ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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微妙に過去話になります。

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


第227話 死線を越えた三人

「ここよ」

 

 凛子はそう言うと、とある部屋の前で足を止めた。

凛子が扉に設置された電子キーを開けると、扉の隙間から冷えた空気が流れてきた。

そして凛子が扉を開けると、確かにそこには、ガラスのケースに入れられ、

静かに横たわる茅場晶彦の姿があった。八幡達三人はそのまま中に入ったが、

陽乃と菊岡は、その遺体を入り口から見つめるだけだった。

もしかしたら気を利かせてくれたのかもしれない。

近寄ってみると、晶彦の遺体には外傷の類は確認されず、

八幡達は、ほぼ生前の姿のままの茅場晶彦の遺体と対面する事となったのだった。

 

「晶彦さん……」

「ヒースクリフの顔とは、やっぱりまったく似てないよな」

「何となく面影がある気はするけどね」

 

 三人はそう思い思いの感想を言った後、日本人らしく、茅場の遺体に手を合わせた。

 

「なぁ八幡、俺達はともかく、お前は色々と話したい事があるんじゃないのか?

良かったら席を外そうか?」

 

 和人のその心遣いに対し、しかし八幡は、ハッキリと首を横に振った。

 

「いや……ここに晶彦さんはいないから大丈夫だ。言いたい事が無い訳じゃないが、

それは直接会った時にでも、言う事にするさ」

「そっか、また会えるといいな、八幡」

「ああ」

「きっとまた会えるよね」

「そうだな、明日奈。さあ行こう、ここにあるのは、ただの晶彦さんの抜け殻だ、

本体はきっと、今もどこかで俺達の事を、面白がって観察でもしてるだろうさ」

 

 そして三人はきびすを返し、そのまま茅場の墓所を後にした。

 

「お別れは済んだのかしら」

「お別れも何も、俺達はゲームクリア後に晶彦さんと話してますからね。

俺はまあ、その二ヶ月後にもですけどね」

「……ずるいわよ」

 

 その凛子の呟きを、しかし八幡は聞こえないフリをした。

今の彼女にその事で何か自分が声を掛けても、決して慰めにはならない、

八幡はそう考えたのだった。

 

「さて、とりあえず落ち着ける所で、今後の事を話しましょうか」

 

 菊岡が努めて明るく振舞い、そう言った。

そして凛子に応接室に案内された五人は、ソファーに腰掛け、一息ついた。

 

「それじゃあ何か飲み物でも用意するわね」

「あっ、私がやります!私はおまけみたいなものだし、凛子さんはここで話してて下さい」

「あらそう?それじゃあお願いしようかしら、アスナさん」

「そういえば自己紹介をしていませんでしたね、結城明日奈です、宜しくお願いします」

 

 その明日奈の言葉を聞き、和人も一応自己紹介をした。

陽乃と菊岡は先日名乗った為か、特に自己紹介等はしなかった。

 

「よく気がつくいい子ねぇ、あれが八幡君の彼女なのね」

 

 八幡は、そのいきなりの言葉にビクッとした。

 

「あら、何を驚いているの?晶彦から聞いたに決まってるじゃない」

「ですよね……」

「晶彦はね、自分の脳をスキャンする前に、

あなた達三人ともう一人に見事にやられたよって、楽しそうに話してくれたわよ。

八幡君には愛する彼女と幸せになって欲しいなぁ、ともね。

でもその時の事、詳しくは話してもらってないのよね、一体どうやって彼を倒したの?

しかも百層じゃなく七十五層なんでしょ?あの時は本当にいきなりだったから、驚いたわ」

 

 凛子はそう一気にまくしたてた。八幡と和人は顔を見合わせ苦笑すると、

明日奈が戻ってくるのを待ってから、その時の事を話し始めた。

 

「えっと、言葉の節々から、何となくヒースクリフが晶彦さんなんじゃないかと思って、

七十五層で罠を張って、襲う計画を立てたんです」

「……随分大雑把な説明ね」

「まあ、そこはおまけみたいな物ですからね」

 

 八幡はそう言うと、更に説明を続けた。

 

「で、ボス戦が終わった時点で、ヒースクリフのHPが半分くらいになるように、

わざときつい役目を押し付けた上で、戦闘後にキリトに奇襲をさせて、

ヒースクリフに不死属性が付加されている事を、攻略組全員の前で証明しました。

HPが半分を切ると、ダメージが通らなくなるんじゃないかと予想してたんですが、

バッチリ正解でしたね。で、その後ヒースクリフは、

全員を麻痺させた上で、代表者と一対一で戦い、もしその代表者が自分に勝てたら、

ゲームがクリアされたと認めるという条件を出してきました」

「あの人らしいわね」

 

 凛子が苦笑しながらそう言った。

 

「そして俺達は、キリトを代表に選びました。ちなみにその時俺は、

事前に何人かに、麻痺ポーションを手に握っておくように指示してあったんで、

全員で襲い掛かるつもりで、万全の体制を整えて事に当たりました」

「……そうなるって読んでたの?」

「さっき凛子さんも言ったじゃないですか、あの人らしいって。俺もそう思ったんですよ」

「なるほどね……」

 

