「初めまして、国友義賢です」
「初めまして、比企谷八幡です」
「ソレイユ・コーポレーション社長の、雪ノ下陽乃です」
「以前パーティでお会いしましたね、お久しぶりです、結城明日奈です」
義賢は、陽乃ではなく八幡が最初に名乗った事で、一瞬意外そうな顔をしたが、
すぐに表面上は笑顔で八幡と握手をした。だがその目は笑ってはいなかった。
「どうぞお掛けください」
そう言われ、三人は国友義賢の正面に並んで座った。そして義賢が話を切り出した。
「章三さんから連絡をもらった時は、何故私にと思いましたが、
清盛さんに会った後、直ぐに知盛さんの所に向かったと聞いて、
それで一つ思い当たる事がありました。あなたは菊岡さんという方をご存知ですか?」
八幡はその言葉に、いきなりここでその名前が出てくるのかと驚いたが、
実際何も聞いてはいなかったので、その事を正直に義賢に告げた。
「確かに知ってますし、今度の旅にも同行してもらってますが、
こちらへの訪問に関しては、何も話してもらってないんですよね。
というかここに来たのは、知盛さんの所で話を聞いたからですしね」
義賢はその八幡の言葉に、目を鋭くしてこう尋ねてきた。
「では、明日奈さんが一緒なのも、特に意味は無いと?」
八幡は、ここで何故明日奈の名前が出てくるのか考えた。
義賢の知る明日奈の情報は、おそらくSAOサバイバーだという、その一点だろう。
八幡はそう考え、ここで対応を間違ってはいけないと、慎重に言葉を選びながら言った。
「ん、明日奈がどうかしましたか?明日奈がここにいるのは、
そもそも京都に来た目的が、結城清盛さんにとあるお願いをする為でしたので、
その流れでというのもありますが、ここに一緒に来たのは、実はそれは関係無くてですね、
こんな事をここで言うのは少し恥ずかしいのですが、俺の恋人だからです」
義賢は驚いた顔をした後、ストレートに八幡に尋ねた。
「……ではもしかして、いずれ君がレクトの後継者となるのかい?」
その質問には、陽乃が横から答えた。
「彼はうちの後継者ですよ、国友さん」
「ソレイユの?」
「ええ、既に決定済です」
「そうですか……」
レクトではなくソレイユの後継者という事であれば、
結城病院系とは何のしがらみも発生しないはずだ。そう考えた義賢は、
自分が思い違いをしていた事を悟りながらも、確認するように八幡に尋ねた。
「……あなた方は理事長選挙で知盛さんに投票するように、
私に頼みに来たのではないのかい?」
「いや、それは合ってますよ。ただ説得する材料が無いのでどうしようかなと」
「材料が……無い?」
「ええ、こちらの事を聞いたのも昨日の事ですし、菊岡さんは何も教えてくれないし、
なので今日はとりあえず、あなたがどういう人なのか、
生意気な言い方をしますが、見定めようと思ってこちらにお邪魔しました」
「なるほど……」
考え込んだ義賢を見て、八幡は、明日奈の存在を気にするくらいだから、
どうやら何かSAO絡みで警戒されていたようだと感じ、
やはり身内の中に、SAOサバイバーでもいたのかなと思いつつ、
その話を自分から切り出すのも印象が悪くなるだけだと考え、
今日はここまでかと思い、義賢にこう言った。
「お忙しい中、時間を作って頂いてありがとうございました。
また何か、あなたを説得出来るような材料を探して、再度こちらにお伺いします」
「そうですか、いや、ちょっとお待ち下さい、せめてお茶でも飲んでいきませんか?
今すぐに用意させますので」
その突然の言葉に、八幡はいぶかしみながらも、その好意を素直に受ける事にした。
そして義賢は、内線でお茶を持ってくるようにどこかに連絡をしたのだが、
最後にこう付け加えた。
「それと、お茶は駒央に持ってこさせてくれ」
(駒央?)
