ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/03/06 句読点や細かい部分を修正


第252話 手がかりを掴む

「今日は本当にありがとう、シャナ」

「いや、ほとんどお前の力だろ」

「ううん、私一人じゃ絶対に無理だったと思う」

「そんな事は無いと思うが、まあ少しでも役にたてたなら良かったよ」

「今度またこういう事があったら、その時も私の傍にいてね」

「努力はするが、お前はもっと慎重さを身に付けろ」

「は~い」

 

 シノンは舌をペロッと出してそう答えた。そしてシノンは、ヘカートIIを得た喜びも相まって、

そのまま幸せな気分でログアウトした。

そしてシャナは、ロザリアとコンタクトをとろうとメッセージを送った。

 

「今どこだ?っと、よし、送信」

「ここです」

「うおっ」

 

 シャナがメッセージを送った瞬間、後ろからロザリアの声がした。

シャナは驚き、ロザリアにこう尋ねた。

 

「お前、いつからそこにいたんだよ……」

「シノンがシャナにキスをせがんでいる所からですね」

「相変わらずお前、ここではそのキャラなんだな……言っておくけど、何もしてないからな」

「もちろん見てたから知ってますよ、ただ抱擁しただけですね」

 

 シャナはさすがに誤解をといておこうと思い、ロザリアに理由を説明する事にした。

 

「おい、あれはだな……」

 

 だがシャナの説明を聞く前に、ロザリアは事の本質をズバリと言い当てた。

 

「大丈夫、シノンの持っていたあの銃、ついに念願の対物ライフルを手に入れたんですね。

そして抱擁は、シノンが喜びのあまり、感極まって抱きついただけで、

シャナはそれを優しく受け止めただけ。

逆にあの場面でシノンを拒んでたら、私はシャナの筆頭奴隷をピトに譲る所でしたよ」

「何ていうかすごく判断に困る、微妙なディスり方だな……

それになんかお前、ここではすごい有能なのな……」

「シャナの密偵ですからね、これくらいは当然です」

「そ、そうか……」

 

 そしてロザリアは、シャナの次の言葉を先取りしてこう言った。

 

「で、用事はシノンのバイトの事ですか?」

 

 シャナは呆気に取られ、思わずロザリアに文句を言った。

 

「お前、何でここでだけそんなに有能なの?何で現実だとあんなにポンコツなの?」

「気のせいです」

「明らかに気のせいじゃないと思うが……」

「バイトの件については任されました。

後、多分シズカが待っていると思われます、少し急いだ方が」

 

 シャナはそのロザリアの言い方に違和感を感じたが、とりあえずその言葉に従い、

速やかにログアウトする事にした。

 

「そういやかなり時間がかかっちまったな、それじゃあそっちはお前に任せたぞ」

「分かりました」

 

 そして二人はログアウトし、薔薇はアルゴに詩乃の連絡先を聞いた。

 

 

 

「ふう……」

 

 詩乃は現実へと帰還すると、アミュスフィアを外し、

ベッドの上で満足そうにため息をついた。

 

「ふふっ、ふふふっ、やった、やったわ!

全弾命中って凄くない?あなたもそう思うわよね、シャナ……八幡」

『ああ、良くやったな詩乃、えらいぞ』

 

 詩乃は、自分の中のエア八幡に向けてそう言った。

もちろん返事は無いが、詩乃の中のエア八幡は、しっかりと詩乃の事を褒めてくれた。

 

「はぁ、私、こんなに幸せでいいのかな……

八幡と出会ってから、世界が違って見える気がする。

学校の事もそうだし、バイトの事も……そして念願の対物ライフル、ヘカートII。

でもこういう時ほど、きっとどこかに落とし穴があるはず。気を付けないとね」

 

 詩乃があらためてそう自分を戒めた瞬間、詩乃の携帯が着信を告げた。

それは見た事の無い番号だった為、詩乃は一瞬無視しようかと思ったのだが、

大事な用件だったら困ると思い直し、そのまま電話に出る事にした。

 

