「友達と待ち合わせの最中なんですよ、本当にごめんなさい」
「少しくらいいいじゃんよ~、どうせ大した奴じゃないんだろ?あんたの相手はさ」
「い、いえ、そこそこ強いんじゃないかと……」
「そこそこねぇ。そんな平凡な奴はほっとけって。
俺はあのBoBの決勝にも出たくらいの超有名人だぜ?
俺より強い奴なんか、このゲーム内には数えるほどしかいないって。
きっとあんたの友達も、俺が相手ならって、喜んで身を引くに違いないぜ?」
「あの……本当に無理です、ごめんなさい……」
ピトフーイは、そんな会話を交わしている二人を指差しながら、シャナに話し掛けた。
「ねぇシャナ、何かもめてるみたいだけど、まさかあれがロザリアちゃんじゃないよね?
何か話し方も全然違うんだけど、他にそれっぽい人は、この辺りにはいないよね」
「どうだかな、俺もまだロザリアの外見は知らないんだよな」
その言い寄られている女性プレイヤーは、つややかなストレートの長髪と、
少したれ目の優しげな目をした、とてもお淑やかそうに見える女性だった。
更に付け加えると、とても大きな胸をしていた。
「確かに胸は一致するが、他がまったく違うな、正直何とも言えん」
その女性を観察し、そう言った瞬間、ピトフーイから殺気が迸った為、シャナは慌てた。
「おい、いきなり何だよ」
「あの女……胸でシャナの気を引くなんて絶対に許せない。
私には出来ないのに……ちくしょう、絶対にここで殺す」
そのピトフーイの形相を見たシャナは、慌ててピトフーイを止めに入った。
「待て待て待て、相手を間違えるな。それに俺は女性を胸の大きさで区別したりはしない」
「……本当に?」
「ああ、シズだって普通だぞ、本当だ。だから落ち着け」
「分かった!ごめんねびっくりさせて!」
「お、おう……」
ピトフーイは機嫌を直したのか、明るい声で言った。
(こいつは本当に、ころころ気分が変わるよな。
何がこいつを刺激するのか、これから少しずつ見極めていかないとな……)
シャナはそんな、まるでピトフーイの保護者になったかのような事を考えながら、
これからどうしようかと考えた。女性を助けるのは間違いないとして、
もし人違いだった時の事を考えると、シャナとしてはあまり矢面に立ちたくはなかった。
(もうこれ以上、知らない女と知り合いになるのは勘弁だからな……)
そのシャナの考えを敏感に察知したのか、率先してピトフーイが前に出た。
「シャナ、それじゃあ私があの子を助けてくるね」
「すまん、頼めるか?」
「うん!それに、同じ女の子同士の方が、角も立たないだろうしね!」
「それじゃあ宜しく頼むわ」
「任せて!」
ピトフーイはそう言うと、その二人の方へと近付いていき、ストレートに声を掛けた。
「もしかして、ロザリアちゃん?」
「えっ……はい、そうです。え~っとあなたは……」
ロザリアがそう聞き返すのを遮り、男が、ロザリアとピトフーイの間に割って入った。
「あ?何だてめえは。今この子とは、このゼクシード様が話している最中……
って、お、お前、ピトフーイか!」
いきなりそう名前で呼ばれたピトフーイは、
自分の名前を知っていたその男の顔を、じっと見つめながら言った。
「あんた誰?何で私の事知ってるの?って、ゼクシード?どこかで聞いたような……」
「お前みたいな悪評高い奴、知ってるに決まってるだろ……
もっとも俺はお前にやられた事は一度も無いけどな!」
「うん、確かに私も、あんたみたいな奴を殺した記憶は無いね。
でもどこかで見た事ある顔なんだよなぁ……う~ん」
ピトフーイは腕を組みながら首を傾げた。そんなピトフーイに、ゼクシードは言った。
「当たり前だ、俺はあのBoBの決勝に出たほどの男だからな!」
「あ!」
ピトフーイはそれで思い出したのか、再びゼクシードの顔をじっと見つめると、
直後に我慢出来ないという風にプッと噴き出し、そのまま大笑いを始めた。
「そうだそうだ、あはははは!漁夫の利を得ようとして、
シャナに一瞬でやられた糞雑魚が、確かそんな名前だった!」
「く、糞雑魚だと!?」
「あははははは、そうそう、確かこの顔。
動画は何度も見たはずなのに、まったく印象に残って無かったわ、本当にごめんねぇ?」
