ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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原作だと、神代凛子の潜伏先は、アメリカだった気がしますが、
本作では、都合により国内に変更してあります。

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


第225話 凛子の要求

「まさか一年以上も待たされる事になるとは思わなかったわ。

そろそろこっちからあなたに連絡しようかと思っていたくらいよ。

八幡君、正直に言いなさい。実は私の事、忘れてたでしょ」

「あ、えっと……すみません、忘れてました……」

「うん、正直でよろしい。まあ私と君は一度しか会った事が無い訳だし、

それは仕方ないから気にしないで」

 

 凛子は、その事は特に問題無いという風にそう言った。

 

「で、このタイミングで私の事を思い出したという事は、

何か契機になるような事があったという事よね。どっちかしら……

ねぇ八幡君、ちょっとそこにいる警察の人に代わって欲しいんだけど」

 

 八幡はその、どっちかしらという言葉の意味が分からなかったが、

とりあえず、ここには警察関係者がいない事を凛子に告げた。

 

「いえ、警察には何も知らせていません。ただ、お世話になった政府の人なら、

一人だけここに同席してもらっています」

 

 それを聞いた凛子は、意外そうに言った。

 

「あら、私としては、ずっと隠れ続けるのにも飽きたし、

そろそろ警察に出頭しようかと思っていたのだけれど、何で警察を呼んでないのかしら?」

「さすがにこれは、俺の手に余る問題だと思って、でもいきなり警察にってのも、

ちょっと乱暴すぎるかなと思って、信頼出来る政府の人に、極秘に来てもらいました。

ちなみにSAO事件を担当していた人です」

「そう、そっちなのね。分かったわ、その人に代わって……いいえ、スピーカーで、

全員に会話が聞こえるようにしてもらえるかしら」

「あ、はい、分かりました。菊岡さん、お願いします」

 

 八幡は、言われた通りスマホをスピーカーモードに切り替えると、菊岡にそう言った。

 

「はじめまして、神代凛子さん、私は菊岡と言います」

「はじめまして、菊岡さん。もしかして、私の事、探してました?」

 

 凛子のその言葉に、菊岡は苦笑しながら言った。

 

「この一年、探しに探しましたけど、あなたの足取りはまったく掴めませんでしたよ。

でもまさか、こんなにあっさりとあなたとコンタクトがとれる機会を得られるとは、

八幡君の事は、自分なりに最大限評価していたつもりでしたけど、

どうやらまったく足りなかったようですね」

「あら、その言い方だと、あなたは八幡君の事がかなり好きみたいね」

「ええ、それはまあ、僕もALOで、彼の作ったギルドに所属しているくらいですからね」

 

 それを聞いた凛子は、おそらくきょとんとしたのだろう、一瞬無言になると、

直後にとても楽しそうに笑い始めた。

 

「あはははは、あなたはどうやら、本当に話が分かる人みたいね。

という事は、あなたの口から警察に連絡するような事は、本当にしていないのね」

「ええ、リーダーが私に寄せてくれた信頼を裏切る訳にはいきませんからね」

「本当に面白い、いえ、政府の人という事を考えると、変わった人というべきかしらね。

とりあえず私の居場所の座標を八幡君の携帯に送るから、

あなたと八幡君の二人で、ここに来てもらえるかしら?

もし八幡君が必要だと思うなら、何人か追加してもいいわよ?」

 

 その言葉に八幡は考え込んだ。そして八幡は、少し考えた後にこう言った。

 

「それじゃあ、アスナとキリトを」

「アスナさんとキリト君の事は晶彦から聞いているわ、問題無いわね」

 

 八幡は、メディキュボイドの事はとりあえず後回しだと思い、

とりあえず直接の当事者である、アスナとキリトの名前を挙げた。

凛子もそれを承諾し、こうしてメンバーが決まったかと思われた。

そのとき陽乃が横から口を挟んだ。

 

「私もそこに同席させてもらってもいいかしら、神代凛子さん」

 

 凛子は少し黙った後に、こう問いかけてきた。

 

「……あなたは?」

「雪ノ下陽乃よ。私が同席する事の根拠は、今から説明するわ」

 

 その名前にどうやら聞き覚えがあったのか、凛子はこう呟いた。

 

