ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


第240話 偏屈じじい

「叔父さん、章三です」

「入れ」

 

 執事に連れられて到着した、とある和室の前で、章三がそう声を掛けると、

中から重々しい返事が返ってきた。章三は少し緊張した様子で襖を開けた。

 

「久しいな章三。どうやら会社の危機は、上手く乗り切ったようだな」

「ええ、おかげさまで」

「まったくお前は運だけはいいようだな。で、今日は何の用だ」

 

 その男、結城清盛は、京子や明日奈には目もくれず、いきなりそう切り出した。

当然八幡の方は見ようともしない。

 

「今日は、報告があって参りました」

「何だ」

「はい、この度我が社は、倉エージェンシーという芸能プロダクションと、

業務提携を結ぶ予定で……」

 

 清盛は章三のその言葉を、最後まで聞かないうちに遮った。

 

「許さん」

「……いるんですが、そう仰ると思ってましたよ」

「結果が分かっているのにわざわざ東京からここに来たのか?ご苦労な事だな。

用事が済んだなら帰れ」

「一応こちらには、メ……ん?」

 

 八幡は、その一連のやり取りを見て、噂通りの偏屈じじいだなと思ったが、

このままメディキュボイドの存在だけをアピールして帰るのも癪だと思い、

メディキュボイドの事を話そうとした章三の足をトントンと叩き、それを制すと、

清盛を頭から真っ二つにする様子を強くイメ-ジし、わずかに腰を浮かせた。

それに対する清盛の反応は激烈だった。清盛は、脇に置いてあった日本刀を即座に掴み、

いきなりそれを抜くと、八幡に向けて振り下ろそうとしたのだ。

だが八幡は、いつの間に取り出したのか、護身用に持ち歩いている伸縮式の警棒で、

カウンターぎみにその日本刀の鍔をはじき、清盛にたたらを踏ませ、

次の瞬間、清盛の咽喉に、鋭く警棒を突きつけた。

章三と京子は何が起こったのか分からず、その場で硬直していたが、

さすが明日奈は、八幡の変化に気付いていたようで、

清盛が動いた瞬間にその側面に回り込み、

剣が無い為、代わりに手刀を清盛の首に突きつけていた。

清盛は、冷や汗を流しながらハチマンに尋ねた。

 

「……小僧、お前、どこぞの組織の刺客か何かか?

章三、お前は儂を殺す気でここに来たのか?」

「そんな訳無いだろじじい。あんたが俺の殺気に勝手に反応しただけだ」

 

 そして二人は武器を下ろし、立ったまま向かい合った。

明日奈はそれを見て、元の場所へと戻った。

 

「小僧、お前その年で、随分修羅場をくぐってきたみたいだな。名は?」

「比企谷八幡」

「それにそっちの……」

「結城明日奈です、大叔父さま」

「そういえばそんな名前だったな、ふむ」

 

 清盛は武器をしまい、再び元の場所へ戻ってあぐらをかいた。

八幡はその正面に腰を下ろし、同じくあぐらをかいた。

 

「おい小僧、お前、何者だ?」

「あんたの又甥になる予定の男ですよ、大叔父」

「なるほど……」

 

 そして清盛は章三に言った。

 

「おい章三、お前、随分といい後継者を見付けてきたようだな、え?」

 

 その呼び掛けに章三は、もうどうにでもなれという気持ちで答えた。

 

「ええ、うちもいい加減、いつまでも本家の顔色を伺ってばかりじゃいられませんからね」

「ふっ、あの遊び歩いていた子供が、いつの間にか大言を吐くようになったもんだな」

 

 清盛はそう言うと、再び八幡の方を見て、突然こう言った。

 

「なるほど、お前の強気の理由は、この英雄の小僧だったか」

「英雄?何の事だ?」

 

 八幡は、先ほどの知盛との会話に続き、ここでもとぼける事にした。

 

「うちの病院にも、あのゲームの被害者は沢山入院しておったからな。

その中の何人かがこう言っておったそうだ。

英雄である閃光のアスナと、その仲間のおかげで生きて帰ってくる事が出来たとな。

そして今の身のこなしを見れば、馬鹿でも分かるわ。

その閃光のアスナというのがお前だろ?明日奈よ。

そしてその仲間がお前だろ?小僧」

「はい、大叔父様」

「じじいにしては、中々いい推理だな」

「ふん、伊達に年はとっておらん」

 

 清盛はそう言って居住まいを正し、明日奈の方を向くと、そのまま頭を下げた。

その清盛の意外な行動に、一同は呆気にとられた。

 

「明日奈よ、さっきは失礼な態度をとってすまなかった。

よく帰ってきたな、そして、我が患者達を救ってくれた事に、心から感謝する」

「あ、は、はい」

 

 八幡は、その見事な謝罪を見てこう思った。

 

(このじじいは、ただ傲慢な馬鹿じゃないって事か。ちょっとやりにくいが、

まったく話が分からないって訳でも無さそうだな、どうするか)

 

 八幡は方針を決めかねていたが、そんな八幡より先に、口を開いたのは明日奈だった。

 

「でもその認識は、一つ間違っています、大叔父様」

「ほほう、どう間違っている?」

「彼は私の仲間ではありません、私が彼の仲間なんです。

ゲームをクリアに導いたのは、ほとんどが彼の力です。

彼はあまり表に出たがらなかったから、私ほど名前は知られていませんでしたが、

プレイヤーのトップにいた者達が一番にあげるのは、常に彼の名前です」

「そうか……お前がな。そんな男が息子になるのなら、章三が強気になるのも分かるわ」

 

 そう言うと清盛は、再び八幡を睨み付けながら言った。

 

