ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

197 / 1227
2018/02/18 句読点や細かい部分を修正


第196話 激突、正妻vs自称愛人

 GGOのスタート地点、新規プレイヤーが最初に出現するそのスポットに、

深くフードを被り、顔を隠した一人の男が佇んでいた。もちろんシャナである。

 

「そろそろ時間か」

 

 シャナは、コンソールの現実時間を確認しながらそう呟いた。

そして約束の時間ピッタリに、二人のプレイヤーがその場に出現した。

一人は長身長髪で、目元がキリっとした、少し冷たい印象を与える美人であり、

もう一人はかなり背の小さい、そばかすが特徴なショートカットの女性であった。

シャナは、おそらくこの二人が明日奈と小町なのだろうと思いつつも、

人違いの可能性も一応考慮し、相手が声を掛けてくるのを待っていた。

二人はお互いの顔を見ると、きゃーきゃー騒ぎながら、こんな会話を始めた。

 

「キリッとして格好いいね、シズカ!」

「ベンケイは、名前と違って小さくてかわいい!」

 

(シズカにベンケイ?二人とも俺に合わせたのか……それにしても小町の奴、

どう見てもベンケイって感じじゃないな。まあ見た目はランダムだから仕方ないが)

 

 ちなみに二人は、GGOの中では、誰が相手であっても名前を呼び捨てにしよう、

仲間内ならなるべく短く愛称で呼び合おう、と事前に相談していた。

もっとも相手によっては、結局いつも通りの呼び方に戻ってしまうのだが。

そして次に二人は、きょろきょろと何かを探し始めた。

シャナは、多分俺を探してるんだろうなと思い、それとなくフードを上げ、

自分の顔が二人に見えるようにした。

それを見たシズカがシャナの方を指差し、二人は小走りにシャナに駆け寄ってきた。

シャナは立ち上がりこそしたものの、自分から二人に手を振ったりはしなかった。

どうやら念には念を入れ、声を掛けられるのを待つ事にしたようだった。

当然それは杞憂であり、二人は当然のようにシャナに声を掛けようとした。

 

「シャ……」

「シャナ、見~付けた!」

 

 その瞬間、いきなり後方から声がかかり、誰かがシャナの背中に抱き付いた。

シャナは完全に油断していたのか、前方につんのめって倒れそうになったのだが、

それに慌てた後方の人物が、すごい力でシャナを支えた為、結果倒れずにすんだ。

シャナはその力強さに、後方にいる人物が誰なのか理解し、前を向いたまま声を掛けた。

 

「おいピト、さっさと離せ」

「え~?せっかく偶然会えたんだから、これくらいいいじゃない?」

「いいからさっさと離せ。でないとお前、もしかしたら死ぬぞ」

「へ?」

 

 訳が分からないという風に首を傾げるピトを、強引に引き離したシャナは、

前方から近付いてくるシズカに説明をしようとしたのだが、

先に声を発したのはシズカだった。ちなみにベンケイは、巻き添えを恐れたのか、

コソコソとシズカの後ろからこちらを覗いていた。

 

「ねぇシャナ、そちらの方は、どなたなのかな?かな?ん?」

 

(やべ、これは怒ってる時の喋り方だぞ……しかもこれは俺に怒ってるんじゃなく、

ピトフーイに怒ってる時の反応だ……)

 

 シャナはそう思い、シズカにピトフーイの事を説明しようと試みた。

 

「こ、こいつはピトフーイ、本当は後で呼ぼうと思ってたんだが、

レベル上げの手伝いをしてくれる、ただの協力者だ」

 

 シャナは、ただの、の部分を強調しながらそう言った。

ピトフーイはその二人の会話を聞き、シズカの正体に気が付いたのだが、

やはり戦闘狂の血が騒いだのか、そのままシズカに喧嘩を売るような事を言った。

 

「始めまして、私はピトフーイ。シャナの下僕にして愛人候補だよ!」

「へぇ?」

 

 シズカは目を細めると、値踏みするようにじっとピトフーイを見つめた。

その怜悧な外見とあやまって、その視線は、まるで抜き身の刀のような鋭さを伴っており、

ピトフーイはその視線を受け、背中がぞくぞくするのを感じた。

当然恐怖を感じていた訳ではなく、興奮していた為であった。

 