「そう、あなたが……話を続けて」

 

 凛子にそう促され、陽乃は続けて喋り出した。

 

「あなたはさっき、警察に出頭するつもりだったと言った。

そして自分から八幡君に連絡するつもりだったとも言った。

つまりそれは、警察に出頭する前に、彼に用事があったという事に他ならない。

でもそれなら事件の収束後、すぐに連絡をとっても良かったはず。

でもそうはならなかった、それは何故か。あなたはさっき、どっちかしらと言った。

それは多分、茅場の件についてか、もしくはメディキュボイドの事か、どちらかという意味。

そう、あなたはこの空白の期間を使い、メディキュボイドの研究をある程度完成させた。

その為にどうしても、直ぐに警察に出頭する訳にはいかなかった、こんな所かしらね」

「……少し違うけど、大体合ってるわね。

でもそれは、あなたが同席する事の根拠にはならないんじゃない?」

 

 凛子のその言葉に、陽乃は尚も説明を続けた。

 

「あなたはおそらく、自分が逮捕された後の事を考え、

信頼出来る八幡君に、研究結果を預かってもらおうとした。

刑期が何年になるかは分からないけど、それなら出所後に、研究を継続出来る。

資金も何も無い状態からの再開は、かなり困難が予想されると思うけど、

でも全て失うような事は絶対に避けたかった。そこで私の出番よ。

私なら、そのあなたに、研究の場所も資金も提供する事が出来る。

私はソレイユ・コーポレーションの社長だから」

「ソレイユ……」

 

 凛子の声に、少し警戒するような響きが混じった。

それを聞いた陽乃は、安心させるように凛子に言った。

 

「大丈夫、あなたの研究を盗むような事には絶対にならないわ。

なぜならうちの次の社長は、もうこの八幡君に内定しているのだから」

「八幡君が?そう……そういう事。分かったわ、あなたの同席を認めます。

ところで、晶彦とお見合いをしたのって、あなたなんでしょう?」

 

 陽乃はその言葉に、一瞬言葉を詰まらせた。

 

「……ええ」

「やっぱりね、どこかで聞いた名前だと思ってたのよ。

晶彦が言ってたわ、とても魅力的で聡明な、それでいて何かを諦めているような、

そんな女性だったってね。どう?彼に振られた者同士、一緒にお酒でも酌み交わさない?」

 

 その凛子の言葉に対し、陽乃はこう反論した。

 

「言っておきますけど、先に断られただけで、実質振ったのは私の方ですからね」

「それでもいいわよ、どう?」

「……分かったわ、楽しみにしとく」

 

 それを聞いた凛子は、楽しそうにこう言った。

 

「ええ、私も楽しみにしておくわ。それでは八幡君、そんな感じで手配をお願いするわ。

晶彦の遺体は冷凍保存してあるから、早く彼に会いにきてあげて」

「そうなんですか……分かりました、ちょっと待ってて下さい」

 

 八幡はそう言うと、とり急ぎ各人のスケジュールの調整を始めた。

八幡、明日奈、それに和人に関しては、学校を休めばいいだけの話だ。

菊岡もこの件が最優先なので、問題ないとの事だった。

陽乃も薔薇に連絡を入れ、どうやらスケジュールを空けたようだ。

 

「凛子さん、早速明日、そっちに行きます」

「決断が早いのね、さすがだわ。それじゃあ明日、待ってるわね」

「はい」

 

 ここで通話は終わり、明日八幡達が、凛子の下を訪れる事が決定した。

 

「で、場所はどこなんだい?」

「この座標だと……長野の山奥ですね」

「なるほど」

「明日はキットで行きましょう、各人、準備をお願いします。すまん明日奈、

ちょっと和人に連絡をして呼び出してくれないか?予定が変わったから、

良かったら一緒に飯でも食おうって事で。里香も一緒でも別に構わないぞ」

「分かった、直ぐに連絡するね」

 

 八幡は明日奈にそう頼むと、章三と京子に向き直り、こう言った。

 

「すみません、何かバタバタしちゃって。そういう事なんで、

食事会はまた改めてという事にして頂いても宜しいですか?」

「ああ、もちろんだとも、吉報を期待しているよ、八幡君」

「くれぐれも気を付けるのよ」

「はい、後日またお邪魔します」

 

