、じっとシャナを見つめた。
シャナは、そのピトフーイの瞳を真っ直ぐ見つめ返し、その場にはしばらく沈黙が流れた。
先に口を開いたのはピトフーイだった。ピトフーイは、埒があかないと思ったのか、
はっきりとした声でシャナに言った。
「貴方に一つ、情報を開示するわ」
「何の情報だ?」
「私が何故SAOに拘るのか、その理由よ」
「ふむ」
シャナはその理由には余り興味が無かったが、
ラフコフのメンバーが絡んでいる可能性を考え、大人しく話を聞く事にした。
「で?」
「私はSAOのβテスターだったのよ。でも、どうしても外せない理由があって、
サービス開始当日に、製品版にログインする事が出来なかった、SAOルーザーなのよ」
「ルーザー、ねぇ……失敗した人間、失敗者って事か。
でもおかげで命拾い出来たんだろ?何か問題があるか?」
「私はSAOで、魂を焦がすような、命のやり取りがしたかったのよ!」
突然ピトフーイが叫んだ。その叫びを聞いたシャナは、
ピトフーイがどれほど無念だったのかを何となく悟ったが、
至極真っ当な価値観を持つシャナは、それにまったく共感出来なかった。
(こいつがSAOにいなくて本当に良かった。
ラフコフに入団していた可能性が高かったからな。
しかしこうなると、とりあえずこいつは、ラフコフとは無関係……か)
「だから私は、とにかくSAOの話を詳しく聞きたいと思って、
SAOサバイバーと思われるプレイヤーを、片っ端から拷問しまくったって訳」
「だが、仮に詳しい話を聞けたとしても、お前の無念は晴れないだろ?
むしろ更に無念さが増すだけじゃないのか?」
「確かにそうかもしれないけど、それでも私は、当事者に話を聞きたい」
頑なにそう主張するピトフーイに対し、シャナは、呆れたように言った。
「やっぱりお前、破滅願望の塊だな、正直壊れてるようにしか思えん」
「失礼ね、これでもちゃんと、常識的な価値観くらい持ち合わせているわよ。
ゲーム内の事を、リアルに持ち出さないくらいの分別はあるのよ」
シャナはその言葉を聞くと、吐き捨てるように言った。
「それなのに、魂を焦がすような命のやり取り?
お前は結局合法的に殺人がしたいだけなのか?」
「違う!私は別に、人を殺したいなんて思っていない!」
「だが、プレイヤー相手に命のやり取りをするってのは、他人を殺す覚悟をするって事だ」
「それは……」
ピトフーイはその矛盾に対し、何も答える事は出来なかった。
シャナはソファーから腰を浮かせながら、冷たい声でピトフーイに言った。
「どんな話かと思ったら、ただの殺人願望を聞かされるだけだったとはな。
本当につまらない時間だったわ。話はそれで終わりか?それならそろそろ俺は帰るぞ」
「待って!」
「待たない」
そのまま帰ろうとするシャナに、ピトフーイは、縋り付きながら懇願した。
「お願い!プレイヤー相手の殺し合いは、ゲームの中だけで我慢するって約束するから!」
「そもそも実際に殺し合いが出来るようなゲームは、もう存在しない。
だからそんな約束は、俺にとっては何の意味も無い。当たり前の事だからな。
その上で一つ言っておく。俺も噂レベルで聞いただけだが、
お前の言う0.5%のプレイヤーは、多かれ少なかれ、プレイヤー同士の争いを経験し、
その上でそんな世界に嫌気がさして、頑張ってゲームをクリアしてきた奴らのはずだ。
だから断言しよう。お前のその願望を聞いた上で、
お前にSAOの話をしてくれるような奴は、誰一人として存在しない。
だからお前には、一生SAOの話を誰かからしてもらえるような機会は訪れない」
「そ、そんな……」
「例えお前がSAOをプレイしていたとしても、
魂を焦がすような暇も無く、一瞬でモブに倒されて死んでいただろうな」
「……」
シャナは、あえてピトフーイに厳しい言葉を投げかけ続けた。
