ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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さがみんの過去です。現在部分は流しぎみです。
彼女絡みの話は、三話に渡ってお送りします。

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


第215話 相模南の過去と現在

 相模南はクリスマスイベントの日、その様子を物陰からこっそりと見つめていた。

イベントの進行は、傍目に見ていてもとてもしっかりとした物で、

新しい生徒会長の一色いろはが、就任後に初めて企画進行をしたイベントとしては、

とても上手くいっているように見えた。

 

「まあ、うちが言うのも何だけど、体育祭の時と比べると、同じくらいの出来かな、でも」

 

 そう呟きながら南は、イベントが終わった後、とあるスタッフの姿をじっと見つめた。

体育祭に無くて、クリスマスイベントにある物……

それを一番端的に表していたのが、あの嫌みっぽいぼっち男、比企谷八幡の、

いかにもやり遂げたとでも言いたそうな、満足げな表情だった。

 

「あいつの事は今でも嫌い、大っ嫌い……でも……」

 

 そう言いながらも南は、いつの間にか涙を流していた。

 

「……もし文化祭で間違わなければ、あいつはうちにもあんな顔を見せてくれたのかな。

そしてうちも、あんな顔で笑えたのかな……」

 

 南は寂しそうにそう呟くと、ごしごしと涙をぬぐいながら、ぽつりと言った。

 

「帰ろ……」

 

 そして南はたった一人で、とぼとぼと家路についたのだった。

その少し後に事件は起こる。買い物に出かけていた南の元に、母から電話が入ったのだ。

南は帰りに何か買ってきて欲しいのかなと思いながら、のんびりと電話をとった。

電話の向こうの母は、最初は何を言っているのか分からないくらい錯乱していた。

 

「お、お母さん、何を言ってるのかよく分からないよ、とにかく落ち着いて!」

 

 その南の声に多少落ち着いたのか、母は南に早く帰ってくるように告げた。

そして可能ならスマホでニュースを見るように、そう言って母は電話を切った。

多少面倒臭いなと思いながら、南はニュースサイトをいくつか見てみたのだが、

どのニュースサイトもSAOの文字一色だった。

詳細を読んで、南は顔面蒼白となった。南の父、相模自由は、

顔に似合わず無類のゲーム好きであり、南は、今日発売の最新ゲームとやらを、

今朝自由が嬉しそうに開封していた光景を思い出し、

まさかと思いながら、自宅に戻る為に電車に飛び乗った。

電車の中でも乗客の話題はSAO一色であり、南は電車の速度が遅く感じ、焦っていた。

そして電車を降りた南は、走りに走り、やっと自宅へとたどり着いたのだが、

そこで待っていたのは、家の前に止まるパトカーの姿であった。

 

「お母さん!」

「南!お父さんが、お父さんが……」

 

 そして数時間後、自由は救急車で病院へと搬送され、南は眠れぬ夜を過ごす事となった。

そして次の日の朝のホームルームで、南は八幡がSAOに囚われたという事を知った。

 

「うちのお父さんと同じだ……」

 

 南はその事を誰にも言い出す事が出来ず、八幡の話に自由の姿を重ねてしまい、

他の者とは違った理由で涙を流していた。

そして数ヶ月後、南はクラスで孤立していた。自由の見舞いに行かなくてはならなかった為、

友達と遊びに出掛ける事がまったく無くなったせいだった。

 

「お父さんの馬鹿……お父さんのせいで、うちにはもう、

仲良くしてくれる友達なんか、一人もいなくなっちゃったよ……」

 

 その現在の境遇に、南はつい自由を恨むような事を考えてしまったりもした。

だが結局南は、自身の行動を変える事をせず、淡々と自由の見舞いを続けていた。

自分が見舞いに行かなくなったら、自由が死んでしまうかもしれない、

南は何となくそう信じ込み、孤立への道を自ら進んで歩んでいった。

そんな南に声を掛けた者がいた。結衣である。

 

「ねぇさがみん、もしかして、何か悩みでもあるの?

