「八幡さん、こっちこっち!」
「おい、走ると危ないぞ」
「だって、どこもすごく楽しそうなんですもん」
「せめて転ばないように気を付けるんだぞ」
「大丈夫です!私だって、いつまでもとろいままじゃないんですよ……きゃあ!」
案の定、珪子は何も無い所で躓き、転びかけた。
八幡はやれやれと思いながら、珪子を助け起こす為に、そちらに一歩を踏み出したのだが、
珪子は素晴らしいバランス感覚を発揮し、体勢を完璧に立て直した。
八幡はそれを見て少し感心した。SAOからALOにかけての戦いの日々で、
以前は少し頼りない所があった珪子も、かなり成長しているんだなと実感し、
八幡は少し嬉しくなった。珪子は転ばなかった事で、ふふんとドヤ顔をしていたが、
そもそもつまづいている時点で珪子もまだまだだ。
しかし八幡は、ここは素直に珪子の成長を褒める事にした。
世界の妹候補に、こんなつまらない事で苦言を呈する事は、八幡には出来なかったのだ。
「よく体勢を立て直したな、やるじゃないか」
「戦いの時に転んだりしたら、すぐに敵から大ダメージをくらっちゃいますからね、
よく転ぶ私としては、それに対する対策もバッチリなんです!」
それを聞いた八幡は、そもそも転ばないという選択肢は無いのかよと思い、
やっぱり何か言っておくべきかと考えたが、珪子が上機嫌だったので何も言わなかった。
「あっ、八幡さん、今度はあれに乗りたいです!パンさんのバンブーファイト!」
「パンさんか」
「はい、私、パンさんが大好きなんですよ!」
八幡は、そういえば雪乃もパンさんが大好きだったなと思い、その事を珪子に伝えてみた。
「そういえば雪乃もパンさんが大好きだぞ」
「そうなんですか!?今度雪乃さんと、パンさんについて話してみます!」
「あいつはやばいぞ、覚悟だけはしておけよ」
珪子はそれを聞くと、んん?と首を傾げた。
どうやらパンさんの何がやばいのか、想像がつかなかったようだ。
「あいつのパンさん愛は、例えて言うならそうだな、ユキペディアが、万に到達する程だな」
珪子は八幡が、よく雪乃にユキペディアと言っている為、その意味は理解していた。
その上で珪子は、一万字くらいならそこまでじゃないようなと思い、八幡に尋ねた。
「一万字、ですか?でもそれくらいなら、普通にありえる気もするんですけど」
「一万字?ああ、違う違う、項目の数だ」
「こ、項目ですか!?」
「それくらい、あいつのパンさんへの愛は重い。もはや地球を救えるレベルだな」
「ち、地球を救いますか……」
珪子はさすがに驚いたのか、呆然と呟いたが、逆にそれが楽しみだとも思ったようで、
今度絶対に雪乃さんとお話しします!と息巻いていた。
…………ちなみに珪子は有限実行とばかりに、後日雪乃にパンさんネタで話し掛け、
そのまま六時間ぶっ続けでパンさんの話を聞かされ、
八幡の話が誇張でも何でもなく真実だったという事を、嫌という程思い知らされた。
珪子は更に後日、たまたま八幡にその事を話す機会があったのだが、
それを聞いた八幡は珪子に、俺がお手本を見せてやるから参考にしろと言い、
珪子が見守る中、果敢にも雪乃に近付き、パンさんネタを振った。
これはその時の会話記録である。
「なぁ雪乃、ちょっとパンさんの事について聞きたい事があるんだが」
「あら、貴方もやっとパンさんの魅力に気付いたのかしら、別にいいわよ。何かしら?」
「パンさんの……についてなんだが」
「それは……ね。ちなみに」
「そうか、やっと長年の謎が解けた、さすがは雪乃だな。
もう世界一パンさんの事に詳しいと言っても過言じゃないんじゃないのか?」
「そ、そうかしら、そう言われるのは嬉しいけど、私なんかまだまだよ。で、パンさ」
「いやいや、お前ほどのパンさニストは、世界広しと言えどもお前だけだ。
その知識と知見を存分に生かして俺をこれからも助けてくれよな。頼りにしてるぜ」
「え、ええ、もちろんよ、任せて頂戴」
「本当にありがとな、で、話は変わるが、現在の世界情勢についてどう思う?」
その会話を横で聞いていたシリカは心の中で拍手をし、
ますます八幡への尊敬を深める事になったのだが、それはまた別のお話である。
「次はあれに乗りたいです!」
「絶叫マシンか、珪子はああいうのは平気なのか?」
「はい!すごく好きです!」
「それじゃあ乗ってみるか」
「はい!」
………
「次はどれにしようかな、う~ん、あ、あれ!すごく楽しそう!」
「また絶叫マシンか、ま、まあ珪子がいいなら乗るか」
「ささ、行きましょう行きましょう!」
………
「八幡さん、次はあれですよ、あれ!」
「……お、おう(また絶叫マシンか……)」
………
「八幡さん、今度は……」
「な、なぁ珪子、そろそろお腹がすいたんじゃないか?何か軽く食べに行かないか?」
「あっ、そうですね!それじゃあそうしましょっか!あれに乗るのは後でいいです!」
「そ、そうだな……」
