五人の会話はまだ続いていた。
ピトフーイは、アハトアハトと呟きながら、シャナにその由来を質問した。
「アハト?どんな意味?」
「ドイツ語の八だな」
「へぇ~、グーテンモルゲン!」
「何言ってるんだお前……」
「シルブプレ?」
「それはフランス語だからな……」
「そうだっけ?」
呆れるシャナを無視して、ピトフーイは尚も言った。
「ところで二は?二はどこ?」
「……旅にでも出たんじゃないか」
「へぇ~、かわいい子には旅をさせろって奴だね!」
「ああ、だからお前は、絶対に旅になんか出なくていいからな」
「ムキー!」
二人の漫才のような会話を聞きながら、次にシノンがシャナに質問した。
「ねぇシャナ、あんた今、もう別にあるって言ったわよね。
その銃の名前、今付けたばっかりのはずなのに、別に何か由来があるの?」
「そうだな……」
その質問に対し、シャナは何かを懐かしむような表情をした。
その表情を見たシノンは、不覚にもドキッとした。
「アハトは、正確にはアハト・ファウストと言う。
俺がSAO時代に使っていた、おそらくサーバーにたった一つしか存在しなかった、
盾と格闘武器の中間みたいな存在の装備だ」
「そうなんだ」
シノンはそれ以上、何も言わなかった。
シャナがどれだけ、その装備の事を大切にしていたか、何となく理解した為だった。
だが、ピトフーイはその性格故か、当然黙ってはいなかった。
「そうなんだ!うん、アハト、いいね!その銃にピッタリの素敵な名前だね!」
「お前さっき、二はどこだとか、グーテンモルゲンとか言ってたよな」
「え~?そんな事言ったっけ?シャナの気のせいだよ~」
それを聞いたシャナは、黙ってピトフーイの頭に拳骨を落とし、
ピトフーイはその痛さに、黙ってその場に蹲った。
そんなシャナに、シノンが別の質問をした。
「ねぇシャナ、話は変わるけどさ、もしかして今のアスピドケロンって、
アハトがあれば、シャナ一人で倒せたよね?」
「そうだな、実際倒したからな」
「やっぱり……本当に反則だね、その銃」
「敵の感知範囲外から、つまり距離さえしっかりとって攻撃すれば、
敵に襲われる事も無く、一方的に攻撃出来るからな」
シノンはふむふむと頷きながら、他にいくつか狙撃についてシャナに質問した。
「このフィールドだと、端からなら攻撃はくらわないの?」
「ああ、狭いフィールドだと、お手上げだけどな」
「このタイプの敵って、他にも存在するの?私にも出来るかな?」
「他にもいるぞ、今度案内してやろう。まあ敵によっては、お前の今持ってる銃でも、
そういう事が可能な敵もいるかもしれないが、
少しでも勝率を上げる為に、いっそもうちょっと射程の長い銃を買ってみるか?」
「考えてみる」
シノンは狙撃手を目指すと決意した時から、すごい向上心を見せていた。
もはやシノンは、シャナの弟子といってもいいレベルであり、
シャナもそんなシノンを、好ましく思っていた。
さっき冗談めかして言った、一番評価しているという言葉も、あながち冗談では無い。
そこに、蹲った体勢のままのピトフーイが会話に加わった。
「ねぇシャナ、対物ライフルの出物が無いのって、やっぱりそういう理由なのかな?