(こいつは多分、何を言っても根っこでは考えを改めない、危ない奴だ。
ならとことん追い詰めて、誰からも話が聞けないと思わせ、
その上で小出しに話をしてやって、俺にある程度依存させる。
その為には、俺の正体を明かす事も必要になると思うが、
それはこいつの弱みを握るか何かして、絶対的に優位になってからだな。
そうなれば、こいつから情報を引き出すのも楽になるだろう)
シャナは、とても正義とは思えない黒い思考を巡らせていた。
当然である。シャナは正義の味方ではなく、自分とアスナと家族と、仲間達の味方なのだ。
そんなシャナの考えはつゆ知らず、ピトフーイは泣きそうな顔でうな垂れていた。
そんなピトフーイに対し、シャナは止めの一言を投げかけた。
「そもそもお前、本気でSAOの話を聞きたいのか?興味本位じゃないのか?」
「話を聞きたいのは本当に本気よ!それだけは間違いないわ!」
「で?」
ピトフーイは、そう促され、一瞬で自分を捨てる覚悟を決めた。
「私、貴方に賭けるわ」
「賭ける?何をだ?」
「私のプライベートを賭けるわ」
「お前のプライベートが、俺にとって何の価値があるんだ?」
「会えば分かる」
「はぁ?」
「会えば、分かる」
「……」
ピトフーイは、どうやら本気でそう思っているようだ。
そう考えたシャナは、これでこいつに枷を嵌められると、心の中でほくそ笑みながら、
会った後に自分達に害が及ばないように、どんな条件を付けるのか考え始めたが、
ふと別のリスクについて思い出し、その事について触れた。
「お前さっき、自分には分別があるって言ってたよな。
でもお前の分別が発揮されるのは、プライベート以外でなら……だろ?」
「いきなり何よ……何でそう思うのよ」
「だってお前、さっきあのエムって奴を殴ってたじゃないか。
もしかすると、名前の通りの性癖を持っているのかもしれないが、
あの様子だと、お前は家で日常的に、ああいう事をしてるだろ?」
ピトフーイは、少し拗ねたようにシャナに言った。
「よく見てるのね。あれだけ私を貶めた上に、お説教でもしたいの?」
「いや、正直それはどうでもいい、好きにしろ。
ただし、俺に火の粉が飛ぶような事は絶対に許さん」
「分かったわ、約束する」
ピトフーイはそう答えたが、シャナは何も言わない。
それどころか、ピトフーイの言葉を待っているように見受けられ、
ピトフーイは目をパチクリさせると、次の瞬間、シャナの言葉の意味に気が付いた。
「火の粉を飛ばすな、って、もしかして、会って話してくれる気になったの?」
「お前が一人で来るのが絶対条件だ。こっちは何人かに、遠くから俺達の様子を監視させる。
何かあった時以外に、そいつらがお前に近付く事は決して無いと約束する。
もっとも証明する事は出来ないから、俺を信じてもらうしか無いがな」
「信じるわ」
ピトフーイは、何の疑問も抱かずに即答した。
シャナは、これはこれで問題がありそうだと思いながらも、自身の目的を優先する事にした。
「よし、それじゃあ早速、今から指定する場所に来れるか?時間は二時間後でどうだ?」
「大丈夫よ、行けるわ」
「ところで、お前にとってエムってどういう存在なんだ?」
「え?いきなり何?私にとってのエムは……サンドバッグ?それとも下僕……かしら?」
シャナは、その言葉を自分なりに理解すると、最後にピトフーイに念押しする事にした。
「そういう奴に限って、主人の為とか言って、正義感と使命感に燃えて、
余計な事をしたがるもんなんだよな。きっちりエムの尾行は巻いておけよ」
ピトフーイはその言葉を聞くと、プッと噴出し、大笑いを始めたのだった。
情報を持つシャナと、どうしても聞きたいピトの交渉なので、やはりシャナの優位は揺るぎません!それにしてもシャナさん、黒いですね!