「……と、言う訳なんだ」
「なるほど」
八幡は珪子と薔薇の対面のセッティングをどうするか、明日奈に相談していた。
「確かにそれは重要な問題かも。最近は私も薔薇さんの事を普通に身内扱いしてたけど、
よく考えると、まだ珪子と薔薇さんって絡んだ事は一度も無いんだよね」
「やっぱり自分を殺そうとした相手にいきなり会わされて、
それで謝られたからといって、はいそうですか、とはならないよな」
「どうだろう、実際問題珪子は、まったく気にしてない気もするんだよね」
その明日奈の言葉を聞いた八幡はきょとんとした。
「だってあの時って、結局危なかったのは最初だけで、
それだって、珪子が自分からパーティを抜けたせいだと言えなくもないじゃない。
で、その後はずっとキリト君が傍にいたせいで、危ない場面なんか一度も無かったよね?」
「……そう言われると、確かにそうかもしれないな」
「嫌いなのは間違いないと思うけど、そこまで意識しているとはとても思えないよ」
「そうか……」
八幡はその明日奈の意見を聞き、余計に方針を決めかねていた。
二人はいいアイデアも浮かばず、う~んと唸っていた。
「お兄ちゃんお義姉ちゃん、そんな格好で唸っても、ちっとも深刻そうに見えないんだけど」
だらしなくソファーに寝転び、お菓子を食べながらテレビを見ていた小町が、
いきなり二人に突っ込んだ。そう、ここは実は比企谷家のリビングである。
そして当の二人がどんな格好かと言うと、明日奈の膝枕で寝転んだ八幡に、
明日奈が耳かきをしている真っ最中なのであった。
「そういや小町、お前は珪子と大の仲良しだろ?今の話を聞いてどう思った?」
帰還者学校で同じクラスの為、忘れられがちだが、実際の年齢で比較すると、
八幡と明日奈と里香が同じ年齢で、和人は一つ下、そして珪子は更にその一つ下である。
そう、小町と珪子は同い年なのである。その為二人は親友と言えるほど仲がいい。
「ん~?珪子は見た目のせいで幼く見られがちだけど、中身はすごい大人だから、
気にせずストレートに事情を話して、その上で珪子を遊びにでも連れてってあげれば?」
「ストレートに事情を話す、か」
「もうそれでいいんじゃない?考えすぎるのも良くないと思うし」
明日奈もその小町の意見に同意し、これで八幡の方針も決まる事となった。
「よし、それでいくか。まあ少し小細工はするがな」
「どんな小細工?」
「名目を俺がロザリアに教育するって事にして、それに珪子も参加してもらう。
要するに、俺と珪子の二人でロザリアに色々いい含めるって形式になるかな。
その報酬として遊びに連れていくという形にするのはどうだろう」
「うん、いいんじゃないかな」
「珪子もそれなら遠慮しなくても良さそうだね」
二人の同意を得られた為、八幡はその方針で話を進める事にした。
「それじゃあ二人で楽しんできてね」
「明日奈?」
「お義姉ちゃん?」
八幡と小町の理解では、最初は何人かで遊びにいった後に、
八幡と珪子が二人で薔薇の下へと向かうという予定だったのだが、
どうやら明日奈の考えは違ったようだった。
二人のいぶかしげな視線を受け、明日奈は自分の考えを披露した。
「学校で五人でいる時、私と八幡君、和人君と里香がセットになる事があるじゃない。
そんな時ね、たまに珪子がすごく羨ましそうにこっちを見ている事があるの。
嫉妬とかじゃなく、何かに憧れているような、そんな視線。
だからこの機会に、八幡君に珪子と二人で遊びにいってもらいたいなって」
「明日奈がそう言うならまあ、それでもいいけどな」
「そうだね、それじゃあお兄ちゃんは、ちゃんと珪子をお姫様にしてあげてね」
「それなら俺より和人の方が適役な気もするが……」
そう難しい顔をする八幡に、明日奈は諭すように言った。
「そりゃあ珪子は、確かに和人君の事が好きだったのかもしれないけど、
それと同じくらい八幡君に憧れてたと思うんだよね」
「俺に憧れる要素なんかあったか?」
「私が言うのもあれだけど、私を傍に置いて、最後まで守り通しながら、
最後の戦いの参加者全員を生還させ、多くの人達を解放し、
今はALOで、多くの個性的なメンバーを強力にまとめあげている、
そんな人に憧れないで誰に憧れるの?」
「いや、まあ、それはな……」
尚も難しい顔をやめない八幡に、明日奈はため息をつきながら言った。
「これはあんまり言いたくなかったんだけど、八幡君は今、
うちの学校で王子様扱いされてるんだからね」
「はぁ?」
「ちなみに和人君もね。実力も伴った、学園のダブル王子だよ」
「何だそりゃ?」
「だって当たり前じゃない、うちの学校の人達は、みんな二人に助けられた訳だし」
「あ~……」
八幡はその言葉にまったく反論出来ず、頭を抱えた。どう考えても自分の柄ではない。
「まあそんな訳で、珪子には私から色々言い含めておくから、明日学校で誘ってみたら?」
「……はぁ、分かった、そうしてみる」
「うん!」
そんな二人のやりとりを聞いていた小町は、ただひたすら驚愕していた。
「あのお兄ちゃんが王子とか、時代は変わったなぁ。
それにしてもお義姉ちゃんの正妻力は、やはりすさまじい……
というよりこれはむしろ、学園の影の支配者なのでは……」
そして次の日の昼休み、八幡は明日奈に促され、珪子の下へと向かった。
