「そうか、あの馬鹿が動いたか。敵は何人くらいだ?」
「二十人くらいかしら、でもほとんどが新人ね。
ほら、あんたってBoBの決勝の動画が中継されるまでは、
まったくの無名だったじゃない。だから今も、あんたの情報はほとんど流れてないみたいで、
それを警戒してか、古参のプレイヤーはまだ動こうとはしていない感じね」
「なるほど、状況は分かった。後はこちらで対処する。
ご苦労だったな薔薇、俺達も後で合流するから、ひき続き監視を頼む」
「分かったわ、任せて」
そこで薔薇との通話は終了した。丁度その時、明日奈が戻ってきた。
「八幡君、お待たせ!」
「ん、和人と姉さんは?」
「二人は飲み物を買うからって、売店に行ったよ」
「そうか……なあ明日奈、家に戻ったら、すぐにGGOに入れるか?」
八幡が少し緊張した様子でそう言った為、明日奈はきょとんとしながらこう答えた。
「大丈夫だけど、何かあったの?」
「ああ、実は……」
八幡の説明を聞いた明日奈は、どんと胸を叩いた。
「分かった、返り討ちにいくんだね、任せて!」
「いや、今回はあの三人に任せるつもりだ。俺達は基本手出し無用のバックアップだな」
「あ、そうなんだ?」
「特にシノンには、スナイパーとして成功してもらいたいからな。
ついでにピトにも、今の殻をある程度破って欲しいと思ってる。
そのために保険を一つ掛けておいたから、今回はそれを使おうと思う」
「へぇ~、どんな?」
「実はな……」
その八幡の説明を聞いた明日奈は、少し驚いた。
「そっか、八幡君は、そこまであの二人の事を買ってるんだね」
「俺の目に狂いが無ければ、あいつらは化けるはずだ」
「なるほど……それじゃあ八幡君、二人が戻ってくる前に、小町ちゃんに連絡だね」
「ああ」
そして八幡は小町に電話を掛けると、何事か指示を出し始めた。
一方その頃、GGOでは、丁度ピトフーイがシノンの姿を見付けた所だった。
「あっ、シノノンじゃん、やっほー!」
ピトフーイはシノンに、軽い調子でそう呼びかけた。
それに対してシノンは、普通にピトフーイに手を振り返した。
この二人、もうすっかり友達である。
「ハァイ、ピト、今日はシャナ達は?」
「今日はまだ見かけてないなぁ。そろそろシャナ成分が切れちゃうよぉ!」
「ふ~ん、今日はどうする?集まったら皆で何かする?」
シノンも心得たもので、そのピトフーイの言葉を華麗にスルーした。
「シノノン、スルーしないでよ!」
「え~?だってあんたがシャナ大好きなのは、今更だし……」
「シノノンだって、シャナ……」
「ピトさん、シノンさん!」
「ケイ、待ってたわ!」
まさにちょうどその時、遠くからベンケイが走ってくるのが見えた。
シノンはピトフーイの言葉を遮るように、ベンケイにそう呼び掛けた。
「ケイ、今ちょうど、これからどうしようかって話してた所なの」
「そ、その事なんですが、ついさっき、お兄ちゃんから緊急連絡が」
「シャナから?」
「緊急連絡?」
二人は頭に疑問符を浮かべながらそう言った。
ベンケイはそんな二人を、レンタルルームへと誘った。
「とりあえず誰かに聞かれると困るので、部屋を借りてそこで説明します」
そのベンケイの言葉に剣呑な雰囲気を感じたのか、
二人は黙ってベンケイの後に続いた。レンタルルームに入ると、そこには先客がいた。
「ロザリアちゃん!」
「ロザリアさん、わざわざありがとうございます」
「あ、初めまして。えっと……誰?」
ロザリアとは初対面のシノンに対し、ベンケイがこう説明した。
「ロザリアさんは、お兄ちゃんの、え~っと……専属情報屋です」
「綺麗に言い変えたねケイ。シノノン、ロザリアちゃんはね、シャナの次席の下僕だよ!」
「初めましてシノンさん、私はシャナの筆頭下僕であるロザリアです」
「筆頭は私だよ!」
「私です」
「あ~はいはい、分かったから、それは二人の時に存分にやりあってね」
シノンは何となく二人の関係を察し、これ以上付き合えないとばかりにそう言った。
そしてベンケイが、ここぞとばかりに会話に割り込んだ。
「という訳で、ロザリアさんから説明してもらいます!ロザリアさん、どうぞ!」
「それでは説明します。私が集めた情報によると、ゼクシードというプレイヤーが、
シャナの首に賞金を掛けました。近日中に襲撃してくるものと思われます」
その言葉を聞いたピトフーイとシノンは、あまりに予想外の話だった為、ぽかんとした。
「ゼクシードって、BoBでシャナに真っ二つにされた、あの?」
「あはははは、シノノンの認識もやっぱりそれなんだね。うん、あの糞雑魚だよ」
「BoBの決勝に残ったくらいだから、それなりに腕は立つんだろうけど、
やっぱりあの姿を何度も見ちゃうとねぇ」
シノンはそう言って肩を竦めた。
「でもいくら賞金を掛けたと言っても、あのゼクシードに協力する人なんているのかなぁ?
