ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/02/18 句読点や細かい部分を修正


第199話 シャナの処方箋

「ええっ?本当に?」

「何ですかそれ、いくらヘタレのお兄ちゃん相手とはいえ、さすがにやばくないですか?」

「おいケイ、さりげなくお兄ちゃんをディスるのはやめような」

 

 シズカもその事実には、さすがに驚きを隠せないようだった。

ベンケイも完全に素に戻っていた。シノンも目を見張りながら、ピトフーイに言った。

 

「あんた、完全に頭がイカレてるんじゃない?」

「いやぁ、そんなに褒められても、私困っちゃう」

「褒めてない」

「え~?褒めてるよぉ?」

「あんたは何を言って……」

「だって、頭がイカレてないんだったら、例えばシノノンはさ、

正気のままで、人を銃で撃ってるの?」

「っ……」

 

 その主張は明らかに強引な理論だったが、さりとて無視出来ない響きを伴っていた。

 

「正気のまま人を銃で撃つの?正気のまま人をナイフで切り裂くの?

そんな事、私には出来ないよ。だって私、常識人だもん。それならイカレてる方が健全よ」

「それは……」

 

 シノンはその問いに対し、明確な答えを返す事が出来なかった。

そんなシノンに助け船を出したのは、シャナであった。

 

「おいピト、意図的に話をずらすんじゃない。それはあくまで現実世界での話だ」

「あ、バレた?」

 

 ピトフーイは、ペロっと舌を出した。

 

「おいシノン、こいつに惑わされるなよ。現実でのお前は、人を銃で殺したりはしないし、

ナイフで他人を傷付けたりしない。それはあくまでゲームでの話だ。

だからお前、自分がおかしいんじゃないかとか、余計な事を考えるなよ」

 

 普通の者が相手であれば、そのシャナの言葉は一定の説得力を持ったかもしれない。

だが、シノンは違う。シノンは過去に、現実世界で人を射殺した経験を持つのだ。

それがシャナにとっての誤算となった。

 

「私……私は……」

 

 シャナは、シノンの顔が一瞬で顔面蒼白になるのを見て、焦りを感じた。

目も虚ろで、今にも意識を失いそうに見える。シノンはぶつぶつと何かを呟いていた。

 

「私……私は昔、人を……」

 

 それを聞いたシャナは、目を見開いた。

 

(しまった、こいつ何らかの事情で、過去に人を殺した事があったのか?

まずい、どうする……どうする……)

 

「シャナ、これって」

「ああ、アミュスフィアの安全装置が働いて、強制切断される前兆だ。心神喪失状態だな」

「ど、どうしよう……」

 

 焦るシズカに対し、シャナはチラっとピトフーイを一瞥すると、

何かを決断したような表情で言った。

 

「声を掛けて呼び戻す」

「ど、どうやって?」

「正直ピトフーイにはまだ聞かせたくなかったんだがな、俺の罪について話す」

「シャナの罪って……まさか」

「そのまさかだ。おいシノン、聞こえるか?お前にもハードな過去がありそうだが、

それは俺も同じだ。俺はかつて、SAOというゲームの中で四人の人間を殺している。

更にその後も、直接じゃないが、一人殺している」

 

 その声が届いたのかどうかは分からない。だがシノンは、その言葉が発せられた直後に、

薄く目を見開いて意識を取り戻した。シノンはハァハァと荒い息を吐きながら、

シャナの目をまっすぐ見つめた。

 

「あ、あんたは一体、何者なの?」

「俺はSAOサバイバーだ。あのゲームの中には、殺人を楽しむ奴らの集まりがあってな、

俺達はある日、そいつらの討伐に向かった。

そこで俺は、名も知らぬプレイヤーを四人殺した。確かに直後は罪の意識に苛まれた。

だが俺は、罪も無い人々を助ける為だったと自分に言い訳する事で、

心の平衡を保つ事に成功した。だが罪は罪だ、一生背負う。

そして俺は、頼れる仲間達と共に、更に一人のプレイヤーを死に追いやり、

そのおかげで現実へと帰還した。これが俺の罪であり、SAOの真実だ」

「それがSAOの真実?報道だと、偶然七十五層でクリア扱いになったとか聞いたけど」

「実際は偶然じゃない。攻略の途中に俺は、ある一人のプレイヤーに目を付けた。

そいつが実は茅場晶彦なんじゃないかとな。そしてそれを実際に証明し、

仲間達と共に戦いを挑み、ついにそいつを打ち倒し、

六千人のプレイヤーをSAOから解放する事に成功した。

その時俺達が殺したのが、四天王の最後の一人だ」

「それってまさか神聖剣!?そんな、そんな事って……」

 

 ピトフーイはシャナの言葉を受け、呆然と呟いた。

 

「ピト、誰にも言うなよ。出来ればシノンも、この事は誰にも話さないでくれ」

「うん、もちろん言わないよ、例えエムにでもね!」

 

 シノンも、どこかでSAOの四天王の話を噂で聞いた事があるらしく、

その事をシャナに尋ねた。

 

「SAOからプレイヤーを解放したって、もしかしてあんた……噂の四天王の誰かなの?