「うるせえ!お前こそ、卑怯なだけのただの雑魚じゃないかよ、ピトフーイ!」
「あら、卑怯なだけかどうか、試してみてもいいのよ?坊や」
突然ピトフーイが、妖艶な仕草でそんな事を言い、
ゼクシードはその迫力に押されたのか、押し黙った。
そんなゼクシードを見て、鼻で笑ったピトフーイは、くるっと振り向くと、
後方に向かって手を振りながら言った。
「シャナ~、やっぱりロザリアちゃんだったよ~」
それを聞いたゼクシードは、驚いたように言った。
「なっ……シャナだと!?お前、いつからシャナとつるんでるんだよ!」
ゼクシードは慌ててピトフーイの向いた方を眺めたが、そこには誰もいなかった。
「って、誰もいないじゃないかよ、ただのハッタリかよ」
「あれ?シャナ?」
「俺ならここだ」
「シャナ、いつの間に!」
突然ゼクシードの背後から声が聞こえ、ピトフーイは嬉しそうに振り向いた。
釣られてゼクシードも慌てて振り向いたのだが、その顔は何者かにガッと掴まれた。
「て、てめえ……シャナ……」
「あ?さんを付けろよデコ助野郎。お前、俺にもう一度真っ二つにされたいのか?」
シャナはゼクシードに、そんなどこかで聞いたような台詞を言った。
どうやらシャナ的には、いつか機会があったら言ってみたい台詞だったらしい。
ちなみにシャナも二人の会話を聞いて、やっとゼクシードの事を思い出した所だった。
そしてシャナはそのまま腕を引き、ロザリアとピトフーイから引き離すように、
ゼクシードを後方へと投げ飛ばすと、そのまま振り向き、二人を守るように立ちはだかった。
そのシャナの左右の腕に、ピトフーイとロザリアが抱き付いた。
この状況でシャナが二人を引き剥がす事は、ゼクシードに対抗する意味でも得策ではない。
シャナならそう判断すると思い、二人はこの機会を逃さずに、
思う存分シャナにくっつく事にしたのだった。計算高いピトフーイはともかく、
ロザリアも、普段はあんなに自分を低く見ているのに、こういった機会は逃さないのである。
やる時はやるロザリアであった。
「くっそ、これ見よがしに女を侍らせやがって、シャナ、お前はいつか殺す!」
「はいはい、お前のその未熟な腕で出来るもんなら、いつでもかかってこいよ」
シャナは、サトライザーとの勝負を邪魔したゼクシードの事が気に入らなかった為、
ここぞとばかりにゼクシードを煽った。シャナは時々こんな子供っぽい所を見せる。
そんな部分に惹かれる女性は多いのだが、本人は別に意図してやっている訳ではない。
だが、まさに今一緒にいるピトフーイとロザリアには、効果はてきめんだったようだ。
ロザリアはゼクシードに見せつけるように、これみよがしに胸を押し付け、
ピトフーイはシャナの首に腕を回しながら、笑顔で言った。
「負け犬はさっさと消えなって。それとも今度は、私が殺してやろうか?」
そのピトフーイの笑顔は、シャナに薦められて入れた刺青の効果もあったのか、
とても凄みのある笑顔であり、それにびびったゼクシードは慌てて立ち上がり、
お決まりの捨て台詞を吐きながら走り去った。
「くそ、覚えてろよ!」
「はいはい、お決まりの台詞を、ご苦労様~」
「もう二度と私に話し掛けないで下さい!」
そしてゼクシードがいなくなると、シャナは途端に態度をひるがえし、
右腕と首にまとわりつく二人を振り払った。
「お前ら、いい加減に離れろ」
「ふ~、堪能したわ」
「ご、ごめんなさい、シャナ」
「ったく、俺がお前らを振りほどけないと思って、ここぞとばかりにくっつきやがって」
シャナはそう言いつつも、少し赤い顔をしていた。
それを見た二人は、顔を見合わせて、含み笑いを交わした。
それを敏感に察知したシャナは、二人の頭に拳骨を落とした。
「痛い痛い!」
「ちょっとあんた、痛いじゃない!」
「ピトは自業自得だろ、我慢しろ。それにしても、やっと普段の調子に戻ったか、ロザリア。
話し方を聞いて、本当にお前なのか全然確信が持てなかったぞ。あれはどういう事だ?」
シャナにそう尋ねられたロザリアは、完全に素に戻り、あっけらかんと言った。
「だって、私があんたに頼まれたのは情報収集じゃない。
そんな私が目立つ訳にはいかないでしょ?