あたしで良かったら、話くらい聞くよ?」

 

 その結衣の気持ちは嬉しかったが、結衣とは八幡との一件以来、

少しぎくしゃくした関係になっていた為、南は後ろ髪を引かれながらもその話を断った。

 

「ううん、そんなんじゃないの。ありがとう、心配かけてごめんね」

 

 そんな南を相手に、だが結衣は一歩も引かなかった。

 

「それじゃあ、せめて一緒にさ、お昼ご飯、食べよ?」

 

 南が咄嗟に返事を出来ないでいると、結衣はそれを承諾と受け取ったのか、

南の手を引いて歩き出し、二人は奉仕部の部室に着いた。

 

「ゆきのん、お待たせ~!」

「えっと、お邪魔します……」

 

 雪乃は、結衣が連れてきた南の姿を見て目を丸くしたが、

一言も文句を言わずに南を受け入れた。南は少し居心地の悪さを覚えながらも、

何となく一緒に昼食を共にし、何となく八幡の事を二人に聞いてみた。

 

「あ、あの……最近比企谷の調子はどう?」

「そうね、まだずっと眠り続けているわね」

「ちっとも起きないんだよね」

 

 そう答えた二人の顔はとても穏やかであり、同じように父を失った自分とは、

根本的に何かが違うような気がした。南はそれを疑問に思い、二人に尋ねた。

 

「ねぇ、気のせいだったらごめんね、二人は比企谷の事、心配じゃないの?」

「心配よ」

「心配だよ!」

「あ……だよね、ごめん、変な事を聞いて」

 

 恐縮する南を見て、雪乃はポケットから何かを取り出し、

それを見た結衣も、同じようにバッグの中から何かを取り出した。

 

「それは……お揃いのシュシュ?」

「うん!あのね、ヒッキーから勝手にもらったの!」

「勝手に?どういう事?」

「実はこれ、比企谷君がね、私達へのクリスマスプレゼントとして、

密かに用意してあった物らしいのよ。それを発見した妹の小町さんから、先日受け取ったの」

 

 南は、あの八幡がそんな事をと少し驚いた。そして同時に別の疑問が沸いてきた。

 

「そうなんだ。でもそんな大事な物を、どうしてうちに見せたの?

うちは自分で言うのも何だけど、三人には沢山迷惑をかけちゃったから、

てっきり嫌われてると思ってたし……」

 

 その当然の疑問に、雪乃は笑顔でこう答えた。

 

「それはあなたが、例え内心はどうであろうと、

最初に比企谷君の事を心配して尋ねてくれたからよ。

そしてあなたが、私達があまり悲しんでいない事を疑問に思ったような顔をしていたから、

その理由を説明しなくてはと思ったの」

「あ……うちやっぱり、顔に出てたんだ……」

 

 南はその事を少し恥ずかしく思ったが、雪乃は気にせず、話を続けた。

 

「私達は、彼が戻ってくるまでこの場所を皆で守ろうって決めたの。

そのキッカケの一つが、このシュシュなのよ」

「私のが青で、ゆきのんのがピンクって不思議じゃない?さがみんはどう思う?」

 

 結衣が突然そんな事を言い出し、南は見て感じた印象を、素直に口に出した。

 

「確かに逆な気もする」

「だよね、でもこれがヒッキーの選択だからさ、だからヒッキーが戻ってきたら、

二人で泣きながら、このシュシュをつけた姿をヒッキーに見てもらおうって、そう決めたの」

「だからその日まで泣くのはやめにしたのよ。

私達が泣いていたら、彼は安心して戦えないと思うから」

 

 それを聞いた南は、二人は強いなと思いながら、

自分もこんな強さを持てるだろうかと、自分自身に問いかけた。

だが、その答えはすぐには出なかった。南はそれは諦め、代わりに二人に言った。

 

「あの……もし良かったら、比企谷の事、もっと教えて欲しい……」

 

 南は、彼と彼女達の交流がどんなものだったかを知る事で、

もしかしたら自分が強くなる為のヒントが得られるかもしれないと、そう考えたのだった。

二人はそれを快諾し、それから南は、奉仕部の部室でお昼を食べたり、

時には教室で、結衣に連れられ、優美子達のグループと一緒にお昼を食べる事となり、

南の完全なる孤立は避けられた。優美子や結衣に遊びに誘われる事もあったが、

南は病院行きを理由にそれを全て断った。意外にも優美子は、その南の態度に理解を示し、

決して南を仲間外れにしようとはしなかった為、南は優美子の事が少し好きになった。

そして一年とちょっとが過ぎ、八幡も自由も解放されないまま、南は卒業の時を迎えた。

 

「結局比企谷は、帰ってこなかったね」

「でも奉仕部は最後まで守れたから、これで胸を張ってヒッキーと再会出来るかな」

「そうね、後は彼の帰りを大学で待つだけね」

「全員合格出来て、本当に良かったね」

「うん!」

 

