「まああいつとは色々あってな……正直振り回されてばっかりだわ」
「そうなんですか」
「あいつのキャラの名前はピトフーイという。あと、シノンっていうスナイパーと、
ベンケイっていう俺の妹が一緒だから、宜しくな」
「妹さんですか!はい、確かに覚えました」
「あと情報担当で、ロザリアって奴もいるんだが」
ネズハはその名前に聞き覚えがあった為、何気なくこう言った。
「偶然ですね、確か昔、シリカさんを殺そうとした人がそんな名前でしたよね。
監獄送りになったと記憶してますけど、解放された後、どうしてるんですかね」
「いや、そいつ本人だ」
「えっ?ええっ!?」
ネズハは再び驚愕した。
「ちなみにロザリアも、ピトフーイに対抗して俺の下僕を名乗ってる」
「そ、そうですか……本当にさすがですね、ハチマンさん……」
「まあ、褒められた気にはまったくならないがな」
そんな二人に、思いついたようにアスナが言った。
「そういえば、会社の持ち物なんだろうけど、アミュスフィアがあったよね?
それを使えば私達もログインする事は可能じゃない?」
「そうだな……よしネズハ、せっかくだし、一緒にGGOをプレイしてみるか?」
「あ、はい、今夜からでも直ぐにプレイを開始出来るようにしておきますね」
「さすがネズハ、仕事が早いな。とりあえずスタート地点で待ち合わせするか。
ところでいきなりだからまだ決めてないかもしれないが、キャラネームは何にする?」
「そうですね……あ、そういえば、ハチマンさんとアスナさんの、
GGOでの名前は何て言うんですか?SAOと一緒ですか?」
そのネズハの質問に、ハチマンは、そういえばそうだったと頭をかいた。
「そんな肝心な事を忘れるなんてな、俺の名前はシャナ、アスナの名前はシズカという」
「ええっ?」
「どうしたネズハ」
「ネズハ君、何かあった?」
ネズハは自分のスマホを取り出し、何か操作したかと思うと、二人に画面を見せてきた。
そこには、先日雪ノ下陽乃監督作品として鑑賞する事になった、
例の動画の元の動画が流れていた。
「これか……」
「噂になってたんで昨日たまたま見てみたんですけど、これってお二人ですよね?」
「……ああ」
「……うん」
二人は気恥ずかしいのか、ためらいがちにそう肯定した。
だが、ネズハは目をキラキラさせながら、次の動画を見せてきた。
「そ、それじゃあこれもですよね?」
それは第一回BoBの映像だった。
こちらはまあ恥ずかしくはないので、ハチマンは胸を張ってそれに答えた。
「それは俺だな、まあこの時は負けはしたが、次は負けるつもりはない」
「やっぱりですか!お二人ともさすがですね!これは僕も負けてられませんね、
必ずゲーム内で最高の鍛治師になってみせますよ!」
ネズハは、全身にやる気を漲らせながらそう言った。
二人もそれに引きずられるように、積極的に今後の方針を相談し出した。
「基本ネズハの能力は、鍛治の為に、力と器用さのみを上げる形になるだろうな。
いわゆるSTRとDEXだな。
他のプレイヤーはそこまで思い切ったステータス振りは出来ないはずだから、
その時点で、ネズハがトップになる事はほぼ確定的と言える」
「やっぱり筋力も、ある程度必要になるんですね」
「ああ、高性能のハンマーほど、要求STRが高いんでな」
「なるほど」
ステータスの成長方針も決まり、戦闘もパワーレベリングをする事に決まった。
素材に関しては、今ある素材は全て提供される事となり、
道具に関しても、初期投資分は、ハチマンの豊富な財力がある為、まったく問題無いだろう。
「こうなったらどこかに拠点を借りるか」
「秘密基地みたいなやつですね!」
「そうだな、決まった拠点を持とうとする奴は少ないんだが、
工房はやはりあった方がいいからな」
「だね、ついでにそこを集合場所にすればいいね」
「ああ」
そして三人は待ち合わせ時間を決めた。同時にネズハのキャラネームも決まった。
「では、イコマで」
「イコマ?何か由来があるのか?」
「漢字で書くと、一駒になるんですかね、実はご先祖様に、一貫斎っていう偉人がいて、
二百年前くらいの人なんですけど、空気銃や、反射望遠鏡を作った人なんですよね。
なのでそれにあやかって、一駒斎にしようかと思ったんですけど、長いので縮めた感じです」
「まじかよ、さすがに歴史がある家は違うな……」
こうして方針も決まり、二人はとりあえずホテルに戻る事となった。
そしてホテルに戻った二人の前に、ニヤニヤしながら菊岡が姿を現した。
八幡は菊岡に、いきなり苦情を言った。
「おい腹黒メガネ、ちょっとサプライズが過ぎるんじゃないのか?