(結局乗る事になるのか……食べ過ぎないようにしないと吐くかもしれん……)
そんな流れで絶叫マシンのハシゴをさせられた八幡は、少しフラフラしていた。
対照的に珪子はとても元気いっぱいだった。
「八幡さん、ちょっとお疲れみたいですね、あそこのベンチに座りましょう」
「別に疲れてなんかいないが、ここは珪子の顔を立てて座る事にする」
「まったく、ここには敵や仲間がいる訳じゃないんですから、
別に弱音を吐いてもいいんですよ。そもそも八幡さんは常に気を張りすぎです!」
八幡は、珪子にそう言われた事が予想外だったらしく、
ベンチに腰を下ろすと、隣に座った珪子に尋ねた。
「俺、そんな風に見えるか?」
「そうですね、たまに完璧すぎて、ちょっと怖い事があるのは確かです」
「そうか……」
「別にそれが悪いって言ってるんじゃないですよ。
ただ八幡さんは、みんなの保護者をやる義務なんか無いんですから、
もっと気楽に振舞ってもいいんじゃないかとは思います」
八幡は珪子にそうはっきり言われ、苦笑した。
「耳が痛いな」
「私だって、八幡さんが無理してるんじゃないかって、心が痛いですよ!」
「大丈夫、無理はしていない。だけど昔の俺は、確かにもっと面倒臭がりだった気もする」
「いいですね!もっと色々他人に任せて、もっと楽をしちゃいましょう!
皆もその方が安心するんじゃないかって思いますよ」
「そうかな?」
「ええ、少なくとも私はそう思います!」
「そっか……」
八幡は、そんなにこにこしている珪子を見て、
確かに最近の俺は昔みたいに何でも一人でやろうとしすぎてたかもしれないと反省した。
自分では色々他人に相談してきたり、仕事を任せてきたつもりだったが、
珪子がそう言うのなら、確かに最近の自分は頑張りすぎていた部分もあるのだろう。
(もう少し気楽に、色々と楽しんでやってみるか)
八幡はそう思い、珪子にこう提案した。
「ありがとな、俺ももう少し肩の力を抜く事にするよ。丁度パレードが始まるみたいだし、
今日は珪子と一緒にとことん気楽に楽しんでみるさ。さて、それじゃあ行くか」
「はい!」
こうして二人は、閉園の時間まで遊び倒した。
そして薔薇との約束の時間が近付き、八幡は珪子を連れ、
既に閉店しているはずのダイシーカフェへと向かっていた。
他人がいる所でする話でも無いだろうと思い、八幡が事前にエギルに頼んでいたからだ。
ダイシーカフェに着き、入り口のドアを開けると、エギルがこちらに声を掛けてきた。
「おう、今日はどうだった?楽しかったか?」
「おう」
「はい、とっても!」
「そうか、良かったな」
エギルはニカッと笑うと、奥のテーブル席を顎で示した。
そこには薔薇が、緊張した面持ちで座っていた。
珪子は笑顔で八幡に頷いた後、そちらの方へタタッと走っていった。
八幡はそのままカウンターに腰掛け、エギルと共に遠くから二人の様子を眺めていた。
薔薇は珪子に声を掛けられると、そこで初めて珪子の存在に気付いたようで、
ハッと珪子を見つめると、いきなり立ち上がり、しきりに頭を下げていた。
珪子はそれを焦ったようになだめた後、二人はテーブルに座り、会話を始めた。
「さて、話が上手く纏まってくれればいいんだがな」
「あの様子なら、問題ないだろ」
エギルは八幡の隣に座ると、カウンターに片肘をつきながらそう言った。
昔の事を話しているのだろうか、珪子が薔薇に何かを言い、それを聞いた薔薇が恐縮し、
それを慌てて珪子が宥めているように見える。珪子はずっと笑顔を絶やさず、
薔薇もそれに釣られ、段々と笑顔が増えていった。
「問題無いみたいだな、これでまた一つ、肩の荷がおりたな」
「おい八幡、お前は大丈夫か?最近色々と肩に乗せすぎじゃないか?」
八幡はそのエギルの言葉に、やはり最近の俺はそんな風に見えていたのかと実感した。
「お前も俺を、そんな風に見てたんだな」
「お前、も?他の誰かに同じような事を言われたのか?」
「今日その事で珪子に怒られてな、俺もこれからはもう少し、肩の力を抜こうと思う。
お前にも心配を掛けちまった、すまなかった」
「いちいち謝るなって。こっちこそ色々任せっきりにしちまって悪かったよ」
「俺としても、任せっきりにされたつもりは無かったんだが、
知らず知らずのうちに、気負っちまってたのかもな」
「まあ、義務じゃないんだから、楽しくいこうぜ。
実はな、俺も明日奈に聞いて、初めてその事に気が付いたんだよ。
だから今回の事も、多分明日奈はそこまで考えて、
珪子とのデートをセッティングしたんじゃないのかな」
「ああ……そういう事か……まったくあいつは、俺にはもったいないくらいのいい彼女だよ」
「あっちも案外そう思ってそうだけどな」
二人がそんな会話を交わしている間に、珪子と薔薇の話も終わったようで、
珪子が嬉しそうに八幡に駆け寄ってきた。
「八幡さん、私、やっとロザリア……薔薇さんと、お友達になれました!
