「ちょっと、私をどこへ連れていくつもり?きゃ~、さらってさらって~!
あ、運転手さんそこを右に曲がって!いいホテル街があるから!」
「ロザリア、相手にするなよ」
「へぇ~、運転手さんはロザリアちゃんって言うんだ~!私はピトフーイ、宜しくね!」
八幡が呼び出したのは薔薇だった。
薔薇はエムの尾行を終えた後、近くで待機していたようで、
八幡からの呼び出しを受け、オフィスに停めてあった八幡の車を運転し、
こうして二人の回収に来たのだった。
「一応紹介しておくが、こいつはロザリア。
俺がいない時に、GGOで情報収集を担当してもらう予定だ」
「そうなんだ~!ロザリアちゃん、あっちでも宜しくね!」
「あ、はい、宜しくお願いします」
次に八幡は、エルザの事を正式に薔薇に紹介しておく事にした。
当然、神崎エルザとして紹介するような事はしない。
「ロザリア、こいつはピトフーイ。毒を持った鳥だ」
「毒を持った鳥?」
エルザは、八幡が自分の事を知っていた事が嬉しかったらしく、
楽しげな、弾んだ声で言った。
「シャナは私の事、前から知ってたんだ?あれ、そういえば私、GGOで自己紹介したっけ?
初めて名前で呼んでもらった気がするんだけど、そこまで気にしてなかったなぁ」
「お前がどう思ってるかは知らないが、お前は俺達古参の間だと、結構な有名人だからな。
当然名前も知ってるし、その名前の由来も聞いてるさ」
「なるほどなるほど、そんなに昔から私の事が好きだったんだ」
エルザは納得したように、うんうんと頷いた。
「言っておくが、お前の評判は、全部悪評だからな」
「え~?」
「お前な、自分のどこに、いい評判が流れる要素があるって思ったんだ?」
「これでも女ってだけで声をかけてくるプレイヤーは多いんだよ!
正直ちょっとうざいんだけどね。知らない奴に話し掛けられると、殺したくなっちゃうし」
「ほら、やっぱりお前、自分から悪評が立つようにしてんじゃねーかよ」
「確かにそうだけど!」
(こうして話してると、そんな悪い奴には見えないんだが、実際に問題なのは、
こいつの中に見え隠れする狂気なんだよなぁ……俺が抑えているうちはいいかもだが、
俺がいなくなった後が問題だよな……まあ、いいか)
この時危惧したように、第三回BoBの後、八幡があまりログインしなくなったせいで、
エルザはレンという少女と出会い、敗北するまでの間、
かなり荒れた精神状態に置かれる事となる。
リアルでの連絡先を交換しておかなかったのも、その一因となったのであろう。
もっともその後、仲間経由でそれを知ったシャナが、後にピトフーイに大説教をかまし、
エルザの精神状態は、再び安定を見る事になるのだが、それは後のお話である。
「大体お前は、俺にとっては世界で二番目以下だって言ったろ」
「ええ~?こうして実際に会っても?」
「ああ」
「が~~~ん」
エルザは少し落ち込んだようで、弱々しく薔薇に尋ねた。
「ねぇ、ロザリアちゃん、シャナの言ってる事は、本当?