確かにピーキーな武器だけど、はまると強すぎるから?」
「それは……あるかもしれないが、どうなんだろうな」
「シャナはその銃、どうやって手に入れたの?」
「アハトか……これはな……」
シャナは、思い出すのもつらそうに話を始めた。
「おいピト、街の地下に、恐ろしく強い敵がいるのは知ってるか?」
「あ~、その噂、聞いた事があるかも!」
「前にな、街の地下を探索していた時に、たまたまその中の一体に遭遇してな……」
「え?一人で?」
「ああ」
「うわぁ、よく無事だったね、っていうか、よく倒せたね、一人で弾は足りたの?」
「いや、無理だった……」
シャナは本当につらそうにそう言った。
「でな、弾も無くなり、さすがにここで死ぬしかないかと思った俺に、
最後に残されたのが、このナイフでな」
シャナはピトに、ナイフを二本、ひらひらと振って見せた。
「こいつを持って特攻して、二時間戦い続けてやっと倒す事が出来たって訳だ。
そしてその敵から、このアハトがドロップした」
それを聞いた四人は、そんな事はシャナにしか出来ないと思い、
どれほど困難な道だったのかを想像し、絶句した。
「……よく死ななかったね」
やっと言葉を発したシズカに、シャナは言った。
「幸いその敵は人型だったんでな。一度でもくらったら死んでただろうが、
まあ、何とかなったわ」
「あ、人型だったんだ」
「銃を乱射してくるたちの悪い敵だったけどな、何とか懐に入れたから、
後はいつも通りにやるだけだったな。長時間神経を使い続けるのは、本当にきつかった」
「そっか、じゃあまあ、勝つ可能性は少しはあったんだね」
「まあ、そういう事だ」
その会話を理解していたのは、シズカとベンケイだけだっただろう。
シノンは訳が分からないという風に黙り込み、こういう時に遠慮しないピトフーイが、
代表してシャナに質問をした。
「人型だと、何かあるの?」
「ん?ああ、俺は人型相手は、昔から得意なんでな」
「得意って……それだけで勝てるもの?」
「そういやお前とは、結局まともには戦ってないよな。
そうだな、試しにやってみるか。おいピト、ナイフを持って俺に攻撃してこい」
「うん、分かった」
そしてピトフーイはナイフを構え、シャナと対峙した。
それをシノンは興味深そうに見学していた。
そしてピトフーイが攻撃目標を決め、動き出そうとした瞬間、
ピトフーイのナイフが弾かれ、ピトフーイの首にナイフが突きつけられた。
ピトフーイは体勢を立て直す事も出来ず、何もする事が出来なかった。
シノンはその一連の動きを見て、首を傾げた。
「ねぇピト、あんた何で今、無防備にシャナの攻撃を受けたの?」
「ち、違うよシノノン、今私、確かに攻撃しようとしたんだよ!」
「え?そんな風には、ちっとも見えなかったけど」
「とにかく違うの!」
ピトフーイはシノンにそう抗議を続けたが、シノンは理解出来なかった。
そんなシノンにシャナが言った。
「それじゃあシノン、次はお前がやってみろ」
「あ、うん。ナイフにはあんまり慣れてないけど」
シノンは、ピトフーイからナイフを借りると、ぎこちなく構えを取り、
シャナに攻撃をしようとした。そう、しようとした。
その瞬間に、攻撃をしようとしていたナイフがいきなり後方に弾かれ、
シノンは何も出来ない体勢のまま、シャナにナイフを突きつけられた。
シノンは今、自分の身に何が起こったのか漠然と理解し、ピトフーイに言った。
「ピト、ごめん、あんたの言った通りだった」
「でしょでしょ?もう訳がわかんないでしょ?
私もシノノンも、攻撃しようって筋肉に力を入れた瞬間に武器を弾かれたみたいな?」
「うん、そんな感じ」
「まあ、大体それで合ってる」
シャナがそう言い、二人は唖然としてシャナを見つめた。
「これが……シャナが四天王って言われた秘密?」
「別に秘密じゃないが、大体そんな感じだ」
「……人相手だと、ほぼ無敵って訳ね」
「俺は基本、カウンター使いだからな。もっともそんな俺でも、勝てない奴もいる。
神聖剣とか、黒の剣士とか、閃光とかな」
「全員四天王じゃないの……」
「あいつらやシズカの戦闘スタイルとは、相性が悪いんだよ。
まあ、ほとんどの奴には負けないけどな」
「なるほど……すごいね、シズカ」
「シズカの突きは、俺でも完全に見切るのは難しいからな。
たまに成功しても、結局手数でやられちまう」
「そっかぁ……そっかぁ……」
とにかく強い者に憧れる傾向のあるピトフーイは、
改めてシズカとシャナを尊敬の目で見つめた。
シノンでさえも、似たような目で二人を見つめていた。
「まあそんな訳で、俺は随分苦労はしたが、このアハトを手に入れたって訳だ。
だからシノンも、もし対物ライフルが欲しいなら、どんな時も決して諦めるな。
最後まであがいてあがいてあがき続けろ。多分その先に、まだ見ぬお前の武器がある」
「うん、すごく参考になる話だった。ありがとう、シャナ」
この時のシャナの話を、シノンは決して忘れなかった。
とりあえずシノンはこの日、銃を新調する事を決め、
その為にしばらくはシャナ達と一緒に行動する事を決めた。
シノンはこの後、シュピーゲルと前ほど一緒に行動しなくなり、
その事が後の事件の遠因となっていくのだが、この時は誰もそんな事は理解していなかった。
今のシノンはとにかく、最近知り合ったこの四人と一緒に行動するのがとても楽しかった。
明日から、GGO世界を一時離れ、暴走ぎみな中編エピソードが始まります。