「シャナは優しいから、少し目を離すと、すぐにこういう人が現れるんだよね。

誤解されやすいっていうのかな、まあそこが魅力でもあるんだけど、

正妻としては時々相手の扱いに困るのは確かなんだよね、自称愛人さん」

「へぇ、すごく自信たっぷりなんだ」

「当たり前じゃない、シャナは私にベタ惚れなんだから。もっともそれは私もだけどね」

 

 ベンケイはいつの間にか、シャナの後ろに隠れる位置に移動しており、

後ろでシャナに、うわぁ、これが修羅場かぁ、頑張って、と声を掛けていた。

その声が聞こえたのか、シズカはベンケイの方に向き直ると、ニッコリと笑顔で言った。

 

「ベンケイ、こんなの修羅場じゃないよ、ただの教育だよ。上下関係のね」

「あら言うじゃない。とりあえず白黒つける?」

「いいよ、誰かと本気で戦うのは久しぶりだけど、まあ問題無いだろうし」

「戦う前からもう言い訳?」

「ううん、手加減の仕方を忘れちゃったかなって」

 

 それを聞いたピトフーイは目を剥くと、次の瞬間腹を抱えて笑い出した。

 

「あはははははは、さすがというか、本当にすごい自信だね」

「さすがに銃での撃ち合いは私にはまだ無理だから、近接戦闘でいいよね?」

「別に構わないわ」

「それじゃあさっさとやりましょう。シャナ、ナイフを二本貸して。それで条件は対等だね」

「……それは別に構わないが、お前、初期能力のままだろ?

それにナイフの扱いも、得意という訳じゃないだろう?」

「うん、まあ、このアバターはリーチも長いみたいだし、

いつもより少し踏み込む感じでやれば、まあそこらへんは問題無いんじゃないかな」

「そ、そうか……」

 

 これ以上何を言っても無駄だと思ったシャナは、黙ってナイフを二本取り出し、

二人に差し出した。それを受け取った二人は、ピトフーイの案内で訓練場へと移動した。

 

「ちょっとシャナ、大丈夫なの?」

「まあ、シズカがああ言うなら大丈夫なんだろ」

「本当に?」

「いいかベンケイ、今からお前が見るのは、多分本当に本気のシズカだ。

何度も死線を超えるって事が、どれほど残酷に人を成長させるのか、

この機会によく見ておくといい」

「え……う、うん」

 

 そのシャナの言葉に、ベンケイは頷く事しか出来なかった。

逆に言えば、SAOではほぼ敵無しだったシズカにとってもこの戦いは、

その能力値の違いによって、それほどの激戦になるのだと、ベンケイは漠然と理解した。

 

「頑張れシズカ~!」

「死ぬなよ、ピト!」

「え?」

「ん?」

 

 二人はその認識の違いに、顔を見合わせた。

 

「え?え?だってシャナ……」

「そうか、お前は常に回復魔法を備えながら戦っているシズカの姿しか知らないんだったな。

その集中力が全て武器による攻撃に回るんだぞ、まあ見てるといい」

「う、うん……」

 

(そっか、お兄ちゃんは、お義姉ちゃんが苦戦するとすら思ってないんだ……)

 

 そのシャナの言葉通り、シズカとピトの女の意地を掛けた戦いは、一方的な物となった。

 

「それじゃあ始めようか」

「うん、いつでも構わないからかかって……」

 

 ピトフーイが、そう言い終える間も無く、ピトフーイの目の前に、シズカがいた。

シズカは、無造作にピトフーイの心臓にナイフを突き立てようとしたが、

ピトフーイは、ほうほうの体でその初撃を何とかかわす事が出来た。

 

(何この速度、初期キャラのくせに反則じゃない?危なかったー!)

