「ええっ?本当に?」
「何ですかそれ、いくらヘタレのお兄ちゃん相手とはいえ、さすがにやばくないですか?」
「おいケイ、さりげなくお兄ちゃんをディスるのはやめような」
シズカもその事実には、さすがに驚きを隠せないようだった。
ベンケイも完全に素に戻っていた。シノンも目を見張りながら、ピトフーイに言った。
「あんた、完全に頭がイカレてるんじゃない?」
「いやぁ、そんなに褒められても、私困っちゃう」
「褒めてない」
「え~?褒めてるよぉ?」
「あんたは何を言って……」
「だって、頭がイカレてないんだったら、例えばシノノンはさ、
正気のままで、人を銃で撃ってるの?」
「っ……」
その主張は明らかに強引な理論だったが、さりとて無視出来ない響きを伴っていた。
「正気のまま人を銃で撃つの?正気のまま人をナイフで切り裂くの?
そんな事、私には出来ないよ。だって私、常識人だもん。それならイカレてる方が健全よ」
「それは……」
シノンはその問いに対し、明確な答えを返す事が出来なかった。
そんなシノンに助け船を出したのは、シャナであった。
「おいピト、意図的に話をずらすんじゃない。それはあくまで現実世界での話だ」
「あ、バレた?」
ピトフーイは、ペロっと舌を出した。
「おいシノン、こいつに惑わされるなよ。現実でのお前は、人を銃で殺したりはしないし、
ナイフで他人を傷付けたりしない。それはあくまでゲームでの話だ。
だからお前、自分がおかしいんじゃないかとか、余計な事を考えるなよ」
普通の者が相手であれば、そのシャナの言葉は一定の説得力を持ったかもしれない。
だが、シノンは違う。シノンは過去に、現実世界で人を射殺した経験を持つのだ。
それがシャナにとっての誤算となった。
「私……私は……」
シャナは、シノンの顔が一瞬で顔面蒼白になるのを見て、焦りを感じた。
目も虚ろで、今にも意識を失いそうに見える。シノンはぶつぶつと何かを呟いていた。
「私……私は昔、人を……」
それを聞いたシャナは、目を見開いた。
(しまった、こいつ何らかの事情で、過去に人を殺した事があったのか?
まずい、どうする……どうする……)
「シャナ、これって」
「ああ、アミュスフィアの安全装置が働いて、強制切断される前兆だ。心神喪失状態だな」
「ど、どうしよう……」
焦るシズカに対し、シャナはチラっとピトフーイを一瞥すると、
何かを決断したような表情で言った。
「声を掛けて呼び戻す」
「ど、どうやって?」
「正直ピトフーイにはまだ聞かせたくなかったんだがな、俺の罪について話す」
「シャナの罪って……まさか」
「そのまさかだ。おいシノン、聞こえるか?お前にもハードな過去がありそうだが、
それは俺も同じだ。俺はかつて、SAOというゲームの中で四人の人間を殺している。
更にその後も、直接じゃないが、一人殺している」
その声が届いたのかどうかは分からない。だがシノンは、その言葉が発せられた直後に、
薄く目を見開いて意識を取り戻した。シノンはハァハァと荒い息を吐きながら、
シャナの目をまっすぐ見つめた。
「あ、あんたは一体、何者なの?」
「俺はSAOサバイバーだ。あのゲームの中には、殺人を楽しむ奴らの集まりがあってな、
俺達はある日、そいつらの討伐に向かった。
そこで俺は、名も知らぬプレイヤーを四人殺した。確かに直後は罪の意識に苛まれた。
だが俺は、罪も無い人々を助ける為だったと自分に言い訳する事で、
心の平衡を保つ事に成功した。だが罪は罪だ、一生背負う。
そして俺は、頼れる仲間達と共に、更に一人のプレイヤーを死に追いやり、
そのおかげで現実へと帰還した。これが俺の罪であり、SAOの真実だ」
「それがSAOの真実?報道だと、偶然七十五層でクリア扱いになったとか聞いたけど」
「実際は偶然じゃない。攻略の途中に俺は、ある一人のプレイヤーに目を付けた。
そいつが実は茅場晶彦なんじゃないかとな。そしてそれを実際に証明し、
仲間達と共に戦いを挑み、ついにそいつを打ち倒し、
六千人のプレイヤーをSAOから解放する事に成功した。
その時俺達が殺したのが、四天王の最後の一人だ」
「それってまさか神聖剣!?そんな、そんな事って……」
ピトフーイはシャナの言葉を受け、呆然と呟いた。
「ピト、誰にも言うなよ。出来ればシノンも、この事は誰にも話さないでくれ」
「うん、もちろん言わないよ、例えエムにでもね!」
シノンも、どこかでSAOの四天王の話を噂で聞いた事があるらしく、
その事をシャナに尋ねた。
「SAOからプレイヤーを解放したって、もしかしてあんた……噂の四天王の誰かなの?