義賢は駒央と言った瞬間に、何かを確認するように明日奈の方をチラリと見た。
八幡ではなく明日奈の方をである。それで八幡は、その駒央というのが、
多分SAOサバイバーなんだろうなと推測し、
同時に、自分もSAOサバイバーだという事は、この人は知らないんだなと感じた。
そして明日奈は、もちろんそんな事は露とも思わず、
まったく表情を変えず、にこにこと笑顔を保っていた。
「失礼します、お茶をお持ちしました」
そして入り口の扉が開き、一人の少年が、緊張した様子でお茶を持って入ってきた。
わざわざ自分を指名するとは、どこかのお偉いさんなのかと思ったのだろう、
少年は、傍目から見てもガチガチに緊張しており、ずっと下を向いていた。
八幡がチラリと義賢の方を見ると、義賢は、じっと観察するように、
明日奈の方だけを見つめていた。そしてその少年は、それぞれの前に無事にお茶を置き、
それで安心したのか、パッと顔を上げた。その顔を見た明日奈が急に目を見開いたのを見て、
義賢はやはりという顔をしたのだが、その横を別の者が擦り抜け、その少年に抱き付いた。
義賢は一瞬何が起こったのか分からず、慌ててそちらの方を見た。
そこで義賢が見たのは、自分の息子である駒央と八幡が、
お互い泣きながら固く抱き合っている光景だったので、義賢は仰天した。
「ネズハ、ネズハじゃないか!会いたかった、本当に会いたかったぞ」
「ハチマンさん、ハチマンさんじゃないですか、やっぱり無事だったんですね、
信じてましたけど、本当に……本当に生きていてくれたんですね」
「もちろんだ、俺がそう簡単にやられるわけがないだろ。ほら、アスナもそこにいるぞ」
「アスナさんも!?」
「ネズハ君、もちろん私も無事だからね」
明日奈がそう声を掛け、駒央は再びぽろぽろと、涙を流し始めた。
「アスナさんが最初に砕け散った時は、本当に目の前が真っ暗になったんですよ。
菊岡さんから話だけは聞いていたんですが、やっぱり無事だったんですね……
そして今も、こうしてハチマンさんと一緒にいるんですね……
良かった……本当に良かったです」
「それでもお前は、ちゃんと自分の役割を果たしてくれたじゃないか。
そのおかげで俺達が勝利したんだ。そう、四人が力を合わせたおかげで、
今俺達はこうして再び出会えたって訳だな」
「はい!」
そして二人は再び固く抱き合い、明日奈はそんな二人の肩に、そっと手を回した。
その光景を、義賢は呆然と見つめていた。そしてしばらくして落ち着いたのか、
義賢は、おずおずと駒央に尋ねた。
「駒央、どういう事だ?比企谷君とお前の間に、何があったんだ?」
「比企谷?ハチマンさんの事ですか?」
「ああ、そこにいる比企谷八幡君の事だ」
「ハチマンさんって本名だったんですね。僕は国友駒央です、八幡さん」
「俺は比企谷八幡だ」
「私は結城明日奈だよ」
「あ、やっぱりアスナさんは、結城家の明日奈さんだったんですね」
そして五人はソファーに座りなおし、義賢に最後の戦いの経緯を説明した。
「そんな事が……駒央、お前そんな事、今まで一言も……」
「ごめん父さん、菊岡さんから、二人は無事だったって聞いてたんだけど、
状況が状況だったから、自分の目で見ないと安心出来なくて、
あの時の状況を口に出すと、どうしても心が不安でいっぱいになっちゃうから、
詳しい話をする気にならなかったんだ」
義賢は、呆れた顔で駒央に言った。
「まったくお前は、最後の戦闘に参加した事と、結城家のお嬢さんかどうかは分からないが、
アスナという人が前線のアイドルだったという事しか言わなかったじゃないか。
まさかこんなに親しい間柄だったとはな。
だからお前、東京の医学部にどうしても進学したいって、絶対に譲らなかったんだな」
「だって、うちと明日奈さんの家は仲がいいとは言えないし、
明日奈さんの写真も無かったから、自分の目で確かめたいって思ったんだよ。
そしたらきっと、八幡さんやキリトさんとも会えるんじゃないかって思ってたし……
そうだ、キリトさん、キリトさんはどうなったんですか?」
「今でも一緒だぞ、駒央。エギルもクラインも、リズもシリカもアルゴも、皆一緒だ」
「そうですか……今でも皆さん一緒なんですね」
「これでお前も仲間入りだな。絶対にこっちに進学してこいよ」
「はい!」
それを見た義賢は、肩を竦めながら陽乃に言った。
「やれやれ、これでは駒央の東京への進学を、認めない訳にはいきませんね」
「大丈夫、彼にとってはそれが一番いい道になりますよ。
何たって、共に命を掛けて戦った仲間が周りにいるんですからね。
特に八幡君との繋がりは、そういった感情を抜きにしても、
必ず彼やあなたの利益になると思います」
「それはどういう……」
「まあ、その話は追々に」
義賢は、その言葉と今の状況を照らし合わせ、考え込んだ。
「最初はね、明日奈さんの存在を盾に、駒央を篭絡して、
それで私に言う事を聞かせるつもりかと思っていたんだよね」
