八幡と明日奈がキットを待っていた頃、
エルザは自らの下僕である、エムこと阿僧祇豪志にこう言った。
「ねぇ豪志、私ね、今度事務所から独立する事にしたから」
「は?」
豪志は、いきなりのそのエルザの宣言に、面食らった。
「確かにそうなればいいと思いますけど」
「なればいいじゃなくて、やるんだよ。どうしてそれが分からないかな」
そう言ってエルザは、豪志の腹に蹴りを入れた。
豪志はエルザに蹴られた事に喜びを感じながらも、
何故エルザがこのタイミングでそんな事を言い出したのか、慎重に考え始めた。
「た、確かにその話は前から出てましたけど、結局無理そうだと、
結論が出たんじゃありませんでしたか?」
「まあ、常識的に考えると普通はそう思うよね。でもね豪志、この世の中にはね、
そんな常識なんか、力づくでひっくり返しちゃうような一般人がいるんだよ」
その言葉を聞いて、豪志は最近エルザの様子がおかしかった事を思い出した。
エルザがフラッと姿を消すのはいつもの事だったが、最近は特にそれが多い。
まるで誰かと密会しているかのように。
そこまで考えて、豪志は何日か前の事を思い出した。
それは豪志が、最初にエルザの行動に疑問を持ち、そして尾行を撒かれた日の事だった。
最初にエルザの様子がおかしいと思ったのは、免許証を持ち出した事だった。
エルザは免許こそ持ってはいるが、普段滅多に車の運転はしない。
もちろんその日も車を出したりはしなかった。
そして普段のエルザは、尾行に気付いたとしても、そんな事は気にせず、
自分の行きたい所へと気分に合わせて好きなように移動するのだ。
だがあの日のエルザは、最初から尾行を警戒しているようなそぶりを見せていた気がする。
つまり誰か、尾行を撒くようにエルザに指示した人物がいる。
そのタイミングは、おそらくエルザのログアウトが遅れたあの時しかない。
そしてその人物は、あのエルザに言う事を聞かせる事が出来るほどの実力者。
そこまで考えて、豪志は、その日に何があったかを思い出した。
「シャナ……」
豪志がそう呟いた瞬間に、それを聞いたエルザが目を細くしたのを見て、
豪志はやっぱりそうだったかと確信した。
何があったかは分からないが、どうやらエルザはシャナの影響下にあるらしい。
そこまで考えた豪志は、まったくシャナの事を知らない為、どうすればいいか判断出来ず、
エルザに向かい、一言だけ口にした。
「分かりました、僕はあなたの為に、何をすればいいですか?」
「おおう、さすがはシャナだね、うん、豪志、合格」
豪志はそのエルザの言葉の意味を理解出来ず、そのままエルザが話し始めるのを待った。
エルザはそんな豪志を満足そうに見つめると、詳しく説明を始めた。
「もう察しているようだけど、私はシャナと接触を持つ事に成功したのよ」
「はい、それは何となく分かりました」
「そこで私は、驚くべき事実を知った。その事は後で話すわ。シャナの許可も出た事だし」
「はい」
「とりあえず事実だけ言うと、あのシャナが、私の独立に協力してくれる事になった」
「協力……ですか」
豪志は、そう簡単に独立出来たらこんなに苦労はしないと思ったが、
そんな考えはおくびにも出さず、再びエルザの言葉を辛抱強く待つ事にした。
「十分実現可能なプランだから、お前は何も心配せずに、独立する為の準備を進めてくれ、
これが、シャナから豪志への命令よ」
「あなたからの命令ではなく、シャナからの命令、でいいんですね?」
エルザの頭ごしで、直接豪志に命令をしたという事でいいのかと、豪志は暗に尋ねた。
「うん、それでいいよ」
この返事を聞いて、豪志はいくつかの事実関係を把握した。
自分の下僕である豪志を自由にさせるほど、エルザがシャナの言いなりであるという事。
豪志の仕事を知っていないと指示出来ない内容の為、おそらくエルザのプライベートは、
ほとんどシャナには丸裸状態であろうという事、
そしてエルザがそれを望んで容認しているであろう事だ。
今までエルザを一番近くで見てきた豪志は、エルザが自ら話したとは思わず、
強力な情報網の存在を疑ったが、もちろんそんな物は存在しない。
いや、正確に言えば、アルゴ絡みで似たような物は存在しているのだが、
今回の件についてアルゴが関ったのは、エルザやシノンが、
宗教やヤクザやらの、面倒なバックを持っていないという事だけだった。
そんな微妙に納得していないような顔をしている豪志の顔を見て、エルザは言った。
「シャナは私にこう言ったのよ。もし豪志が、私が独立すると言った後に、
ただ反論するだけでシャナの存在にすら気が付かないようなら、
お前の存在は無視して自分達で全ての話を進める事にするってね。
豪志が私のバックについたシャナの存在にたどり着いたとしても、
その上でその事に抗議し、自分の事だけをアピールしてくるようなら、
やっぱり豪志には何も仕事は任せる事は無いとも言ってたよ。だから豪志は合格だよ、
私が言うのも何だけど、やるじゃない豪志」
エルザにそう言われ、豪志は内心喜んだのだが、やはり複雑な気持ちも存在した。
そんな豪志にエルザはこう言った。
「合格したなら全てを話してもいいってさ。さて豪志、まず最初に言っておくけど、