私のアプローチを断る為の、エア彼女だったりしない?」
「いえ、実在してますよ。世界一ってのも本当ですよ」
「まじで!?」
「はい」
「が~~~ん」
エルザは、今度は目に見えて落ち込んだ。
「もしかして……シャナの彼女って……ロザリア……ちゃん?」
「いえ、違いますよ。私が世界一だなんて、さすがに世界に失礼じゃないですか」
「そっかぁ……あ~あ、もっと早くにシャナと出会ってたらなぁ……
それこそSAOの中で出会ってたら……」
そう言いながら、未練がましくチラチラとこちらを見るエルザに対し、八幡は言った。
「いや、それも無理だな」
「ええ~?」
「俺があいつと出会ったのは、SAOにログインした直後だからな」
「ええ~……」
エルザは、更に深く落ち込んだ。
「というか、プレイヤー仲間なんだ……」
(明日奈もGGOをやるしな、いずれこいつと出会う事になっちまうだろうし、
ここで多少なりとも印象を良くしておいた方がいいかもしれないな。
小町はまあ、あの性格だから問題無いだろう)
「そうだな、そのうち紹介してやるよ」
「えっ?いいの?」
「シャナ、いいんですか?」
「あいつもGGOに参戦する予定だから、そこで紹介する分には問題無いだろ。
そもそもピトフーイ、お前は俺の彼女の事を既に知っているぞ」
「ほえ?」
ピトフーイはその言葉を聞いて、考え込んだ。
ピトフーイが知るSAOのプレイヤーと言えば、拷問した連中の他には、四人しかいない。
「え、もしかして、シャナの彼女って、黒の剣士か閃光なの?っていうか、女性なの!?」
「黒の剣士は男だぞ。閃光だ」
「閃光って女の子だったんだ……その子がGGOに来る?やった!殺し合いが出来る!」
「お前な……いくらなんでもそれは無理だ。コンバートはしないから、基本能力の差がな」
それを聞いたピトフーイは、目をパチクリとした後、
訳がわからないという顔で、首をかしげた。
「え~?何でコンバートじゃないの~?」
「そりゃお前、コンバートなんかしたら、ラフコフの残党に名前でバレるかもしれないだろ」
「あっ……それじゃあシャナも?」
「ああ、このキャラは、数ヶ月前に新規で作ったキャラだな」
「そうなんだ……」
「だから、もし閃光と戦いたいなら、そうだな……」
シャナは、いい事を思いついたという風にニヤリと笑った。
「閃光ともう一人の仲間が後日参戦する予定なんだが、お前、その経験値稼ぎを手伝え」
「うん、喜んで!」
ピトフーイは即答し、シャナは、これで多少は楽が出来るとほくそえんだ。
ピトフーイは性格破綻者だが、その実力は、かなり高い。
「じゃあその時は、エムは置いてくるね」
「俺は別に、エムが一緒でも構わないが」
「だって、私はあなたにプライベートを捧げたけど、エムは違うじゃない。
秘密を共有する者は、少ない方がいい。でしょ?」
「お、おう……意外としっかり考えてんのな」
「うん!もっと褒めて褒めて!」
「調子に乗るな」
「はぁい」
(本当は、シャナと一緒にいる時間を、エムに邪魔されたくないからだけどね)
「ところでさ~、シャナ達がコンバートしないのは分かったけど、ロザリアちゃんは?」
「あ、私はコンバート組ですよ」
「それじゃあロザリアちゃんは、そのラフコフと関わってないんだ?」
「あ、いや、それは……」
「こいつはバリバリの関係者だぞ」
シャナは、言い澱んだロザリアの代わりに、ハッキリとそう宣言した。
「え?そうなの?」
「まあこいつが今、俺と繋がってるなんて事は、想像もつかないだろうからな、
接触してきてくれたら、それはそれで儲け物って感じだしな」
「え?え?どゆこと?」
「簡単に言うと、こいつは昔、ラフコフの傘下の組織のトップだった。
それを俺がボコった。今は俺の部下だ。以上だな」
「下僕です!筆頭の!」
ロザリアがいきなり口を挟み、そのひどい内容に、シャナは頭を抱えた。
「お前、下僕って何だよ……筆頭の、部、下、だ」
「なるほどね。でも私、それには異論があるよ」
ピトフーイが突然そんな事を言い出し、二人の頭の上に、ハテナマークが浮かんだ。
「異論?何がだ?」
「下僕の筆頭は、私だから!」
「お前もかよ!何なのお前ら、何でそんな事で張り合ってるの?馬鹿なの?」
「大事な事なの!」
「大事な事よ!」
「そ、そうか……」
シャナは、その二人の勢いに押され、そう言う事しか出来なかった。
そして薔薇は、人気の無い道端に車を止め、表に出た。エルザも好戦的な表情でそれに続いた。
「私はシャナに、自分の免許証のコピーを渡しているわよ、その意味は分かるよね?