まあ正直感謝はしてるけどな」
「は、腹黒メガネ!?いや、当たってるだけに文句が言いづらいけどさ……
でもその様子だと、無事にネズハ君には会えたみたいだね」
「まあ、タイミングとしては最高だったから、正直助かった。
これでこっちに来た目的はほぼ達成出来たから、後はあの偏屈じじいを叩きのめすだけだ」
「あの人はもうかなりのご高齢なんだから、お手柔らかにね」
「そんな事したらこっちがやられちまう。あのじじい、かなり強いぞ」
八幡はそう答え、更に菊岡にこんな質問をした。
「で、その腹黒メガネは、こっちに来てから何をこそこそと動いてるんだ?」
八幡は、自分達に一度も同行しようとしない菊岡をいぶかしく思っていた。
今回の旅に付いてきた理由がよく分からなかったからだった。
そんな八幡に、菊岡はあっさりとこう言った。
「それは買いかぶりだよ八幡君、僕はこっちに来てから、何も動いてはいない。
しいて言うなら観光かな」
「観光?……そうか、ただのサボリだったか」
「人聞きの悪い、ただちょっと、自主的に休暇をとっただけだよ」
「帰ったら仕事が山積みになってそうだけどな」
「あ~聞きたくない聞きたくない」
菊岡はそう言って耳を塞ぎ、その場に蹲った。
そんな菊岡を放置して、八幡と明日奈は自分達の部屋へと戻った。
「さて、ここからアミュスフィアでログインするとして、
こうなっちまうと、今から部屋を分けてもらうのもちょっとな」
「そうだね、仕方ないよね、うん、仕方ない」
明日奈は嬉しそうにそう言った。
八幡も、別にあえて明日奈を悲しませるような事はしたくなかったので、
結局部屋割りはこのままという事になった。
そして約束の時間が来た為、二人はダブルベッドに仲良く横たわり、GGOへログインした。
一瞬にして視界が変わり、二人の目の前に、何故かピトフーイの姿が現れた。
「……え?」
「……はぁ?おい、何でお前がここにいるんだよ、意味が分からないぞ」
「ふっ、予想通り!えっと、何となくシャナが入ってくる気配がしたから、
前回ログアウトした地点まで全力で走ってきたの!」
「え?本当に?」
「うん!」
「この変態め……」
「だからシャナ、毎度毎度私の事を褒めすぎだよぉ」
シャナは、またそれかと思いながら、ピトフーイの顔をじっと見つめた。
ピトフーイが、突っ込んでもらいたくてうずうずしているように見えたシャナは、
満面の笑みでピトフーイに言った。
「ああ、お前の事は、いくら褒めても褒め足りないからな、
だからついつい何度も何度も褒めたくなっちまうんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、ピトフーイは愕然とした顔でシズカに駆け寄り、
その手を握ると、嬉しそうに上下させながら言った。
「シズ、聞いた?ついにシャナが落ちたよ!これはもう、私の大勝利だよね!」
「駄目か……」
シャナは、この返しも効果なしかと肩を落とし、
シズカはその二人のやり取りを見て、苦笑しながら言った。
「シャナ、ピトの事はとりあえず置いといて、イコマを迎えに行かないと」
「お、そうだな、ちょっと急ぐか」
「え、何?新しい仲間が増えたの?どんな人?」
ピトフーイはわくわくした顔で、その二人の会話に食いついた。
「そうだな、軽く説明しておくか」
「うん、お願い!」
そしてシャナは、ピトフーイにイコマの素性を告げた。
「イコマは、まだお前が知らない、もう一人の、そして最後の英雄だ」
「もう一人の英雄?」
「そうだ。いいか、今から端的に、最後の戦いの事を教えてやる。ちゃんと理解しろよ」
「うん」
そう言うとシャナは、一気にこうまくしたてた。
「黒の剣士VS神聖剣、黒の剣士硬直、閃光IN、かばって死亡。
時間制限は十秒、銀影IN、自分の体で神聖剣の武器を拘束、