「も、もしもし、朝田ですけど……」

「あ、詩乃?ごめんなさい、いきなり電話して。私、薔薇だけど」

 

 詩乃は薔薇に番号を教えた記憶が無かった為、驚きつつも返事をした。

 

「あ、薔薇さんですか?こんばんは、よくこの番号が分かりましたね」

「悪いと思ったんだけど、急ぎの用事だったから、

以前調べた情報を使わせてもらったわ、ごめんなさいね」

「それは別にいいんですけど、何かありましたか?」

「八幡から言われて、バイトの事で電話したのよね」

 

 そういえばさっきそう言ってたなと思いながら、詩乃は薔薇にお礼を言った。

 

「早速連絡してくれたんですね、ありがとうございます。

あ、あの、あんなに恵まれた条件で、本当にいいんですか?」

「実はうちのバイトは、一般からの募集は一切受け付けていないのよ。

だからその条件でまったく問題無いのよ」

「ええっ?」

「要するに、うちのボスか八幡が直接選んだ人しか働いてないって事なんだけどね。

あ、でも勘違いしないでね、うちは完全な能力至上主義よ。

つまりあなたは、それほどあの人に信頼されてるって事」

「あ……そ、そうなんですね」

 

 詩乃は、目頭が熱くなるのを感じながら、何とかそう答えた。

その声が少し涙声だった為、詩乃の状態を何となく悟った薔薇は、

優しい口調で詩乃に言った。

 

「分かるわ、あの人、基本そういう事は何も言わないものね。

でも後でその事が分かると凄く嬉しいのよね」

「は、はい!」

「それじゃあ詳しい条件を詰めましょうか」

「はい、宜しくお願いします!」

 

 

 

 

 八幡は、GGOからログアウトするなり、

緊張が解けたのか、ベッドに大の字になって深いため息をついた。

 

「ふう、一時はどうなる事かと思ったが、何とかなったか……」

「あ、八幡君、やっと戻ってきた!随分遅かったけど何かあったの?」

 

 どうやら八幡が戻った気配を察したのか、明日奈が部屋に入るなり、そう言った。

 

「おう、実はな……」

 

 その八幡の説明を聞き、明日奈はとても驚いた。

 

「うわ、全弾命中とか凄いね、シノのん覚醒?」

「そうだな、何があったかは知らないが、多分何か大きな心境の変化でもあったんだろうな。

確かに覚醒したとしか言いようの無い、凄い狙撃っぷりだったぞ」

「心境の変化、ねぇ……」

 

 明日奈は、多分八幡君絡みなんだろうなと思いながらも、

今までそう言った例はよく見てきたので、特に疑問には思わず、

八幡の隣に腰掛けると、そっとその肩に自分の頭を乗せながら言った。

 

「八幡君は、周りの人達をどんどんいい方向に変えていくんだね」

「今回俺は、特に何もしてないと思うが……」

「ううん、八幡君の色々な行動がどんどん積み重なって、

ある時それが他人の中で、ぽんっって花開くんだよ」

 

 こういうのは得てして本人には分からないものであるのか、

八幡は、その明日奈の言葉にまったく実感が無いらしく、首を傾げた。

 

「本当に今回俺がやったのは、狙撃中に歌を歌わさせられた事くらいなんだがな……」

「歌?」

「ああ、ジングルベルな」

「何でそんな事に?」

「頼まれたんだよ、クリスマスっぽい歌を何かハミングしてくれって。

まあそれは、あいつが覚醒した後の話なんだけどな」

「へぇ~」

「もうすぐクリスマスだろ?今まではほら、あいつ家庭の事情からして、

クリスマスの事が大嫌いだったらしいんだが、

今年は俺達が一緒だから、皆で集まれるかもって思ったらしくてな、

その事が、まあ物心ついてからって意味で、生まれて初めて楽しみに思えるとか、

そう嬉しそうに言ってたな」

 

 それを聞いた瞬間、明日奈はとても嬉しそうな顔で八幡に言った。

 