 南も何とか志望校に合格する事が出来ていた。

お昼の後、たまに雪乃に勉強を見てもらっていたのが幸いしたのだろう。

南は雪乃の事も、普通に接し続けてくれた結衣の事も、少し好きになっていた。

二人と一緒にいる事のメリットは他にもあった。

ゲームの進行状況を、リアルタイムで知る事が出来たからだ。

といってもその情報は、現在の最高到達層くらいなのだが、

それでも南にとっては、父の生還を信じる材料として、とても有用な情報であった。

そして父の事を考える時、南の脳裏には、自然と八幡の姿も浮かぶようになっていた。

そのせいで南は、八幡の事も少し好きになっていた。

こうして南は、ゆっこと遥とは疎遠になったが、代わりに色々な人達の事を少し好きになり、

そんな状態で高校生活を終える事となった。

 

 

 

 そして大学生活が始まり、南はまた一人になった。だが高校の時程の寂しさは無かった。

高校の時程、厳密にクラスが分かれている訳でも無く、

一人でいる事に、何の支障も不自然さも無かった為だ。

雪乃や結衣ともたまに連絡を取り、一緒に八幡の見舞いに行ったりもした。

たまに地元に戻った時は、一人で八幡の見舞いに行く事もあったが、

その時は驚く程の確率で、優美子と遭遇する事となった。

 

「あーしは学校がすぐ近くにあっからね」

 

 そう言い訳する優美子の顔は、どこか恥ずかしそうだった。

 

 

 

 そして更に数ヶ月の時が過ぎた。前の日に少し夜更かしをした為、南は少し寝不足で、

頭がまだぼ~っとしていた。昨日は結衣と少し長電話をしてしまったのだ。

南は昨日、結衣と電話で話した際、今の到達階層が七十五層らしいと教えてもらっており、

ゲームのクリアまではあと一年くらいかなと、漠然と考えていた。

そんな時、突然南の携帯が鳴った。南は眠い目を擦りながら、携帯を手に取った。

画面の表示を見ると、そこには母の名前が表示されていた。

 

「もしもしお母さん?こんな朝早くからどうしたの?」

「南、お父さんが……お父さんが……」

 

 そう聞いた南の心臓がドクンと音を立てた。まだクリアには早すぎる、

まさか、まさか……そう思った南の耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。

 

「お父さんが、目を覚ましたわよ!」

「ほ、本当に?分かった、すぐ行く!」

 

 意識が一気に覚醒し、母に即座にそう答えた南は、病院へと急いだ。

病室へ飛び込むと、母の言葉通りに自由が目覚めており、嬉しそうにこちらを見ていた。

自由は寝ていた時の姿と比べて、かなり痩せたように見え、

南は少し心配になったが、その自由の目の光がしっかりとしたものだったので、

南は安心し、久しぶりに自由に声を掛けた。

 

「お帰りなさい、お父さん」

「ああ、ただいま南。お父さんな、南の顔がもう一度見たくて、頑張って生きて帰ったぞ」

 

 南はそれを聞き、そのまま自由の胸に飛び込むと、

恥も外聞も泣く、ただひたすら泣き続けた。

自由は南が泣きやむまで、ただひたすら南の頭をなで続けていた。

泣きやんだ南は自由に、何故七十五層で解放されたのかと尋ねた。

自由は言葉を濁し、詳しい状況については話してくれなかった。

どうやら中で、何か大変な出来事があったのかもしれない、

南はそう思い、いつか自由がその事を話してくれる時を、辛抱強く待つ事にした。

ただ、すぐに話してくれた事もいくつかあった。

自由のプレイヤーネームがゴドフリーである事、命を助けてくれた人がいる事、

その人の部下として戦い続け、最後は動けない状態にされたのだが、

その人とその仲間だけが罠を乗り越え、最後のボスに勝ってくれた事、

だから自分は今ここにいるのだと、自由はぽつぽつと、南に話してくれた。

自由は最後に、とても嬉しそうに、その恩人の名前をポツリと言った。

 

「そう、あの人達がいたから俺はここに戻ってこれた。

銀影のハチマン参謀、閃光のアスナ副団長、そして黒の剣士キリトと、投刃使いのネズハ、

この四人のおかげで、俺は……俺は……」

「お父さん、ちょっと待って!」

 

 その自由の言葉を聞いた南の心臓が、ドクンと音を立てた。

 

「ん?どうかしたのか?」

「そのハチマンって人の事なんだけど……」

「ん?何だ、参謀に興味があるのか?まさかお前、参謀の事が好きなのか?