 

 このシズカの攻撃の速さは、単に反射神経の問題であった。

実際の速度は完全に能力依存だが、瞬発力に関しては、個々の反射神経による所が大きい。

ちなみにそれを一番体現しているのがキリトである。

キリトが、ほぼSTR全振りなのに、その攻撃の速さもすさまじいのはそんな理由である。

ピトフーイが危なかったと認識した瞬間、既にシズカの次の攻撃がピトフーイに迫っていた。

ピトフーイは慌ててまた回避しようとしたが、回避しようとした瞬間に次の攻撃が来る。

ピトフーイは、避けながら反撃しようとしたが、シズカの攻撃は、

それが出来ないような位置に的確に繰り出される為、結局ピトフーイは何も出来ず、

じりじりとHPを減らしていった。

 

「こんなの、絶対に、私の知ってる、ナイフの、使い方じゃ、ない!」

 

 ピトフーイは、息も絶えだえに何とかそう言った。

ナイフを両手でぽんぽんと交互に持ち替えるなど、二流のやる事だ。

一流の兵士は、構えもせず、抜き撃ちでいきなり相手の喉笛を切り裂く。

もし突いた場合、相手の筋肉に絡めとられ、抜けなくなったりする可能性がある為だ。

シズカの戦い方は、そういったセオリーに当てはまらないただの我流だ。

だがこれはゲームなのだ、ゲームにはゲームの戦い方がある。

突きが体に捕らえられる事も無ければ、骨に当たって滑る事も無い。

事実、エムに実戦でのナイフでの戦い方を教わったにも関わらず、

ピトフーイはシズカに反撃する事すら一度も出来ていない。

ピトフーイは、現実が全て正しいと思い込んでいた過去の自分を恥じた。

シャナもシズカも、実際にゲームの中で、二年以上もの間試行錯誤し、

すさまじい実績を残してきた者達なのだ。

そんな人達と関われる事にピトフーイは狂気し、

シズカに腹を貫かれた瞬間、そのまま自分から距離を詰め、シズカに抱き付いた。

ちなみにピトフーイは、下手に避けようとせず、最初から相打ち覚悟で攻撃を受け、

そのまま同じだけのダメージをシズカに与えていれば、実は楽に勝てたのだが、

そんな能力頼みの戦闘をする事は、ピトフーイのプライドが許さなかったようだ。

 

「すごい……完全にやられた、私の負け」

「とりあえず、ごめんなさいは?」

「ごめんなさい」

「うん、分かれば宜しい」

 

 そう言うとシズカは、ピトフーイのHPが継続ダメージで全損する前にナイフを抜き、

それを受けてピトフーイは緊急治療セットを自分に注射し、自前でHPを回復させた。

 

「へぇ~、回復ってそうやってやるんだ。これから私達に色々教えてね、ピト」

 

 いきなり愛称でそう呼ばれたピトフーイは、意外そうな顔でシズカを見ると、

その言葉に満面の笑顔で答えた。ピトフーイがシズカの軍門に下った瞬間である。

 

「うん、私に任せてよ、正妻様!」

「あとこれからは、シャナに抱き付く時は、必ず私の許可をとる事、いい?」

「うん、正妻様!」

「あ、私の事は、シズカって呼んでね。あっちにいるのはベンケイだよ、これから宜しくね」

「シャナって、遮那王の遮那だったんだ、だから鎌倉時代繋がりの名前にしたんだね!」

 

 ピトフーイは、意外と教養もあるようで、即座にそう言った。

 

「ちなみにうちの猫の名前もカマクラだ。だからチームの名前もカマクラにするかな」

「え?そうなの?」

「ああ、今決めた」

「あはははは、何それ」

 

 ピトフーイはそれを聞き、楽しそうに笑った。

その後、軽く挨拶をし、各自の呼び方は、シャナ、シズ、ケイ、ピト、で統一された。

そして次に四人は、ピトフーイがお勧めだと言うショップに向かい、

シャナの持つ資金を使って二人の装備を揃えた。

ちなみに全員ナイフを持ち、シズカはピトフーイの勧めで、

P90という、アサルトライフルとサブマシンガンの中間のような武器を選択し、

ベンケイは、その名前とは対照的に、斥候系の仕事が多くなると思われた為、

取り回しの良い、自衛隊が使用している9mm機関けん銃、M9を選択した。

更にシャナの指示で全員が光学銃を購入し、他に緊急回復キットや、

食べ物等も用意され、装備が揃った所で、いきなりシャナがこう宣言した。

 

「よし、GGOの一般的なセオリーとは少し違うんだが、

これから四人で、冒険の旅に出かける事とする」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。