ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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斜め上はまだまだこれからです

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


第218話 お願い魔王様

「まっ、魔王様!私の働きにも、何か褒美を下さいっっっ!」

 

 エルザが突然そう言いながら、陽乃の足にすがりついた。

その目は陽乃への尊敬に満ちており、キラキラと輝いていた。

陽乃は何も言わず、まるで飼い犬をなでるようにエルザの頭をなでながら、八幡に言った。

 

「そういえば八幡君、最近私の事を、魔王って呼ぶ人が増えている気がするんだけど、

一体誰のせいなのかしらね?」

「そっ……それはですね、親愛の情の発露とでも言いますか、

アレですよ、陽乃さんを称える俺の気持ちが、言葉になって溢れた結果というかですね……」

「あら、随分正直に自白するのね」

「ぐっ……」

 

 八幡は一瞬言い淀んだが、尚も反論を続けた。

 

「そもそも最近の日本では、魔王という言葉は、

必ずしもネガティブな意味だけを示す物では無いですよね?

それこそお茶の間に魔王がいたり、立派な為政者をやっていたり、

そのジャンルは多岐に渡り、それこそ多種多様です。

つまり俺が言いたいのは、魔王という言葉は、織田信長に代表されるように、

ただただ人の偉大さを表す言葉であり、だからこそ陽乃さんも、

自らが主催する女子会に魔王女子会と名付けたのであろうと、そう推察する訳であります」

「あれはただの、あなたへの当て付けなんだけど。あと日本語が変」

「ぐっ……」

 

 八幡は再び言い淀んだが、尚も反論を続け……なかった。

 

「本当にすみませんでした!」

 

 八幡は突然そう言うと、深々と頭を下げた。

それを見た陽乃は、何故か少し困った顔で八幡に言った。

 

「別に謝らなくてもいいのよ、私だって面白おかしく自称している面もある訳だしね。

ただ私は何となく思うのよ。世間では、ほとんど例外も無く、男も女も魔王扱いじゃない。

でもそれってどうなの?エリザベス女王様は、あくまで女王であって、国王とは言われない。

そう、つまり私の場合は、本来魔女王と呼ばれるべき存在なのではないかしら?」

「あんた、ずっと俺にプレッシャーをかけるが如く、思わせぶりな態度をとっておいて、

実際に考えてたのはそれかよ!」

 

 八幡はそう言って頭を抱え、陽乃はそれを見てケラケラと笑った。

どうやら陽乃は、八幡絡みで魔王と呼ばれる事についてはどうでもいいらしく、

ただ八幡をいじりたかっただけのようである。

 

「それで八幡君、この子の事だけど、どう思う?」

「う~ん……頑張ってくれたのは事実ですし、何かしら報いてやりたいとは思いますが」

「でも私、正直この子の事はよく知らないからねぇ」

 

 八幡は陽乃に頷き、重々しい口調で言った。

 

「変態なのは確かなんですが……」

「もう~それは褒めすぎだよぉ」

「こういう奴です」

「なるほど……」

 

 陽乃は胸の下で腕を組んで考え込んだ。その魔王クラスの胸を見たエルザは、

勢いよく陽乃に言った。

 

「魔王様!私もその、魔王クラスの胸が欲しいです!」

「牛乳飲め」

 

 八幡はそう即答し、陽乃は自分の胸を見ながら諭すようにエルザに言った。

 

「これは遺伝子の問題だから、私にどうこう出来る問題じゃないわね」

 

 エルザは身長も低く、細身の体つきをしている。

雪乃同様、ここから爆発的に胸が大きくなる可能性は低いと思われた。

 

「そっかぁ……」

 

 エルザはしょぼんとしながらそう呟いた。そんなエルザに八幡は言った。

 

「他に何か無いのか?」

 

 するとエルザは、パッと顔を輝かせ、八幡に言った。

 

「八幡の部下になりたい!」

 

 そんなエルザに、八幡は呆れた顔で言った。

 

