ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


第226話 天才はやはり天才

「明日奈と陽乃さんは八幡の隣がいいだろ?仕方ないから俺が運転席に座るよ」

 

 翌日の朝、和人はいきなりこう言った。その結果、八幡は後部座席の中央に座り、

その右に明日奈、左に陽乃が座る事になった。当然菊岡は、残された助手席に座った。

ちなみに他の者達は、本当は和人が運転席に座りたいだけだという事を理解しており、

とても嬉しそうな和人を生暖かい目で見守っていたのだが、

そこは皆大人だったので、その事について触れる者は誰もいなかった。

 

『それでは行きましょう』

 

 その言葉を受け、各人がシートベルトを閉めたのを確認すると、キットは動き出した。

 

「さて、どうなる事やら……」

 

 八幡のその呟きに、菊岡がこう答えた。

 

「あの後、凛子さんと直接話して細部を詰めておいたから、

君達はただ、茅場の遺体と対面してくれればそれでいいと思うよ」

「そうなんですか?」

「ああ、あっちの事情を、今からかいつまんで説明するよ」

 

 菊岡はそう言うと、事の次第を説明し始めた。

 

「SAO事件が起こった時、彼女は彼が潜伏していると思われた、

まあ、今から向かっている所なんだが、そこに駆けつけたようだよ。

彼は彼女を黙って受け入れたようなんだが、しばらく経った後、

彼は彼女にこう頼んだようなんだ。自分もSAOの中に入りたいから、

その間、どうか彼の体の面倒を彼女に見て欲しい、とね。

その代わりに、彼の体を、彼女の研究のサンプルとして活用してくれて構わないと、

ついでにナーヴギアの基礎理論も提供するからと、そういう条件だったらしい。

メディキュボイドの研究は、どうやらそれでかなり進歩したようだね」

「ああ、晶彦さんはやっぱり途中参加だったんですね」

「まああれほどの実力者だったら、

第一層の攻略から参加してても不思議は無かったしな」

 

 八幡と和人の言葉に菊岡は頷き、話を続けた。

 

「でね、昨日の陽乃さんの推測だけどね、確かに一部は合ってるんだが、

彼女の言う通り、微妙に違うんだ。というより、少し足りないと言うべきかな。

確かに彼女は研究が中断に追い込まれる事を恐れていた。

だから今まで連絡してこようとはしなかった。それは正しいんだが、それだけじゃなく、

彼女はどうやら茅場に脅されていたらしくてね」

 

 その言葉に、八幡は仰天した。

 

「晶彦さんが脅し?いくらなんでもそれは……」

「ありえない、だろ?」

「はい、ありえないと思いますね」

 

 菊岡はその言葉に再び頷き、八幡に一つウィンクをした。

 

「まあその通り、そういう名目で、彼は彼女に首輪をはめたんだよ。

例え彼女が警察に追求されたとしても、彼女が罪に問われないようにね」

「それってどんな首輪なんですか?」

「ナーヴギアの首輪版、と言えば分かるかな」

「ああ、それは確かに、他ならぬ晶彦さんがそう言ったのなら、信じざるを得ませんね」

「だろ?これで警察への言い訳もバッチリって事さ」

 

 菊岡の言葉に一同は頷いた。

 

「まあ実際に、そういう機能がついているかどうかは問題ではなくてね、

茅場本人のその言葉が録音として残っているらしく、それを聞いたらさすがの警察も、

確かに脅されていたと納得せざるを得ないような、そんな配慮が成されていたようだね」

「なるほど、巧妙な自作自演ですね」

「で、それを解除する為には、八幡君の指紋認証が必要になるようなんだ」

「は?つまりどうあっても俺が凛子さんに会えるように、計画されていたって事ですか」

「まあそういう事だね」

 

 どうやら凛子は八幡の連絡先を消去したらしく、

実際は脳内にしっかりと記憶してあったらしいのだが、それを言い訳に、茅場が死んだ後も、

首輪の発動を恐れてその場所を離れられなかったと言い訳するつもりだったそうだ。

そして研究がほぼ形になった為、そろそろ自由に動きたいと思った矢先に、

今回八幡から連絡をもらったと、そういう事らしい。八幡はその説明を聞き、苦笑した。

 

「そんなの晶彦さんの死後に、すぐ警察に来てもらえば良かっただけの話じゃないですか。

もしくは晶彦さんがゲームの中に入った直後でも良かった訳で」

 

