シノンこと浅田詩乃は、十一歳の時、偶然に偶然が重なって、銃で人を殺した。
幼い頃に父を亡くし、そのせいか母の精神状態もおかしくなってしまい、
詩乃は、幼い頃からそんな母を支えようと必死に生きてきた。
そしてたまたま銀行強盗に遭遇し、たまたまその銃を奪う事になり、
そしてたまたまその男を射殺したのだが、それ以来詩乃は、
銃に対してトラウマを抱くようになった。映画等で銃を見る度に吐いてしまうのだ。
そんな詩乃は、ある日街で、偶然にも新川恭二という男と遭遇した。
恭二はかつての詩乃の同級生だった。いじめが原因で学校を退学した恭二と、
何となく義務的な会話をした詩乃だったが、その時たまたまGGOの話を聞き、
もしかしたらそこでなら、銃へのトラウマを克服出来るかもしれないと、
そう考えた詩乃は、恭二の勧めもあり、GGOを試しにプレイしてみる事にした。
詩乃の目論見通り、そこでは銃に対する恐怖心は顔を覗かせる事は無く、
詩乃は、当初の目的を忘れた訳では無かったが、次第にGGOへと没頭していった。
そして八幡がエルザと出会ったその日、詩乃~シノンは、
恭二~シュピーゲルに誘われ、モブ狩りチームを狩る為にフィールドにいた。
「ねぇシュピーゲル、本当に私がスナイパーをやってもいいの?
確かにやってみたかったし、有難いんだけど、私、今回が初めてだし、
他の人に迷惑がかからないかな?」
「大丈夫だって。事前に仲間に話はしてあるし、そもそも五人でも楽勝な相手だからさ、
練習のつもりで、まあやってみなよ」
「そっか、ありがと」
「まあ、気楽にね」
「初めてだから、上手く出来るか分からないけど、頑張ってみる」
詩乃はシュピーゲルとそんな会話を交わした後、
事前にチュートリアルで学んだ通りの手順を踏み、
初めての狙撃に臨もうと、スコープを覗いていた。そんな時、それは突然起こった。
「よし、みんな。突撃しよ……」
パーティのリーダーがそう声を掛けようとした瞬間、その眉間に、
被弾した事を示すエフェクトが表示され、リーダーはそのまま死亡した。
「え?」
詩乃は最初、何が起こっているのかまったく分からなかったが、顔を上げると、
次々と、どこからか放たれた巨大な弾丸が仲間の頭に命中する光景を目撃し、
今何が起こっているのか朧気に把握した。
「すごい……」
詩乃は、仲間が次々と倒されていく光景を見て、恐れよりも畏れを感じた。
詩乃は、まだ見ぬ狙撃手がどんな人間なのか、出来れば見てみたいと思ったが、
その間にまた一人、仲間が倒された。
今や生き残っているのは、シノンとシュピーゲルのたった二人だけだった。
「シノン、超長距離からの狙撃だ!これは多分シャナの仕業だ、やばい!」
「シャナ?シャナって、現在唯一確認されている対物ライフル持ちの、あのシャナ?」
先日行われたBoBの映像が、突然シノンの脳裏にフラッシュバックした。
人間業とは思えないナイフでの応酬、そして、その後ろに転がっていた対物ライフル。
その動画をシノンは何度も見ており、シャナの事は、会った事は無いがよく知っていた。
シノンは思わず立ち上がったが、次の瞬間、頭に衝撃を受け、シノンの視界は暗転した。
シャナが相手なら仕方が無い、今回は運が悪かった。
街に戻り、他のメンバーと、そんな反省会のようなをした後、
シノンは、自分が頑張って買った狙撃銃が無い事に気が付いた。
シュピーゲルからは、このまま仲間と共に他の狩場に一緒に行こうと誘われたのだが、
シノンは銃を失った事をどうしても話せなかった為、その誘いを断った。
意気消沈し、トボトボと街を歩いていたシノンは、何となく目についた酒場に入り、
何となく飲んだくれながら、今まさに、一人でくだを巻いている真っ最中だった。
ちなみにVRとはいえ、飲み物にアルコールは入っていない。
そんなくだを巻くシノンに、一人の男が、ほっとした様子で声を掛けた。
「良かった、いてくれたか。なぁ、ここ、座ってもいいか?」
「別に好きに座ったら?私は今、超ブルーなんだから。
もう~、何でよりによって、買ったばかりの狙撃銃をドロップしちゃうかな……
あれ、高かったのに……何でよりによって、このタイミングで私達を狙うかなぁ……
馬鹿馬鹿、シャナの馬鹿!私の銃を返せ!」
「本当にすまん、お前を狙うつもりは無かったんだが、
俺もちょっと気が緩んでたのか、お前がいきなり立ち上がるのを察知出来なかった。
本当にすまなかったな、これ、拾っといたから返すわ」
「狙うつもりが無かったなら、ちゃんと外しなさいよね!