黒の剣士?銀影?それとも閃光?」
「そうだ、俺は銀影だ」
「あんた、本当の英雄じゃない。すごいね……私、私は……」
シノンはシャナに視線を向けられると、目を逸らしながら言った。
「私、子供の頃、銀行強盗に遭遇して、そいつの持っていた銃でその男を射殺したの」
「そうか」
「私もいつか、あんたみたいに強くなれるかな?」
「多分いつかは、な」
「本当に?」
そう問いかけられ、シャナは少し考えながら言った。
「そうだな……いつかお前が、これだと思うプレイヤーと出会ったら、
その時そいつにその事を話してみろ。
俺達じゃ駄目だ、俺達はもうお前の事情を知ってしまっているからな。
そしてその出会いによって、お前はきっと、その呪縛から解放されると断言しよう」
「断言するんだ」
「ああ、英雄の……いや、俺の言葉を信じろ」
「うん、分かった……信じる」
その言葉でシノンは、自分の背負っていた物が少し軽くなった気がした。
「その為にも、今はゲームを楽しむんだ。次に冒険に出る時は、また俺達が誘ってやるから」
「まだ最初の冒険も、始まってもいないけどね」
シノンはクスリと笑い、シャナにそう言った。
そんなシノンの頭を、シズカがしっかりと抱きしめた。
シノンは目をつぶると、晴れやかな顔でシズカに身を任せていた。
二人はしばらくそのままの体制のまま動かなかった。
ケイはそれを嬉しそうに見つめていた。
シャナはそれを見届けると、車に戻って運転席に腰を下し、目を瞑ると、
頭の後ろで腕を組んだ。どうやら少し疲れたようだ。
「ふぅ……これで上手くいけばいいんだが」
「シャナ!」
そう呟くシャナに、後を付いて来たのか、ピトフーイが声を掛けた。
「ピトか、どうした?」
「シャナを労おうと思って。頑張ったね、あれって暗示でしょ?」
「よく分かったな、ピト。お前、意外に頭がいいのな」
「意外は余計だよっ!」
シャナが狙っていたのは、シノンに暗示をかける事だった。
真実を話す事で、自分が英雄だとシノンに認めさせ、そこで救済方法を提示し、
それが達成された瞬間、シノンに自分の罪が許されたと思い込ませる。
それがシャナが考えた、シノンに対する心理学的な、心の治療といえる物だった。
「そしてごめんなさい、私がふざけたばっかりに……」
どうやら心から反省しているように見えるピトフーイの頭を、シャナはポンとなでた。
「あれは仕方ない、あんな事が起きると想像出来る奴がいたら、そいつはもう神だろ」
「うん……」
「もし自分が許せないなら、今度集まる時のシノンの分のケーキの代金はピトが払え。
ま、それくらいでいいだろ」
「う、うん!」
ピトフーイはその言葉に頷いた。もっともシャナはこの事を忘れ、
自分が奢ってしまう事になるのだが、それはいつもの事だ。
「本当に?それじゃあ一番高いのをお願いね、ピト」
そんな二人に突然声を掛けて来る者がいた。シノンである。
「シノノン!ごめん、ごめんね……」
「別にいいよ、悪気があった訳じゃないんだろうしさ」
「でも……」
「その代わり、今度一番高いケーキをおごってもらうから、覚悟しておいてね」
「うん!分かった!」
こうしてケーキ食べ放題オフ会の開催が決定した。
この頃のピトフーイは、シャナの存在が大きかったのか、少し子供っぽい所を見せていた。
第三回BoBの後、いくつかの、スクワッドジャムと呼ばれるチーム対抗戦を経た後、
シノンが久しぶりにGGOでピトフーイと再会した時、
シャナを失ったピトフーイは、荒れに荒れていた。
その言葉遣いの荒れ方や、態度の乱暴さ、自暴自棄さにシノンは驚き、
慌ててハチマンにその事を告げた。そしてハチマンは、以前も記述した通り、
GGOへと一時的に舞い戻り、ピトフーイに大説教をかます事となる。
その事がきっかけで、ピトフーイは後日、エムにも内緒で密かにALOを購入し、
そのまま『ヴァルハラ・リゾート』の一員となるのだが、その話は後日語られる事になる。
「よし、それじゃあ出発しよう」
シャナの号令で、再び車に乗り込んだ一同は、まっすぐに北を目指していた。
公式マップ上だと、そこにあるのは宇宙船の墓場と呼ばれる地域だった。
出てくる敵も恐ろしく強く、数も多い為、
間違っても新人まじりのパーティが、安易に来ていい場所では無いのだが、
その事を指摘したピトフーイに、シャナは事もなげに言った。
「ここは俺専用の狩り場だからな、まったく問題はない。まあ、最初だし、気楽にいこう」