「なぁ八幡、たまには一緒に晩飯でもどうだ?」
学校で、そう和人に話し掛けられた八幡は、
とても申し訳なさそうな顔をして、その誘いを断った。
「すまん和人、実は今夜は、ハル姉さんと一緒に明日奈の実家に行かないといけないんだ」
「お、ついに二人は結婚秒読みか?
『お父さんお母さん、明日奈さんを僕に下さい』ってちゃんと言えるか?
もしあれなら、ここで練習してもいいんだぜ」
その和人の言葉に、教室中は色めきたった。
当の明日奈は、いつの間にか八幡の後ろにおり、もじもじしながら、
八幡の肩越しに二人の様子をじっと見つめていた。
「いや、今日はそういうんじゃなくてな……あ~……和人、ちょっと耳を貸せ」
「ん?どうした?」
「実はな……」
八幡はそっと和人の耳に口を寄せ、こう囁いた。
「実はな、この前偶然にもクラディールを見付けた。倉エージェンシーって知ってるか?」
「まじかよ、知ってる知ってる、芸能プロダクションだろ?」
「それじゃあ、神崎エルザって知ってるか?」
「それも知ってる。里香が大ファンとかで、俺も聞いてみたけど、何ていうかこう、
SAOの風景を思い出すような曲を歌う人だよな?俺も好きだよ、あの人の曲」
どうやら和人と里香も、エルザのファンだったようで、
八幡は、現物を見たらどう思うのかなぁと思いつつ、話を続けた。
「でな、その神崎エルザと、ひょんな事から知り合ってな」
「まじかよ、今度会わせてくれよ」
「おう、相手も多分、お前に会いたがってると思うから、そのうち会わせてやるよ」
その言葉に和人は戸惑った。和人はどうやら、冗談のつもりで会いたいと言ったらしく、
八幡からそんな答えが返ってくるとは思っていなかったようだ。
「え……そんなに簡単に言えちゃうくらい、親しいのか?」
「まあその辺りは任せてくれ。でな、その神崎エルザなんだが、
どうやら次期社長のセクハラまがいの誘いが嫌で、その事務所から独立したがってるんだよ」
「まじかよ、大スクープじゃないかよ」
「その事務所ってのが、さっき言った、倉エージェンシーでな」
「あ~、何となく話の展開が読めてきたな」
和人はどうやら、八幡の話の趣旨が分かってきたらしく、そう言った。
「まあそういう事だ。その次期社長の写真を見せてもらったら、
何とそれが、あのクラディールだったんでな、エルザに全面的に協力する事にして、
これから明日奈の親父さんを巻き込んで、クラディール潰しの密談をするって訳だ」
「なるほど……何か手伝える事はあるか?」
その和人の申し出を受け、八幡はニヤリと笑った。
「それはまあ、大丈夫だ。実はな、こっちにもすごい援軍がいるんだよ」
「誰だ?陽乃さんか?」
「ハル姉さんがいるのはまあ当然としてな、お前にとっても懐かしい名前だぞ。
ゴドフリーのおっさんだ」
「おお、あのおっさん、元気だったか?」
「ああ、すごい偶然なんだが、実は俺の同級生の親父さんが、あのゴドフリーでな、
先日会ったんだが、実はゴドフリーな、警察のお偉いさんだったんだよ」
和人はその言葉にとても驚いたようだったが、
ゴドフリーの人相を思い出し、なるほどと納得した。
「それは似合いすぎな職業だな、そうか、ゴドフリーにも今度会えるかな?」
「ああ、今度セッティングするわ。まあそんな訳で、今夜はちょっと忙しいんだよな」
和人は、また昔のように八幡が裏で動くのかと、少し懐かしい気分に捕らわれた。
そして和人は、それが当然であるかのようにこう言った。
「オーケーオーケー、八幡の敵が俺の敵だ。
何か協力出来る事があったら、いつでも連絡してくれよな」
「ああ、その時は頼むぜ、相棒」
「おう、それじゃまたな。明日奈のご両親にも宜しく伝えておいてくれ」
和人はそう言うと、教室から出ていこうとし、そこでハタと立ち止まると、
再び八幡の下へと戻ってきて、ひそひそと八幡に言った。
「あ~、ところで八幡、その……里香が喜ぶと思うから、