珪子の机の横に立った八幡は、周囲の視線を感じて悶絶しながらも、
勇気を振り絞って珪子に言った。
「なぁ珪子、ちょっと話があるんだが、一緒に屋上で昼飯でも食わないか?」
珪子はやはり明日奈に何か言い含められていたのか、
待ってましたといった感じで元気に返事をした。
「はい、それじゃあ早速行きましょう!」
そう言うと珪子は、いきなり八幡の腕に自分の腕を絡めた。
一部のクラスメート達が動揺する中、珪子は嬉しそうに、八幡は戸惑いながら、
二人は腕を組みながら屋上へと向かった。事情を知っていた里香は、明日奈に囁いた。
「ちょっと明日奈、やりすぎじゃない?」
「まあ、珪子が嬉しそうなんだから、たまにはいいんじゃないかな」
どうやら自分の目の届く範囲で自分の彼氏がもてるのは、明日奈的に嬉しいらしい。
自分の目が届くという事はつまり、自分が制御出来る範囲内なら、という事である。
こういう面から見ても、やはり八幡は、いずれ明日奈の尻に敷かれる運命であるようだ。
ちなみに動揺したのは、『シリカちゃんを生暖かく見守る会』のメンバー達である。
他のクラスメイト達は、まあ王子のやる事だからで済ませてしまっていた。
これは、『副団長と参謀命の会』や、『銀影と閃光を讃える会』等の、
急進的なグループが常に目を光らせている為、
基本八幡達の行動に文句をつけようとする者はいないという事でもあった。
ちなみに和人は、事前に里香にきつく言われていた為、不干渉を貫いていた。
そんな教室の状態はつゆ知らず、屋上へと向かう階段で、八幡は珪子に言った。
「なぁ、明日奈に何を言われたかは知らないが、無理にこんな事をしなくてもいいんだぞ?」
「え?確かに許可はもらいましたけど、私はこれ、好きでやってるんですけど」
「そ、そうか……」
「はい!くっついてもいいって言われたので、好きにしてみました!」
「それならまあ、いいけどな……」
八幡は諦めたようにそう言った。明日奈を愛するが故の、八幡のジレンマであった。
「で、話というのはな……」
屋上に着き、珪子と二人でベンチに座ると、八幡は早速本題に入った。
珪子は八幡の話を聞くと、神妙そうな顔で頷いた。
「そうですか、あのロザリアさんが……うん、いいですよ。
むしろそんな程度の事で遊びに連れてってもらえるなら、望むところです!」
「あんまり会いたくないだろうに、何かすまないな」
「え?」
珪子はその言葉にきょとんとした。
「私は別に、ロザリアさんに会いたくないなんて事はまったく無いですよ?
それに私、ロザリアさんを責めるつもりもまったく無いですよ?」
「そうなのか?」
「はい!実は私、アルゴさんからあの人の事は聞いていたんですよ。
今はもう別人のように、八幡さんの為に色々働いてるって。
それで思ったんです。ロザリアさんも、私と同じように八幡さんの事が好きなんだなって。
そう思ったら何か親近感が沸いちゃって。
あ、違いますよ、恋愛とかそういう好きじゃなくて、とにかく好きなんです!
えっと、憧れてるみたいな?えへっ」
それを聞いた八幡は、小町や明日奈の分析が正しかった事を知った。
「そうか、それじゃあ一緒に色々教育するってのはまあ、やめとくか。
普通に謝ってもらって、その後三人で何か甘い物でも食べに行く事にするか」
「はい、それでいいです!むしろそれがいいです!
変わったっていうロザリアさんを見てみたいし、話もしてみたいです!」
珪子はとても嬉しそうに、心からの笑顔を八幡に向けたのだった。
そして次の休日に八幡は、珪子との待ち合わせの場所に車で横付けした。
明日奈の許可が出た為、珪子は初めて八幡の隣に座る事になっていた。
ちなみに珪子は男とデートをするのも始めてであり、当然車での出迎えも初めてであった。
珪子はいつもとは違い、少し大人びた服装で待ち合わせ場所に現れた。
その笑顔はとても嬉しそうで、八幡は、たまにはこういうのもいいかと思い、
同じく笑顔で珪子を出迎えた。当然服装を褒める事も忘れない。
(俺も変わったよな……こんな俺を、例えば戸部あたりが見たら、一体どう思うんだろう)
八幡はそんな事を考えながらも、珪子の為に助手席の扉を開け、珪子を迎え入れた。
珪子はそのお姫様のような扱いに、頬を赤らめながら助手席に乗り込んだ。
続いて八幡も運転席に乗り込んだ。
「さて、一応色々考えてはあるが、あくまで一応だからな。
珪子がどこか行きたい所があるならそこに行くけど、どうする?」
「あ、えっと……」
珪子はどうやら行きたい所があるようだが、言い出せないらしい。
そう思った八幡は、遠慮しないようにと珪子に言った。
珪子はもじもじしながら、恥ずかしそうに言った。
「えっと、子供っぽいと思われるかもですけど、ディスティニーランドに行きたい……です」
「別に子供っぽくはないだろ。それに丁度ここに入場券が二枚あるぞ」
「本当ですか!?八幡さん、やっぱり何でも分かっちゃうんですね」
「お前も俺を過大評価しすぎだろ……たまたまだって」
「たまたまでも何かすごいです!」
「はいはい、それじゃ、早速行こうか」
「はい!」
二人はこうしてディスティニーランドへと車で向かったのだった。
ここからは、シリカのターン!(多分