 凛子はとりあえずそう頷いたものの、八幡の洞察力に感嘆していた。

 

(あの晶彦の裏をかくって事がどれほどすごいのか、この子は分かってるのかしらね。

やっぱりこの子に、私の今後の人生を預けるのが正解だわ。

うん、そんなこの子を気に入って、事前に連絡先を教えておいた、私大正解)

 

 そんな凛子の考えは露知らず、八幡は尚も説明を続けた。

 

「ところがそこで誤算がありまして……」

 

 八幡がそう言った瞬間、和人はビクッとした。

 

「キリトがヒースクリフに見事に釣られて、大技を繰り出しちまったんですよ。

その技は完全に読まれていて、硬直も長かったので、

焦った俺と明日奈は、予定を早めてヒースクリフへと突撃しました」

「本当にすまなかったって!」

 

 その瞬間に和人がそう言った。八幡は、穏やかな顔で和人に言った。

 

「お前以外だったら、もっと早くに倒されて終わってたさ。

それにお前、その後システムを越えるような根性を見せたじゃないか、だから気にするな」

 

 八幡はそう言った後、よくわからないという顔をしている凛子に、説明を続けた。

 

「話を戻すと、突っ込んだ俺に、いきなりアスナが言ったんですよ、『伏せて!』って。

俺はそれを聞いて、つい地面に伏せちまったんですが、その上をアスナが飛び越えて、

そのままキリトを庇ってヒースクリフの剣に貫かれ、HPを全損したんです」

「えっ?でも、明日奈ちゃんは生きて……あっ、まさか、その後十秒以内に決着したの?」

「やっぱり凛子さんも、その事は知ってたんですね。俺もそう確信してたんで、

焦って取り乱しましたけど、とにかく必ず十秒以内に倒そうって考えてました」

「でも何故十秒までなら安全だと確信を?普通そんな事、予想すら出来ないわよね」

 

 凛子の疑問はもっともだろう。八幡は凛子に、あっさりとこう言った。

 

「蘇生アイテムってのがあったんですけど、その説明文に、

死んでから十秒以内の使用でのみ効果を発揮って書いてあったんで、そこは確信してました」

「そんな物が……普通それだけで、そこまで考えつかないわよ……」

 

 凛子は再び八幡の洞察力に感心した。

 

「で、その後は?」

「俺も突っ込んで、わざとヒースクリフの剣で体を貫かせて、そのまま動きを封じました。

そこでこのキリトが、さっき言ったように根性を見せて、

硬直時間内にも関わらず、動き出す気配を見せたんですよ。

でもヒースクリフの方が一枚上手で、剣じゃなく盾でキリトにソードスキルを放とうとして、

やばい、このままだとキリトも倒されるって思ったその時に、

もう一人のネズハって仲間が、遠隔攻撃をヒースクリフの額に見事に命中させてくれて、

その隙にキリトが、俺の体ごと最短距離でヒースクリフに止めを刺してくれたんです。

これが最後の戦い、その全てですね」

 

 凛子はそれを聞いて絶句した。菊岡は少し涙ぐんでおり、陽乃は胸を押さえていた。

何度か聞いた話だったが、何度聞いても、陽乃にとっては胸が痛くなる話なのだろう。

 

「それじゃあ八幡君と明日奈さんは、一歩間違ったらその時に死んでたんじゃない」

「私、あのまま目の前で八幡君が倒されたら、多分終わりだって思ったんです。

でも私が先に死んでも、八幡君ならきっと何とかしてくれるって思って、つい……」

「もう二度とあんな事はするなよ、明日奈。

まあ実際俺も、明日奈がいない世界で一人で生きてくなんて気はまったく無かったから、

覚悟の上で、そのままキリトに俺ごとヒースクリフを攻撃させたんですけどね」

「私は直接は見てないんだけど、その後にキリト君が頑張ってくれて、本当に助かったよ」

「そうだな、えらいぞキリト」

 

 そう二人に言われた和人は、少し涙ぐみながらこう言った。

 

「確かに俺には、それでもリズが傍に残ってくれたかもしれないけど、

二人を失ってたら、俺は一生笑う事が出来なかったよ。本当に間に合って良かった」

 

 そして三人は当時の事を思い出したのか、泣きながら抱き合った。

そんな死線を越えた三人の絆を見せ付けられ、凛子はこう思った。

 

(そんなものを見せられたんじゃ、晶彦の考えが変わるのも当然よね。

人の意思が、システムを超えるかもしれないなんて、妄言だと思ってたけど、

晶彦が最後にそう言ったのも、それなら頷けるわね)

 

 凛子が無言なのを見て、八幡はあっと思い、慌てて凛子に言った。

 

「すみません凛子さん、俺達がその……晶彦さんを殺した事を、良かっただなんて……」

 

 凛子はその言葉にきょとんとしたが、直ぐにそれを否定した。

 

「え?それは違うわよ八幡君、分かってるでしょ?」

「俺達が倒した時点で、晶彦さんも解放されたって事ですよね?