もし可能なら、神崎エルザのサインが欲しいんだけど……あ、出来れば俺の分も……」
その少し恥ずかしそうな和人の顔を見て、八幡は快くオーケーし、
今度こそ和人は教室から出ていった。
そんな八幡の背中から、明日奈がひょっこりと顔を出し、八幡の肩に顎を乗せ、言った。
「やっぱりエルザさんって、すごい人気なんだね」
「ああ、そうだな。ところで明日奈、皆が見てるから、ちょっと離れようか」
明日奈は、その八幡の言葉で、
クラスメート達の視線が自分達に集中している事に気が付いた。
明日奈は八幡から離れると、そのクラスメート達に笑顔で手を振った。
「みんな~、残念ながら今日はプロポーズされる日じゃないんだけど、
代わりに今日、八幡君が、私の両親に挨拶しに来てくれるから、ちょっと行ってくるね!」
「お、おい……」
その明日奈の言葉に、教室は大盛り上がりとなり、クラスメート達に祝福されながら、
二人は教室を後にする事となった。
「着々と外堀を埋められてる気がするな……」
「そ、そう?気のせいじゃないかな」
「まあいいか、今日はキットを呼んである。
途中で姉さんを拾って、そのまま明日奈の実家へと向かうか」
「うん」
そして二人は、校門の前でキットを待った。
八幡は明日奈の顔をじっと見つめると、何となく最近思っていた事を明日奈に聞いた。
「なぁ明日奈、最近のお前、何か焦ってないか?
昔よりも、周りの女子達に、俺との接触を推奨している気がするんだが」
「えっと……あは、やっぱりそう思う?」
明日奈は気まずそうな顔をすると、ぽつぽつと八幡に話し始めた。
「八幡君の周りには、素敵な女の子が沢山いるじゃない。私ね、正直言うと、目覚めてから、
最初に雪乃や結衣、それに優美子に会った時、衝撃を受けたの。
こんなの聞いてない、私のポジションは決して安泰なんかじゃないって。
だから最初は、頑張って正妻アピールをしてたんだけど、
最近はまた、薔薇さんやエルザさんが八幡君の隣にいるようになって、
そして今度は南さんが現れて、それで私思ったの。
アピールだけじゃ足りない、適度にガス抜きをしてもらわないと、
いつか皆が本気を出した時、私は八幡君を失うかもしれないって。だから、だから……」
それ以上言葉が出ず、今にも泣きそうな明日奈を、
八幡は人目も気にせず、優しく抱き締めた。
「ごめんな、そりゃあ心配にもなるよな。確かに何か最近、急に周りに女子が増えたよな。
しかも皆、俺を持ち上げてきやがる、俺はそんな大層な人間じゃないにも関らず、な。
でも大丈夫だ。ほら、これから明日奈の家に、一緒に挨拶に行くんだろ?
それってもう、結婚も間近みたいなもんじゃないか。
だから明日奈は何も心配せずに、二人の将来の事を考えてくれよ。
例えどんな障害があっても、俺は必ずお前の下にたどり着くって約束するから、
だからもうそんな顔をするのはやめて、ずっと俺にお前の笑顔を見せ続けてくれ。
その為になら俺は、どんな汚い手段でも使ってやるさ」
「八幡君、最後の方、魔王みたいになってるよ」
明日奈はクスッと笑うと、そのまま甘えるように八幡の胸に顔を埋めた。
「八幡君は、私の事が本当に大好きだよね」
「だから何度もそう言ってるだろ、いい加減にそれを分かれ」
「でも女の子はね、毎日でもそれを確認したい生き物なんだよ」
「じゃあ、毎日察してくれ」
「仕方ないなあ」
そう言うと明日奈は、八幡の唇に自分の唇を重ねようとしたが、
八幡はその明日奈の顔に手を当て、それを止めた。
「もう、せっかくいい所だったのに、何で止めるの?八幡君」
「怖い人が見てるからな」
「えっ?」
明日奈が慌てて振り返ると、そこには、ニコニコと笑う、雪ノ下理事長の姿があった。
「あらあら、若いっていいわねぇ……やっぱりうちも、もう何人か子供を作ろうかしらね」
「理事長、その冗談は、さすがに笑えません……」
「理事長、まだまだお若いですもんね」