 章三と京子は、そう言って八幡達を送り出した。

食事には、どうやら明日奈の兄、浩一郎を呼ぶ事にしたらしい。

菊岡は自分の車で帰り、八幡は陽乃を家に送り届けた後、

和人達との待ち合わせ場所にキットで乗り付けた。

和人はキットを見ると、目を丸くて、興奮ぎみに言った。

 

「おい八幡、何だよこれ、うわ、すっげー格好いい!」

「和人、ちょっと恥ずかしいから、いい加減にしてよ」

「いやいや里香、でも見ろよこれ、ガルウィングだぞ?すげええええええ!」

「はぁ、まったくいつまでたっても子供なんだから……」

 

 そんな里香を見て、八幡は、何かを思いついたのか、

イタズラめいた顔をして、キットにこう言った。

 

「おいキット、こっちが和人、こっちは里香な、二人とも俺の親友だ」

『和人、里香、初めまして、私はキットです。以後宜しくお願いします』

「車が!?」

「喋った!?」

 

 二人は驚愕し、和人の事を子供扱いしていた里香も、先ほどの和人と同じように、

すごいすごいと言いながら、キットをぺたぺたと撫で回し始めた。

そんな里香に八幡は言った。

 

「おい里香、お前も子供みたいになってるぞ、和人の事をあまり言えないな」

「う、うるさいわね、いくらなんでもあそこまで子供じゃないわよ」

 

 そう言いながらも里香は、キットの事が気になるのか、チラリチラリとそちらを見つめた。

そんな里香の肩を、明日奈はポンと叩くと、笑顔で言った。

 

「里香、どんまい」

「何よ明日奈まで!私は別に……うう……」

「大丈夫、和人君はきっと、そんな里香の事も大好きだから!」

「本当に?」

 

 そのままじっと和人を見つめる里香に対し、和人はこう答えた。

 

「当たり前だろ、そもそもこれを見て興奮しないような奴は、この世に存在しない!」

「そ、そうよね、別にこれくらい、普通よね」

 

 そう言うと二人は、仲良くキットをペタペタと撫で始めた。

そんな二人に八幡はこう言った。

 

「お前らはしゃぎすぎだ、そろそろ行こうぜ。今日はちょっと大事な話があるんでな」

 

 そして四人はそのまま車に乗り込み、予約していた店へと向かった。

それはもちろんサイゼであった。

 

「学生にはまあ、このくらいが丁度いいよな」

「私、サイゼは好きよ」

「私も私も」

「それじゃ、とりあえず座るか」

 

 四人は席に着くと、ドリンクバーと、個々に食べたい物を注文し、料理が来るのを待った。

そして料理が揃うと、八幡はこう言った。

 

「それじゃあ、事の経緯を説明する」

「今日は明日奈の家で食事会だったはずだよな、何があったんだ?」

「実はな……いいか、絶対におかしな態度をとったり、大きな声を出さないように、

くれぐれも気を付けてくれよ」

 

 和人と里香は少し緊張しながら、その言葉に頷いた。

 

「里香、すまないが、明日一日、もしかしたら明後日くらいまで和人を借りるぞ。

和人、明日俺達と一緒に長野の山奥まで行って欲しい。晶彦さんに会いに行くぞ」

 

 二人は事前に注意されていたにも関わらず、驚いて声を出そうとした。

それを事前に待ち構えていたのだろう、その瞬間に明日奈が二人の口を抑え、

辛うじて二人は、そのまま声を出さずに済んだ。

 

「ど、どういう事だ?何があったんだ?」

「ああ、それをこれから説明する」

 

 八幡は二人に、今日あった事の説明をし、二人はようやく事情を理解した。

 

「私はこの件に関してはあまり関わってないから、留守番だね」

「そうだな里香、すまないが今回はそうしてくれると助かる。

ネズハに連絡をとってもらっても良かったんだが、

ネズハはヒースクリフとそこまで関わりは無いからな。今回はスピード優先だ」

「そうだな、妥当だと思う」

「まあそんな事より早く食べようよ、私、お腹すいちゃったよ」

「そうだな、そうしようぜ!」

 

 こうして四人は、昔の思い出も交えながら、久々に四人で楽しい時を過ごしたのだった。


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