「有名な歌手が何言ってんだよ。それにお前はもう、俺の自称下僕じゃないかよ」

「あ~、下僕から部下にランクダウンしちゃうよね……」

「お前の価値基準がまったく分からんのだが……」

 

 エルザのその考え方は、確かに一般人には理解不能であろう。

 

「それじゃあ、歌が上手くなりたい?」

「エルザさん、今でもすごく上手だよね?人気急上昇中な訳だし」

「そうだな、それでも不満なら、もっと練習しろ」

「うぅ……」

「あっ」

 

 その会話を聞いていた南が、何か思いついたようにそう叫んだ。

 

「あの、エルザさん、うちとその……握手してもらってもいいですか?」

「うん、いいよぉ!」

 

 南は嬉しそうにエルザの手を握り、それを見た周りの者達はほっこりした。

八幡もそれで落ち着いたのか、エルザにこう問いかけた。

 

「お前個人の願望とかそういうのは置いといて、

何かこう、漠然とでいいから、こうなったらいいなとか、困ってる事とかは無いのか?」

 

 それを聞いたエルザは、少し考えながら言った。

 

「う~ん、そういう話なら、最近ちょっと事務所と揉めてて、

独立したいかな~とは思うけど、それはさすがにどうしようもないじゃない?」

 

 そのエルザの何気ない一言を聞いた八幡と陽乃は、顔を見合わせた。

 

「……お前の事務所って、どこだ?」

「倉エージェンシーだよ~?今の社長はいい人なんだけど、

後継ぎの馬鹿が、何か私にご執心みたいで、会いたい会いたいって本当にうざいの」

「そうなのか。姉さん、何か聞いてますか?」

 

 八幡の言葉を受け、陽乃は少し考えながらこう口にした。

 

「確かに中堅クラスの事務所としては、頑張っていい仕事をしてきた会社だけど、

最近は、所属する女性アーティストからの評判が悪いという話は伝わってくるわね」

「それも多分そいつのせい!私の友達も言ってたもん!」

「なるほど、今の社長には特に含む所は無いんだな?」

「うん、今の社長はいい人だよ!」

「そうか……」

 

 八幡は、その辺りからどうにか出来ないものかと考え込んだが、

そんな八幡に明日奈が声を掛けた。

 

「ねぇ八幡君、私、多分その社長さんと会った事があるかも」

「そうなのか?」

「うん、かなり前に、お父さんに連れられて行ったパーティで紹介された事があるよ。

すごく温厚そうな人だった。あれ、でもそういえば……」

 

 明日奈は記憶を探るように、少し考え込むと、ハッとした顔で言った。

 

「あそこの息子さんもSAOサバイバーだって、今日の食事会の時に、

うちのお父さんが言ってたかも……そう、確かに倉さんの息子さんって言ってた。

最初は誰の事なのかよく思い出せなかったけど、

そうだそうだ、倉さんって、倉エージェンシーの社長さんの事だ。

あのね八幡君、後日お父さんから話があると思うんだけど、

その倉さんが、私達の事を知って、一度是非お礼が言いたいって言ってたよ」

 

 明日奈のその言葉に、一同は驚いた。

 

「それじゃあ、章三さんに倉さんを紹介してもらって、直接お願いすれば、

もしかしたら何とかなるのか……?」

「それだけだと少し弱いから、別の手土産も必要になるかもしれないわね」

 

 八幡と陽乃は、具体的にどうすればいいかを考え始めた。

 

「レクト、もしくはうちの会社で、倉エージェンシーと提携して、

ゲームのイメージソングを歌ってもらうとか」

「その辺りが無難な選択よね。エルザちゃんを失うリスクと天秤にかけても、

それなら十分あちらにリターンがあるはず」

「問題は、その息子とやらですね。そういう性格ならそいつが反対しそうですが」

「そもそも八幡君、その息子さんって、私達の知ってる人なのかな?