八幡と明日奈にそう言われ、理事長はまるで少女のように一瞬頬を赤らめると、
すぐに表情を改め、真面目な顔で二人に言った。
「二人とも、さすがに学校の近くでは、自重してね。
もしあなた達を退学にしなくてはならなくなったら、
私が陽乃と雪乃に殺されてしまいますからね」
「殺すって……」
「でも、あの二人なら本当にやりかねないでしょう?」
「え、あ、いや、はは……」
八幡は、はっきりと肯定する訳にもいかず、曖昧な返事でお茶を濁した。
「それで今日は、これから二人でどこかへ行くの?」
「あ、はい、ハル姉さんと一緒に、明日奈の実家に」
「色々と仕事の事で、姉さんと一緒にうちに交渉に行くんですよ、理事長」
「……あなた達が陽乃の事を姉さんと呼ぶのは、
私としては、どうしてもちょっと複雑な気分になるわね」
理事長が突然そんな事を言った為、二人は少し気まずい思いで理事長に尋ねた。
「あ、す、すみません、図々しかったですよね……」
「え?何を言ってるの、八幡君」
「は?あれ、違うんですか?てっきり俺は、不快なのかと……」
「あら、そんな訳ないじゃない」
理事長は、きょとんとした顔でそう言った。
「私はね、二人ともうちの本当の子供になってくれないかって、そう思ってしまうから、
その欲望を抑えようと、複雑な気分になってしまうのよ」
「欲望って何だよ、あんた、昔とキャラが違うんじゃないのか!?」
八幡が我慢出来ずにそう突っ込んだ。それを聞いた理事長は、とても嬉しそうに、
ころころと笑った。釣られて明日奈も、大声で笑い出した。
「ふふっ、私にそんな口のききかたをする人は、今まで誰もいなかったから、
とても新鮮な気分で、すごく面白いわ」
「八幡君、あはは、最近そういう突っ込みが増えたよね、あははは」
八幡は恥じ入ったように、ぼそぼそと言った。
「最近、俺が突っ込まざるを得ないような事を言う奴が周りに沢山いるんで……」
「何よそれ、あなたの周りには、どれだけおかしな人が多いのよ」
「主にあなたのお嬢さんとかなんですけどね……特に大きい方の」
「あら、確かに陽乃の方が、胸も態度も大きいわね」
「胸の事じゃ無えよ、年の事だよ!」
二人はそれを聞いて更に笑い出した。そしてひとしきり笑った後、理事長が言った。
「二人とも、気を付けて行ってらっしゃいね。もし何か困った事があったら、
いつでも私に相談してくるのよ。私もまだまだ、そういう事に関しては現役なんですからね」
「はい、ありがとうございます。人を威圧しなくてはいけない事態になったら、
必ず相談させてもらいます」
「あらあら、あなたも言うじゃない。それでこそ、うちの跡取りだわ」
「跡取り……ですか?」
八幡は、その言葉にきょとんとした。
「あのね、陽乃がうちを、ソレイユ・コーポレーションの傘下にするって言い出してね、
だからつまり、あなたがうちの跡取りって事になるでしょう?」
「マジっすか……」
「ええ、それが本当に嬉しくてね」
「すごいすごい、八幡君、これは今以上に頑張らないとね」
理事長と明日奈は、とても嬉しそうにそう言った。
それを聞いた八幡は、ため息をつきながらこう言った。
「はぁ……働きたくない、主夫最高ってのが、元々の俺のポリシーだったんですけどね」
八幡は更にこう続けた。
「俺の代で、雪ノ下家と結城家の勢力が最大になったって、
将来、俺と明日奈の子供に、そう自慢出来るようにしてみせますよ」
それを聞いた明日奈は、感極まったように八幡に抱き付き、
それに乗じて理事長も八幡に抱き付いた。
「ちょ、理事長、どさくさまぎれに何やってんですか」
「え~?たまにはいいわよね、ね、明日奈ちゃん」
「はい、私と同じくらい、理事長が嬉しいのがすごく分かるんで、許可します!」
「だ、そうよ、八幡君」
「おい明日奈、お前言ってる事とやってる事が正反対だぞ……ああ、もう好きにして下さい……」
そしてその三人の抱擁は、キットが到着するまで続く事になったのだった。