「新幹線で本家に行くなんて、久しぶりだなぁ」
「俺も修学旅行以来だな」
「今度みんなでどこかに行きたいよね」
「そういや温泉って話もあったよな、今度話してみるか」
「そうだ、京都へ行こう!」
そう言うと明日奈は上機嫌で、しかし他の乗客に迷惑がかからないような小さな声で、
MyFavoriteThingsを、口ずさみ始めた。
そんな二人を温かい目で見ながら、章三は八幡にこう尋ねた。
「八幡君、勝算はあるのかい?うちとしてはもう、一時的に損をするのを覚悟で、
完全に本家と縁を切ってしまっても構わないと思ってるんだが」
「そうなったら株主に、章三さんが突き上げられるかもしれないじゃないですか。
極力そうならないようにするつもりです。鍵になるのは次の理事長選挙ですね」
「結城総合病院の理事長選挙だね。清盛老の長男で親の言いなりの宗盛さんが、
完全に票を固めているみたいだけど、せめて次男の知盛が当選してくれれば、
交渉の余地も出てくるんだよね。彼とは子供の頃、よく一緒に悪さをした、
いわゆる悪友だったんだよ。でも彼には今の所、勝ち目がまったく無いんだよね」
「とりあえずその、結城清盛という人に会ってみましょう。
最初は普通に話を切り出してみて、まあ拒否されると思いますが、
そしたらメディキュボイドの話を出してみて、それで認められれば楽なんですが、
もし駄目だったらその場は黙って引き下がりましょう。
そしてその足で、そのまま知盛さんの下へと向かいましょう」
実は八幡には一つの勝算があった。その情報は菊岡がもたらしたものだった。
菊岡は今回の話を聞き、話の中で知盛の名前が出た時、八幡の前で、とある独り言を言った。
八幡は、菊岡は根拠の無い事は言わないだろうと考え、内容に関しては考慮せず、
菊岡の言葉をそのまま受け入れ、基本方針とする事とした。
後は、会う予定の人達がどういう人物なのかを、自らの目で見極めるつもりだった。
そして八幡は、もう一つの懸案について陽乃に尋ねた。
「姉さん、倉エージェンシーへの根回しはどうなってます?」
「次男の朝景さんは、この話に大乗り気よ。
レクトとの提携が可能になったら、すぐにでも親を説得するみたい。
ちなみにうちも、得意分野で協力すると言ってあるわ。
そろそろVR関連でも、本格的なAI搭載のアイドルとかが出てきてもいい頃だしね。
ちなみにその協力を得る為に、今凛子が、恩師の重村教授に会いに行ってるわ」
「凛子さんの恩師ですか」
「茅場と須郷の恩師でもあるそうよ」
「うげ……晶彦さんはともかく、須郷もですか……」
「まあ、もうあいつと関わる事も無いんだし、そんな顔しないの」
「はぁ……」
そんな八幡の顔を見て、章三がいきなり頭を下げた。
「あの時は、私に見る目が無かったばかりに、八幡君には本当に迷惑をかけた。
でも、凛子さんが会いにいったという重村教授は、本当に優秀な人だから、
協力してもらえたら、これほど心強い事は無いと思う」
「本当に気にしないで下さいって。それじゃあ姉さん、そっちは凛子さんに任せます」
陽乃は頷き、更にもう一言付け加えた。
「ついでに朝景さんには、ちょっとした爆弾も渡しておいたわ」
「爆弾……ですか?」
「これよ」
そう言って陽乃が見せてきたのは、八幡にとっても嫌な思い出しかないマークだった。
「それ、ラフコフのマークじゃないですか」
「これを兄であるクラディール……本名は景時って言うらしいけど、
彼に見せれば、絶大な効果を発揮するって説明してあるわ」
「まあ、確かに効果は絶大でしょうね……
ラフコフとの関係は、あいつにとっては抹消したい事実の一つでしょうし」
「ついでに最後は監獄にいたっていう証拠のデータも渡してあるわ。
朝景さんはお兄さんの事が大嫌いらしいから、上手く活用してくれると思うわ」
八幡はその言葉を聞き、吐き捨てるように言った。
「あいつを好きな奴なんて、この世には存在しませんよ」
「はいはい、とりあえず彼にはこれで、芸能プロダクションの次期社長の座から、
『自主的に』転がり落ちてもらいましょう」
「『自主的に』ね。まあ俺も直接叩きにいくつもりですけど、
そういう『名目』なら、倉社長の面子も潰さないですみますしね」
「そういう事」
そんな八幡達の会話を、菊岡は黙って聞いていた。
ちなみに菊岡が同行したのは、一応メディキュボイドの技術が、
八幡達の手の中に確かに存在するという証明の為だったが、
それは政府からの公式な書類か何かがあれば、実はそれでまったく問題は無い。