もし攻略組の人とかだったら、少しは話も出来るかもしれないよね」

 

 その明日奈の言葉を受け、八幡はエルザに尋ねた。

 

「エルザ、そいつが写ってる写真か何か、持ってないか?」

「え~?あんな馬鹿の写真、持ってない……あ、もしかして……」

 

 エルザは、何か思い出したように、自身のスマホを操作し出した。

そしてしばらくした後、目的の写真を見つけたのか、八幡に見せてきた。

 

「これこれ、この前会社主催のパーティで撮った写真なんだけど、

後ろに小さくあいつが写ってた。こいつなんだけど、見覚えあるかな?」

 

 八幡は、エルザからスマホを受け取り、その画面を覗き込んだ。

その男の顔を見た瞬間、八幡は一瞬固まったが、次の瞬間、深い深いため息をついた。

その八幡の顔が少し怖く感じられたエルザは、恐る恐る八幡に尋ねた。

 

「えっと……もしかして、やっぱり知り合いだった?」

「こいつを知り合いと表現していいのかどうか……おい、明日奈、ゴドフリー、

こいつの顔をよく見てみろ」

 

 そう言って八幡は、二人にスマホの画面を見せた。

それを見た明日奈は、嫌悪感で顔を歪め、ゴドフリーは怒りの表情を見せた。

陽乃は、そんな明日奈の顔を見たのは初めてだったので、驚いて明日奈に尋ねた。

 

「三人とも、一体どうしたの?その男は三人とどういう関係?」

 

 三人は直ぐにはそれには答えず、場は沈黙に包まれた。

 

「えっと……八……幡?」

 

 写真を見せた本人であるエルザが、八幡の顔を伺うように、そう尋ねると、

意外にも八幡は、笑顔でエルザに言った。

 

「おいエルザ、絶対にお前は独立させてやるからな。

こんな奴の下に、お前を置いておく訳にはいかない」

 

 そして即座に、明日奈とゴドフリーもそれに同意した。

 

「うん、まったくありえない。この人が次期社長?無理無理、絶対に潰そう。

確か優秀な弟さんがいたはずだから、その人に社長になってもらおう」

「久しぶりに反吐が出そうな気分になりましたな。まさかこいつとは」

 

 その言葉を聞いて、とまどう陽乃と南とエルザに、八幡は説明を始めた。

 

「こいつは元攻略組の裏切り者で、俺とゴドフリーを殺そうとした張本人だ。

明日奈に懸想して、俺を殺せば明日奈が自分の物になると信じ込んでいた、勘違い野郎だな」

「私と八幡君が、この人を罠にはめて監獄送りにしたんだよね」

「いいか南、さっき言った、お父さんが殺されかけたって話の、直接の犯人がこいつだ。

参謀と副団長の計略によって、ノコノコと炙り出された馬鹿者だ」

「そのせいで、ゴドフリーも危険な目に合わせちまったけどな」

 

 それを聞いたゴドフリーは、相好を崩しながら八幡に言った。

 

「何の何の、参謀はちゃんと、儂の安全についても配慮してくれていたではありませんか。

あのくらいのリスクを負うくらい、何でもありませんぞ」

 

 その会話を聞いていた南が、ぽつりと言った。

 

「そっか、こいつがお父さんを殺そうとした奴なんだ……」

 

 その南の肩を、八幡はポンと叩くと、エルザの方を向いて言った。

 

「こいつとは二度と会う事は無いと思っていたが、こうなったら話は別だ。

まだそんな事をやっているんだったら、こいつだけは絶対に潰す。

姉さん、そういったスタンスで話を進めたいんですが、いいですか?」

「少し詳しい事情を聞いてもいいかしら」

「ええ、長くなると思うので、ちょっと同窓会には戻れそうもないから、

葉山に連絡しておいた方がいいかもしれませんね」

「そうね、そうしましょう」

 

 こうして、八幡らSAOサバイバーである三人は、当時の事を話し始めた。


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