黒の剣士再起動、神聖剣シールドバッシュ、額に遠隔攻撃で硬直、黒の剣士、
銀影ごと神聖剣を貫く、共に死亡、クリア、以上」
ピトフーイはどうやら記憶力はいいらしく、
何故かラップ調でそのシャナの言葉をそのまま何度もなぞり、
状況を把握しようとしていたが、しばらくして、諦めたように言った。
「シャナ、私、今の説明、理解出来ないYO!」
「何でいきなりラップなんだよ……それにしてもお前、器用なのな」
「歌にすると覚えやすいんだよね、私の場合」
その言葉を聞いたシズカは、感心した様子で、ピトフーイの事を褒めた。
「さっすがピト、まさに音楽の神だね!」
「えへっ」
「とりあえず、後で落ち着いたら詳しく説明してやるが、
その遠隔攻撃を放ったのが、今俺達の到着を待っているそいつだ。
ちなみにとある事情で、そいつは基本戦闘はしないが、うちの専属鍛冶師になる予定だ。
名はイコマという。お前の武器も強化してもらうといいぞ。という訳で宜しくな」
「おお、職人さん、しかも専属!大歓迎だよ!」
イコマの事を褒められて気分を良くしたシャナは、鼻高々にこう言った。
「しかもイコマは、戦国時代から続く鉄砲鍛冶の家の人間だ。
つまりイコマには、今でもその職人魂が宿っているのだ」
「おおおおお、封印されし右手に宿る職人魂!胸が高鳴るぅ!」
「つまり、あいつが加入する事でのシナジー効果がだな」
「ピトだけじゃなく、シャナまでおかしく……」
「そんなのいつもでしょ」
「きゃっ」
三人はいきなりそう声を掛けられ、慌てて振り向いた。その声の主はシノンだった。
「あんたたち、道の真ん中で、おかしな会話をしてるんじゃないわよ」
「し、シノノン、いつからそこに?」
「ピトの胸が高鳴ったくらいからかしらね」
「あ、じゃあたった今なんだ」
「まあそうね」
そしてシノンは、呆れた顔でピトフーイを見ながら言った。
「まったくもう、ピトがいきなり『シャナの匂いがする!』とか言いながら、
すごいスピードで走っていくから、慌てて追いかけたんだけど、
まさか本当にシャナがいるとはね……」
「匂いって何だよ……」
シャナは、色々と諦めた口調でそう言った。
「匂いは匂いだよ、シノノンは分からないの?シャナの匂い」
「分かる訳ないでしょ!」
「え~?愛が足りないんじゃない?」
「そんな愛は足りなくていいわよ!」
「じゃあ、どんな愛ならいいの?」
「そうねぇ、例えば……」
シノンは何か言い掛けたのだが、そこで我に返ったのか、ハッとした顔をした。
よく見ると、ピトフーイとシズカが、ニヤニヤした顔でシノンの顔を見つめていた。
シノンは一瞬で顔を赤くし、拳を握ってぷるぷると震え出した。
そしてシノンは、いきなりシャナの腹にパンチをかました。
「ぐほっ、な、なんで俺に……」
「フン!」
「理不尽だ……」
シャナはそう言うと、苦しそうにその場に崩れ落ちた。
そしてその体勢のまま、シャナはシズカにこう言った。
「悪いシズカ、ちょっと待たせちまってるから、先にイコマを迎えにいっててくれ……
今すぐ立つのは、今の俺にはちょっと無理だ……」
「あ~……シノノンもSTRタイプだもんね……うん、それじゃあ迎えに行ってくるね」
「頼む……」
その会話を聞いたシノンは、おそるおそるシズカに尋ねた。
「あ……も、もしかして、誰かと待ち合わせとかだった?」
「そうなんだけど、向こうは私の顔も知ってるから、シャナがいなくても大丈夫。
一応シノノンはシャナについててあげて。ピト、行こう」
「うん!いやぁ、新しい仲間かぁ、楽しみだなぁ」
「え?ピト、それはどういう……」
シノンはそのピトの言葉を聞き、事情を聞こうとしたのだが、
二人は既に待ち合わせの場所へと走り去っていた。
そしてその場には、シャナとシノンが残された。