まあそれも当然か、参謀はとても格好いいからな。だけど諦めろ、もう参謀には、

副団長という決まった相手がいるからな、あの二人は本当にお似合いだよ、ははははは」

「ちょっとお父さん、まだゲームの中にいるつもりなの?」

 

 南にそう言われ、我に返ったのか、自由は頭をかきながら言った。

 

「そうだったな、すまん。で、参謀がどうかしたのか?」

「あ、ううん、気のせいだったかも」

 

 そのハチマンというプレイヤーは、どうやらとても格好いいらしい。

そう聞いた南は、人違いなのかなぁと思い、それ以上自由に質問するのをやめた。

実際の所、誰も明言しなかっただけで、八幡のプレイヤーネームがハチマンだと言う事は、

雪乃も結衣も知っていたのだから、これは完全に運命のいたずらというべきものだった。

その次の日のテレビで、まだ戻ってこない人が百人ほどいるという報道があり、

それを見た自由はとても憤っていたようだ。

茅場が、茅場がと、自由は何度も製作者の名前を連呼していたらしいのだが、

それが最後のボスだと知らなかった南は、まあそれは製作者に文句を言いたくもなるよねと、

一般的な感想を抱いただけだった。

 

 

 

 そして二ヶ月後、事件はついに収束した。

自由の安否を確認した後、南はすぐに結衣に電話を掛け、八幡の安否も確認していた。

その百人には気の毒だが、自分にとってはまあ関係ないかと南は思っていたのだが、

完全に事件が収束したと聞き、南はやっと、本当の意味で安堵する事が出来た。

そこで会いに行けば良かったのだが、南は自由のリハビリの手伝いもあり、

八幡に会いにいくタイミングを、完全に逃してしまっていた。

 

 

 

 そしてまた一年の時が過ぎた。

今では自由もすっかり元気を取り戻し、前の職場に復帰して、頑張って働いていた。

全ての心配が無くなった南は、学校でもそれなりに友達を作る事に成功しており、

いつしか八幡の事を、あまり思い出さなくなっていた。そんな時、結衣から連絡があった。

それは今度、横の友達繋がりで同窓会もどきを開催する事になった為、

南も来ないかという誘いだった。

それを聞いた南の脳裏に、閃光のように八幡の姿が浮かび上がった。

これは、自由の話を確認するチャンスかもしれない。そう思った南は、少し遅れたが、

同窓会が開催されている店の扉を開け、そっと中に入った。

 

「は?英雄?何それ、誰かそれを証明出来るの?本人がそう言ってるだけじゃないの?」

「馬っ鹿じゃないの?こんな奴が英雄なら、私達だって、皆英雄よ」

 

 突然南の耳に、そんな聞き覚えのある声が聞こえた。ゆっこと遥の声だ。

そしてその内容を聞いた南は、まさに今、自分が聞きたかった事が話題にされていると思い、

その言い争いの中に思い切って飛び込み、おずおずと声を掛けた。

 

「あ、あの……」

「なんだ、南じゃない」

「いたんだ」

「ひ、久しぶり……」

 

 二人は南に対し、冷たい口調でそう言った。南が挨拶を返しても、完全に無視である。

だがそんな二人とは違い、予想外にも八幡が、自分から南に声を掛けてきてくれた。

 

「何だ相模か、久しぶりだな」

「う、うん、久しぶり」

 

 南はそれを嬉しく思い、八幡に挨拶を返した。

その後、自分の知る限りの事を話し、自由のプレイヤーネ-ムを告げた瞬間、

南は八幡の顔色が変わるのを見た。そして八幡の口から明日奈という名前が出た瞬間、

南は、自由の命を救ってくれたのが八幡なのだと確信し、

涙がこぼれそうになるのを必死に我慢した。

そしてすぐに自由を呼び出した南は、明日奈が到着したと聞き、

父の命を救ってくれたお礼を言おうとしたのだが、

その姿を見た南は、明日奈に対して何も言う事は出来なかった。

 

(すごい美人じゃない……)

 

 南はそう思い、八幡と明日奈の仲が良さそうな姿を、ただ羨ましそうに見つめていた。

そして自由が到着すると、自由はいきなり八幡に抱き付き、おいおいと泣き始めた。

 

(お父さん、すごく嬉しそう……)

 

 その姿を見て、他の者達からは気付かれないままひっそりと、南も涙を流していた。

その後南はエルザの提案で、何故か八幡に抱きつく事になり、

八幡にお礼を言うと同時に、八幡の頬にキスをして、SAO事件の真実を知った。

そして今目の前で、ゆっこと遥がこそこそと逃げ帰ろうとしている。

かつては確かに友達だったはずなのだが、南はその姿に、今はもう何も感じなかった。

そしてその後、陽乃から提案があり、SAOサバイバー同士、積もる話もあるだろうと、

八幡、明日奈、自由の三人が別の店に移動する事になり、

南とエルザと陽乃が、何故かそれに付き合う事になったのだった。


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