あいつって、基本嫌われ者じゃない?」
「はい、古参のプレイヤーは誰も彼の呼びかけには答えませんでしたね。
集まったのは、お金に困ってる中堅プレイヤーと新人が二十人前後といった所です」
「うんうんうん、やっぱりかぁ」
ピトフーイは、そのロザリアの言葉に激しく頷いた。
そして次に、シノンがロザリアに質問した。
「新人って、武器とか装備、まともに持ってないんじゃない?」
「はい、どうやらゼクシードが自腹で買い与えたようですね」
「そうなんだ、あいつ、案外お金持ちなんだね」
シノンはその事実に、少し驚いたように言った。
「彼は今回、シャナを倒す為に、全財産をつぎ込む事にしたようです」
「嘘ぉ?あいつもしかして、想像以上に馬鹿なの?」
「一回倒す為だけに全財産って……」
「ね、死んでも街に戻って、それで終わりじゃんねぇ?」
「つまり、そこまでシャナに対し、恨みを持っているという事ですね」
そのロザリアの言葉に、他の三人は腕組みをしながら考え込んだ。
「BoBは、一応最高峰の大会な訳じゃない、そこでいくら真っ二つにされたからって、
そこまで恨みに思うものなのかな?」
「どうですかね……」
「あ、もしかして、この前の件なんじゃない?ロザリアちゃん」
「あいつ絡みで何かあったの?」
ロザリアはそのピトフーイの言葉に頷き、シノンはそれを見てそう質問した。
「以前シャナと待ち合わせをしていた時に、
ゼクシードが私を、それはしつこくナンパしようとしてきたんです」
「うわ、あいつやっぱりそういう奴なんだ」
「で、最初は人違いだと困るから、私がロザリアちゃんかどうか確かめたんだけど、
本人だって確認が出来たから、大声でシャナにそう報告したの」
「ふむふむ」
「そしたらシャナがいつの間にかいなくなっててね、
それであいつが、シャナなんかいないじゃないかって言った瞬間にね、
魔法みたいにシャナがあいつの後ろに現れて、あいつの首にナイフを突きつけたの」
ピトフーイは、少しうっとりしながらそう言った。
「でね、あいつが、『て、てめえ……シャナ』って言った瞬間、シャナがあいつに言ったの。
『あ?さんを付けろよデコ助野郎。お前、俺にもう一度真っ二つにされたいのか?』って」
「うわ……それ、ちょっと見てみたかったな」
シノンのその言葉に、ロザリアはハッとした顔でこう言った。
「あ、実はその時、情報収集に役立てようと、私、撮影してました」
「本当に!?見せて見せて!」
「ロザリアちゃん、私にも!」
「あ、それじゃあ私にも」
「分かりました」
ロザリアはそう言って、レンタルルームのモニターで動画を再生した。
それを見た三人は、それぞれ別の反応を見せた。
「うわ、お兄ちゃん、完全に怒ってる……」
「本当に消えたみたいに見えるね……すごいなぁ」
「はぁ……やっぱりシャナ、格好いい……」
「この最後の台詞で、ゼクシードの顔が真っ赤になってるね、よっぽどむかついたのかな?」
シノンはそう言いながらロザリアの方を見た。
ロザリアはその視線を受け、真顔でこう言った。
「ゼクシードはまだ若いと思われますが、デコ助に反応したように見えますし、
恐らく若ハゲなのでしょう」
三人はその言葉を聞いて笑い転げた。
「ロザリアちゃん、面白い!座布団一枚持ってきて!」
「あははははは、確かにそうかもだけど、あははははは」
「ロザリアさん、ナイスジョークです!」
「えっ?いや、私は別にジョークのつもりは……」
困惑するロザリアをよそに、三人はしばらく笑い続けた。
それを見ていたロザリアも、釣られて笑い始め、その場にはしばらくの間、
四人の笑い声が響き続けた。やがて笑い疲れたのか、ピトフーイがベンケイに言った。
「で、ケイ、シャナはこの事については何て?」
「あっ」
ベンケイはその言葉で我に返ったのか、慌てて他の三人に言った。
「三人とも、ストップストップ!それに関して、シャナから伝言を預かっています!」
「えっ?」
「シャナから伝言?なんだって?」
ベンケイは、少し間を置く為に深呼吸をし、落ち着いた声で言った。
「多分ゼクシードは仲間を集めた後、必ず一度は外に連れ出して、
最低限戦えるように教育しようとするはずだから、私とピトさんとシノンさんで、
そこを襲って全滅させろと、そうお兄ちゃんは言ってました」
「うわお、三人で、二十人相手に奇襲をかけて、全滅させろって?」
「新人が混じってるなら、そこまで大変じゃなさそうだけど、事故はありそうだよね」
「まあ誰かが死んでも、目的を達成出来ればいいのかな」
そう言葉を交わす二人に対し、ベンケイが言った。
「それに伴い、お二人に、渡す物があります!」
「え?」
「ん?」
そう言ってベンケイが取り出したのは、二振りの短剣と、そして……M82だった。
「そ、それって……」
「シャナのM82じゃない……」
「お兄ちゃんの愛剣と愛銃です。これをお二人に託します」
「ほ、本当に?」
「これを私達に?」
ごくりと唾を飲み込みながら、そう言う二人に、ベンケイは厳かな声で言った。
「『むかつくあの馬鹿を、これで軽く捻ってこい』お兄ちゃんは、そう言いました」
「そんな……」
「もし私達がうっかり死んだら、
そのアイテムがドロップしちゃって、消滅するかもしれないじゃない」
「私もそう言ったんですけど、お兄ちゃんは、その心配は絶対に無いって言ってました」
それは、シャナからの最大級の信頼の言葉だった。
その言葉を受け取った二人は、武者震いを止める事が出来なかった。
そしてピトフーイは、ベンケイから短剣を、シノンはM82を、黙って受け取った。
その二人の目はギラリと光を放っており、二人は、絶対にシャナの信頼に応えようと、
炎を発するが如く、激しく燃えていた。
……狩りの時間が始まる。