過去はともかく、今の私はあんたよりもシャナの方を、より大事に思ってるからね」
その言葉を聞いた豪志は衝撃を受けた。さすがに会って数日しか経ってない人間より、
自分の方が下だと思われるのは納得がいかないからだ。
だが豪志はその後のエルザの説明を聞き、自分の方が下だと納得した。
「ついに望みが叶ったんですね、本当にすごい幸運です、おめでとうございます」
「うん、褒めて褒めて、私、えらいでしょ?」
「本当に凄いですよ。シャナの経歴にも、驚愕しかありません」
エルザの話によると、シャナはまさに英雄と呼ぶに相応しい人物であった。
シャナ本人の話だけではなく、ちゃんと客観的に証明する人がいるというのも、
その話の内容が、信用するに足る物だという事を示している。
豪志は本当に素直にシャナの事を尊敬し、
そんな人が、エルザのバックについてくれた事をとても喜んだ。
普通の男なら、嫉妬の炎に焼かれるところだが、
豪志の考えだとエルザの幸せこそが第一であり、
シャナの登場は、確実にエルザの幸せに寄与しているのは間違いない。
更に今回の件に関しては、伝え聞く限り、シャナの性格や行動を分析すると、
自分がエルザを失う恐れはまったく無いと言っていいだろう。
その為豪志は、安心してシャナの指示に従う事を決断した。
「分かりました、それじゃあそういう方向で話を進めておきますね」
「うん!あ、後ね、いずれ豪志も、いやエムの方かな、シャナの仲間に加わって欲しいって。
その為に、無理ならまあいいらしいけど、
極力バレットラインを表示させないで、攻撃をする練習をして欲しいんだってさ」
「私がシャナのパーティにですか?いいんですか?それは本当に嬉しいです、心から」
「胸が高鳴るね、豪志」
「はい!それじゃあ独立の話が落ち着いたら、必ずそれは練習しておきますと、
シャナにお伝え下さい」
「うん分かった。それじゃそういう事で、これからも頑張ろう!」
「はい!」
豪志は、自分とエルザの未来にも明るい光が差してきたと思い、シャナに感謝した。
更に、シャナと一緒に戦える事を楽しみに思う自分に気が付いたのだが、
豪志は、そんな浮かれた自分の気を引き締め、
淡々と自分の与えられた役割を果たす事にしたのだった。
そして同じ頃、同窓会で打ちのめされたゆっこと遥は、
大学の授業を終え、とぼとぼと駅へと向かって歩いていた。
「ねぇ、何で私達、あんなに意地になっちゃったんだろうね……」
「よく考えると、私達にはまったく関係ない奴なんだよね……」
「就職、大丈夫かな?」
「どうだろ……」
「はぁ…………」
「はぁ…………」
二人は内定が取り消されないかどうかとても心配になり、深い深いため息をついた。
二人はそのまま無言で歩き続けていたのだが、
駅へと向かう途中のビルに設置されている街頭ビジョンの前に差しかかった時、
そこにたまたまアミュスフィアのCMが映し出された。
二人は何となく足を止め、そのCMを何となく眺めていた。
そしてそのCMが終わった後、ゆっこが遥にこんな事を言った。
「ねぇ、遥」
「うん?」
「もしかしてああいうゲームの中でなら、合法的にあいつをやっつけられるんじゃない?」
「それはそうかもだけど、でもあいつって、英雄って言われるくらい強いんでしょ?」
「う~ん、でもさ」
ゆっこは真顔で遥に向き直り、こう言った。
「今ここで私が刀を持ってたとして、目の前に、同じように刀を持った侍がいたら、
私は絶対に殺されるよね?」
「まあそうだね」
「でもさ、私が銃を持っていたとして、目の前に銃を持った有名な格闘家がいたとしてさ、
私が必ず負けるなんて事は無いよね?」
「あ~、それはそうかもしれない」
「要するに、ゲームの種類によっては私達にも勝ち目があるよね?」
遥は少し考え込んだ後、その言葉に同意した。
「うん、確かにそうだね」
「私、何かやってみようかな」
「ええっ?でもあれって、そこそこいいお値段なんじゃなかったっけ?」
驚く遥に、ゆっこはキッパリと言った。
「確か大学の友達が、ゲームの中で何万円か稼いだみたいな話をしてた。
だからそういうゲームを探せばいいんじゃないかな」
「すぐ取り返せばいいって訳ね。でもさ、そう上手くいくもんなのかな?」
「馬鹿な男に貢がせてもいいんじゃない?そういう男は沢山いると思うし」
「あ~、そっか、そうだね。それじゃあ私も思い切ってやてみようかな」
二人はこういう事に関しては無知であった為、安易にそんな事を考え、
その場のノリでゲームショップに向かった。
そんな条件に該当するゲームは当然GGOしか存在せず、
二人は特に何も考えず、貯金をおろし、アミュスフィアとGGOを購入した。
「でもよく考えると、このゲームをあいつがやってるとは限らないよね」
「その時は、似たような奴を腹いせに撃てばいいんじゃないかな。
このゲームはそういうゲームだって、店員さんも言ってたじゃない」
「そっか、そうだね」
こうして、頭がお花畑なのかと疑われるような浅はかな考えで、
二人はGGOをプレイする事となった。
二人がGGOの厳しさを知るのはもう少し先の事である。