 それを聞いた菊岡は、面白そうにこう言った。

 

「そうなんだよね、例え彼女がどこかに連絡をしたとしても、ゲームの中にいた彼には、

その事を知る手段は無い。だから本来、助けを呼び放題だったはずなんだよね。

でも彼女はどうやら、その辺りの辻褄を合わせるのが面倒になったらしくてね、

本当に研究者っていうのは、そういう事に無頓着な人が多いよね。

最終的には、館に警察関係者が入った瞬間に首輪が発動するように設計されていたと、

適当な事を言うつもりだったらしいよ。だから今回、その手間が省けて助かったと、

彼女は嬉しそうに言っていたね」

「あははははは、本当に適当ですね、自分の研究以外には基本的に興味が無いんですね」

「そうかもしれないね。まあとにかくだ、例え彼女の言う事がどんな言い訳であろうと、

僕が適当に話の辻褄を合わせて、上が一応納得出来るような体裁を整えて、

今回は罪を問わないと、そういう方向で話は纏めておいたよ。

一応形だけの事情聴取はしないといけないけど、本当に形だけになるように、

既に地元の警察には要請済さ」

 

 八幡はその言葉に頷き、次にこう言った。

 

「それじゃあ後は、俺がその首輪を外せば全て解決なんですね」

「そうだね、彼女の身元引受人は陽乃さんにお願いしてあるから、

とっととメディキュボイドの技術と一緒に彼女を保護してあげてくれよ」

「メディキュボイドについては、政府主導で進めなくてもいいんですか?」

 

 その八幡の問いに、菊岡は真面目な顔でこう言った。

 

「ソレイユは日本企業なんだから、国としてはまったく問題無いさ。

むしろ国主導で進めると、その利権に群がろうと、各方面から色々と圧力がかかりそうだし、

さっさと一企業の主導で進めてもらった方が、国益になるってもんだろ?

今回の件は、表向きはあくまでSAO事件の事後処理の一環であって、

公式発表でも、長野の山の中で茅場晶彦の死体が発見されたって事で全て終わりさ。

脅されてその体を世話していた人の事なんか、世間は興味を持ったりしない。

いや、まあインタビューくらいは聞きたいかもだけどね、

一応国としても犯罪者扱いにはしない訳だし、あくまで被害者としての立場から、

プライバシー保護の為と言い張って、素性とかも一切公開しないしね。

精々証拠としてその首輪の写真を公開するくらいだね」

 

 それを聞いた八幡は、感心したような口調で言った。

 

「菊岡さんって本当に変わってますよね、官僚らしくないって言うか」

「僕みたいなのが何人か政府にいないと、息が詰まっちゃうだろ?」

「確かにそうですね」

 

 八幡は笑いながらそう答え、細かい事は全て菊岡に任せる事にしようと考えた。

 

「さて、そろそろ到着かな、神代博士が首を長くして待っているだろうね」

 

 その菊岡の言葉通り、辺りは既に、民家の一つも見えないほどの山奥であり、

道路も当然舗装はされておらず、そうそう人が立ち入る事は無いように思われた。

そしてキットがとある角を曲がった時、前方が行き止まりになっているのを見て、

八幡はキットに停止するように指示を出した。

 

「あれ……おいキット、一旦車を止めてくれ」

『分かりました』

「この先は、どう見ても行き止まりじゃないか。本当にこの道で合ってるのか?」

 

 そう疑問を呈した八幡に対し、キットはあっさりとこう言った。

 

『八幡、私のセンサーによると、前方に障害物はありません。

よって、あれは立体映像だと推測されます。実際あの奥に、確実に道は続いています』

「まじか……」

「普通そこまでするか!?」

「すごいすごい!」

 

 八幡は呆然とそう呟き、和人は驚愕し、明日奈は感心したようにそう言った。

陽乃と菊岡は言葉も出ないようで、ひたすらうめいていた。

 

「それじゃあキット、このまま進んでくれ」

『分かりました』

 

 そして車が進み、一同は、立体映像だと思いつつも、その壁に車が触れる瞬間に、

つい身を固くして衝撃に備えたのだが、当然何も起こらず、

キットはそのまま壁の向こうへと突き抜け、いきなり前方に近代的な建物が姿を現した。

そして建物の前で、一人の女性がこちらに手を振っている姿が見えた。

 