「そっか、うん、八幡君、それじゃあ頑張って企画しようね!」

「ああ、そうだな」

「ヴァルハラ・リゾートの集まりもあるから、私達と小町ちゃんは二回やる事になるね」

「ああそうか、さすがにそっちに詩乃を呼ぶのはまだちょっとな」

「いずれシノのんが、ALOを始めた時のお楽しみだね!」

 

 明日奈はそんな未来を夢見ながら、八幡に一つお願いをした。

 

「ねぇ、八幡君、私にも歌って、ジングルベル」

「ん?ああ、別に構わないけど、上手くはないからな」

「別にいいの」

「そうか」

 

 そう言って八幡は、今日何度目かのジングルベルを口ずさみはじめた。

明日奈はそれを幸せそうに聞いていたのだが、

途中から一緒に口ずさみはじめ、二人のハミングはしばらく続いた。

 

「あっ」

 

 突然明日奈がそんな声を上げ、そこで二人のハミングは終わった。

 

「どうかしたのか?」

「う、うん、私、大事な事を八幡君に伝え忘れてた……」

 

 その言葉を聞いた八幡は、先ほど薔薇が言っていた事を思い出した。

 

「ああ、薔薇が、明日奈が待ってるとか何とか言ってたのはその事か?」

「うん、多分そうだと思う。えっとね、例のアーガス・アメリカのデータが見つかったの」

「おお、どこにあったんだ?」

「えっとね、茅場さんのPCからだって、凛子さんが」

「晶彦さんの?」

 

 八幡は、これはまた意外にあったもんだと驚きを隠せなかった。

 

「うん、調べていったら、どうやら茅場さんがその企画に全面的に協力してたみたいで、

もしかしたらって思って調べたらビンゴだったんだって。

しかも詳細なVRでの記録も残ってたんだってよ」

「そういう事か……」

「その事で明日の朝、凛子さんが八幡君に眠りの森まで来て欲しいって」

「そうか、分かった」

 

 八幡は、楓の病気を何とかする為の手がかりが一つ得られたと、

心から安堵した。そのせいか、八幡は急に眠気が訪れるのを感じていた。

 

「急に眠くなったな……今日も色々あって疲れたからな」

「それじゃあさっさとお風呂に入って、すぐ寝よっか」

「ああ、そうしよう」

 

 そして脱衣所で服を脱ぎ始めた明日奈を見た八幡は、

何かに気付いたのか、突然こう声を掛けた。

 

「ん、明日奈、ちょっといいか?」

「どうかしたの?」

「ああ、ちょっとな」

 

 そう言って八幡は、そっと明日奈を抱きしめた。

 

「えっ、えっ?」

「やっぱりか、明日奈、最近ちょっと肉付きが良くなったか?」

 

 明日奈はその言葉を聞き、愕然とした顔で八幡の顔を見た。

 

「えええええ、ダ、ダイエットしなきゃ……」

「ん?別にいらんだろ」

「で、でも……」

 

 明日奈の困り顔を見て、八幡は明日奈にこんこんと言い聞かせた。

 

「いいか明日奈、冬ってのはそういうもんだ。

ある程度脂肪が増えないと寒さに耐えられないからな。

それに肌の露出は少ないし、こうやって年中明日奈の裸を見る機会のある俺以外に、

明日奈のそんな些細な違いに気が付く奴もいない。

もし気になるなら、それは夏前に何とかすればいいだけの事であって、

むしろSAOのクリア直後の、明日奈の痩せ細った状態を知っている俺としては、

今くらい健康的な方が凄く安心する。だから何の問題も無いんだ」

「う、うん……でも年中とか、そんなにストレートに言われるとちょっと恥ずかしいね」

 

 そう言って明日奈は、そのまま目の前にいる八幡にそっとキスをした。

二人はそのまま湯船につかり、明日奈も安心したのか、髪を乾かした直後に眠気に負け、

二人はそして今日も、昨日と同じようにくっついたまま眠りについた。

こうして京都の二日目の夜は、穏やかに過ぎていった。


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