出来るだけ影を薄く、そして控えめに、そこに私がいるのが自然な事のように振舞う。
そう、臨時の師匠に教わったんだもの。だから絶対にキャラを崩さないようにしてたの」
「臨時の師匠、ねぇ」
そう聞いたシャナの脳裏に、ニャハッと笑うアルゴの顔が浮かんだ。
シャナはそういう事かと納得し、とりあえずピトフーイとロザリアを互いに紹介した。
「それじゃ、こっちがピトフーイで、こっちがロザリアだ。
お前らちゃんと仲良くしろよ。あともし何かに気付いたら、しっかり連絡を密に頼むぞ」
「ええ」
「は~い!」
二人の返事を確認したシャナは、何かに気付いたような風を装い、ピトフーイに言った。
「それじゃピト、そろそろエムも戻ってくる頃だろ、そろそろお前も戻った方がいいぞ」
「あ、そうだね。それじゃロザリアちゃん、またね!シャナもまたね!」
そう言ってピトフーイは、手を振りながら去っていった。
ピトフーイがいなくなったのを確認すると、いつの間に撮影したのか、
シャナはロザリアに、二枚のSSのデータを渡しながら言った。
「さて、邪魔者も追い払った事だし、本題に入るぞ。
ロザリア、当面のお前のターゲットは二人。一人はシュピーゲルという男。
そしてもう一人はエムという男だ。この写真のこいつがシュピーゲル、隣はシノンと言う。
そしてこのピトと一緒に写ってるのがエムだ」
「この二人が、ラフコフの奴らと関係がありそうなの?」
「いや、単にGGOで始めて知り合った、このシノンとピトの相方ってだけだな」
「そうなんだ」
ロザリアはシャナに頷くと、話の続きを目で促した。
「二人のリアルについてはアルゴに調査を頼んだ。
なのでゲーム内の二人の交友関係については、お前に頼みたい」
「それはいいんだけど、何か気になる事でもあるの?」
「いや、基本的には自衛の為だな。個人的には、シノンとピトの事は信用してる。
だが周りの奴に関しては、必ずしもそうは言いきれない。だから念の為に調査を頼むのさ」
「そういう事ね、分かった、やってみる」
「リアルを割ろうとか、そんな事は考えなくてもいいからな。
怪しい奴と関わってはいないか、俺達に害を与える可能性はあるか、
その辺りだけを調べてくれればいい」
「うん」
ロザリアは力強く頷くと、続けて言った。
「要するにあんたと、あんたの仲間の安全の為って事でいいのよね」
「ああ、それで間違いない」
「本当にあんたって仲間思いなのね……ちょっと羨ましい」
「はぁ?」
シャナが呆れた声でそう言ったので、ロザリアはビクッとした。
「お前だってとっくにその一員だっての。あんまり自分を下に見るのもいい加減にしろ」
その言葉に一瞬明るい顔を見せたロザリアは、次の瞬間再び下を向き、ポツリと言った。
「でも、私はまだ……」
「まだ、何だよ」
「シリカに謝ってない……」
その言葉にシャナは意表を突かれた。
シャナとした事が、その事をすっかり失念していたのだ。
「そうか……すまん、俺もその事はすっかり失念していた。
よし、今度セッティングしてやるから、お前シリカに直接会って謝ってみろ」
シャナにそう言われ、ロザリアは少しおどおどしたが、
直後にキッと真面目な表情になり、シャナに言った。
「うん、お願い。私はあんたや他の人達と一緒に前に進みたい。
その為にも直接シリカに会って、きちんと頭を下げて、自分の口で謝るわ」
そんなロザリアを見て、シャナは優しい目をしながらその頭に手を乗せ、
恥ずかしがるロザリアをよそに、その頭をなで続けたのだった。