要するに菊岡は、伝える事は伝えた以上、後は自分にやれる事は何も無いが、
せっかくの機会だから、たまには京都で温泉にでもつかってのんびりしたいと、
そう考えただけなのであった。
「さて、そろそろ京都に着きますね、いよいよか……」
「ここに来て嫌な思いをするのは、本当にこれで最後にしたいよ……明日奈の為にもね」
「お父さん、私なら全然大丈夫だよ。八幡君が傍にいてくれるんだし、ね。
それよりも私はお母さんの方が心配だよ。お母さん、あんまりストレスをためないようにね」
「大丈夫よ明日奈、いくら嫌味を言われても、もう負け犬の遠吠えにしか聞こえないから」
それを聞いた明日奈は、愕然とした顔で八幡に言った。
「は、八幡君、どうしよう、お母さんが武闘派になっちゃった……」
「言っておきますけど、あなたにも、私と同じ血が流れているんですからね」
「え、ええ~?は、八幡君、私は別に武闘派じゃないよね?」
その明日奈の言葉に、八幡は気まずそうに顔を背けた。
「えっ?えっ?ちょ、ちょっと八幡君、何でこっちを見てくれないの?」
「い、いや……そうだな、明日奈はたまに好戦的になるだけだ、うん、たまにな」
「そんな事は無……」
「よし、もうすぐ着くみたいだ。行くぞ、明日奈」
「あ、待って八幡君、待って~!」
そして新幹線は京都に到着し、八幡は、その会話をうやむやにする事に成功した。
「さて、僕と陽乃さんは、とりあえずホテルで待機ですかね」
菊岡のその言葉に、陽乃も同意した。
「そうね、私達の出番はちょっと先になるだろうし、
とりあえず先にチェックインしておきましょうか」
「はい、相手の顔を拝んだらすぐに合流します」
そしてタクシーを呼ぼうとした章三を、陽乃が制した。
「章三さん、実はもう、車は用意してあるのよね」
「そうなのかい?陽乃君」
「ええ、そろそろ到着すると思うわ。あ、来た来た」
そしてその陽乃の言葉通り、遠くから、見覚えのある車が走ってきた。
その車を見た八幡は、驚きながら言った。
「あれ……キット?キットじゃないですか。一体どうやって……」
「昨日の夜から、先に単独で向かっててもらったのよ」
「ああ、そういう事ですか」
『驚きましたか?八幡』
「お、おう、キット、ここには一人で来たのか?」
『私にその一人称は、少しおかしいと思いますが、答えるとしたらその通りです、八幡』
「そうか、何にしろ、自由に動けるのは有難いな。キット、早速乗せてくれ」
『はい』
そして八幡はキットの運転席に乗り込み、明日奈は当然のようにその隣に乗った。
後部座席には章三と京子が乗り込み、そのまま四人は結城本家へと向かう事となった。
そして車を走らせる事数十分、四人はついに、屋敷の門の前へと到着した。
章三がインターホンを使い、執事に連絡をとっている間、残りの三人はこんな会話をしていた。
「ここか……さすがに年季の入った立派な建物ですね、京子さん」
「まあ、由緒だけはある建物みたいだしね」
「なんか幽霊屋敷みたいだね」
「う~ん、確かに空気が淀んでいる気はしないでもないが……」
「確かにうちの親父は化け物みたいなものだから、その感想は正しいかもしれないな。
京子ちゃん、明日奈ちゃん、久しぶり。あっちにいるのは章三かな?」
突然横からそんな声が聞こえ、三人は慌ててそちらを見た。
「あら、知盛さんじゃない、お久しぶりです。誰かと思って驚いちゃったわ」
「知盛おじさん、お久しぶりです!」
京子と明日奈がそう声を掛けるのを聞いて、八幡は、これが次男の知盛さんかと思い、
軽く頭を下げ、自分が知盛に紹介されるのを待つ間、知盛を観察する事にした。
「明日奈ちゃんが無事で、本当に良かったよ。最初に話を聞いた時は、
背筋が凍る思いだったからね。見た感じ、もうすっかり元通りの美人に戻ったみたいだね。
元気そうで何よりだよ、明日奈ちゃん」
「はい、ご心配をおかけしました、ありがとうございます知盛さん」
「それにしても、何故ここに?」
そう言った後、知盛は声を潜め、ひそひそと京子に言った。
「京子さんが自分からここに来るなんて、どうしちゃったのよ。
またくだらない嫌味を言われて、ストレスたまっちゃうんじゃないの、大丈夫?」
「ふふっ、大丈夫よ。今回はね、本家と喧嘩しに来たから、
最悪知盛さん以外の結城本家の人とは縁が切れるかもしれないけど、
もしそうなったらごめんなさいね」
その京子の言葉を聞いた知盛は、とんでもない事を言い出した。
「ええっ、本当に?う~ん、それならいっそ、僕もそっちの仲間に入れてくれない?