まあ銃を返してくれるなら、今回の事は大目に……」
そう言い掛けたシノンは、一体自分は何を言っているのだろうと思い、そっと顔を上げた。
そこには、会うのは初めてだが顔はとてもよく知っている、一人の男がいた。
シノンはその男~シャナが、とてもすまなそうな顔で自分の前に座っている事に気が付いた。
シノンは口をパクパクさせながらも、何とか言葉を絞り出した。
「あんた……もしかしてシャナ?え、本物!?」
「ん?分かってて話し掛けてたんじゃないのか?」
「そんな訳無いじゃない!」
「まさか今の会話は全部お前の一人言だったのか?」
図星を突かれたシノンは、プイッと横を向くと、どもりながら言った。
「べ、別にそんなんじゃ……た、ただちょっと愚痴というか……」
そう言ってシャナの方をちらっと見たシノンの目に映ったのは、
黙って銃を差し出すシャナの姿だった。
シノンは戸惑いながらも、それを素直に受け取った。
「あ、あり……がと」
「拾った物を持ち主に返すのは、拾った者の責務だからな」
「あは、何それ」
「ただの常識だ。じゃあな、確かに渡したぞ」
「あ……」
そう言って踵を返したシャナの背中に、シノンは無意識に手を伸ばしながら言った。
「ん?どうかしたか」
「あ、えと……」
シノンは、その自分の無意識の行動に対する理由を、必死で考えようとした。
そして何とか引っ張り出したのは、こんな言葉だった。
「あんた、武器を返すのが責務なら、私個人に対する借りは、まだ返していないでしょ?
もし良かったら、ちょっと話に付き合いなさいよ」
「はぁ?……何で今日はこう、気の強い女とばかり関わるんだ……へいへい、仰せの通りに」
「わ、分かればいいのよ」
そんなシノンにシャナは言った。
「俺に何か聞きたい事でもあるのか?言っておくが、言える事と言えない事があるからな」
「分かってるわよ。今話す内容を考えてるんだから、ちょっと静かにしててよね」
「何も考えてなかったのかよ……」
シャナは眠気を我慢しながら、辛抱強くシノンが話し出すのを待っていた。
そして考えた末に、シノンが最初にシャナに尋ねたのは、とてもありきたりな質問だった。
「ねぇ、何で私に銃を届けてくれたの?」
「ん?拾った物を持ち主に届けるのは、当然の事だってさっき言っただろ?」
そう返事をしたシャナを、シノンは何も言わないままじっと見つめ続けていた。
シャナは居心地が悪くなり、さっきピトフーイに話した内容を、そのまま伝える事にした。
「俺のミスで、撃つ気が無かった奴を撃っちまったのに、
そのまま知らんぷりってのは俺的に寝覚めが悪い。以上だ」
「それだけ?」
「そうだな、あえて付け加えるとしたら、只でさえ貴重なスナイパー候補が、
俺のせいでスナイパーを目指すのをやめちまったら、やっぱり寝覚めが悪いって感じか」
「まあ確かに、銃が戻って来なかったら、スナイパーをやってみるのはもうやめたかもね」
「だろ?」
シノンはシャナに頷き、次の質問を考え始めた。
BoBでのシャナの姿がやはり一番印象的だったシノンは、次の質問を決めた。
「ねぇ、あのナイフの業って」
「……やっぱりあれ、噂とかになってんのか?」
「う~ん、まあでも、ここにいる人達って基本銃オタクじゃない。
だから私の周りだと、どっちかっていうとあんたの対物ライフルの方が話題になってるかな」
「そうか」
少しホッとしたようなシャナの姿に、シノンは、
もしかしてナイフの事は隠したいのかなと考えたが、やはり興味があった為、
映像を見た時から気になっていた事を尋ねる事にした。
「ねぇ、あんたって、やっぱりALOとかのファンタジー系のゲーム出身なの?」
「何でそう思うんだ?」
「私の周りにも、ナイフをサブウェポンとして持っている人が何人かいるけど、
そういった人達のナイフの使い方と、あんたの使い方は、根本的に違う気がする。
でも何ていうか、それだけじゃ説明出来ないような気もする」
「どう説明出来ないんだ?」
「う~ん、うまく言えないけど、ナイフで戦うのが生活の一部みたいな?」
「なるほど、面白いな、お前」
シャナはシノンの観察眼と、その勘の鋭さに素直に関心した。
シノンはまだ色々と質問したいようだったが、シャナが眠そうなのを見て遠慮したのか、
この話の続きは、後日偶然に出会った時にという約束を取り付けると、
今日はこのままログアウトすると宣言した。
そしてシノンが落ちる寸前に、シャナがこう声を掛けた。
「お前多分、スナイパーに向いてると思うぞ」
「本当に?あのシャナにそう言ってもらえるなんて、ちょっと嬉しいかな」
「言っておくが、お世辞じゃないからな」
「うん、ありがと」
シノンはシャナにそうお礼を言った後、最後に一つだけと前置きし、シャナに質問した。
「いざこれから狙撃するって時、シャナは何を考えてるの?」
「何も」
「何も……か」
「何か参考になったか?」
「うん、とっても」
「そうか」
「それじゃまたね、シャナ」
そう言って、手を振りながらログアウトしようとしたシノンに、
シャナは何かを思いついたのか、慌てて声を掛けた。
「あ、ちょっと待て」
「え?どうしたの?」
「俺とした事が、まだお前の名前を聞いてない」
「あ」
二人は顔を見合わせると、クスクスと笑った。
「私はシノン、宜しくね、シャナ」
「こちらこそ宜しくな、シノン」
「それじゃあ、またね」
「ああ、またな」
その会話を最後に、シノンは再びシャナに手を振り、今度こそ本当にログアウトした。
シャナはシノンに軽く手を振り返すと、さすがに疲れたのだろう、
同じくログアウトし、そのまますぐにベッドに潜り込み、眠りについたのだった。
こうしてシャナは、ピトフーイとシノンという、二人のプレイヤーと関わる事となった。