黒の剣士?銀影?それとも閃光?」

「そうだ、俺は銀影だ」

「あんた、本当の英雄じゃない。すごいね……私、私は……」

 

 シノンはシャナに視線を向けられると、目を逸らしながら言った。

 

「私、子供の頃、銀行強盗に遭遇して、そいつの持っていた銃でその男を射殺したの」

「そうか」

「私もいつか、あんたみたいに強くなれるかな?」

「多分いつかは、な」

「本当に?」

 

 そう問いかけられ、シャナは少し考えながら言った。

 

「そうだな……いつかお前が、これだと思うプレイヤーと出会ったら、

その時そいつにその事を話してみろ。

俺達じゃ駄目だ、俺達はもうお前の事情を知ってしまっているからな。

そしてその出会いによって、お前はきっと、その呪縛から解放されると断言しよう」

「断言するんだ」

「ああ、英雄の……いや、俺の言葉を信じろ」

「うん、分かった……信じる」

 

 その言葉でシノンは、自分の背負っていた物が少し軽くなった気がした。

 

「その為にも、今はゲームを楽しむんだ。次に冒険に出る時は、また俺達が誘ってやるから」

「まだ最初の冒険も、始まってもいないけどね」

 

 シノンはクスリと笑い、シャナにそう言った。

そんなシノンの頭を、シズカがしっかりと抱きしめた。

シノンは目をつぶると、晴れやかな顔でシズカに身を任せていた。

二人はしばらくそのままの体制のまま動かなかった。

ケイはそれを嬉しそうに見つめていた。

シャナはそれを見届けると、車に戻って運転席に腰を下し、目を瞑ると、

頭の後ろで腕を組んだ。どうやら少し疲れたようだ。

 

「ふぅ……これで上手くいけばいいんだが」

「シャナ!」

 

 そう呟くシャナに、後を付いて来たのか、ピトフーイが声を掛けた。

 

「ピトか、どうした?」

「シャナを労おうと思って。頑張ったね、あれって暗示でしょ?」

「よく分かったな、ピト。お前、意外に頭がいいのな」

「意外は余計だよっ!」

 

 シャナが狙っていたのは、シノンに暗示をかける事だった。

真実を話す事で、自分が英雄だとシノンに認めさせ、そこで救済方法を提示し、

それが達成された瞬間、シノンに自分の罪が許されたと思い込ませる。

それがシャナが考えた、シノンに対する心理学的な、心の治療といえる物だった。

 

「そしてごめんなさい、私がふざけたばっかりに……」

 

 どうやら心から反省しているように見えるピトフーイの頭を、シャナはポンとなでた。

 

「あれは仕方ない、あんな事が起きると想像出来る奴がいたら、そいつはもう神だろ」

「うん……」

「もし自分が許せないなら、今度集まる時のシノンの分のケーキの代金はピトが払え。

ま、それくらいでいいだろ」

「う、うん!」

 

 ピトフーイはその言葉に頷いた。もっともシャナはこの事を忘れ、

自分が奢ってしまう事になるのだが、それはいつもの事だ。

 

「本当に?それじゃあ一番高いのをお願いね、ピト」

 

 そんな二人に突然声を掛けて来る者がいた。シノンである。

 

「シノノン!ごめん、ごめんね……」

「別にいいよ、悪気があった訳じゃないんだろうしさ」

「でも……」

「その代わり、今度一番高いケーキをおごってもらうから、覚悟しておいてね」

「うん!分かった!」

 

 こうしてケーキ食べ放題オフ会の開催が決定した。

この頃のピトフーイは、シャナの存在が大きかったのか、少し子供っぽい所を見せていた。

第三回BoBの後、いくつかの、スクワッドジャムと呼ばれるチーム対抗戦を経た後、

シノンが久しぶりにGGOでピトフーイと再会した時、

シャナを失ったピトフーイは、荒れに荒れていた。

その言葉遣いの荒れ方や、態度の乱暴さ、自暴自棄さにシノンは驚き、

慌ててハチマンにその事を告げた。そしてハチマンは、以前も記述した通り、

GGOへと一時的に舞い戻り、ピトフーイに大説教をかます事となる。

その事がきっかけで、ピトフーイは後日、エムにも内緒で密かにALOを購入し、

そのまま『ヴァルハラ・リゾート』の一員となるのだが、その話は後日語られる事になる。

 

「よし、それじゃあ出発しよう」

 

 シャナの号令で、再び車に乗り込んだ一同は、まっすぐに北を目指していた。

公式マップ上だと、そこにあるのは宇宙船の墓場と呼ばれる地域だった。

出てくる敵も恐ろしく強く、数も多い為、

間違っても新人まじりのパーティが、安易に来ていい場所では無いのだが、

その事を指摘したピトフーイに、シャナは事もなげに言った。

 

「ここは俺専用の狩り場だからな、まったく問題はない。まあ、最初だし、気楽にいこう」


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