それはそれ、これはこれですよ。俺達は本気で晶彦さんを殺すつもりで挑みましたから」

「それはまあ、感情だとそうかもだけど、

私達科学者は、そういうロジックで物を考える事は無いのよ。

あくまで結果が全て、分かるでしょ?」

「はい……」

「でもまあ、私の気持ちを大切に思ってくれたのよね?

それはそれでとても嬉しいわ。ありがとう八幡君」

 

 凛子はそう微笑み、SAOの話はこれで終わりとなった。

 

「さて凛子さん、この際ハッキリとさせておきたいんですが、

今後はソレイユにお世話になるって事で、話を進めていいんですよね?」

 

 菊岡のその問いに対し、凛子は陽乃の方を向きながら言った。

 

「その前に、一つ再確認させて欲しいんだけど、ねぇ陽乃、

いずれソレイユの社長に八幡君が就任するってのは、間違いないのね?」

 

 いきなり下の名前で呼び捨てにされた陽乃は、笑顔でこう返した。

 

「それで間違いないわよ凛子。誓約書でも書こうか?」

「いえ、それならいいのよ。菊岡さん、その方向で是非話を進めて頂戴。

私とメディキュボイドは、今後八幡君の主導で管理してもらう事にするわ。

その代わりに私は罪には問われない、そういう事でいいかしら?」

「日本政府の名の下に、それは保証します。

うちとしても、メディキュボイドの技術を海外にでも持っていかれたら困ってしまうのでね」

「オーケー、契約成立ね。これから宜しくね、ボス。そして未来のボス」

 

 凛子は陽乃と八幡にそう挨拶し、

こうしてあっさりと八幡は、メディキュボイドの技術を手にいれる事に成功した。

八幡は少し拍子抜けし、凛子にこう尋ねた。

 

「あの……なんで俺の事を、そんなに評価してくれているんですか?

最初会った時もそうでしたけど、そこが分からないんですが……」

「そんなの簡単よ、あの人嫌いで偏屈な晶彦が、あなたを傍に置いていた。

だから私も置く、本当にそれだけよ。

そしてあなたなら、晶彦の遺産とも言えるメディキュボイドを、

自分の利益の為だけに使おうとしたり、私をないがしろにしたりもしない。

他の企業はそこが信用出来ない、だから私はあなたの下に身を寄せる、オーケー?」

 

 その言葉に八幡は、少しまごまごしながら、しかし正直にこう答えた。

 

「え、いや、あの……実は俺、自分の目的の為に、

メディキュボイドを利用する気まんまんでここに来たんですけど……」

「そ、そうなの?」

 

 驚く凛子に、八幡は今回の経緯を説明した。

 

「そういう事、あはははは、いきなりそんな事を言うからビックリしちゃったわよ。

要するにその馬鹿に、死なない程度にお灸を据えたい訳ね。

オーケーオーケー、それならまったく問題は無いわ。それに八幡君、なんだかんだ言って、

そのお孫さんの事が心配なんでしょう?だから過程はどうであれ、

メディキュボイドをそのお孫さんの為に使うって、もう決めてるんでしょ?」

「いや、えっと、あの、俺はあくまで自分の目的の為にですね……」

 

 そう顔を赤くしながら、しどろもどろに答える八幡を見て、

ニコニコしながら明日奈が言った。

 

「凛子さん、八幡君は、こうやって褒められる事に慣れてないから、

ついこうやってツンツンしちゃうんですよ」

「お、おい、明日奈……」

 

 そして和人も続けてこう言った。

 

「八幡をデレさせるのは大変ですから、頑張って下さい」

「おいこら、和人までそういう事を言うな。俺は常に冷静だ」

「あははははは、そういう事、分かったわ、頑張ってみる。

ところで色仕掛けは通用するのかしら?」

「いや、それは多分中々難しいかと……」

「私の教育がいいんで!」

「あは、それは残念ね」

「い、いや、あの、凛子さん……」

「まったく、とんだツンデレさんなのね。

それじゃあ八幡君、私の事は、これからは凛子姉さんって呼んでくれてもいいのよ?」

 

 その言葉に、八幡は何か言おうとしたのだが、

それを遮って凛子の前に立ちはだかったのは、他に誰がいよう、陽乃だった。

 

「凛子、残念ながらその座はもう私の物よ」

「あら、いつから姉は一人じゃないといけないって事になったのかしらね。

菊岡さん、他に話が無いなら、その方向で話を進めてもらえるかしら。

これから私は、ちょっと陽乃と話をつけなくてはいけない用事が出来てしまったの」

「あ、はい、もう大丈夫です。残りの事務処理は任せて下さい」

 

 菊岡の言葉を聞いた二人は、そのままどっかとソファーに腰を下ろし、お互い睨みあった。




ちなみに喧嘩はしません!

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