「それで小僧、儂を説得する材料は、もちろんあるんだろうな?」

「メディキュボイド」

 

 清盛はその言葉を聞き、目付きを鋭くした。

 

「手に入れたのか?」

「ええ、開発者ごと」

「ふむ……」

 

 清盛はそう言って、少し考え込んだ後、首を振りながら言った。

 

「経子には悪いが、それでも儂は首を縦には振らん。

それくらい儂にとって、章三に頭を下げる事は面白くない。一族の者も皆そうだろう」

「そこまでですか……ところでその経子さんというのは?」

「儂の娘だ。そしてメディキュボイドを必要としているのは、その経子の娘だ」

「なるほど」

 

 その八幡の淡々とした受け答えを見て、清盛は言った。

 

「まったく表情を変えないんだな、小僧」

「まあ、そう言うだろうと思ってたんで」

「で、どうする?」

「とりあえず帰ります」

 

 その八幡の言葉に、清盛は少し意外そうな口調で言った。

 

「嫌に素直だな」

「まあまだ来たばっかりですし、温泉にも入りたいですしね。色々考えるのはその後にします」

「温泉……だと?」

「ええ、温泉です」

「そうか」

 

 清盛はそう言い、それ以上何も言おうとはしなかった。

 

「それではこれで。行きましょう、章三さん、京子さん、明日奈」

 

 八幡のその言葉で残りの三人も立ち上がり、挨拶をして部屋を出ていった。

そして最後に部屋を出ようとした八幡の背中に向け、清盛が言った。

 

「また来い、小僧」

 

 八幡は、その呼びかけには返事をせず、軽く頭を下げて部屋を出た。

外に出ると章三は、少し興奮した様子で八幡に言った。

 

「いやぁ、いきなり叔父さんが刀を抜いた時はどうなる事かと思ったが、

八幡君はさすがというか、その後も一歩も引かなかったね」

「あの時は俺もそれなりに驚いてましたけどね。

まさか殺気に気付くだけじゃなく、反撃までしてくるとは予想外でした」

「明日奈も気付いていたのかい?」

「うん、まあ、こういうのには慣れてるからね。

八幡君の雰囲気が変わったら、私にはすぐに分かるもの」

 

 その二人の言葉に、章三は何ともいえない表情で言った。

 

「正直明日奈は、普通の女の子に育ってくれれば、それで良かったんだけどなぁ。

まあそのおかげで八幡君と出会えた訳だし、良かったのかな?」

「いいに決まってるでしょあなた。私達の娘夫婦は、あの叔父様相手に一歩も引かない、

すごい胆力の持ち主なのよ。素晴らしいじゃない、早く孫の顔が見たいわ。ね、八幡君」

「は、はぁ……」

 

 何と答えていいのか困る八幡を見て、明日奈が言った。

 

「もう、お母さんったら、まだ早いってこの前も言ったじゃない。

八幡君も困ってるでしょ?さあ、とりあえず、ホテルに荷物を置いてから、

知盛叔父さんの所に行こう」

「そうだな、とりあえずホテルにチェックインして、

京子は部屋でゆっくりしているといいさ。後の事は私達に任せなさい」

「そうね、ちょっと疲れたし、そうさせてもらおうかしら」

「はい、後は任せて下さい、京子さん」

「本当に頼りにしてるわよ、八幡君」

 

 こうして四人は、陽乃と菊岡の待つホテルへと向かい、チェックインする事にした。

そこで八幡を待ち受けていたのは、とんでもない事実だった。

 

「俺と明日奈が同じ部屋!?し、しかもダブルだと?」

「そうだけど、何か問題ある?」

「むしろ問題だらけだろ、この馬鹿姉!」

 

 その八幡の抗議を受け、陽乃は諭すような口調で八幡に言った。

 

「だって仕方ないじゃない、予約の時点で、家族部屋は空いてなかったんだもの」

「それが何だよ」

「菊岡さんは、政府に領収書を提出するからシングル一部屋、これはいい?」

「ああ」

「残りはシングルとツインとダブルの部屋が、一部屋ずつしか空いていなかった。

章三さん達は、レクトの領収書で夫婦で一部屋だから、ツインかダブルなんだけど、

章三さんだけ帰りが遅くなるとかがあるから、ツインでしょ?

で、私はソレイユの領収書で落とすから、ダブルは選択出来なくて、シングルになる。

そうすると必然的に、残る部屋は、ダブルの部屋が一部屋だけになる訳。

メンバーの入れ替えは却下よ、泊まった人が別人だと、後で問題になるからね」

 

 その説明を聞いた八幡は、愕然と呟いた。

 

「くそ……大人の事情め……」

「まあそういう事。明日になればもう一部屋空くらしいから、今晩は我慢しなさいな」

「……分かりました」

 

 そんな八幡の後ろで、明日奈と章三と京子が、陽乃に、『ナイス!』

というサインを送っていた事には、八幡は気がつかなかった。

実際問題、八幡が自腹で部屋代を二部屋分出すからと言って、

陽乃と明日奈を同じ部屋に叩き込めば全て解決したのだが、

さすがの八幡も、そこまで頭が回らなかったようだ。

ついでに、予約の段階でという陽乃の言葉にも疑問を抱くべきだった。

これはつまり、章三と京子も事前に納得済みだという事になるからだ。

八幡は、明日奈の満面の笑みを見て、それ以上何も言うのをやめ、

大人しく部屋に荷物を置き、そのまま明日奈と共に部屋を出た。

そして京子と菊岡を残し、残りの四人は知盛の家へと向かう事となった。

知盛は待ちわびていたのか、四人を笑顔で出迎え、こうして密談が始まった。

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