正直親父がトップのうちはまだいいんだけどさ、
ほら、次の理事長選挙でさ、親父が引退するじゃない。
そうすると今のままだと、兄貴がトップになるのがほぼ確定でさ、
今のうちの勢力図ってね、兄貴派が四、俺派が三、
親父に忠実な、中立という名の兄貴を支援する派が三、みたいな感じなんだけど、
京子さんも知っての通り、兄貴はボンクラだから、優秀な僕の事が昔から大嫌いじゃない?
だから選挙後に、俺の味方は全員粛清されそうで、居心地が悪い事この上無い訳。
だから平医師としてでいいからさ、知り合いの病院に僕を推薦してくれないかな?」
「ごめん、無理」
にべもなくそう答えた京子に、その答えを予想してたのか、知盛は笑顔で言った。
「あ、やっぱり?だよねぇ……いっそ海外にでも高飛びすっかなぁ……」
そう呟く知盛に、京子は慌てて言った。
「違う違う、無理ってのはね、そういう意味じゃなくてね、
私達は、とある要求をしにここに来たんだけど、それが認められなかったら、
次善の策として、あなたに理事長になってもらうつもりなの。そういう意味での、無理、ね」
「ええっ、そうなの?」
「ええ、その為の秘密兵器として、今日はうちの婿を連れてきたわ。
遅ればせながら紹介するわね、将来うちの明日奈と結婚する予定の、比企谷八幡君よ」
八幡は、そう紹介され、居住まいを正し、知盛に自己紹介をした。
「初めまして、比企谷八幡です、今後とも宜しくお願いします、知盛さん」
「おおう、これはこれはご丁寧に、初めまして。明日奈ちゃんの彼氏?婚約者?
そっかそっか、それはめでたい!こちらこそ宜しくね、八幡君」
そう言うと知盛は握手を求めてきた。八幡もそれに応えて手を差し出し、
握手をしようと接近した時、知盛はそっと八幡の耳元で囁いた。
「後でうちに来てくれ、英雄八幡君。明日奈ちゃんを守ってくれて、本当にありがとうね」
八幡は、いきなりのその言葉に、とりあえずとぼける事にした。
「何の事ですか?」
「とりあえずその話も後でね。あの京子さんが秘密兵器だと言う君と、話がしたい」
「実は最初からそのつもりでした」
「オーケー、待ってるよ」
八幡は知盛の事を、ただの面白い人だけの人では無いなと思い、
この人が次の理事長になったら、話をいい方向へと進められるだろうと確信した。
そこに、執事と話をつけたのか、章三が戻ってきた。
「あれ、知盛じゃないか。いつからいたんだ?」
「ああ、たまたま通りかかってね、京子さんとちょっと立ち話をね」
「そうか、なぁ知盛、後でお邪魔したいんだが、今日は予定はどうなってる?」
「大丈夫、全部キャンセルするから、いつでも来てくれ」
「お、おい、いいのか?」
「ああ、大丈夫だ」
知盛は、八幡の方を見ながらそう答えた。
「そうだ、紹介しよう、こちらは……」
「ああ、大丈夫、八幡君の事は、紹介してもらったから。
それより親父に会いに来たんだろ?ほら、待たせるとどんどん不機嫌になるぞ」
「そ、そうか、それじゃあ知盛、また後でな」
「ああ、また後で」
そう言って知盛は去っていった。そして一行は、執事の案内で、
結城家当主、結城清盛と、ついに対面する事となった。