もう私の生殺与奪はシャナの思いのまま!これはもう陵辱されるしかないわ!」
「ピトフーイ、お前は今すぐ病院に行け」
「私はシャナにこれをもらったわ。これはもう、私を叩く気が満々な証拠よ!」
「ロザリア、それはそういう用途に使う物じゃない。ただのお守りもしくは護身用だからな」
薔薇がエルザに見せたのは、以前八幡が、薔薇にプレゼントすると約束し、
実際に探してきた、伸縮可能な鞭だった。本人が言うように当然護身用だった。
「ロザリアちゃん、やるね!」
「有名人相手でも、そう簡単には引かないわよ」
「お前ら、変態自慢もいい加減にしろ」
「痛ぁぁい!」
「痛っっっ!」
八幡が、少し本気で二人の脳天に拳骨を落とすと、二人はその場に蹲った。
「はぁ……おいピトフーイ、お前の家はこの近くだろ。さっさと帰ってエムで遊んでろ。
ロザリアは、仕方ないから俺が車で家まで送ってやる」
「えっ、家まで送ってくれないの?」
「ここから歩いて一分くらいだろ、住所で分かってるぞ。それにエムに見つかると面倒臭い」
「そんなぁ……」
「よし、ロザリア、さっさと帰るぞ」
「あ、うん」
八幡はそう言って、さっさと運転席に乗り込んだ。
薔薇は、エルザがさすがにかわいそうだと思ったのか、エルザに近寄り、その耳元で囁いた。
「ああ見えてあの人、私達みたいなのを絶対にほっとけないから、
距離感を間違えなければ、きっと一生私達の相手をしてくれると思うわよ」
「本当に!?分かった、上手くやるよ!ロザリアちゃん、あんたいい人だったんだね!」
「それじゃあ、今日の所は私の勝ちって事でいいわよね」
「ぐぬぬ、やっぱり全然いい人じゃなかった……」
「それじゃあまたGGOで!」
「あ、うん、またね~!」
二人の乗る車が見えなくなるまで、エルザはそちらに手を振り続けた。
「今日は人生で、一番くらいにいい日だったなぁ……これから楽しくなりそう。
はぁ……早くシャナに、もっと色々な話を聞きたいなぁ……凄く楽しみ」
エルザはそう呟くと、自分のマンションに向かって歩き出した。
薔薇を家に送り届けた八幡は、家に帰ると、再びGGOにログインした。
そもそも今日ログインしたのは、明日奈と小町のログインを控え、ブランクを考え、
それまでにスナイパーとしての勘を、少し取り戻しておこうと考えたからであり、
せっかくなので、寝る前に少しやっておこうと思ったからだった。
「狩場は近場でいいか……モブでもいいんだが、プレイヤー狩りのチームでもいれば、
それはそれでいい的になるんだが」
「シャナ!」
「うおっ……」
そんなシャナの背中に声を掛け、とても嬉しそうに飛びつく者がいた。
満面の笑みを浮かべたピトフーイである。
「お前、何でいるんだよ……」
「え~?だってあんな話を聞いたせいで目が冴えちゃってさ、眠れないの」
「そうか……俺はちょっと、狙撃の勘を取り戻そうと思ってな。
お前らに遭遇しちまったからあれだが、今日の本来の目的はそれだったんだよな」
「そっか、シャナは長距離専門のスナイパーでもあったんだっけ、まだ珍しいよね」
「大会の動画で、俺の後ろに転がってた銃を見たのか?」
「うん!」
この時期、GGOでの長距離スナイパーは、まだ希少な存在だった。
中距離で狙撃をする者はかなり存在したが、長距離を専門とする者は、
知られている限り皆無なのだった。それは主に、銃の供給が皆無なのが理由であった。
「それじゃあどこに行く?もちろん私も行くよ!」
ピトフーイは、当然という顔でそう言った。
「別に構わないが、俺はプレイヤー狩りを狩るのが専門だぞ」
「ん?プレイヤーを狩っていい気になってる奴らを更にこちらが殲滅する、最高じゃない。
あ、そういえばさっき、そんな奴らを見かけたかも」
「お、どこに行ったか分かるか?案内してくれ」
「オッケー!早速行きましょ!」
こうして二人は連れ立って、ピトフーイの案内で、狩場へと向かった。
そして、今まさに、モブ狩りチームを襲おうとしているプレイヤーの一団を発見したのだが、
その中に、今回初めて中距離狙撃に挑戦する事になった、一人の中堅プレイヤーがいた。
そのプレイヤーは、ショートカットの水色の髪をした、
GGOでは珍しい女性プレイヤーだった。