「明日奈の方をよく見ていたのは、そういう事でしたか」
「ははっ、さすがにバレてたんだね。まあそれは間違いだったとこうして分かった訳だが」
そしてその会話で結論が出たのか、義賢は八幡にこう言った。
「先ず比企谷君、うちの息子の事だけじゃなく、
うちの病院に入院していた他の患者さん達も救ってくれて、本当にありがとう」
「いえ俺は大した事は……」
「その代わりと言っては何だが、今回の事に関しては、私は知盛さんの味方を……」
「それはちょっと待って下さい」
八幡は、そう言い掛けた義賢を制した。
「そのご好意はとても有難いんですが、そうなるとどうしても、
他の病院の方々を説得するには、理由としては弱いんじゃないですか?」
「その辺りは私の力で何とか……」
「でもそうなると国友さんが、結城本家や他の病院の人に、
悪く思われる可能性が高いですよね?」
「それはまあ、そうかもだが……」
「そこで一つお知らせしたい事があります、メディキュボイドの事です」
その言葉を聞いた瞬間、義賢の顔付きが変わった。
「君はメディキュボイドの事を知っているのかい?」
「はい、知っているというか持ってます。そして昨日、眠りの森という施設で、
実験的にその運用を開始した所です」
「何だって!?」
義賢はその言葉に仰天した。今まで必死で探し回っていたものが、
自分達の近くで既に運用されていたというその事実は、彼にとっては想定外すぎた。
義賢は先ほどの陽乃の言葉を思い出し、愕然と陽乃を見た。
陽乃はそれに対し、笑顔で頷いた。
「実は今回メディキュボイドを持ってきたのは、例外中の例外なんですよ。
何故ならあの偏屈じじい……おっと、清盛さんに、
お願いの対価としてこの話を持ちかけた時、
清盛さんは、章三さんに頭を下げるのは嫌だっていう感情論だけで、この話を蹴ったもんで」
「何だって!?あの人は、何て事を……」
義賢は、初めて聞かされたその事実に呆然とした。
「でもその後、あれを必要としていた経子さんの娘の楓ちゃんと会って、
あの子にメディキュボイドは絶対に必要だと思ったんで、
勝手に機材を持ち込んで、勝手に運用する事にしました。
当然結城本家には何も話してません。
だからこの事がバレたら、あそこの施設はかなりまずい状況になると思います。
なのでうちは、眠りの森とその患者さんごと、すべてうちで引き取る事を決めました。
そんな訳で、今のままだと結城系列の病院には、
絶対にメディキュボイドが導入される事はありません」
「そ、それは……」
義賢はその八幡の言葉を聞いて、難しい顔をした。やはり現場にいると、
終末医療でのメディキュボイドの必要性が、嫌という程分かるのだろう。
「その事を最初に言われていたら、私や他の病院の院長達は、
君の言う事を受け入れざるを得なかったと思うんだが」
「それって、面従腹背で、ですよね?」
「まあ、そうかもしれないが……」
「それじゃ困るんですよ、ここで結城家の悪い部分を断ち切らないと、
レクトと結城系の病院とは、完全に縁が切れる事になります。
それじゃあ、誰も幸せにならないんです。
章三さんや京子さんは清々とするかもしれませんが、それは根本的な解決にはなりません。
関係者の誰もが幸せになる為に、あの偏屈じじいは、文字通り俺が力ずくで引退させます」
(まあ関係者の誰もがと言っても、クラディール以外はだけどな)
八幡はそう思ったが、何も口には出さなかった。
「力ずくで、ね……」
義賢は、日本刀を振り回す清盛の姿を浮かべ、心配そうに八幡に言った。
「でも清盛さんの剣の腕は、かなりのものだと思うけど……
正直銃を持ってても、私はあの老人に勝てる気がしないんだが……」
「大丈夫です、実は先日、いきなり日本刀で襲われたんですが、
俺と明日奈できっちり取り押さえる事に成功したんで」
「なっ……」
その言葉は駒央も意外だったようで、驚いた顔で八幡に言った。
「八幡さん、リアルでも強いんですね……」
「いや、そんな事はまったく無い。まあとりあえずカウンターをかまして、
その隙に相手を動けなくするくらいなら何とかなるって感じだな」
「そんな事、普通の人には出来ませんよ」
駒央はそう言って、楽しそうに笑った。
それを見た義賢は心から納得し、八幡に言った。
「八幡君、私は知盛さんにではなく、そのバックについた君に乗る事にするよ。
その上で、必ず他の者達は私が説得すると約束する。
もちろん面従腹背にならないように、しっかりと配慮する事も約束する」
「知盛さんだって、話してみれば色々とよく分かってる人だと思いますよ。
どうかちゃんと正面から、色眼鏡無しに、知盛さんと話してみて下さい」
「分かった、君がそう言うなら、近いうちに必ず機会を設けるよ」
「ありがとうございます」
こうして八幡は、理事長選挙の趨勢を、こちらに引き寄せる事に成功した。
駒央の名前は、木曽義仲の幼名の、駒王丸から来ていますが、特に深い意味はありません。苗字にはちょっとあります。