「ついにヒースクリフと再会だな」

「ここに茅場さんが眠ってるんだね」

「ああ、ここが晶彦さんの墓標になるんだろうな」

「やっとあの男に直接文句を言えるわね」

「ついにあの茅場晶彦との対面ですか。これで僕も肩の荷を少し降ろせるなぁ」

 

 そう思い思いの言葉を発した五人は、そのまま車を降り、そこに凛子が近付いてきた。

 

「随分派手な車で乗り付けてきたわね、ちょっと格好いいじゃない」

『お褒めに預かり光栄です、私の名はキットと言います、神代博士』

 

 そのキットの挨拶を聞いた凛子は、目を輝かせながら八幡に言った。

 

「車が喋った!?ちょっとこれ、どうなってるの?八幡君、分解してもいい?」

『助けて下さい八幡、私が分解されてしまいます』

「ははっ、やめて下さいよ凛子さん、とりあえずその首輪を解除しちゃいましょう」

 

 凛子は八幡にそう言われ、大人しく首を差し出した。

八幡は、指紋認証らしきセンサーを見つけると、そこに指を押し当てた。

その瞬間、首輪から懐かしい声が聞こえてきた。

 

『ついにここまで来たんだね、八幡君。

という事は、君は無事にゲームをクリアしたんだね、本当におめでとう。

そして私は、もうこの世にはいないんだね、君に二度と会えない事を寂しく思う。

あと凛子の事なんだが、彼女は私に脅されていただけだから、もし可能なら、

君の口から弁護してあげてくれないだろうか。宜しく頼むよ、八幡君。

そして凛子、長い間本当にすまなかった……本当にありがとう』

 

 その瞬間に、凛子の首にはまっていた首輪はカチリと音をたてて外れ、そのまま下に落ちた。

そしてその万感の思いの篭ったメッセージを聞いた凛子は、

我慢が限界を超えたのか、その場に蹲り、泣き始めた。

 

「私の気持ちは知ってた癖に、何が脳をスキャンしてくれよ。

死んでしまったら、もうどうしようも無いじゃない。

脳をスキャンした事にどんな意味があったって言うのよ。

本当にあなたってひどい男ね……」

 

 そう呟く凛子に向かい、八幡はこう言った。

 

「凛子さん、晶彦さんが死んだのは、ゲームがクリアされた直後なんですよね」

 

 凛子はその問いに対し、涙を拭うと、ハッキリとこう答えた。

 

「ええそうよ。彼は微笑みながら、でもとてもすまなそうな顔をして、

私にありがとうと言った後に、自分の脳をスキャンし、そのまま死んでいったわ。

彼の遺体はそのまま冷凍保存してあるんだけどね」

「あの、俺、その二ヶ月後に晶彦さんと話したんですよ。

その時晶彦さんに託されたのが、例の『ザ・シード』なんです」

「何ですって……!?」

 

 凛子は呆然とそう呟いた。

 

「あれはまだ未完成だったはず……もしかして、あなたがあれを完成させたの?

私はてっきり、あれを受け取った誰かが自力で完成させたのだと思って、

晶彦の他にも天才はいるんだなと感心していたのだけれど」

「いえ、もらった時には既に完成された状態でした」

 

 それを聞いた凛子は、驚きの表情を見せた。

 

「それじゃあ晶彦は、死んだ後にあれを完成までこぎつけ、

そのまま八幡君に渡したとでも言うの……?」

「そういう事になりますね」

 

 初めて聞くその凛子の言葉に、一同は戦慄した。

天才茅場晶彦は、死んだ後でもやはり天才なのであった。

凛子は、晶彦らしい、と一言呟くと、八幡に言った。

 

「それじゃあ、あの人の意識は、まだどこかに存在するのね。

脳をスキャンした事は無駄では無かったのね」

「はい、いつかまた、しれっと俺達の前に姿を現してくれるかもしれませんよ」

「そう……今はそれでよしとしよっか、ね、八幡君」

「はい!」

 

 その八幡の返事を満足そうに聞いた凛子は、改めて八幡達にこう挨拶をした。

 

「初めまして、私が神代凛子よ。それじゃあこれから、晶彦の所に皆さんを案内するわ」

 

 そう言った凛子の表情は、晶彦の死に、完全には納得してはいないのであろうが、

だがしかし、とても晴れやかな笑顔であった。


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