これから男受けがいいメイクの仕方とか、出来る女に見える仕草とか、
声を掛けてくるうざい男のあしらい方とかを、教えてもらいます!」
それを聞いた八幡は、ガタッと席を立つと、薔薇に向かって呼びかけた。
「おいこら薔薇、お前ちょっとこっちに来い」
薔薇は八幡にそう呼ばれ、一瞬ビクッとしたが、そのまま立ち上がると、
精一杯虚勢を張った表情を作り、八幡の方へと歩いてきた。
「な、何かしら」
「何かしら、じゃねえ。お前うちの珪子に一体何を教えようとしてやがるんだ」
「お、女の子には、いつか絶対に必要になる事なのよ!」
「百歩譲ってそうだとしても、いつも俺の前だとおどおどしているお前が、
本当にそんな事を教える事が出来るのか?」
「で、出来るわよ!こう見えても私、職場では出来る女で通ってるのよ!」
「本当か?」
「ほ、本当よ!」
「ちょっと待ってろ」
八幡はそう言うと、どこかへ電話を掛け始めた。
そんな二人のやり取りを見た珪子は、そっとエギルに話し掛けた。
「八幡さんって、本当に薔薇さんの事を、完璧に従えてるんですね。
八幡さんのこういう姿はギルドではまったく見た事が無いから、少しびっくりです」
「おう、俺も最初見た時、目を疑ったからな」
「でも薔薇さんも、反論こそしてるけど、顔はとっても嬉しそう」
「そうなんだよ、だからあれはあれで上手くいってるんだろうな、明日奈も公認らしいし」
「なんか、大人の世界って感じですね」
珪子がそう呟いたちょうどその時、八幡の電話が終わった。
「……今材木座に、お前の評判を確認した。信じられないが事実のようだな」
「でしょ?分かればいいのよ分かれば」
「ちっ、まあいい、教えるからにはきちんと教えるんだぞ」
「言われなくても分かってるわよ!もう二度と珪子に、嫌な思いなんかさせないわよ!」
それを聞いた珪子は目を見開くと、薔薇に駆け寄り、そのまま抱きついた。
「薔薇さん、ありがとう!」
「あ……う、ううん、これくらいは当然よ」
「でもでも、やっぱり薔薇さんにそう言ってもらえて、私嬉しいです!」
「……私も嬉しいわ」
そんな二人は仲のいい姉妹のように見え、八幡とエギルは顔を見合わせ、頷きあった。
珪子は顔を上げると、今度は八幡の方を向き、こんな質問をした。
「八幡さん、これから薔薇さんに色々教えてもらったら、私にもいつか、
八幡さんや和人さんみたいな、素敵な彼氏が出来ますかね?」
「出来るだろ、ただし俺と和人が事前に審査はするがな」
「はい、私が変な男に引っかからないように、その時はお願いします!」
「おう、任せろ」
エギルは、その審査とやらに通る男が簡単にいる訳が無いと思い、
珪子の春は遠そうだと思った。そして同じく会話を聞いた薔薇も、おずおずと八幡に尋ねた。
「わ、私にも、その、あんたみたいな……」
「無理だ」
「ちょっと、人の話は最後まで聞きなさいよ!」
「うるさい、それ以上喋るな」
「横暴!」
「あはははははは」
それからしばらくダイシーカフェは、四人の明るい笑い声で満たされていた。
こうして珪子と薔薇は、二年の時を経て、ついに和解する事となった。
ちなみにこの後八幡は、事前にエギルに頼み込み、
買っておいてもらったお高いデザートの山を、二人に振舞ったのだった。
次の日の朝、珪子と薔薇が体重計に乗って顔を青くした事も付け加えておく。
まあ実際の所、八幡がやる事はまだまだ多く、それほど楽になったという事はありませんが、
気持ちの上では楽になった事は間違いないようです。